リトルアーモリー ~彼女たちの日常の一幕~   作:魚鷹0822

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 指定防衛校の1つ、朝霧高校に通う生徒、豊崎恵那が男子生徒に告白されたという噂を聞いた姉の豊崎和花は、彼女の現状を知るべく話をする。
 あれから告白はされていないと答える恵那だが、その件の裏には、身近な人物の策謀があった……。




憧れの姉の裏の顔

 今時めずらしい、とある純和風の日本家屋の一室。住人がリビングと呼ぶその部屋も、傍から見ればちゃぶ台と敷かれた座布団、畳、襖が主体という部屋でしかない。

その部屋には、急須で淹れたお茶をすする女性と、よく似た顔立ちの少女がちゃぶ台を挟んで座っている。

 女性の名を豊崎和花(とよさき のどか)。少女の名を豊崎恵那(とよさき えな)という。名前や似た外見からわかる通り、姉妹である。

 和花はお茶をすすりながら、チャンネル片手にバラエティー番組を退屈そうに眺める恵那に視線を向ける。

「はあ~。最近の番組はつまらないわね」

 コメディが好きな彼女からすれば、イギリスのように皮肉がきいてなくて退屈、という意味らしい。彼女はチャンネルを手に幾つか番組を切り替えるも、興味を引くものはなかったようでテレビを消した。

 恵那がチャンネルをちゃぶ台に置くと、和花はもう1つの湯呑にお茶を注ぐ。それを彼女のそばに置くと、和花は肘をついた左腕の手のひらに顔をおき、目の前の妹を見つめる。間もなく姉の視線が気になったのか、恵那は和花を見つめ、少し首をかしげる。

「何か、用?」

 妹の仕草に、和花は微笑む。

「恵那、聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「何?」

 お茶を数回吹いて冷まし、湯呑に口をつけた彼女に、和花はいいはなった。

 

 

 

「あれから、彼氏はできたりした?」

 

 

 質問の直後、恵那は口に含んだお茶を吹き出した。

 

 

 お茶を吹き出すと同時に、飲んだ分が喉を通って変な場所に入り、吐き出そうと彼女は何度も咳き込む。そんな彼女を見かねた和花は、背中を優しくさする。

 恵那が落ち着いた頃、和花は元の位置に座りなおす。一方、向かいに座る恵那は、彼女を驚きと、非難をまぜた歪な笑みで見つめる。

「姉さん、なんで、そんなことを聞くの?」

「あら、可愛い妹の恋愛事情に、姉が関心を持ったら変かしら?」

「いつもは、可愛い妹、なんていわないくせに……」

「口には出さないだけ。言いたくなるときだってあるわよ」

 そんな姉を訝しみながら、恵那は咳払いをする。

「いきなり聞かないでよ……」

 いくら姉妹とはいえ、2人は性格が大分異なる。

 

 温和に見えて食わせ者の和花。

 冗談の通じない真っ直ぐな恵那。

 

 回りくどいと恵那には通じないと考えたから、和花は直球で聞いたのだが、場合によるようだ。

 

「それで、どうなのかしら?」

 和花は先を促す。恵那は湯呑をちゃぶ台におき、平静を装って応える。

「別に、あれ以降告白は受けていないけど」

 恵那は贔屓目に見なくても、可愛いし綺麗である。背中の真ん中あたりまで伸びる手入れの行き届いた綺麗な髪。整った顔立ちにシミのない肌。出るとこ出て、引っ込むところは引っ込んでいる、女性としての成長が少し進んでいる体。

 今彼女は、女子高生という、大人と子供のどちらでもない、可愛い少女のような部分と、綺麗な女性の部分が共存している時期。

 そんな彼女なら、浮いた話、恋愛話の1つや2つはあると誰もが思うであろう。だが、あいにく彼女の通う指定防衛校は、役割の違いから、共学でも男女は分けられている。なので、出会いは意外なほどに少ない。

「本当に?」

「本当だって」

 そんなある日、彼女はどこぞの男子生徒から告白をうけた。その場では返事を返さなかったが。

 保留して後日返事をするつもりでいたものの、歩哨任務の最中に偶然その男子生徒に出くわし、銃を持っている姿を怖がられて、告白を撤回していったのだった。

 

「そう。恵那なら、また別の人からされているものと思ったけど」

「いいのよ!今は色恋沙汰にうつつをぬかしているときじゃないし!」

 一般的な勉学に加え、戦闘教練もする指定防衛校は、確かに訓練に任務と毎日が多忙である。休日に招集がかかることもあるため、プライベートな時間というものは、どうしても一般的な学生に比べ少ない。

 そうなれば、出会いの機会も減ってしまうというもの。

「でも、姉としては妹がモテないっていうのも、それはそれで悩みなのよね」

「気にしなくていいの、私の恋愛事情は!」

「でも姉さん、気になるわ」

 いつになく攻勢に出てくる和花に、恵那はどう答えればいいか迷う。

「だからもういいって!」

 そして、彼女は叫んだ。

 

 

「私には姉さんがいるもの!」

 

 

 一瞬時が止まり、2人のいる空間が凍りついた。恵那は勢いに任せて発した自分の言葉の意味を悟ったのか、顔が赤く染まり始め、次第に震え始めた。

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。でもそれって、いわゆる姉妹愛?それも恵那って、そういう趣味や嗜好があるの?姉さん、詳しく聞きたいわ」

 姉の言葉の意味を理解するにつれ、恵那の顔は、湯気が出そうに見えるほど赤さを増していく。

「心配しなくても、恵那くらい可愛いいなら、きっといい人が現れるわよ」

「だから、今は……」

「でもいきなり、結婚します、なんて言わないでね。恋人ができたら、姉さんに必ず一言、相談して頂戴ね」

 恵那の言葉などまるで聞こえていないように、和花は一人で話を進めていく。

「~~~もう!わかったからこの話はおしまい!」

 和花のペースに飲まれそうになる前に、恵那は叫んで強引に話を打ち切った。ショート寸前の彼女の脳はまともに思考などできず、そう叫ぶのがせいぜいだった。

 そして目の前に置かれた湯呑を掴むと、注がれたお茶を一気に飲みほした。すると間もなく、彼女のまぶたが下がり、まどろみ始めた。

「あれ、なんか、眠く……」

「訓練続きで、疲れているんじゃないかしら?」

 和花の言葉が届いたのかは定かではないが、恵那はちゃぶ台に突っ伏し、そのまま可愛い寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 目の前で眠る妹を、満面の笑みを浮かべながら眺める和花は、表情を変えずに恵那に近付き、床に静かに横たえる。そして、彼女が使っていた湯呑の中身を手早く処分すると、素早く戸締りを確認し、リビングに戻って障子を閉める。

「……あれ以降告白はなし、か」

 床に寝そべり、寝息を立てる恵那の傍に座った和花は呟く。

「まあ、このまま一生無くても、構わないのだけれど」

 リビングで1人、和花は微笑み、恵那を頭のてっぺんからつま先まで、じっくり、なめるように観察する。

 自分に似ていても、可愛げのある顔、大きめの胸やお尻、くびれた腰、綺麗で長い髪。

「ほんとに、綺麗になったわね」

 和花は彼女の体のあちこちをいたわるように撫でる。

 幼いころから成長を見守ってきた、たった1人の大事な妹。最近は次第に体が丸みをおび、色気が出てきて、確実に女性の体になりつつあった。

 和花は恵那の前髪をかきあげ、おでこに唇を一瞬だけ触れさせた。妹を見つめる姉の目は、どこか、泥沼を思わせるほどに、濁っていた。

 そんな瞳で恵那を見つめつつ、和花は呟く。

「恵那、心配しなくても、あなたに近づく悪い虫は、お姉ちゃんが全部撃ち落としてあげる」

 指定防衛校は、男女が分けられるため、悪い虫がつきにくいと言われる。それは、和花にとって好都合だった。

 恵那が受けた告白だが、それを男子生徒が撤回していった裏には、和花の策謀があった。

 

―――銃を見た程度で怖いと逃げ出す男に、恵那は渡さない。

 

 年が離れていても、言い合いをしたことがあっても、銃にイタズラされそうになったことがあっても、和花にとって彼女は、血を分けた妹。要するに、可愛いのだ。目に入れても、痛くないほどに。

 彼女が指定防衛校に入学したとき、和花は不安と安心が入り混じり、複雑な心境だった。日々任務で危険な目に会うかもしれない。その一方で、悪い虫がつく可能性はない。

 そんな複雑な心境だった和花にとって、恵那が告白されたという事実は、寝耳に水だった。

 彼女ほど可愛くて綺麗ならば、そんなことがあって当然と思う一方、大事な妹を任せられる男なのか、それが最も気になった。

 それを確かめるべく、恵那に告白してきたという男子に試練を課すことにしたのだった。 

 和花は自分のもつあらゆる情報網やコネを惜しみなく使い、妹に告白してきたという男子を調べ上げ、計画を即座に立て、実行に移した。

 

 最初の試練は、銃が平気かどうかを知ることだった。恵那の将来の夢は、和花と同じ自衛官。なら、銃を見た程度で逃げ出すようでは論外。そう考えた彼女は、その男子生徒の通学路と、恵那の歩哨ルートがかぶるようシフトを組んだ。

 そして、その結果は知っての通りである。

 

「はあ~」

 和花は、天井を見上げ、天にも登るような幸せそうな表情を浮かべる。

「私には姉さんがいるから、ねえ……」

 先ほどの恵那の台詞を反芻し、和花は頬を赤らめる。

「あの堅物で不器用な恵那が、正面からそんなこと言ってくれるなんて、嬉しいわ~」

 彼女は、ポケットに隠し持っていたレコーダーを取り出し、大事そうに両手で包む。

「後でちゃんと保存しておかないと」

 そして、再び床で可愛い寝息をたてている妹を見下ろす。

「恵那、安心して。たとえこの後告白がなくても、お姉ちゃんがいるから」

 そして一人、静かに呟いた。

 

 

「だって、あなたは、私の(もの)だもの」

 

 

 軟弱な男に、大事な妹は渡さない。恵那が欲しいなら、まずは自分を乗り越えてみせろ。それが、和花の考えだった。

 和花は恵那の腰と膝の裏に腕を回し、彼女を持ち上げる。

「あなたにつく悪い虫は全て撃ち落とすし、あなたが願うなら、なんだって手伝ってあげる。だから……」

 

―――少しくらい、味見してもいいわよね?

 

 和花は彼女を抱えて一人、家の廊下を静かに歩いていく。床板が軋む音が一定の間隔で響き、彼女が自室に入ったところで、家の中は、静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていうことは、ないんですか?」

「ないわ」

 古流高校の制服に身を包み、ショートボブの髪を揺らす生徒、朝戸未世の話した妄想話を、和花は即座に否定した。

 元々、未世は和花先生に用事があって彼女の城たる保健室にやってきた。そして話が弾み、先程の妄想話をしたのだった。

「そうなんですか?」

 不思議そうに、未世は首をかしげる。

「妹の恋愛事情に、職権乱用めいた手段を使って介入したり、姉妹が家族以外の感情を抱くというのは、漫画とかドラマとかでしかない内容よ。現実には、そんなことありえない」

 一人っ子の未世には想像しづらいのか、首をかしげる角度が深くなる。

「そうなんですか?恵那ちゃんが密かに男子と付き合っていて何も話してくれないとき、調べるために持てる手段全てを使うってことはないんですか?」

「ないわ」

「どこかの国では、恋愛と戦争では手段は選ばない、なんていいますよ?」

「……恋愛は戦争じゃないわ」

「可愛いすぎる妹を前に、現実と自分の気持ちとの間で葛藤するってことはないんですか?」

「ないわ」

「じゃあ、妹はあげないぞ~、とかは?」

 和花は矢継ぎ早に質問をしてくる未世を前に、困った笑みを浮かべる。この年頃ならば恋愛話に興味を持つのは不思議ではないが、未世の場合は少し違う方向に向かっている。

「……まあ、恵那のことが可愛いっていうのは否定しないけど、だからといって色恋沙汰にまで介入するのは良くないわ。彼女も、一人の意思を持った人間だもの」

 恵那と出会ってから、未世は思っていた。

 

 恵那が和花を好きなのは明らかだが、逆はどうなのか。

 

「じゃあ、今すぐ恵那ちゃんに彼氏ができても、それは認めるんですか?」

 一瞬、和花の体が硬直した。

「それは、……恵那自身が決めることね。まあ、どんな彼氏であれ、妹を幸せにしてくれるなら、姉としては歓迎よ。彼女の意思は、尊重しないと、いけないもの」

 和花の表情は曇り、どこかさみしそうな色をにじませる。

「いいんですか?試練を課して試したりしなくて?恋に障害は付き物、なんていいますよ」

「それこそ、ドラマのネタね」

「そういうものなんですか?」

「それから、朝戸さんの話のようなことを恵那にしたら、私は捕まるわ。冗談抜きで」

 未世の妄想の中で、和花は恵那のお茶に睡眠薬を仕込んだり、盗聴したり、果ては自室に連れ込んでいた。

 こんなことを現実でやれば、いくら家族といえど、犯罪であるのは明らかだった。

「そうですか……。恵那ちゃんは先生大好きですから、もしかしたら受け入れてくれるかもしれませんよ?」

「……想像してごらんなさい。規則や決まりにうるさい彼女なら、迷うことなく私を警察に突き出しそうじゃない?こんな姉さんいらない、とか。ちゃんと罪を償ってきて、とか」

 未世は、あははと渇いた笑いを漏らす。夏の共同演習で一緒の分隊になって以来、未世は恵那を見続けているが、最初に抱いた印象は委員長っぽい、というものだった。

 規則や規律にうるさい彼女なら、身内贔屓などしないだろう。そう考えれば、ありえそうではあった。

「姉妹愛って難しいですね」

「それは姉妹愛っていうのかしら?」

 和花は苦笑する。

「まあ1つ言えるのは、妹が嫌いな姉はいない、ということかしら」

「なるほど」

 未世は頷き、出されたコーヒーの紙コップに口をつける。

「ところで朝戸さん、今の私の言葉、誰にも言わないで頂戴。特に恵那には、ね?」

「はい、勿論です」

 念のため、和花は未世に釘を刺しておくのであった。

 

 

 未世が去っていった保健室で一人、和花は大きく息を吐き出す。

「天然に見えて、勘は鋭いわね」

 先程の話、ありえないといったものの、和花は実際、限りなく近いことを既にしていた。妄想だと流したが、話を聞いていたときの和花は、頭の中を覗かれているようで、内心冷や汗をかいていた。

 未世なら、いつか本心を見抜かれてしまうかもしれない。

「余計なことを話さないか、監視する必要があるわね」

 和花はスマホを操作し、関係者にメールを送信した。内容は無論、朝戸未世に目を光らせろ、というものだった。

 

 

 

「ていうオチはないんですか?」

「ないわ」

 またも未世の妄想は否定された。

「はいはい、妄想はそれくらいにして、早く部活に行くか、帰宅しなさい」

「は~い」

 未世は一人、今度こそ帰路へついた。

 

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