機械仕掛けの人類へ   作:トクサン

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機械仕掛けの人類

 

 赤色が砂と空気を彩る。銀次は鎧武者の損傷も忘れ全力で駆け寄った。そして片腕を消失した四郎の元に滑り込み、その体を必死に抱き起す。四郎は意識を失っていた、落下した衝撃か、それとも腕を失くしたショックからか。傷を確かめる余裕はなかった、ただ四郎の体を抱きしめて後退る事しか出来なかった。

 駆け寄った銀次の目の前に四つ足歩行の兵器が着地する。銀次は片腕で四郎を抱き寄せながら必死に救難信号のコールを連打する。残りの円柱は二本、ならばディやキルヒに救難信号が届くかもしれないと思った。

 けれどそんな希望に反して目の前の四足歩行兵器は一歩一歩、確実に銀次と四郎へと近付いて来る。その上部に備え付けられた電磁砲、これを食らえば銀次も四郎も一瞬で死に絶える。銀次は四郎を地面に横たえ、庇う様に前に出た。その手には腰部に収納されていたサバイバルナイフ。

 こんな物は武器ですらない、現地で物資を調達する為の便利ツールでしかなかった。そんなモノを抜いてまで立ち上がったのはソレしか方法がなかったから。銀次は四足歩行兵器の前に立ち塞がり、震える声で叫んだ。

 

「クソ、畜生、こんな所で終わるのか……ッ!」

 

 目の前の兵器に反して手元のナイフのなんと心許ない事。この一本のナイフと機能停止寸前の鎧武者でコイツを倒せるとは思えなかった。終わりは唐突だ、けれどその終わりをより良い形で迎える為に、我々は努力する。かつて調査隊に入隊する際に口にした一文。終わりは唐突、しかしその終わりを良いものにする為に努力した結果がこれなのか。

 銀次は明確な死を前に体を震わせた。恐ろしくて堪らなかった、調査隊でも危機的状況に陥ったのは一度や二度ではない。しかしその時、周囲には必ず仲間がいた。調査隊は決して単独では動かない、けれどこの場で動けるのは自分しかいなかった。四郎を死なせはしない、そんな自分の矜持や信条と情を搔き集め恐怖に打ち勝とうとしていた。

 

「ッ! 負けるかッ、死んで堪るものかッ! 生きるぞ四郎ッォ、二人で、生きるんだッ!」

 

 そう叫んだのは自分に言い聞かせる為、銀次は背に庇った四郎を射線から外す為に横にへステップを踏み、そこから一気に四足歩行兵器へと肉薄した。小さなサバイバルナイフを両手で確りと掴み四足歩行兵器の関節部位へと振りかぶった。しかし全力で振り下ろした刃は柔い筈の関節部位の装甲すら突き破る事も出来ずに弾かれ、小さな火花と共に刃が折れ曲がる。やはりこんな刃物では駄目なのかと銀次の表情が歪んだ。

 クソ、と悪態を吐きながらナイフを放り投げる、そして両手で拳を作ると鎧武者のパワーアシストにモノを言わせて全力で四足歩行兵器、そのモノアイ周辺を殴り付けた。金属同士がぶつかる甲高い音、同時に恐ろしく硬い物体を殴った感触が腕全体に浸透する。モノアイを殴り付けた銀次はその感触に歯を食いしばった。

 

「駄目か……ッ!」

 

 殴り付けた腕を引くと表面に僅かな傷がついたモノアイが見える。反して銀次の鎧武者、その手甲部分の装甲板はべっこりと凹んでいた。腕の装甲板では殴ったところで攻撃にすらなりはしない、銀次は歯を食いしばって殴り付けた腕を引き全力で右足を振り抜く。既に関節部位が火花を散らし全損寸前、バランサーも機能せず銀次は力任せに四足歩行兵器の顔面を蹴りつけた。

 直撃した瞬間に表面の装甲板が拉げ、銀次の体が後方へと弾かれる。関節が遂に負荷に耐えられなくなりパーツが次々と弾け、配線が外に飛び出して閃光を瞬かせた。

 

「ぐッ……これでも……!」

 

 銀次渾身の一撃、しかしそれでもモノアイを破壊するには至らない。四足歩行兵器は何もしない、微動だにしない、銀次の攻撃など脅威にすらならないと言外に語っているのか。しかし事実銀次は目の前の四足歩行兵器に対して有効な攻撃手段を持たなかった。

 銀次は数歩後ずさって四足歩行兵器を見上げる、唇を噛んで忌々し気に見上げる銀次の姿は敗者のソレだった。四足歩行兵器はゆっくりと膝を折る、銀次は更に数歩後ずさって身構えるが――奴が攻撃を仕掛けて来る事はなかった。

 

「……ッ?」

 

 電磁砲で撃ち貫かれる、四足歩行兵器の脚部で踏み潰される、走る勢いに轢き殺される、明確で避けようのない濃厚な死の匂いに銀次の表情から血の気が引いた。しかし四足歩行兵器はまるで銀次と目線を合わせる様に膝を折り、そしてバクン! と四足歩行兵器の背部が開いた。ハッチだ、銀次は目の前の四足歩行兵器を無人機とばかり思っていた。しかし違った、銀次は兵器を見上げながら無意識の内に拳を解いた。

 

「有人機……?」

 

 呆然とした声が漏れる。ゆっくりと影が動き、電磁砲の砲身を掴んで立ち上がる。カン、と装甲を踏み締める音、それが銀次の耳に届き暗闇に覆われていた人物の顔立ちが露わになった。

 その人物は機械人形だった。胸元と腰部を隠すインナー、それだけを着用した女性型機械人形。パッと見るだけならば人間にも見える、しかし関節部位や各所にパーツ接合部分と思われる溝や線が走っていた。顔立ちは今まで拠点内でも見た事が無いもの、どのコマンダーでも戦闘個体でも、ましてや支援型でもない。いや、マザーに搭載されているような兵装のパイロットである、既存の機体と同型である筈が無い。

 

「お前――誰だ」

 

 そもそも、そもそもだ――この星の機械人形は【人類を守護する存在】ではなかったのか。

 

「久しぶりだね、銀次」

 

 まるで旧友と再会する様な気軽さで口を開いた機械人形。その表情は笑み、まるで心から逢いたい人物にやっと再会できたような、そんな喜々とした感情。しかし当然銀次は目の前の機械人形の事など知らない、記憶にもない。

 しかし、だというのに――銀次は確かに目の前の機械人形から懐かしさを感じた。

 歪な表情を浮かべる銀次に対して機械人形は嬉しそうな表情を浮かべたまま何度も頷いて見せる。

 

「覚えがない顔をしているね、うん、それは間違いじゃないよ、銀次は私の事を憶えていない、そういう風にしたんだもの、当然の事だよ」

「何だ、一体、何の話だ……お前、俺を知っているのか?」

「勿論知ってるよ、全部、大和の事も、地球の事も、銀次の小さい頃から全部知っているよ」

「ッ!?」

 

 ゾッと銀次の肌が粟立つ。目の前の機械人形の瞳が余りにも薄暗く、まるで奈落を覗いている様な気分になったから。かつてこんな目をした存在を銀次は見た事が無かった。未知とは恐怖だ、知らないからこそ人は恐れる、今の銀次は正にソレだった。

 

「聞きたい事も知りたい事も、私は全部答えられる、答えられるけれど今はまだ時じゃない、銀次とお話するよりも――ソレ、殺すのが先だから」

 

 機械人形は銀次に向けていた視線をずらし、その背後――倒れた四郎へと無機質な瞳を向ける。銀次に向けた表情が親愛のそれならば、四郎に向ける表情は虚無。歓喜も無ければ悲観も無い、ただ【殺す】という感情だけを煮詰めた様などこまでも空虚な感情だけがあった。

 

「ッ、何で……機械人形がどうして人間を殺そうとする!?」

 

 銀次は叫んで機械人形の視界を遮る、視界に銀次が入った途端機械人形の瞳は優しいものとなり、ふわりと虚無色が消え去った。

 

「元々機械人形は戦争に駆り出されていたんだよ? 人を殺す為の機械人形が居たって、何もおかしくはないでしょう? 銀次の世界だってそうだったじゃない」

「それは……」

「それに、私は少し特別なの」

 

 そう言って四足歩行兵器の縁に座り込む機械人形。立っていた時は気付かなかったが、彼女の背中には幾つかの太いケーブルが繋がれていた。機械人形と拡張兵装を有線で繋ぐ、まるで地球に存在した兵器そのものだ。

 

「私は特別――そして業腹だけど、そこで死に掛けているソイツも特別」

 

 彼女は指差す、倒れ伏した四郎を。

 銀次は最初彼女が何を言っているのか分からなかった、けれど正しく言葉の意味を理解すると同時に振り向く。

 

「ねぇ、おかしいよね、片腕を失くしたにしては出血の量が少ないと思わない? それにホラ、断面を良く見なよ」

 

 四郎は千切れた左腕をそのままに倒れている。そこから赤色の血溜まりが見えた、しかし銀次がその体を抱き起すと既に血が止まっているのが分かる。あれ程派手に千切れたというのに零れた赤色は想像以上に少なかった。

 おかしい、そう思ったが口にはださなかった。銀次は一瞬機械人形の方を振り向き、それから恐る恐る四郎の腕の断面を見る。

 

 銀色が見えた。金属――いや、確かに一見金属の様に見えるが違う。歯車の様で、けれど役割は全く異なる。見た事も無い材質のナニカ、それが複雑に絡み合って精巧な人形の内部を覗き見ているような、そんな光景が目の前に広がっていた。皮膚が抉れて断面が見える、けれど筋繊維に覆われた中身は完全な別物だった。

 

「四郎……?」

 

 声が漏れた、信じられないと力を失った声だった。

 四郎の体は人間のものではなかった、勿論世代が違うからなんて理由ではない、その体は――機械人形だった。

 彼女は銀次の反応に満足した様に頷き告げる。

 

「ソイツも特別、私と同じでね、金属反応がないもの、探知機器じゃ私達を【人間】か【機械人形】かなんて判別できない、だから外見で判断する訳だけれど……私はプロトタイプだから人間と同じ造りでも第五層、再生人工皮膚を張って貰えなかったの、酷いよね、服を着ていれば分からないだろうからって」

 

 自分の溝を指先でなぞりながらそう口にする機械人形、銀次は彼女の言葉を半分聞き流していた。四郎の正体が余りにも衝撃的だったからだ、何かを考えるだけの余力が今の銀次には存在しなかった。ただただ驚愕だった、予想外だった、呆然とした、あり得ないと思った。だって銀次は――知っているのだ、前の、地球からずっと四郎の事を。

 それが何故機械人形となるのだ? 四郎は人間だ、その筈だろう。そうでなければ【機械人形が母星である地球に存在していた】という事になってしまう。

 

「……嘘だ」

 

 思わず口から滑り落ちた言葉、それは意図しての事ではなかった。自分の記憶と地球の技術力、それらを重ねた結果零れた言葉だった。それを聞いた機械人形はにんまりと三日月の様な笑みを浮かべて言い放った。

 

「どうしたの銀次? 機械人形も人間も、変わりはないと、そう言ったのは他ならぬ貴方じゃない」

「―――」

 

 それは拠点で抱いた他ならぬ自分の感情。何故お前が、そう口にしようとして、しかし銀次の口が開かれる事はなかった。ただ空気を欲する様に開閉を繰り返し、揺れる瞳で目の前の機械人形を眺めるばかり。彼女は銀次の反応を面白がっている様に見えた。

 

「それとも……やっぱり機械人形と人間は違う? そうだよね、同じ筈が無いよね、私達は人間と違う、それは私達自身が一番良く分かっているよ」

「違う……ッ、機械人形は俺達人間と変わらない……変わらない筈だっ」

「なら、どうしてそんなに動揺しているの?」

 

 視線が左右に揺れる、銀次は機械人形の問いに答えられない。腕に抱いた四郎の体から熱が消えて行く。いや、温かさは変わらない、ただ銀次が【冷たい】と思い込んでいるだけだ。機械人形が四足歩行兵器を動かす、銀次の目の前に。そして見下ろしながら心の底から楽しそうに言った。

 

「人間と機械人形に大した変わりはない、そう言いながら自分の親友が機械人形だと分かった瞬間、凄く驚いて【ショック】を受けた顔をしていたよね? それってさ、やっぱり――」

「ッ、煩い! 黙れッ!」

 

 覗き込む機械人形の瞳から逃れる様に顔を背け叫ぶ。瞳を直視するのを避けたのは内に秘めた感情を暴かれない様にする為だった。銀次は四郎の体を抱きしめる、こんなにも自分の芯が揺さぶられるのは何故か、きっと驚いただけだ、人間だと思ってずっと付き合って来た仲だから、単純に驚いただけ、そう言い聞かせる。

 けれど銀次の中には確かに四郎に対する失望の情が存在した。それは自分を騙していた事に対する感情か、それとも――。

 機械人形のはそんな銀次をじっと上から見下ろしながら満面の笑みを零す。

 

「私からすればソイツは紛れもなく『人間』に見えるよ、けれど他ならぬ銀次が違うというのなら……ふふっ、そう、滑稽ね、外見も中身も限りなく人に近付けたというのに、機械人形からすれば人と同じなのに、他らぬ人間に否定されるなんて」

 

 その言葉からは憐憫の情が感じられた。けれと彼女の表情はこれ以上に無い程に喜色に歪んでいて、四郎のその状況を心の底から楽しんでいる事が分かった。

 

「ねぇ銀次、どれだけ私達が人間に近付けても、どれだけ中身を同じにして外見を取り繕ったって私達は人間になれない、どこまでいっても機械なんだよ、寿命なんてないし、怪我をしたって取り換えられる、人格の複製だって簡単なの、銀次がソイツを人間だと思っていたのは分かるよ、だって『そういう風に創られた機械人形』だからね――でもソイツは人間じゃない、だから必要以上の情は抱かないで欲しいな」

 

 彼女はそう言って手に握っていた何か――メモリーチップを銀次に向かって放り投げた。四郎を抱きながらもう片方の手で反射的に受け取った銀次は、「……これは」と擦れた声で問いかける。そこには自分自身でも気付かぬ内に緊張で強張った怯えが含まれていた。

 機械人形は何度か四郎と銀次の体を目線でなぞった後、「気が変わったの、四郎はもう少し生かしてあげる、情報もあげる、そのチップの中身は私が生まれた切っ掛け、銀次と私が出逢う事になった計画」と呟く。

 

「切っ掛け? 何でお前がそんなモノを……」

「言ったじゃない、特別だって、私は【ドゥラメンテ】、マルドゥック計画初期に製造されたプロトタイプ――貴方を見つける為だけに生まれた、たった一体のワンオフ品」

 

 そう言って立ち上がった彼女は銀次に抱かれた四郎を見つめる。カン、と装甲を叩く軽い音がした。瞳から感情を排し、どこか淡々としながら濁り切った歪な感情を吐き出す様に言う。

 

「私には自由がなかった、貴女達《マルドゥック個体》に許された事が、私達プロトタイプには許されなかった……許されていたのなら私も、有象無象の【アナタ達】と同じように彼と同じ時代を生きたというのに――とても憎いわ、貴女が、けれど良いの、許してあげる、アナタはもう『人間』だものね」

 

 その表情に込められた色を何度表現しよう。憎しみ、怒り、妬み、けれど同時に確かな優越感と憐みも込められた表情。上から四郎を見下した機械人形は最後に笑顔を浮かべ、「またね、銀次」と手を振って見せた。滑り込む様に後部ハッチへと戻った彼女は四足歩行兵器を器用に操り、そのまま視界の中に溶けて消える。

 光学迷彩――銀次が何かを叫ぶより早く、砂塵が舞い上がって四足歩行兵器の気配は完全に消え去った。その光景は正に瞬間移動、銀次の脳裏に突如現れた敵性反応、その話が過った。大凡の大きさも同じ、「テレポーテーション……ッ」と銀次の口から声が漏れる。探知を行うも反応は既に消失していた。

 そう、マザーである『蟻地獄』の反応も。

 

 若しくは――あの四足歩行兵器こそ本体だったのかもしれない。

 

 銀次はあらゆる感情に蓋をして立ち上がる。四郎の無事な方の腕を自分の首に回し体を支えた。出血は既に止まっている、血を失い過ぎて死ぬという事がないならば一先ず安心な筈だ。銀次は四郎を担いだまま空いた手でスプレーを取り出し無くなった腕の断面に凝結ジェルを噴射した。消毒と殺菌、そして止血を行うための救急措置スプレーである。噴出されたジェルは四郎の断面を瞬く間に覆い尽くし、幾つかの気泡を外に押し出し凝固した。

 四郎はぐったりとして動かない、銀次は長年の相棒に対して何か言葉を発しようとして――口を噤んだ。

 

「帰るぞ、四郎」

 

 中身が空になったスプレーを投げ捨て呟く。それは四足歩行兵器と対峙した時と同じ口調だった。

 

「帰るんだ、一緒に」

 

 返事はなく、言葉は虚空に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 22460101 タイトル【マルドゥック計画・経過報告】

 指定極秘文書、権限レベルⅤ以下の職員による閲覧を禁ず。

 22460101時点での機械人形特殊個体製造記録――指揮官型三、探索型十、内指揮官型に一、探索型三をマルドゥックとして製造。以降経過を観察、報告する。観察番号は順に六、十、十三番とする、注意されたし。

 製造されたマルドゥック型には事前に用意されていた情報をインストールした。不具合なし、自己も確立し不調の気配もなし。当初の予定通りマルドゥック個体は【人間】として部隊に配備。同機械人形にこれらを警護させた。スキャンニングによる反応なし、マルドゥック個体は問題なく部隊に馴染み、同部隊による扱いはマルドゥック個体を人間として認識している。現在の所異常なし、今後も経過観察を続けていく。

 

 

 22451230 タイトル【特殊個体詳細】

 指定極秘文書、権限レベルⅣ以下の職員による閲覧を禁ず。

 特殊個体の取り扱いについて。今回製造される特殊個体、マルドゥックは件の計画に先駆け製造される事となったプロトタイプである為、その点留意して運用されたし。

 従来の機械人形と比較し運動性能や骨格強度などは軒並み低下、凡そ第一型どころか百年前の機体にすら劣る性能しか持たない。ただし反して思考能力やパターン、行動習性などはあらゆる点で機械人形より逸脱している。金属を使用しない素体は耐久性や運動性能に劣るモノの探知機能による察知が不可能である事が確認されている。プロトタイプではあるが隠密用の斥候機体としての製造も視野に入れていきたい。

 知性や思考にリソースを注いだ分戦闘能力は低い、未だ改良の余地アリ。また従来の機械人形と異なり素体内部に動力を持たない。人間と同じように何らかの形でエネルギーを摂取する必要がある為定期的に摂取させるように注意されたし。

 

 

 22451130 タイトル【マルドゥック計画・概要】

 警告。

 指定極秘音声文書、四十人委員会、または四十人委員会による閲覧許可権限を持たない職員による観覧を禁ず。また権限を持たない職員による閲覧が認められた場合は情報保護違反による罰則が適応される。

 

 ログ再生――22451130 1450

 

 第百八条により当概要は音声文書のみに残す事とする。

 私はマルドゥック計画立案者の一人、四十委委員会第八席である藤堂宗孝だ。この音声を聞いている貴方は同じ四十人委員会のメンバーか、或は彼等に協力を求められた同胞だろう。まずはこの計画について言っておかねばならない事がある、この音声を聞けば後戻りはできない、計画の全貌を知った後で「やはり参加は出来ない」という言葉は吐き出せん、どの様な形であれ計画を知った者には相応の責務が課せられる。それを理解した上で以降の音声を聞いて欲しい。

 

 人類による長年の宇宙探索による、地球外知的生命体の存在は認められなかった。我々人類はこの広い宇宙の中で唯一の知的生命体であった。既に人類はその数を大きく減らしている、故に我々亡き後、新たな人類の存在が望まれる。

 しかし宇宙に我々人類は存在しない、ならばこそ新たな人類は私達自身で用意しなければならない。終焉を迎えるには余りにも早すぎる、諸君らも知っての通りマルドゥック計画――特殊個体マルドゥックの製造はその第一段階だ。

 限りなく人間に近付けた機械人形、金属を使わず人と同じ脆さ、同じ習性、同じ生き方をする彼、彼女達。我々人類は長きにわたり機械人形に感情を与える事をしなかった。やろうと思えば出来たのだ、しかしソレを行えば機械人形と人間の間に差などなくなってしまう。感情とは、心とは、人間を人間たらしめる最後の証なのだ。

 それを得た機械人形は最早人形とすら呼べないだろう、人類と呼称しても良い筈だ。

 しかし私達は『肉の体を持つ人類』の生存を諦めない。いつかこの星が機械に溢れた場所になったとしても、私達のルーツを持つ生物を後の世に残さなければならない。その為に計画されたのがマルドゥック計画。

 

 限りなく人間に近付き、人と同じ存在となった機械人形――ソレを【過去の地球】へと送り届けるのだ。

 

 計画は既に始まっている、送り出された機械人形の数は凡そ百。時代も場所もバラバラ、それぞれに適当な知識を与え送り込んだ。人類が生まれてからの長い年月、そのどこかに住む平凡な人類を見つけ、未来のこの地球に戻って来る。それが人類に限りなく近づいたマルドゥック個体に課せられた使命。

 そして万が一それが失敗すれば――この星は全てマルドゥック個体、【新人類】による支配が行われる。四十人委員会の協議で既に機械人形製造プラン、その最終工程に全機械人形へのマルドゥック・システムの取り付けが可決された。特殊個体でない、通常の機械人形にも感情が与えられるのだ。そうして生まれた機械人形達を私達は新人類と呼称する。

 人を人たらしめる証が心ならば、彼等、彼女達もまた人類を名乗れる筈だ。

 

 送り出した百名のマルドゥック個体。その帰還、未帰還問わず、24000101にマルドゥック計画は終了する。送り出した百名のマルドゥック個体に持たせた空間跳躍デバイス、それに登録されている最終跳躍日時がその日、その時間なのだ。もしこの日時を過ぎて尚、肉の体を持つ我が先祖達が現れなければ――マルドゥック個体は別の人生を歩んだ事になるのだろう。

 

 例え失敗したとしても私はマルドゥック個体を責めはしない。新たな地でどう生きようと彼等の自由だ、その自由を私は尊重しよう、それが心を持つという事なのだから。

 しかしもし、過去の人類がこの地に訪れる事があれば……どうか私達の地球を守って欲しい。人類として生きる、それ以上の事は望まない。ただ私達のルーツを持つ人類として、その種を絶やさないで欲しい。

 どうか憐れんでくれ、この様な形でしか生き永らえぬ愚かな子孫を。

 

 これがマルドゥック計画の全容である。

 

 この地に訪れる事となる人類には多大な不安を抱かせるだろう、しかし新人類である機械人形がきっと守ってくれる筈だ。彼、彼女達のシステムの根幹には人類への愛が存在する。だからこそどうか、新人類を愛し守ってやってくれ。

 愚かな貴方達の子ども――未来の人類が望む、最初で最後の願いだ。

 

 この様な形になってすまない、もしこの音声をこの地へと招かれた、いつの時代からかやってきた人類が聞いているのであれば。

 過多な言葉は排そう、ただ率直に、私個人の感情を語らせて貰えるのならば。

 

 人類を――頼む。

 

 

 


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