機械仕掛けの人類へ   作:トクサン

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絶望に至る巨影

 

「ゲホッ――なぁ、オイ、生きてるかァ、銀次ぃ」

「……まぁ、何とかな」

 

 立ち上る砂塵、アスファルト舗装された道路、その瓦礫を跳ね除けながら声を上げる。見れば四郎が直ぐ横に転がっていた。兜の表面を撫でながら覚束ない足取りで立ち上がる四郎、銀次は直ぐ横に突き刺さった中巻野太刀を抜き放ち表面を覆っていた砂を払う。周囲は薄暗く、恐らく地下である事しか分からなかった。辺りには中途半端に舗装された壁やら天井が見える。しかし所々から土が見え隠れし、さらさらと床に零れ落ちていた。

 幸いにして怪我は一つとしてない。軽く脳が揺すられただけだ。銀次は未だに揺れる視界を整えながら鞘のまま中巻野太刀を地面に突き刺し、そのまま寄り掛かって呟く。

 

「一体、何が起きた?」

「さぁて、俺にはサッパリだ、俺にも分かるのは此処がリアリディアじゃねぇって事だけだな」

「そんな事は誰にだって分かるだろう、問題は一体どうやって俺達が此処に来たか――だ」

「それこそ知らねぇよ、テレポーテーションとかじゃねぇのか? 出来るかは知らねぇけどよ、突然視界が切り替わったと思ったら地面とコンチハだ、全く冗談じゃねぇ」

「……成程」

 

 銀次が最後に見た光景はリアリディアの内部、人類保護区と呼ばれた部屋の風景だ。少なくとも銀次と四郎は部屋を出た記憶を持たない。気付いたら見知らぬ場所に放り出されていた。『いつの間に』とか『気付いた時には』とか、銀次は嫌いな表現であったが事実そうであったのだから他に言いようがない。文字通り気付いたら目の前に地面が迫っていて、そのまま叩きつけられたというのが現実だった。テレポーテーション攻撃を受けたという四郎の言葉に銀次は納得する、寧ろそれ以外にどうやってこんな事が出来るのかと。しかし対象を指定してテレポーテーションできる兵装、或は装置など存在するのか。

 

「兎に角ディと……キルヒにも連絡を、最悪誰でも良い、兎に角通信を飛ばせ」

「あぁ、あぁ、分かっているっての、クソッタレ」

 

 悪態を吐きながら四郎は動き出す。しかし四郎と銀次が救難信号を飛ばすよりも早く、二人の目に影が映った。周囲を覆っていた砂塵の向こう側に黒い影が蠢く。地鳴りの様な音と共にゆらゆらと揺れるソレ、銀次と四郎は砂に塗れた兜を指で拭いながら思わず吐き出した。

 

「……あぁクソ、全く、コイツ等ってもっと貴重なレアモンスターみてぇなモンじゃねえのかよ」

「……俺達がたった二人の人類だからかもしれないな、殺したくて殺したくて仕方ないんだ、なんせ他に獲物がいないのだから」

「ハッ、酷い話だ」

 

 四郎も吐き捨てながら背中の中巻野太刀を抜刀――目前を見つめる。砂塵が晴れた先に見えるのは予想通り。こんな巨大な反応を二人は他に知らない。

 

「マザー」

 

 呟いた言葉は虚空に消えた。目の前に見えるのは三メートル程の巨躯、マザーとしては余りにも小型、しかし視界に表示される熱源反応は巨大過ぎた。外見はまるで蟻の様だった――いや、実際蟻を象っているのだろう。体を左右に揺らし大きな鋏のような口をギチギチと鳴らしている。無論体は機械だ、あくまで型であって生物ではない。「気持ち悪い奴だ」と四郎が吐き捨てた、そして銀次もその言葉に同意する。

 そして次の瞬間、奴は轟音と共に飛び上がった。大量の土砂と共に体全体が出現する。巨大な腹部、丸まったダンゴムシの様な鋼鉄の塊。頭部から足にかけての部分は奴のほんの先端に過ぎなかった。飛び上がったマザーの勢いに土砂が巻き上げられ、轟音と共に巨躯が着地を果たす。どうやら土の中に潜り込んでいたらしい、そんな機械は初めて見た。降り注ぐ土砂を払いながら四郎は呟いた。

 

「――蟻地獄」

 

 そうだ、コイツの外見はウスバカゲロウの幼虫、蟻地獄に酷似していた。こんな地下の薄暗い空間に住んでいるのも納得である。奴の体で地下空間の半分近くが埋まってしまった。何と言う巨体、前部分ならば兎も角後ろの腹部でも叩きつけられたら圧死してしまうだろう。

 

「四郎、通信は」

「あぁ、今すぐに――」

 

 銀次と四郎はキルヒやディに対して救難信号を送ろうとする、どう考えても過剰戦力だ。自分達二人でマザーを相手取れるとは欠片も考えていない。しかし次の瞬間、蟻地獄が甲高い鳴き声と共に後ろの背中から複数の円柱を生やした。一体何だと身構える二人を前に青白いパルス波が周囲に撒き散らされる。銀次と四郎はその場に伏せ、そのパルス波をやり過ごすが――影響は直ぐに現れた。

 

「ッ、EMPか!?」

 

 銀次が叫び舌打ちを零す。パルス波を浴びた次の瞬間視界情報が揺らぎ、モニタが不鮮明になったのである。無論銀次達の着用している鎧武者にも対EMP措置は取られている、その為全機能を停止させる事はなかった。しかし一瞬機体が気を失ったように軋み、通信機能やマッピング機能が沈黙、銀次の視界に表示されていたパラメータが見えなくなった。時折ノイズも走る、一時的なものではない、コイツはEMPを垂れ流しにしているのだ!

 

「妨害特化のマザーとかアリかよ畜生!」

「マザーにそんな事言っても通用しない、良いから止めるぞ四郎ッ!」

 

 銀次と四郎は抜刀した中巻野太刀を構えて突進する。二人で倒せるとは思っていない、しかしEMPを止めなければ逃げる事すら困難だった。狙うのは背中に生え出た円柱である、青白く光るラインを持つソレは明らかにEMPの発生に関与していた。

 

「デカイから鈍いなんて思うなよ!」

「二度目はねぇよッ!」

 

 銀次の言葉に四郎は叫び、地を這うように駆ける。蟻地獄は接近して来る二人を見下ろし脚で駄々を捏ねる様に攻撃を開始した。いや、それが攻撃なのかどうかも定かではない。ただ二人を近付けない様に威嚇している様にも見えた。

 だがその巨体でランダムに脚を地面に叩きつける行為はそれだけで威圧感もあるし殺傷力も十分である。何かの拍子に直撃を貰えば一撃であの世に送られる事は明白だった。脚が地面を踏み締める度に部屋全体が軋み、パラパラと土砂が降って来た。

 

「このデカブツ……! 暴れんじゃねぇ!」

 

 四郎は暴れる足の間を掻い潜って蟻地獄の顔面に中巻野太刀を叩きつける。斬るというよりは殴り付けるという様な使い方だ。案の定、ガチン! と火花と甲高い音を鳴らした刃は蟻地獄の表面を軽く傷つける程度で全くダメージは通っていない。

 ダメージが無い事に舌打ちを零す四郎、その左右から大顎が迫り四郎を切断しようと音を鳴らす。

 

「四郎、危ない!」

「分かってるっつうのッ――」

 

 シャコン! という鋭い音が響いた。四郎が間一髪で屈んだ瞬間、その頭上を大顎が締め付ける。マトモに食らっていれば上半身と下半身が分かれていた、そう思ってしまう程度には恐ろしい一撃、まるでギロチンだ。四郎はそのまま頭から転がって距離を取り、再び中巻野太刀を構える。銀次はそんな四郎の脇を駆け抜け、今しがた四郎が斬り付けた顔面を蹴り飛ばし宙を舞う。胴体を飛び越え目指すのは背中――EMP発生装置の役割を果たしているのであろう円柱である。

 

「一本、貰ったァッ!」

 

 面頬の中で叫び、銀次は中巻野太刀を振り下ろす。肩口から斜めに、落下する速度と腕力、筋力補助を重ねた一撃は中巻野太刀の頑丈さも相まって中ほどから火花と共に円柱の一つを斬り飛ばした。破砕音、砕け散る欠片、ブルーライトが視界の中で瞬き半分になった円柱が宙を舞う。

 瞬間、銀次の視界に一瞬マッピング機能が復帰した。ほんの一秒にも満たない時間、それだけで十分だった。一瞬でも機能が戻ったという事はマザーの妨害機能が低下した証左に他ならない。銀次は斬り付けた円柱を睨めつけ叫んだ。

 

「四郎! この円柱だ、コイツを狙え!」

「おぉッ!」

 

 四郎は力強く返事をする。銀次は振り抜いた中巻野太刀を勢いそのままに引き戻し、そのまま二本目へと斬りかかろうと飛び出す。しかし次の瞬間に足元が揺らぎ、視界が反転、宙へと放り投げられた。蟻地獄が体を大きく左右に揺らしたのだ、そのせいで銀次は体勢を崩し足を踏み外した。

 

「ぐぉッ……!?」

 

 宙に投げ出された銀次は直ぐに体を捻って体勢を整え、落下する地面に足から着地。そのまま勢いを殺す為に転がる。しかし咄嗟の事で落下の勢いを殺し切れず盛大に二度、三度回転した後に停止、鎧武者が土砂に塗れた。

 地面に這い蹲りながら顔を左右に振り付着した土砂を払う。視界が揺れたが問題無い、機体や肉体にダメージもなければ武器も失っていない。銀次は中巻野太刀を杖代わりに突き立て、そのまま立ち上がろうとし――その頭を踏み潰さんと振り下ろされた脚を間一髪の所で避ける。

 轟音と共に地面が抉られ、そのまま二発、三発と銀次を追って脚が次々と飛来する。しかしその全てを銀次は転がって避け、僅かな隙を見つけて大きく後方へと跳躍、砂塵を巻き上げながら着地し呟いた。

 

「妨害特化のせいか、戦闘力は然程高くない……いけるか?」

 

 そう言って中巻野太刀を握り込む。奴の性能は妨害機能に特化していた、巨躯から繰り出される攻撃は確かに脅威でもあり恐ろしいものだが大断蜘蛛の様に掠っただけで致命傷になり得るものではないし、予想以上に機敏であるという事もない。或は他の兵器と併用して運用する事が前提のマザーなのかもしれない。

 

「おぉぉぉォオオオッ!」

 

 四郎が叫び不安定に揺れる背を物ともせず円柱の一本を力任せに斬り飛ばす。いや、アレは斬り飛ばすというより圧し折ったという表現が適切か。中巻野太刀が食い込んだ断面は内側にめり込んでおり、明らかに技ではなく力で貫通させたという切り口だ。

 しかし破壊は破壊、八本あった内の円柱が六本になる。このまま順に円柱を破壊出来れば奴の妨害電波も停止し救難信号を発信できるだろう。銀次も勢いこのまま押し切ろうと駆け出した次の瞬間――蟻地獄が金切り声を上げた。

 それは地下空間において暴力的とも言える音量だった。走り出そうとした銀次の体が音の圧に弾き飛ばされ、数歩後退し体を竦める。奴の背中を駆けていた四郎はその場で足を滑らせ、しかし咄嗟に背中の表面に脇差を引っ掛けてぶら下がった。

 

「ッ、何だ……!?」

「銀次ッ!」

 

 四郎が焦燥した声色で叫ぶ。音に竦んでいた銀次はハッと顔を上げ、瞬間視界に飛び込んで来たのは――六つの穴。それは黒光りしていて、幾つかの細長い筒を纏めた様な形をしていた。それが自分に向かって突き付けられている。その正体を看破した瞬間、銀次は中巻野太刀を投げ捨て近くの大きな瓦礫に飛び込んだ。

 

 轟音、数多の銃声とマズルフラッシュ。

 

 蟻地獄が腹の中から取り出したのはガトリング砲、それが二門、銀次に向かって突き付けられ火を噴いた。地面を揺らす轟音と空薬莢同士が重なる音、それが連続して鳴り響き銀次の飛び込んだアスファルト舗装された道路の残骸を無情にも削り取っていく。飛び散る破片、弾丸が硬質的な何かを削り取っていく音、そんな音の洪水に呑まれながら銀次は叫んだ。

 

「何でマザーが実弾兵器なんて積んでいるだ!? 骨董品じゃなかったのかッ!」

 

 頭を抱えながら瓦礫の影に蹲り銀次は悪態を吐く。しかし叫んだ後にコレが奴の戦い方なのだと理解した。あのEMPは行動を阻害する目的もあったのだろうが、何より『エネルギー兵装』を停止させるものだったのだ。

 相手の武器を使用不能にし、後は一方的に使用可能な実弾兵装で仕留める。成程、支援特化なんてとんでもない、エネルギー兵装が主戦力であるこの星では十分に驚異的なマザーだ。

 ガトリング砲の攻撃によって瓦礫は瞬く間に破砕される。銀次は壊れる寸前に瓦礫の裏から飛び出し、腰部の収納口からスモークグレネードを取り出して即座に起爆させる。火薬の爆ぜる音と共に白煙が周囲に立ち込め、銀次の姿が一瞬にして掻き消えた。それでもマザーはガトリング砲による射撃を止めない、盛大なマズルフラッシュを焚きながら銀次の居るであろう場所に向けてやたらめったらと撃ちまくった。

 

「このクソ野郎がァッ!」

 

 四郎はそんな蟻地獄の背の上で立ち上がると不安定な足場もモノともせずに円柱に向けて中巻野太刀を叩きつける。ガチン! と音が鳴り響き刃は円柱の中ほどまで埋まった。足場が悪いせいで一刀にて斬り飛ばす事は出来なかったが、ブルーライトは何度か点滅しやがて光を失う。

 ある程度の損傷を与えれば機能は停止する。モニタのノイズが目に見えて減少し、四郎は円柱から無理矢理野太刀を抜き放つと続けて残りの五本も破壊しようと動いた。しかしそんな四郎に無数の銃口が向けられる。見れば奴の円柱が生えていた背中から幾つもの固定砲台が顔を覗かせていた。いつのまに、四郎がそう驚きの感情を抱くも時間は止まらない。

 

「うぉ、ォぉォ!?」

 

 鳴り響く銃声、四郎の悲鳴。四郎は自分に殺到する銃口から逃れる様に背中から飛び降りる。多くの弾丸が閃光の様に四郎の左右を奔り、幾つかの弾丸は鎧武者の装甲を強かに叩く。衝撃で体勢を崩した四郎が受け身も取れずに地面を転がり、中巻野太刀が地面の上を滑った。

 

「四郎ォッ!」

 

 白煙の中から飛び出す銀次、地面に叩きつけられたまま呻いていた四郎の腕を掴んで駆ける。間一髪で銃弾が四郎の居た場所を抉り、半ば引き摺る様な形で近場の瓦礫に飛び込んだ銀次は「大丈夫か!?」と叫んだ。

 

「ゲホッ、あぁ……あぁ、大丈夫だ、問題ねぇよ」

 

 咳き込む四郎、所々凹んだ鎧武者の装甲を指でなぞり「あぁ、クッソ、滅茶苦茶痛かったぞ」と悪態を吐く。しかし弾丸は貫通していなかった、全て表面装甲で止まっている。実弾なのが幸いした、これがレーザー兵器の類であれば貫通していたかもしれない。衝撃は生身を強かに叩いたが怪我らしい怪我は無かった。

 

「武器を落としちまった、脇差も使っちまったし、俺ぁもう丸腰だぜ」

「俺のをやる、上手く使ってくれ」

 

 自分の空っぽの手を見て肩を竦める四郎、そんな四郎に銀次は中巻野太刀を押し付ける。白煙から飛び出す瞬間に回収した自分の野太刀だった。四郎の持っていた野太刀は落下の瞬間に手放し、蟻地獄の近くに転がっていた。

 

「良いのかよ?」

「俺はまだ脇差がある、それに脇差じゃ力任せに振ったって大した威力は出ない、お前の野太刀を拾うまではこうした方が良い」

 

 銀次はそう言って四郎に大した怪我が無いと確認を行い、大丈夫だと判断した後瓦礫の横合いから顔を出して蟻地獄を観察した。四郎と銀次が隠れた瓦礫に対して蟻地獄は沈黙を守っていた。背中や腹から取り出した銃器は動かない、ただこちらに銃口を向けるだけに留まっている。エネルギー兵装と違い実弾は有限だ、恐らく無駄弾はここぞという時以外は使用しない様にプログラムされている。アイツに白煙は効かなかった、熱探知か粒子か、銀次は此方を見る赤色の三つ目をじっと睨みつける。

 あのデカイ背にはたらふく弾薬が詰まっているに違いない。

 

「さて……どうするか、まだ通信機能は回復していないよな?」

「あぁ、回復はしてねぇが一本潰すごとに状況は良くなっているぜ、コイツの兵装妨害兵器にしちゃちっと中途半端過ぎねぇか?」

「多分通信機能やマップ機能を潰す事が目的じゃないんだ、これは副産物だよ、メインはエネルギー兵装の妨害だ」

「あん? エネルギー兵装の妨害?」

 

 四郎が怪訝な声を出す、俺達はエネルギー兵装なんて持っていないぞと言いたげな声だった。当たり前だろう、連中が想定している敵は機械人形か若しくは同じマザーだ。合金を着込んだ人間なんて敵の数に入っていない。

 銀次は瓦礫の隅っこから僅かに顔を出し、マザーから生え出たガトリング砲を指差しながら言う。

 

「そうだ、この世界じゃ実弾兵装なんて骨董品だ、だというのにマザーという『決戦兵器』にそんな骨董品を搭載するなんて、変な話だろ? 俺達の世界で言えば艦船にボウガンを積み込んでいる様な物だ」

「そりゃあ……おかしいな」

「だろう? 多分、エネルギー兵装を封じて自分だけ実弾兵器で一方的に攻撃するか――或は二人組(チーム)で動いていたマザーなのかもしれない」

「……おいおい、笑えない冗談やめろよ、もう一体マザーが居るってのか?」

「可能性の話だ」

 

 露骨に警戒心を露わにした四郎に対して銀次は首を横に振る。近年の兵器は常に一体で完結している、しかし過去人間が小銃で殺し合っていた時代はあらゆる兵器に専門の能力を持たせ、協力し一つの強大な力として運用していた歴史も存在していた。もしその設計思想が残っていたとしたら、決戦兵器であるマザーを複数運用するという形が存在したら。

 

「ま、二体もマザーが居たら詰みだろうな」

「当たり前だろ、一体でも手に余るってのに、二体来たら文字通り蹂躙だ」 

 

 吐き捨てる様な四郎の言葉に頷く。そうだ、これは相手が比較的支援特化のマザーであり尚且つエネルギー兵装無効化に傾注した機体だからこそ戦えているに過ぎない。通常のマザーであれば既に何度死んだことか。これに合わせて戦闘型のマザーでも来てみろ、一瞬で蹂躙されて終わりだ。四郎はどこか達観した様な吐息を零し、銀次から受け取った野太刀を担いで問いかけた。

 

「戦い方は?」

「変わらない、あの背中に生えている円柱を片っ端から斬り飛ばすか、圧し折る、銃器が出た分近付くのが困難だ、十二分に注意しろ、装甲を過信すると抜かれるぞ」

「つっても上の砲台は別段そこまで脅威でもねぇ、撃たれた部分はちっと凹んだ程度だ」

 

 表面が僅かに凹んだ各所の装甲を指で擦り四郎は呟く。奴の銃器は随分古いタイプの様だった、火力はそれ程でもない、合金が凹む程度であれば然程脅威ではないだろう。四郎は蟻地獄の腹から出ているガトリング砲を指差し、「あれが一番怖えよ」と肩を竦める。背中から円柱を守る様に出現した砲塔はそれほど口径も大きくない、しかし奴の正面にあるガトリング砲だけは別だ。圧倒的な連射速度で装甲諸共中身をミンチにするだろう。銀次は脇差を逆手に持ち、ふっと息を吐き出すと力強く頷いた。

 

「なら俺が正面に出て囮になる、その間に円柱を破壊できるだけ破壊してくれ」

「……大丈夫かよ?」

「我慢するのは得意だ、任せろ」

 

 そう言って、銀次は四郎の背中を叩く。「合わせろ、出るぞ」と銀次が身を屈めると、四郎も一度面頬のボルトロックを確かめ頷いた。時間にして五秒、二人の呼吸が重なった瞬間に瓦礫の影から飛び出す。銀次は敵の正面を一直線に、四郎は円を描く様に迂回して。両足に動力炉から発生するエネルギーを大目に回した銀次の速度は通常よりも遥かに速い。大断蜘蛛から逃走した際に使用した配分だった。

 蟻地獄は一直線に向かって来る銀次に向けガトリング砲を動かし、発砲。無数の弾丸が地鳴りと共に飛来するも、銀次は左右に大きくステップを踏むことで弾丸の殆どを躱して見せる。銀次は地面に顎がついてしまうのではないかと言う程に前傾姿勢で駆けていた。まるで地を這う蛇の様である、それが一番被弾する確率が低いと銀次は知っていた。

 銀次はガトリング砲の目と鼻の先まで駆け抜け、直前で自身の顔面に飛来する弾丸を感知。エネルギー兵装と比べ銃弾は迫りくる速度が遅い、自動防護システムが頭部を守る為に腕を動かし、銀次が知覚するより早く飛来した弾丸を脇差で弾いた。

 

「ぐっ」

 

 しかし弾いた瞬間に脇差の刀身がブレ、金属特有の振動が骨身に響く。手に持っていられず欠けた脇差が後方へと流れた。銀次は無手の状態で必死に体勢を立て直し、四郎が落とした野太刀の場所まで接近、飛びついた。

 その脇腹にガトリング砲が火を噴くが、銀次は右手を野太刀に伸ばしながら脚部に設置されている回転型の固定ロックを解放、瞬間カプセルタイプの発生装置が地面に落下。接地と同時に薄い電磁膜を周囲に張った。それは飛来した弾丸を僅かに逸らし、弾丸はぐにゃりと曲がりくねって銀次の脇を通り過ぎる。調査隊に支給される一発限りの防御兵装、エネルギー兵器には無力だが飛んで来る金属に対しては無類の強さを誇る。ただし効果時間は非常に短くコストが非常に高い、故に支給されるのは一人につき一発のみ。銀次はオレンジ色の薄い電磁膜が弾丸を逸らしていくのを確認しながら、その中心で掴んだ野太刀を地面に突き刺す。

 視界に表示されたウィンドを視線で操作する、鎧武者に指示するのは『安全装置の解除』、各パーツの耐久限界以上に稼働させない為のセーフティ。それを銀次は己の意思で解除、オレンジ色の警告灯が視界に瞬き安全装置の再施行までの時間がウィンドで表示される。凡そ時間にして三分、鎧武者が獣の様な唸りを上げて各々のパーツが僅かに震えた。

 

「さぁ――我慢比べだ」

 

 電磁膜が消失する、銀次に齎された安息の時間は五秒。地面に落下した発生装置が色を失い、怒涛の勢いでガトリング砲が火を噴く。その様をじっと見つめながら銀次はぐっと姿勢を低くし、野太刀を地面に突き立てたままその後ろに隠れるようにして地面を踏み締めた。

 接触、衝撃、野太刀の刃に弾丸がぶちあたり火花を散らす。銀次は着弾した瞬間に脹脛、腰、背中にある緊急着地用スラスターを起動。本来空挺作戦や緊急時にのみ使用する減速機構を衝撃緩和の為に使用する。

 ドゥッ! と砂塵が舞い上がって銀次の背中、脹脛、腰から青白い炎が噴出する。ガトリング砲が次々と野太刀に射撃を加え、正確に銀次の頭部を破砕しようと攻撃を続ける。一秒間に一体何発着弾しているのかすら分からない、まるでぶち当たる津波を一人で抑えている様な気分だった。目の前に火花が散る、寧ろそれ以外見えない、凄まじい衝撃が絶え間なく銀次を押し込みズルズルと後方へ下がっていく。動力炉は全開だ、スラスターも、一瞬でもエネルギー供給が間に合わなければ野太刀諸共後ろに吹き飛ばされ、そのままハチの巣にされるだろう。

 だと言うのに――押し込まれる。

 

「ぐ、ぉ、ぉぉォォ、ォォオオオっ!?」

 

 終わらない衝撃、逸れた弾丸が露出した肩や腕の装甲を強かに掠める。如何に頑丈な野太刀とは言えこれでは破壊されてしまうのではないか、そんな不安が込み上げて来る。しかしガトリング砲をいつまでも避け切れるとは思えない、なら最も頑丈で堅牢な野太刀を盾に耐えきるのが最も確実な方法。実弾兵装は骨董品――銀次の世界ではその骨董品が最も脅威として認識されていたのだ。故にこの兵装、弾丸程度にへし折られる程軟ではない、そう信じる。

 野太刀の特徴は頑丈で、長く、重い、それだけ。

 それだけなのだから、耐えて見せろ!

 

 銀次は歯を食いしばる、背中のバーニアが徐々に勢いを失くし視界に赤いアラートが表示される。内容はスラスターの熱量許容値限界、そして各部衝撃吸収機構の酷使警告、脚部と腕の関節部位がギチギチと音を鳴らしている。限界値を外していなければ今頃機体が衝撃緩和の為に防御態勢を解いてハチの巣にされていただろう。

 不協和音に晒されながらも銀次は抗う事を止めない、スラスターは融解直前まで酷使し、腕や足の損傷には目を瞑る。凄まじい衝撃を吸収し続けている両足の関節が徐々に熱を帯び、断熱シールドが溶け始めたとアナウンスが叫ぶ。銀次の生身にも影響が及ぶレベルだ。

 

 これはそろそろかと腹を括り始めた矢先、ガトリング砲の連射が止まる。津波を押し留めていた様な衝撃が止み、銀次は野太刀に凭れ掛かる様な形で崩れ落ちる。

 見れば奴の銃口が恐ろしい程の白煙を立ち昇らせ、銃身が真っ赤に発熱していた。超加熱(オーバーヒート)、奴のガトリング砲も限界だった。時間にしてどれほどか、正確には分からないがあれだけバカスカ撃ったのだから冷却処理も間に合わないだろう。既にセイフティ解除は終了していた、機体には熱が籠って蒸気と軋みをこれでもかと言う程にあげている。けれど目の前には射撃不可能となった敵の主砲。

 今しかない、そう思った。

 

 銀次は軋みを上げアラームを打ち鳴らす鎧武者に無理をさせ、立ち上がる。超加熱状態のガトリング砲、鉄は発熱した状態ならば断ちやすい。引き抜いた野太刀の刃はボロボロだった、しかし折れてはいない、幾つもの弾丸を食らいながらも健在、表層がギザギザに刃毀れし中ほどまで亀裂が入っていて尚も兵装足り得た。

 銀次は駆ける、一歩目にして脚部の関節パーツ、留め具が弾け飛ぶ。バーニアからは熱気と白煙が漏れていた。それでも尚銀次は無理を押して蟻地獄に飛び掛かる、振り下ろされる多脚の攻撃を紙一重で躱し、ガトリング砲に向け一太刀。

 ガツン! と強力な一撃が入り、火花と共にその砲身が歪んだ。赤く発熱したバレルが湾曲する、斬れなかった。銀次は自分の腕を見て顔を顰める、鎧武者の関節部分が火花を散らしパワーアシストが上手く発揮されていなかった。

 銀次は中ほどまで食い込んだ中巻野太刀を両手で確り握り、そのまま鎧武者も含めた全体重を押し付ける。上から重量で押し切ろうとしたのだ。ギチギチと刃とバレルが軋みを上げる、実際鎧武者を含む銀次の自重はかなりのものでバレルは射撃不可能な程にまで陥没し、銀次は食い込んだ中巻野太刀から手を放してそのまま弾丸を止める堤防とした。

 

「背部ユニット乖離処理開始! 緊急排除!」

 

 続いてもう一つのガトリング砲、既に冷却が始まっているのか赤く発熱した銃身が冷め始めていた。もう野太刀で断ち切る事は考えていない、銀次は面頬の中で叫び幾つかのフェイズをすっとばして背中の最深装甲板を除く背部ユニットを排出する。スラスターを酷使した結果、断熱シールドが溶け落ちた背部ユニット、それを切り離しガトリング砲へと投げつける。元々スラスター関係の爆発による被害を防ぐ為に背部ユニットだけは単体で排除できるように設計されていた。銀次はソレを利用し、背部ユニットを即席の爆弾として扱った。

 

「自壊処理ッ」

 

 投げつけると同時後ろへと飛び、起爆。小規模の爆発は足元の砂を巻き上げガトリング砲に直撃した。砂塵が晴れると無残にも拉げた銃身が露わになる。銀次はたった一人で恐らく蟻地獄の主兵装であろうガトリング砲を破壊して見せた。しかし銀次も無事ではない、爆発の衝撃で後方へと転がり、そのまま破損個所だらけの鎧武者で地面に打ち捨てられる。外部損傷はそれ程でもない、しかし内部の損傷が凄まじく輪郭に至っては弾丸に外側の装甲が削り取られていた。

 

「銀次ッ、無事か!?」

「……あぁ、あぁ、大丈夫だ」

 

 地面に転がった銀次は面頬を脱ぎ捨て、収納できなくなった兜を無理矢理剥ぎ取る。地面に転がったそれを尻目にゆっくりと上体を起こせば、奴の背中に立った四郎が此方を見下ろしていた。

 その足元には破壊目標である円柱が二本、転がっている。

 

「あと二本だけだ! もう下がって見てろ、後は俺がやる!」

「すまない……任せたぞ、四郎」

 

 銀次は白煙を吹き出した鎧武者を動かし近場の瓦礫へと身を寄せる。奴の脚部攻撃が届かない位置だ、蟻地獄の背中側を見てみると自分が奮闘している間に手際よく処理したのか、全ての砲台が破壊され円柱も殆ど圧し折られていた。

 運が良かった、銀次はそう呟く。

 相手が支援特化のマザーで、尚且つ実弾装備でなければこう上手くはいかなかっただろう。四郎は銃身が潰れた砲塔の前で最後の二本を破壊しようとしている。マザーに勝利する、その甘美な言葉が脳裏を過り疲労困憊の体で笑みを浮かべた瞬間。

 

 バクン! と何か、留め具が弾ける様な音がした。

 

 それは蟻地獄の背中から。見れば奴の側面に張り付いていた四角い装甲とも固定具とも呼べるような物が次々と弾け飛んでいた。何か嫌な予感があった、焦燥感とも恐怖とも呼べる感情が銀次の口を動かした。

 

「四郎ッ、逃げろ!」

 

 しかしその言葉に被さる様にして一際大きな破砕音。それは蟻地獄の背部、その一部の装甲を弾き飛ばし――弾薬が詰まっているのだろうと銀次が予測した場所から、四足歩行の兵器が姿を現した。

 何か動物や昆虫を象った訳ではない、無機質的で兵器然とした形状。平べったい四つの脚に大きなモノアイが一つ。多目的のマルチアームが背部に備え付けてあり大きさは縦に二メートル半程、銀次のいた地球でも良く目にしたような形だった。ソイツが装甲を弾き飛ばして出現し、恐るべき跳躍力で蟻地獄の背中に飛び乗る。そして突然の事に動きが止まった四郎目掛けて上部に設置していた砲塔――電磁砲を発射。電磁砲は何か唸る様な音を上げ、眩い閃光と共に弾丸を放った。ソレは避けるには余りにも速過ぎて、距離が詰まり過ぎていた。

 

 交差は一瞬、銀次にとっての幸運は四郎という人物が調査隊の中でも特に秀でた人間であった事。避け切れないと判断するや否や、咄嗟に四郎は体を捻って胴体から肩部に被弾箇所を変えた。

 ほんの数センチの差が命運を分ける。発射された砲弾は四郎の左肩を吹き飛ばし、そのまま勢いに負け四郎の体が虚空に投げ出される。握っていた中巻野太刀が回転しながら地面に突き刺さり、四郎は砂の上に落下し背中を強かに打ち付けた。

 

「四郎ぉォッ!」

 

 




 この作品を書いたのは三年前ですが、何というか「この時にしか書けなかった表現」というものはありますね。読んでいて常々思います。
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