機械仕掛けの人類へ   作:トクサン

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禍根

 

 傷は銀次の見立て通り大して深いものでもなかった。表面を軽く切って流血した程度だ、既に血液も凝固して傷口も広がり様がない。それでも機械達は人類が怪我をした、負傷だと騒ぎ立て何十人という機械に囲まれ治療を受ける流れとなった。

 もう全身消毒されそうな勢いで傷口に消毒剤を吹きかけられ、念入りに、それはもう念入りに傷の確認をされた後に抗菌テールと人工皮膚を張り付けられて終わった。実際に治療を行ったのは機械の中の一人だ、それ以外はそわそわと落ち着かない様子で心配げに銀次を見るばかり。

 カーゴに固定されていた銀次はそれを死んだような眼で眺めていた。

 

「いや、大変だったな銀次……ぶふっ」

「四郎、お前半分面白がって見ていただろう」

「いやいやいや、そんな事はねぇって! でもなぁ、そんなちょっと額切った位でオペだナノマシン治療だって………ぶふぉ!」

「思いっきり笑っているじゃないか!」

 

 場所は最下層の人類居住区、その内の一号室、最も手前にある部屋だ。其処に銀次と四郎、そして大型の機械――『キルヒ』と呼ばれた機械が顔を突き合わせている。部屋は食事が作れる台所にシャワー室とトイレ、それに大きなリビングルームと小部屋がついており、一人で暮らすならば十分な大きさだった。

 そのリビングルームに備え付けてあったテーブルに三人で座り、銀次は額に張り付いた人工皮膚を指先で摩りながらむくれる。因みにキルヒが特別な機械、即ち司令ユニットであり特別名があるだけで他の機械は等しく型版と製造順で呼ばれていた。本来ならば機械に名を付ける方が珍しいのだ。

 

「申し訳ありません、何分百五年――いえ、正確にはそれ以上前から探して漸く見つけた人類の生き残りでしたので、私達機械人形も少々過敏に反応を……」

「お前達の境遇を考えれば分からなくもない、だがな、流石にあれは」

「良いじゃねぇか銀次、大掛かりとは言えちゃんと治療して貰えたんだしよ」

 

 申し訳無さそうに頭を下げるキルヒ、銀次は思う所があるのか先の医療行為に言及しようとして四郎が窘める。一度言葉を引っ込めた銀次は息を吸い込んで肩を竦めた、「いや、四郎の言う通りだな、もう何も言うまい」と深く椅子に背を預ける。連中に他意は無い、ただ純粋に銀次の身を案じた結果だった。

 

「ただ次からはもう少し落ち着いてくれ、命に影響のある負傷ならば兎も角、かすり傷程度であんなに騒がれても心臓に悪い」

「はい、今度からは怪我の具合に応じて慌て方を変更します」

「……いや、そういう意味では無いのだけれど」

「ぷはっ」

 

 機械相手に話す事ではなかったか、この頭の固さは母星のAIを彷彿とさせる。最も向こうの方は口調も機械的でこれ程感情豊かではなかったが。そもそも表情を変えるなんて機能は搭載されていない、過去に慰安目的で開発された機械人形は存在したがそれ以外の目的で利用される機械人形は例外なく無機質的であった。

 

「……まぁ良いさ、それでキルヒ、色々教えて欲しい事、知りたい事が沢山あるんだけれど――それよりまず、俺達はやらなくちゃならない事がある」

「やらなくてはならない事、ですか?」

 

 銀次はテーブルに肘を着いて手を組む、そんな彼をキルヒは不思議そうに見ていた。

 この星の事、機械人形の事、どれ程の勢力で幾つの拠点を持っているのか。直ぐにでも自分達の母星と連絡は取れるのか、或は宇宙航行可能な艦船でも構わない。聞きたい事、知りたい事は山の様にある。

 けれどそれより早くやるべきことが銀次と四郎にはあった。

 

「あぁ、神楽に残して来た物資の回収か?」

「そうだ、元々俺達はあのブロックを拠点にしようとしていた、パーソナルデータもそうだが食料や予備のパーツ、諸々捨て置くには惜しい物がある」

「確かに、資源が多いに越したことはねぇな、俺達の私物もある事だし」

 

 四郎は腕組しながら頷いた。調査隊には例外なく長期の他星滞在が求められる、それ故に母星である地球から必要な私物を一式持ち込む訳だが――当然銀次と四郎も私物を船に持ち込んでいる。外壁に穴が空いた時宇宙空間に放り出されていなければ未だ内部に残っている筈だ。

 

「神楽……お話の内容から察するに、報告にあった巨大艦船の残骸でしょうか?」

「そうだ、アレが俺達の母船だった、尤も今は一部しか残っていない上に屑鉄でしかないが……それでも奇跡的に俺達の搭乗していたブロックは無事だったんだ、物資もまだ残っている」

「なくなるとは思ってねぇけど、個人的な思い出の品とか……あー、家族の写真とかあるんだよ、そういうのを回収しに行きてぇンだが、構わねぇよな?」

「私物ですか、成程」

 

 キルヒは二人の言葉を聞きながら僅かな時間考え込み、頷いた。そういう事ならばと手を叩き、「なら回収班を用意しましょう」と。回収班? と銀次が疑問の声を上げる。

 

「なんだ、単なるお使いみてぇなモンだし、まさか行くなって言うのか?」

「正直なところを言えば私達機械人形だけで済ませたいのですが……」

「残骸全てを引っ張って来るなら兎も角、何が必要か何てお前達には分からないだろう」

「ですので妥協案として護衛――回収班を同行させます」

 

 宜しいですよねとキルヒは微笑んだ。機械人形だが其処には有無を言わせぬ圧力がある。銀次と四郎は軽く顔を見合わせ、まぁ護衛位だったらと頷いて見せた。この星の原生生物がどんなものかは分からないけれど、護衛が一緒なら戦力としても心強い。何よりあの戦闘体であれば銀次と四郎よりも強いだろう。

 

「私もお二人に幾つか聞きたい事があります、帰還の折には是非お伺いしたく」

「お前達が俺達に聞きたい事?」

「えぇ」

 

 神妙な顔で頷くキルヒ、てっきり自分達の母星については見当がついているとばかり――いや、そうであるのならば百五年も指を咥えて見ている筈が無いか。人類を探していたと言っていたのは彼女達だ、ならば地球の存在を知った時点で接触を図って来るのが自然。

 

「……疑問がまた一つ増えたな」

 

 もし銀次の考えが全て的外れで、大和の言葉もこの星独自に生まれたモノだったとすれば。銀次は小さく息を吐き出して首元を擦る。考えが正しければ単純に地球を知らないのか、或は地球にコンタクトを取れない何らかの理由があったのか。それも彼女達から聞き出さなければならなかった。

 

「よっしゃ、なら善は急げだ、さっさと済ませちまおうぜ」

「了解しました、直ぐに班を編成します、五分程時間を頂けますか?」

「おう」

 

 四郎が席を立ち上がって軽く伸びをする。キルヒは目を閉じて口を噤んだ、恐らく機械人形のネットワークにアクセスしているのだろう。

 今更だが四郎はこの拠点に入ってからずっと兜を脱いでいない。単純に未だ疑っているのか、或は忘れているだけか。体温にもよるが強化外骨格の鎧武者は装着者の快適性に配慮されており兜展開時の着け心地も悪くない。何せ調査任務は星の環境によって一日中兜を展開しなければならいと言うのもザラだ、外せるのは拠点である艦船の中だけ、ならば当然装着の着け心地も重要になってくる。しかし銀次は兜を被る感触が余り好きではなかった。

 

「四郎」

「あん?」

「兜は解除しないのか」

 

 とんとん、と軽く額を突く仕草を見せる銀次。すると四郎は今気づいたとばかりに頭を揺らし、「そういや出したまんまだったか」と面頬を擦った。

 

「つってもなァ、調査訓練の時からコイツを着けてないと落ち着かなくてよ、視界が開けていると不安なんだわ、生身だと落石一つで頭潰れるしよ」

「完全な仕事中毒(ワーカホリック)だな、偶には空気の入れ替えでもしないとリラックスできないだろう?」

「いや、酸素供給はちゃんとされているし……」

「精神的な話だ」

「人の好みだ、別に良いだろ?」

 

 肩を竦めてそう言う四郎、まぁ本人がそう言うのならと銀次はそれ以上言及する事を控える。視界が制限されて落ち着くと口にするのは四郎位なものだろう。大抵、調査隊の面々からはこの兜も評判が悪い。

 

「回収班の編成、終わりました」

「おぉ、速いな、流石じゃねぇか、そんで人数は?」

「凡そ二十名ほどを選抜しました、五名が偵察用の探知ユニット、残り十五名が戦闘を主にしたマルチドレスです」

 

 ひゅうと口笛を吹く四郎。あの運動性能を持った機械が十五名、探知特化の機械が五名。中々の戦力だ、恐らく銀次と四郎の艦隊からすればちょっとした主力級の力を持つだろう。と言うより数を聞く限り此処の防衛隊の一角を丸々削ったのではないだろうか。拠点の防衛そっちのけで人数を割くとは、銀次は不安になり声を上げた。

 

「少し多すぎないか……拠点の防衛はどうなる?」

「私達の存在意義は人類を守り、生存させる事です、何よりも優先させるべき存在があるのならば当然それ相応の人数を割きます」

 

 泰然とした態度でそう口にするキルヒ。彼女達の創られた理由を聞けば納得は出来る、余りゾロゾロと供を連れて歩きたくない銀次であったがキルヒの真剣な目を見て諦めた。恐らく彼女達は人類関連の事ならば絶対に自分を曲げない、そうプログラムされているのか、或は感情的な枷が存在しないからか。

 恐らく両方だろう。

 

「人数が多くて困ることはねぇし……まぁ、良いんじゃねぇの?」

「そうだな」

 

 四郎の言葉に頷きながら銀次も席から立ち上がる。部屋の隅に積んでいた兵装を背中と腰に装着し直すと何となく安心出来た。成程、四郎の言っていた事が少しだけ理解出来たような気がする。この絶妙な重さが安心感に繋がる、良くも悪くも自分は調査隊の一人と言う事だろう。キルヒを伴って部屋を後にした二人はそのまま迎撃部屋を通ってエレベーターに乗り上へ、格納庫へと到着すると大勢の機械達が三人を出迎えた。一瞬何事かと驚く二人だったが、大凡の人数が告げられたものと一致するので回収班であると直ぐに見当がついた。

 

「キルヒ!」

「ご苦労様、皆ちゃんと言語のインストールは済ませましたか?」

「当然だ!」

 

 胸を張ってそう宣言する機械、その言葉は銀次達が理解出来る物に置き換わっている。「お前達は……」と銀次が言葉を紡げば、一斉に背筋を正した機械達が自己紹介を行った。

 

「人類警護隊、D型機械人形群、筆頭の0010です! 指揮官(コマンダー)型ではありませんが人類警護隊D型の中では中央個体(セントラル)を務めております!」

「早期警戒・偵察隊、S型機械人形群、筆頭の0300です、同じく早期警戒・偵察隊S型機械人形群の中央個体を務めています」

「……中央個体(セントラル)というのは?」

「部隊規模で行動する場合の情報統合機体、小隊長のようなものです」

 

 キルヒの言葉に成程と銀次は頷く。声を張り上げたのはそれぞれ群となった塊の先頭に立つ二人。それぞれ戦闘と偵察の長なのだろう、個体としては同じなので見分けはつかない。見分けるとしたら態度かラベルを見るしかなかった。

 

「道中の護衛は私達が務めます、命に代えても御守りするのでご安心を……文字通り替えの利く体です、盾としてご活用下さい」

「護衛か……そうは言うが、この星はそれ程に危険なのか?」

 

 銀次は直立不動で並ぶ機械人形を見ながら隣のキルヒに問いかける。正直この人数だけで小規模な戦争なら起こせそうな戦力だ。安全なのは良い事だろうが、ただの生物に遅れを取る様な連中ではないだろう、銀次は彼女達が一体何に備えているのか気になった。

 

「野生生物などは大して、私達が一人居れば簡単に対処可能です、ただ……」

「ただ、なんだよ?」

 

 どこか言い淀むキルヒ、そこに四郎が言葉を挟むと眉を下げたキルヒが悲しそうな声色で説明した。

 

「絶滅した人類が戦時中に作り出した自律機械、通称【マザー】、これが姿を見せた場合は最低十人以上の機械人形が居なければ対処できません」

「マザー?」

 

 四郎と銀次の声が重なる、聞いた事も無い兵器だ、言葉の響きはそれ程強そうには思えなかった。しかしあれ程の運動性能を持つ機会人形が十以上必要と言うのだ、並大抵の兵器ではないのだろう。

 

「それは一体なんだ」

「地球大戦で用いられた各国特有の超大型兵器です、個体によって性能や脅威度は異なりますが……最弱クラスのマザーでも足止めだけで最低十名、逆に連合の作り出したマザーともなると私達機械人形がどれだけ束になった所で敵いません、中央管理局――私達の誇る最大規模の拠点、その防衛設備を最大限駆使して撃破出来るかどうかという所でしょうか」

「――とんでもないな」

 

 そんな恐ろしい兵器が周囲を闊歩しているのか、銀次が顔から血の気が引いた。このトンデモ性能の機械人形が束になっても敵わない兵器とは一体どんなものか。コイツ等なら大型艦船でさえ張り付いて破壊できそうだというのに。

 

「地球大戦……っていうのは大体予想がつくな、どうせ地球全土で戦争でもやっちまったんだろう? どこの人類も一緒だ、こっちは昔世界大戦ってのをやったけどな」

「はい、地球大戦はほぼ地球全土を巻き込んだ歴史上最も大きな戦争でした、人類がその種を途絶えさせた原因は概ねこの地球大戦にあります、マザーの駆逐対象も生産可能である機械人形よりも創造主である人間の方が優先度が高く設定されておりますので……お二人だけで活動するのは余りに危険です」

「だろうなぁ……」

「マザーとやらはそんなに多く製造、投入されたのか?」

 

 銀次の脳裏に浮かんだのは数多の機械怪物が跋扈する世紀末、もしそんな星であるのならば正直あまり外を出歩きたい気分ではない。しかし銀次の言葉にキルヒは小さく首を横に振った。

 

「いいえ、マザーは文字通り国の信頼と栄光を背負った決戦兵器、凄まじい戦闘性能を誇りますがその分製造コストが私達機械人形の比ではありません、そう何機も製造できる代物ではありませんので精々国一つで一機、大国であっても小国を殲滅する為に兵装のコストが高く二機が限界でした、そのマザー達も多くが地球大戦で撃破、消滅しております」

「……じゃあもう大して残ってねぇンじゃねぇの?」

 

 肩透かしだなとばかりに鼻を鳴らす四郎。確かにキルヒの言葉を聞く限り残っているマザーの数はそれ程多くないのだろう。しかし逆に言えば今存在しているマザーは全て、そんな化け物兵器が歩き回る大戦を生き残った【選りすぐりの怪物】である。正直此処の機械人形にすら勝てる気がしないというのに、銀次は恐怖に呑まれぬようにぐっと腹に力を込めた。

 

「詳しい話は追々だ四郎、まずは物資の回収に向かうぞ」

 

 銀次は軽く頬を叩いてそう口にする。とんでもない怪物の存在は恐ろしいがやることは変わりない、多くが撃破されたと言うのならそれ程遭遇する確率は高くないのだろう? と銀次が問いかければ、「数年に一度探知されるかどうかです」と言う回答を頂いた。最悪見つかっても最弱レベルであれば撃退――或は遅滞防御が可能な人数、その為の護衛である。

 

「万が一の時は拠点の方から増援を飛ばします、お二人は兎に角逃げる事だけに専念して下さい」

「了解了解、大丈夫だって、これでも俺達調査隊なんだからよ」

 

 軽口を叩いて歩き出す四郎、その背に銀次も続く。楽観視する訳では無いが今まで幾度の調査を乗り越えて来た自信と自負がある、ちょっとやそっとの修羅場でくたばる程軟弱では無いと思っていた。

 

「では、お気をつけて」

「あぁ」

「回収班――くれぐれも油断せぬよう、お願いしますよ」

「当然」

 

 それぞれ一声を添えてキルヒは皆を送り出す。地上へと続くシャフト、その巨大なリフトに乗り込んだ回収班の面々は格納庫の機械達に見送られ、一斉に地上へと押し上げられた。銀次は開ける空を見上げながら兜を展開する。面頬が口元を覆い、頑丈な装甲が頭部と目元を隠した。電子音と共にディスプレイが点灯、世界が色を取り戻す。

 

「何だかいつもの調査より肌がざわつくな、緊張するぜ」

「最初から脅威がハッキリしているからだろう、いつもは手探りだ、それに相手がべらぼうに強いと分かっているからな……原生生物なんて比較にもならない」

 

 野太刀の柄を擦りながら落ち着かない様子の四郎、それは銀次も一緒だった。無意識の内に腰の脇差を逆手で掴んでいる。調査中はいつもこうだった、兵装に手を添えていないと心がざわつく。

 

「すまないがもしもの時は頼む、無いとは思うけれど、そういう時に限って出て来るもんだ、備えるに越したことは無い」

「勿論です、何を犠牲にしてでも必ず守り抜きます」

 

 淡々とした口調、しかしその裏に鋼のような硬い意志を感じさせる声で機械人形は答えた。まるで軍隊――いや、事実軍隊なのだろう。何せ戦うために生まれて来た個体ばかりなのだから。

 

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