高校2年夏
気がつくと、見たこともない部屋で、風太郎は椅子に座っていた。部屋全体が薄暗く、かすかにエンジン音が聞こえる。ここは車の中なのか?
しかし、昨晩は間違いなく家で布団に入ったはずだ。風太郎は混乱したが、目の前に人が座っていることに今更ながら気づいた。
鼻の長い背の低い老人、かなり目が鋭い。そんな老人は、高い声で
「ようこそ、我がベルベットルームへ。申し遅れましたな。私の名はイゴール。
この部屋…夢と現実、精神と物質の狭間の場所…ベルベットルームの主を致しております。」
「はぁ‥えっと、これは夢ですか?なんでこんなとこにいるのか理解できないんだが‥」
「ほほほ、これは変わった定めをお持ちの方がいらっしゃいましたな。ここは何らかの形で契約を果たされた方のみが訪れる場所‥あなたは近々、そういった未来が待ち受けているのかもしれませんな。どれ、未来を占ってみましょう。」
イゴールと名乗る謎の老人は、机の上に手をかざすと、カードの束が現れた。
そしてイゴールが手を横に払うと、まるで意思があるかのようにカードが散らばり、六芒星を書くようにカードは並んだ。その内の1枚をめくり
「塔の正位置。これは近い未来、災難を被ることになりますな。そしてその先は、月の正位置。迷いや謎を示すカードですか。実に興味深い‥‥。あなたは多くの縁に関わる事でしょう。その出会いは大事にされた方がよろしいでしょうな。‥さらに、あなたは近々何か契約を果たされることになるでしょう。その時またお会いいたしましょう。」
イゴールの言葉を聞いていた風太郎は、そこで目を覚ました。
ただの夢のはずなのに、妙に頭に残る‥
災難、謎、縁‥ただの夢だよな?
昼、食堂でいつもの焼肉定食焼肉抜きを注文した風太郎は、いつもの席に向かっていた。
席に向かう途中、数人の女生徒が最近起こった女子アナ殺人事件の話で盛り上がっていた。普段テレビを見ない風太郎にとって、女子アナと言われてもピンと来ない人間だ。そんなことより、いつもの席に座ろうと、テーブルにトレイを置いた時、横から別のトレイが出てきて、ほぼ同時にテーブルに置かれた。トレイの持ち主は、星のヘアピンをつけた見知らぬ女生徒だった。
「あの、私が先でした!隣に移って下さい!」
「ここは俺がいつも使ってる席だ。あんたが隣に移ってくれ」
「関係ありません、早い者勝ちです。」
「ならこれでいいか?」
そう言って風太郎はさっさと席に座ってしまった。
ヘアピンの女生徒はムッとして、風太郎の前のに座ってしまった。
「席は空いていました。これでいいですね?朝から校内を見て回ったので、足が棒のようになってます。」
「勝手にすれば。」
そう言って、午前中に返却されたテストを見直しながら食事を始めた。
「行儀悪いですよ。食事中に勉強なんて、何点だったんですか?」
そう言って風太郎の答案を取り上げてしまった。
「え〜と、上杉風太郎君。点数は‥100点!?」
「あ〜!めっちゃ恥ずかしい!」
「ワザと見せましたね?」
「何のことだか?」
「‥私は勉強が得意ではないので羨ましいです。‥そうだ、いい事思いつきました!一緒の席になった縁として、勉強教えてください!」
「え、やだ。」
「即答ですか!?」
「そもそも誰だ?うちの制服じゃなさそうだが‥。」
「今日転校してきた中野五月といいます。学年は2年です。」
風太郎は夢の中の言葉を思い出した。縁を大事に‥
その時、妹のらいはからメールが届いた。
「俺も2年だ。勉強はまた機会があればな。電話しなきゃいけないからまたな。」
風太郎はそそくさと席を立ち、トイレに入った。
らいはからのメールを確認し、電話をする。話の内容は、報酬が相場の5倍の家庭教師のバイトがあるという事だった。教える相手は中野。さっき会った奴じゃねーか!縁てこの事か?
午後の授業開始前、先生から転校生の紹介があった。まさかと思ったが、予想通り、さっき会った中野五月だ。こっちに気がつくと、ニコッと笑顔をくれた。
放課後、家庭教師の件を五月に伝えた。
「そういう訳で、明日から俺たちはパートナーになる。」
「驚きました‥」
「まぁ、同級生が家庭教師なんてあまりないよな。」
「いえ、学年1位なんて本当にいるんですね!」
「そりゃいるだろ。とはいえ、人に教えるというのは初めてのことだ。よろしく頼む。明日の放課後からでいいか?」
「はい、それで大丈夫ですよ。皆にもそう伝えておきます。」
(皆?両親や兄弟とかか?)
「それじゃあ、頼む。また明日」
今日は元々ケーキ屋でアルバイトをするつもりで面接を申し込んでいた。家庭教師のバイトも毎日ではない。メインは家庭教師、仕事がない日はケーキ屋というスタンスを取ろうと考える。
「上杉風太郎君だね。僕がこのケーキ屋『REVIVAL』の店長だ。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
「履歴書を見た感じ、飲食店でのバイト経験もありか。これなら即戦力として期待できるね。今他には何かバイトはしてるのかい?」
「実は、今日急に同級生の家庭教師をやる事になりました。」
「同級生が家庭教師っていうと、なんだか漫画みたいな展開だね!」
「まぁ‥あまり聞きませんね。」
「オッケー、制服とかの用意があるから、働いてもらうのは来週からでいいかな?」
「はい、大丈夫ですけど、面接ってもう終わりなんですか?」
「あぁ、君なら大丈夫だろう。よろしく頼むね。」
そう言って、店長が右手を前に出してきた。風太郎も右手を出し、握手を交わす。握手を交わした瞬間、頭に鈍い痛みがあった。
「それでは、君と働けるのを楽しみにしてるよ。上杉君」
次の日。朝から雨が降っていた。
「焼肉定食焼肉抜きで」
いつものセットを頼み、机に向かっていると
「上杉君、こっちに来ませんか?」
五月に声を掛けられた。
五月の周りには、女子が4人おり、6人がけのテーブルが一つ空いていた。
「いや、男1人は気不味いから。」
「でも今日からそうなる訳ですし。それに皆にも紹介しておきたいんで。」
「どうなる訳なんだ?それにしても、昨日転校してきたのにもう友達出来たのか。うちのクラスじゃなさそうだが‥」
「いえ、友達ではないですよ?」
「えぇ‥仲よさそうなのに‥人間関係て複雑」
「あはは!優等生くんは何か勘違いしてるね。」
片耳だけピアスしているショートヘアの女の子
「五月、本当にこいつが私達のカテキョなわけ?」
髪が長く、黒い揚羽蝶の様な髪留めをしている子。
「え?私達?いや、俺は中野さんの家庭教師なんだが‥」
「私達も中野。」
「へ?」
髪で右目が隠れた、ヘッドホンをしている子。
「五月、ちゃんと言ってないんじゃない?」
でかいウサギの耳みたいなリボンをした子。
「上杉君、私達、五つ子の姉妹です。」
放課後、食堂での驚き体験を思い出しながら、風太郎は呟く。
「五つ子なんて本当にいるんだな‥てか、同級生の家庭教師よりよっぽど珍しいじゃねーかよ。」
「ししし!そう言われるとそうかもしれませんね!」
「それで?なんであんた私達について来てんのよ?」
「二乃、そんな警戒しなくても大丈夫。フータロー君に襲う様な度胸はないよ。」
「フータローだっけ?今日からやるの?」
中野家に向かう道中、6人もいると流石に騒がしい。矢継ぎ早に話が展開される。
「今日は学力を見るために簡単なテストをしてもらうつもりだ。五つ子と知らなかったから、学校であわててコピーしたぜ。」
「えー?せっかく同級生の女の子の部屋に行くのに、テストはないんじゃない?もっと楽しい話しようよ。」
「いや、俺は家庭教師をしに行くんだから。楽しい話てなんだよ?」
「ほら、恋の話とか。フータロー君は彼女とかいないでしょ?気になる子とかいないの?」
「彼女居ない前提で言われるとなんか腹立つな。いや、居ないけど。因みに気になるやつもいない。恋なんてものは学業から最も離れた恥ずべき行為だ。」
「うわぁ、大分拗らせてるね。」
「あ、じゃあ、他の話にしようよ。上杉さん、『マヨナカテレビ』って知ってますか?」
「?いや、アメリカの通販番組とかか?」
「違いますよ。雨の日の深夜0時、1人で消えたテレビを見ていると運命の相手が見えるそうです!」
「くだらん。」
「非科学的。」
「怖い話はやめてください。」
「冷めてる!現代っ子!いいじゃないですか、運命の相手なんて、ロマンチックじゃないですか!」
「はいはい、そんなに言うなら今日やってみろよ。今日は夜中まで雨だぞ。」
「ブーブー!いいですよーだ!1人でやってみます!」
マンション『Pentagon』五つ子の部屋
「マジか!お前らすごいな!テスト100点だ!‥‥‥5人合わせて!」
嘘だろ‥1番点数高くて32点の三玖、四葉に至っては8点‥
「これはマズイな‥この点数じゃ落第もありえる、いや、落第確実だ。‥予定変更、今日から勉強を教える。」
「まぁまぁ、一旦休憩しましょうよ。ほら、クッキーと水もあるし。食べたら勉強するから。」
そう言って、二乃が皿にクッキーを入れて持ってきた。仕方ない、さっさと食ってしまおう。
「ところでさぁ‥私別にカテキョなんて要らないんだよね。」
「いや、いるだろ。あの点数はマズイぞ。」
「‥はい、お水」
「え、あぁ、どうも。」
ゴクッ‥ん?苦い?
「それじゃ、バイバーイ」
「上杉君、起きてください。」
「え?‥五月?ここは‥俺の家?」
目覚めるとタクシーの中で、五月に起こされ目が覚めた。
「二乃にやられましたね。まさかこんな事するとは‥住所は生徒手帳を見させていただきました。」
「二乃め!よくもやってくれたな!やる気ならとことん相手になってやる!!」
「お兄ちゃん?あ、やっぱりお兄ちゃんだ!」
らいはが家の前に出てきて、五月に挨拶した。そして、五月はうちのカレーを食べて今風太郎と2人でタクシー待ちをしている。
「明日もう一度お前らの家に行く。今日のリベンジだ。」
「わかりました。皆んなには伝えておきます。」
「今日の態度でわかったが‥全員勉強嫌いだな。」
「‥‥はい。」
「俺は全員卒業させるように頑張るつもりだ。‥だからお前らも頑張れ。」
「‥出来ますでしょうか?」
「出来る出来ないじゃない。やるかやられるかだ。」
深夜0時 雨
テレビを眺める1人眺める四葉。
ぼーっと眺めていると、画面にノイズがはしり‥
次の日 雨
「二乃、昨日は随分なことやってくれたじゃねーか‥あぁ!?まさか自分は、やり返されないとか、そんなおめでたい考えじゃねーよな?」
風太郎は中野家訪問後、すぐに二乃を壁際に追い詰めていた。壁際に追いやられ、三白眼の長身の男に壁ドンの状態で凄まれるのはなかなか怖い。しかも、二乃は知らないが元々風太郎はヤンチャしていた子供だったので、度胸はある。勉強を頑張ったため知識も高い。ただ、寛容度は低かった。そのため、昨日の二乃にされた仕打ちが我慢できなかったのである。
二乃は他の姉妹に助けを求めようと、辺りを見回したが、二乃の昨日の行いは流石に思うところもあるらしく、姉妹は目をそらした。
孤立無援の状態で、二乃は涙目になっていた。
「海より広い心をもつ俺が相手でよかったなぁ‥今日はこの特別課題プリント30枚で許してやる‥俺お手製だ。有り難く頂戴しろ。答えあわせは月曜日だ。‥明日は日曜日‥たっぷり時間はあるな?」
「で、でも明日は友達と約束が‥」
「なら今日片付ければいい話だなぁ?そうだろ?二乃ぉ?」
「は‥はい」
二乃はプリントの束を受け取り、へたり込んでしまった。
「さて、それじゃあ勉強を始めるぞ!まずは昨日のテストの復習だ。」
2時間後
「よし、休憩だ。」
五つ子達は机に突っ伏している。
「トイレ借りるぞ」
そう言って風太郎はリビングから出た。用を済ませてトイレから出ると四葉がいた。
「上杉さん、昨日マヨナカテレビ試しました?」
「いや、うちにはそもそもテレビがないんでな。‥お前やったのか?」
「はい‥ノイズみたいなのが出てよく見えませんでしたが‥」
「ふーん、良かったじゃないか。運命の相手がいて。」
「あ!信じてませんね!なら上杉さん、今日も雨ですから、試してください!」
「うちに泊まればいいじゃないですか!すぐ確認できますし、一石二鳥です!」
「はぁ!?嫌だろ、それ。なんでそこまでしなきゃ‥」
「私1人だけなんてなんか怖いじゃないですか。」
「他の姉妹にはなんて言うんだよ。」
「マヨナカテレビの実験って」
「‥それで許可が出るとは思えんが‥」
「フータロー君泊まるの?いいよ、別に。」
「軽っ!一花、それでいいのか!?」
「そうよ、あんたこの男が私にどんな仕打ちをしたか‥」
「二乃の場合は自業自得‥」
「四葉、いきなり男の人を泊めるのは流石に‥」
「皆んな、お願い!今日だけだから!」
「‥私は構わない。部屋から出ないし。」
「私もいいよ。お泊まり会だね。」
「まぁ、四葉が、そこまで言うのなら‥」
「‥ふんっ!勝手にすれば?」
風太郎のお泊まりが決定した。
23時59分
リビングのテレビの前で風太郎は1人座っていた。マヨナカテレビを見る条件が1人で見なければならないので、5人は自分の部屋に行っている。
「はぁ‥なんでこんな非科学的実験に付き合わなくちゃならないんだ‥それにしてもでかいテレビだな。」
携帯のアラームが0時を告げる。
雨音が聞こえるので、天気は雨で間違いないだろう。
風太郎は面倒くさいと思いながら、テレビの前に立った。
何も映っていないテレビにノイズが走った。
ノイズにまみれてよく見えないが、確かに人の姿が見える。
「なんだ‥これ?そんな非科学的な‥それかドッキリか?これはビデオか何かを流してるに違いないな!」
そう言って、風太郎は画面を何の気なしに触った。
風太郎の手は、画面に吸い込まれていた。
まるで水面のように風太郎の手を中心に画面が波打っていた。
「これはいくら何でもありえねぇだろ!?」
訳の分からない状況に風太郎は動けないでいた。
その時、二階部分からドアを開ける音が聞こえ、四葉降りてきた。
「上杉さん!ちゃんと見てくれました‥‥はぁ!?上杉さん?手どうしたんですか?」
「俺が聞きたいぐらいだ!最近のテレビって、人入れるのか?これが4Kて機能なのか?」
「そんな訳ないじゃないですか!とりあえず、抜いたほうがいいです!」
四葉が引き抜こうと、風太郎に駆け寄ってくる。
ズリッ‥
四葉は風太郎がフローリングにおいていた携帯を踏んでしまい、足を滑らせてしまった。
よろけて
転んだ先には
手を入れたままの
風太郎がいた。
風太郎とぶつかった四葉は
風太郎と一緒に
テレビの中へと
落ちていった。