リトルアーモリー ~彼女たちの日常の一幕~ 作:魚鷹0822
空き部屋で2人きりという状況下で、凛が彼女を呼び出した理由とは……。
以前投稿した「2つの道、彷徨う弾丸」の後日の話になります。長くなってしまったので、上・下に分けます。
*ホラー要素、若干残酷な表現を含みますので、苦手な方はご注意下さい。
床ドン、というものをご存知だろうか?
床を足でドンドン蹴ること?
床を銃でドン、と撃つこと?
床にロケットランチャーを撃ち込むこと?
床に爆薬しかけて爆破すること?
正解は最初の、床を足でドンドン蹴ること、である。間違っても残り3つのような物騒な意味ではない。
もっとも、今では意味が変化し、時折漫画などで見られる、好きな女子を男子が床に押し倒す行為のことを言う。
相手を壁際に追い詰める壁ドンに並び、女子が男子からして欲しい行為の1つであるという話がある。
「あの~、ちょっと……」
茜色に染まる空、遠くに響く部活中の生徒たちの喧騒。そんな風景から離れた静かな部屋の中、2人の生徒が向かい合う。
1人は床に押し倒され、もう1人は相手の足の間に膝をつき、両手首を片手で押さえつけている。いわゆる、床ドンの状態である。
これが異性同士なら、理想の状況かもしれない。だがあいにく、どちらも同じ制服を着ている同性同士、まして女性同士では、一部を除き需要はない。
「その、あの……」
床に倒されている生徒が何度呼びかけても、見下ろす相手が口を開く様子はない。
床に押し倒されている生徒を、
―――なんでまた、こんな状況に……。
同級生で特殊戦科所属の凛から、2人で話がしたいとスマホにメールが届いたのは数十分ほど前のこと。
そして指定されたこの空き部屋で待つこと数分。
部屋に入ってきた凛が後ろ手でドアに鍵をかけると、無言でにじり寄ってきた。凪は不審に思い、後退った。だが、床に置かれていたダンボールに足を取られ、尻餅をついた。
その隙に彼女は一気に距離をつめ、凪の両手首をつかんで床に押さえつけ、今の状況に至る。
―――あんな一件があったし、もう少し警戒するべきだったかな……。
背中に当たっているのが壁か、床かの違いはあるが、以前彼女は、屋上に同じように呼び出され、塔屋の壁に追い込まれ逃げ場を絶たれたことがあった。
今は両手首を押さえつけられ、逃げ出すことはできない。部屋が施錠されている以上、助けは望むべくもない。
「……それで、私をこの部屋に呼び出した理由は何ですか?」
凛の真意が何であれ、この状況を変えるには彼女の目的に応えるしかない。
「……あなたに聞きたいことがある」
その言葉に息を飲み、じっと待つ。彼女が2人でなければならない状況下で聞くことなど、詰問にも近い内容に違いない。
以前屋上に呼び出されたとき彼女は、なぜ同じ夢を持っていた学友、
「聞きたいことには答えますから、とりあえず、座って話しませんか?」
床と凛に挟まれている状況を嫌がったのか、座ることを提案したが、
「……ダメ」
と否定されてしまった。
「なんで!?」
凪が体を起こしそうになったのを、凛は押さえつける。
「……こうしておかないと、あなたが逃げるから」
「逃げませんよ!」
その言葉に、彼女の瞳が刀のように細められる。
「……以前屋上に呼び出したとき、隙を見て逃げ出そうとしたのは誰?」
否定できない指摘をされ、凪は押し黙る。やむなく、この状態で話を進めることにする。
「それで、聞きたいことってなんですか?」
彼女は、鼻先が触れそうなほど顔を近づけてくる。
「……本当はわかっているんじゃないの?」
「わからないから聞いているんです」
「……胸に手を当てて、よく考えてみれば?」
だったらあなたが押さえている私の両手を離してください、というツッコミを凪は飲み込む。しかも今回は、凛の首元を飾る制服のリボンで両手首を縛るという念のいれようである。
「……まあいいか。時間も勿体ないし」
凪は黙って、凛の言葉を待つ。
「……あなたはもう一度、未世と同じ夢を目指す。そう決めたのは確か?」
首を縦に振って頷く。凪はクラスメイトの未世と、イクシスと仲良くできる方法を探す、という夢を共有していた。だが、彼女は任務中に再会を望んだイクシスに出会い、殺してしまったことで、夢を捨てて未世から離れた。
その後、彼女の説得や幾つかの出来事を経て、もう一度同じ夢を目指すと、2人の道は重なった。
「……なら、どうして」
凛の目が細められ、向けられる視線が鋭さと冷たさを増す。でもその表情には、どこか悲しさがにじんでいる。
「……未世が、今も不安がっているの?」
「……へ?」
凪は表情を緩め、呆気にとられた。
「……未世は不安がっている。あなたが、またいつか離れてしまうんじゃないかって」
「不安がって、いるんですか?」
凛は頷いた。
「あなたが離れないようにするには、どうすればいいかって、何度も聞かれた」
「でも、とてもそんな風には……。未世さんは会えば背中に飛びついてきたり、スキンシップはしていますし、休み時間はよく話してますし……」
「……自慢か」
「自慢じゃありません!現状ですよ!」
「……そう。まあ、私の知らないところで何しているかは後日ゆっくり問い詰めるとして」
後日、己に待ち受ける回避不可能な運命に気が重くなる。
「……でも、未世が不安がっているのは事実」
「そ、そんなに不安がらなくても……」
凛は今度は、カっと目を見開き、凪の瞳を、頭の中を覗きこむように迫る。
「……ロクに理由も告げず未世を、ある日、突然、急に、見捨てたのは誰?」
「ごめんなさい……」
同じ夢を持っていたのに、彼女はある日、突如未世を見捨てた。あのときの、彼女の悲しみに歪む表情は、今も忘れられない。
だが、普段はあの元気が服を着て歩いているような未世が不安がるなど、おおよそ想像できなかったが、付き合いの長い幼馴染の彼女がいっているということは、嘘ではないだろう。
「……だから責任もって、未世の不安を取り除いて」
「取り除いてって……、どうやって?」
現状、彼女は未世と時間を過ごすときを増やしているし、スキンシップだって受け入れている。
最近は、胸やお腹、太ももを触るなど過激さを増し、相手が凪でなければ警務に通報されるレベルにまで来ている。
「今できることはしていますし、凛さんの勘違いじゃ……」
凛が、見開いた目を瞬く間に鋭く細める。
「……そう」
彼女は静かに言った。
「……なら、実際感じてみるといい」
静かな廊下に足音が等間隔で静かに響き、彼女たちの部屋の前で止まる。
「……彼女の不安を」
直後、ドアの鍵の開く音がし、引き戸が開けられた。
「凛ちゃ~ん、こんな所に何のよ……」
ドアを開けたのは、先ほどの話題の中心人物、朝戸未世だった。
彼女は目の前で繰り広げられる光景を見て、銅像のように固まる。
「あ、あの、未世、さ」
すると、未世は素早く部屋に入って扉を締めて鍵をかけ、すかさずスマホを取り出し目の前の光景、凛と凪の状態を撮影した。
「ちょ!ちょっと!」
かざされたスマホがどけられると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「凛ちゃん、凪ちゃん、2人してこんな場所で、何をしているんですか?」
「み、未世さん。これは、その……」
先日の屋上の時と同じように、現状をどう説明したものか、必死になって脳を働かせる。
「……凪を問い詰めていた」
困惑する凪をよそに、凛が静かに応える。少しばかり、不敵な笑みを浮かべて。
「……また、未世を見捨てるのか、って」
その瞬間、部屋の中のもの全てが凍りつき、時が止まったような錯覚に陥る。
間もなく、凛は凪の上からどき、彼女は立ち上がって未世に歩みよる。手首を縛っているリボンはほどいてもらえなかったが。
「あ、あの、未世さん。さっき凛さんが言ったのは」
「凪ちゃん」
固まっていた未世が、ゆっくりと顔をあげ、視線をあわせる。
「……私、あれからずっと、不安だったんですよ」
途切れながらも、彼女は言葉を紡ぎ始めた。そのときの未世の表情に、凪は釘付けになった。
「……あなたがまた、いつか、私から、離れてしまうんじゃ、ないかって」
彼女はゆっくりとした口調で言う。
底の見えない泥沼のように濁り、焦点の合ってない虚ろな瞳で、凪を見据えながら。
「だから、一緒に時間をすごしたり、しているんですよ」
彼女は突如足を一歩踏み出し、距離を詰めてきた。
「でも、不安がなかなか、消えなくて」
また一歩踏み出す。それに合わせ、凪も一歩下がる。
「凪ちゃんは、もう私を、見捨てたり、しませんよね?」
底のしれない濁った瞳で、未世は凪を捉え続ける。
「え……、も、勿論、ですよ」
いつもの彼女とは明らかに異なる雰囲気に、体がこわばり、心臓の拍動が次第に早まっていく。
「……でも、不安は消えなくて。どうすれば、いいんでしょうねぇ」
亡者のようにおぼつかない足取りで迫る未世、後退る凪。距離は一定だが、狭い室内。すぐに終わりがやってくる。
脳内では、この場からすぐに逃げろ、そう警報がなっているが、逃げ場はない。
壁際までもう距離がないことを悟り、凪は歩みを止める。未世は、少しずつでも距離を詰めてくる。そして2人の間が1mほどにまで近づいたとき、足を止めた。
「あ、いいこと思いつきました」
突如、先程の雰囲気が嘘のように、彼女は夏空のように晴れやかな笑みを浮かべた。
「何を、ですか?」
「凪ちゃんが私から絶対に離れていかない方法です」
彼女は両目を大きく見開き、凪を視界に収める。明るい笑みとは反対に、濁った瞳で。
絶対にいい方法などではない。
不安に取り憑かれた者が考える、相手を逃がさない方法。その言葉を聞いて脳裏に、鎖、手錠、監禁という言葉がよぎる。
もっとも、それらだったらまだ可愛かった方かもしれない。
想像だにしない言葉が、歪んだ笑みを浮かべる未世の口から放たれた。
「あなたを……、タベチャエバイインデスヨ」
「……え」
凪は、未世の発した言葉が理解できなかった。その真偽を確認しようとした瞬間、彼女が飛びかかってきた。
両肩を捕まれ、床に押し倒される。背中を打ち付けた衝撃に顔をしかめていると、未世は凪の首元のリボンとシャツの前を手荒な手つきで外し、口をゆっくりと開ける。
そして、首の付け根の左側に歯を突き立てた。
「み、未世さん!」
首元からの痛みや、彼女の信じられない行動に戸惑いつつも、引き剥がすべく手を突っ張る。だが、両手首は凛のリボンで縛られたまま。それでもなんとか力を込めて彼女を遠ざけようとするが、巨木のようにビクともしない。
彼女も訓練を受けている指定防衛校の生徒。並の女子高生とは違う。
「み、未世さん!や、やめて!」
首の痛みが増す中、彼女は必死に叫ぶ。
「大丈夫ですよ。これでイツデモ、ドンナ時でも、一緒デスカラ」
だが、彼女は人間を喰らうゾンビのように止まらない。体内に取り込まれれば、髪の毛は排出されないとか、彼女の血肉の一部になるとかいうが、本当かは誰も知らないし、そんなものはヤンデレ小説の中だけで十分だ。
未世に噛まれながら、凪はぼ~っと思う。自分の行いは、彼女をこんなにしてしまうほど、不安を与えてしまったのか。
それほどに、たった一度とはいえ、突然見捨てたことは、彼女に大きな衝撃を与えてしまったのだと悟った。ふと視界の端に、凛の姿がうつる。
未世に噛まれている凪を、彼女は冷たい目で、黙って見下ろしている。近づいてくると、そばにしゃがみ、静かに言った。
「……これが、あなたがした行いの結果。ロクに理由も告げず見捨てたせいで、未世がどれだけ悲しんだか、今も不安を感じているか、わかる?」
頷くこともできず、凛の言葉をただ聞く。
「……だから、その罪は償って」
冷凍庫の冷気のように冷たい声で、ニヤつきながら彼女は言った。
「……未世に、食べられてしまえ」
その言葉を最後に、凪の意識は、暗闇に包まれていった、