機械仕掛けの人類へ   作:トクサン

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ヒトならざる者達へ

 そう考えていた四郎と銀次の元にドンッ! と大気を震わす火砲の音。次いでマザー側面に凄まじい爆音と火炎が舞った。

 

「増援かッ!?」

『死んでも守れッ、自壊してでも足を止めろォッ!』

 

 轟音と衝撃に四郎と銀次はその場に這い蹲り、撃ち出された方角に目を向ける。其処には幾両もの戦闘車両と大勢の機械人形達の姿。恐らく足止めに赴いた警護隊と拠点から出動した増援部隊だ。

 次々と轟音が鳴り響きマザー側面に砲撃が着弾、フロートタイプの高速戦車、それらが一列に並んで森林の中を駆け巡っていた。マザーは立て続けに着弾する砲撃にモノアイを狭める。電磁障壁で直接的な被害は防いでいるものの衝撃は貫通するらしい。雨の様に降り注ぐ榴弾に六本脚が沈んでいた。

 電磁障壁にとってエネルギー兵器は最も対応し易い武器、対して実弾は実体を持つ以上衝撃を逃がす事が出来ない。こいつが出て来たと聞いて直ぐに用意したのだろう、流石はAI、素晴らしい対応だ。

 

「銀次様、四郎様! 撤退を、お早くッ!」

「銀次!」

「あぁ!」

 

 追い付いた機械人形の一人が叫び、銀次と四郎は背を向けて一目散に逃げだす。野太刀を納刀し振り向きもしない、この時銀次と四郎の二人は理解していた。自分達ではこの巨大な怪物に勝てない、寧ろこの場にいるだけで機械人形達の戦術を狭めてしまう。自分達は足手纏いなのだ、銀次と四郎はマザーという脅威の存在をその肌で感じ自分達の役割を良く理解していた。

 

 背後から鳴り響く轟音、地面の砕かれる音、火薬の炸裂する音、エネルギー刃が射出される音。機械人形達は恐れずマザーへと立ち向かう、その背に人類を背負っているというだけで彼女達は死を恐れぬ鋼の盾となるのだ。

 今となっては貴重な兵装を惜しまず注ぎ込み、例えエネルギー刃で割かれ六脚で踏み潰されようと動力炉の動く限り戦い続ける。マザーは漸く見つけた人類を駆逐しようと駆け出そうとするも、周囲の機械人形が決してソレを許さない。

 

『ッ――跳ぶぞ、何が何でも撃ち落とせッ!』

『火砲、装填完了した車両からで良いから、斉射して!』

 

 次々と繰り出される捨て身の攻撃にさしものマザーと言え碌に動く事が出来ない。何よりエネルギー兵装が主力となったこの星で骨董品とも言える実弾兵装を積んで来たのが効いていた。動こうとする度に横合いから砲撃を加えられ衝撃に足が取られる、人間で言えば歩こうとする度に横から硬球が飛来して来るようなモノだ。マザーはその環境を嫌い、大分離れてしまった人類との距離を詰めようと跳躍姿勢を見せる。

 しかしさせるものかとマザーの巨躯に砲撃が殺到、車両や拡張兵装に搭乗していない機械人形は必死の形相でマザーへと取り付き自前の兵装で電磁障壁を破ろうと躍起になる。跳躍どころか歩行一つ許さない、そんな気概が機械人形から感じられた。

 

 銀次と四郎は必死に駆ける。基地まではもう直ぐだ、熱量度外視で駆けた甲斐あって来た時の半分近い時間で拠点周辺に到着した。

 見覚えのある大樹を目視した時、不意に銀次は泣きたくなった、別段恐怖に呑まれた訳でも安堵したからという訳でもない、ただ自分達の背で健気に命を投げ捨てながら数秒を稼ぐ機械人形達を想い、泣きたくなったのだ。故郷にいたAIとは違う感情を持つ人形、それは情を抱くには余りにも出来過ぎた人形だった。

 

「クソ、くそが、なんと情けない……!」

 

 らしくもない汚い言葉を吐き捨てる。まるで、まるで人間を盾にしているような気分だった。連中は機械なのに、どうしようもない感情が胸に渦巻いた。あぁ、こういう感情を抱きたくないからこそ人は機械にあんな、豊かな情を与えなかったのかもしれない。

 もしそうだとしたらその考えは正しかった訳だ、今自分は敵わないと知りつつもあの戦場に戻りたくて仕方がない。罪悪感と言う名の情が銀次を駆り立てていた。

 そんな銀次の胸の内を理解してか、四郎は駆けながら銀次の背を軽く叩く。

 

「銀次様! 四郎様!」

 

 大樹の下、三十人程の機械人形を招集させたキルヒが二人を見つけて叫ぶ。銀次と四郎は彼女の元に転がり込む様に駆け三十人の機械人形が二人を守る様に壁となった。周囲には四脚車両や二足歩行の人型拡張兵装まで用意されている。その数は格納庫で確認した数に並ぶ、完全に総戦力で迎え撃つ布陣だった。

 

「拠点の中へ、下層ならばマザーと言えど追って来れません!」

「お前達はどうするんだ!?」

「此処でマザーを迎え討ちます」

 

 そう言ってぐっと拳を握るキルヒ。その手には青白い粒子が舞っている。恐らく銀次が知りもしない未知の兵装、「勝てるのか」と銀次は自分でも驚く程力なく問いかけた。

 

「勝たなければなりません、人類を探索する上でいつか必ずこうなると分かっていました、故に準備は万端です」

 

 力強く頷くキルヒ、尚も銀次は何かを言い募ろうとして――轟音。慌てて振り向くと所々破損したマザー、大断蜘蛛が銀次を見ていた。着地した地面は抉れている、擦れた建物は半ばから倒壊していた。

 

『ッ、弾薬は気にしないで、撃ち尽くしなさいッ!』

 

 キルヒが叫ぶ、銀次には理解出来ない言語だったがソレが開戦の合図だった。一斉に火を噴く火砲、連射砲、レーザー兵器は無く全て実弾兵装。大小様々な弾丸がマザーに飛来しその装甲を強かに打ち付けた。サブアームに着弾した砲撃は薄い装甲を拉げさせ、破壊する。支部の総火力は凄まじいの一言だった。

 

「銀次ッ! 何してんだ、早く来いッ!」

 

 四郎が叫ぶ、見れば既にシャフトの上に移動を終えていた。下に降りるのだろう、そうすれば安全なのだ、それは理解している。一際強い砲音が鳴り響いた、見上げると大樹の周辺、廃墟と成り果てていた筈の建築物、その屋上から細長い砲筒が顔を覗かせている。防衛設備、それもかなり大規模な。備えていたと言うのは本当だった、電磁障壁対策の実弾防衛設備、巨大な砲弾はマザーの脚部、その一本を轟音と共に吹き飛ばす。

 支えを失ったマザーが頭から地面に突っ込み土埃をあげる。先の戦いで随分深手を負ったのか赤いモノアイが力なく点滅し幾つかの光が消えた。けれど残った瞳はじっと銀次を見つめて放さない。

 奴は決して止まらない!

 

 不意にマザー背部にあったサブアームが動き銀次に狙いを定めた。それまで周囲の機械人形に向けられていた兵装が一斉に銀次を見る。奴は火砲を撃つ機械人形には目もくれない、ただ銀次だけを見つめている。この時点でマザーは機体生存を放棄、ただ人類を殺す為だけに動いていた。

 動力炉の回路を電磁障壁と兵装のみに充て後は全て装甲に任せる。強かに体を打ち据える鉛の雨に耐えながらマザーは最後の人類に向けてエネルギー刃を射出した。

 

 それを見た周囲の機械人形、銀次を取り囲んでいた彼女達が一斉に動き始める。

 銀次を守る様にエネルギー刃と銀次の前に立ち塞がったのだ。

 銀次は知らぬ事であったが彼女達はほんの数分前に対エネルギーコーティングを施していた、一人だけでは防げないが数人纏めて掛かればマザーのエネルギー刃すら止め得る粒子拡散機能を持つ。貴重な精密機械の塊である機械人形を鋼鉄の壁とする、資源どうこういう前に銀次にはソレが我慢出来なくなっていた。彼女達は機械人形として扱うには余りにも人間的でありすぎた。

 気付いた時には自分の前に立ち塞がっていた機械人形達を突き飛ばし、中巻野太刀を抜刀していた。

 

『銀次様!? どうしてッ!』

 

 此方を見ていたキルヒがぎょっとした表情で何かを叫ぶ、しかし銀次は止まらない。この行動が彼女達の足を引っ張るだけと、その意思を無為にする行為だと理解していながら止まれなかった。

 突き飛ばされた機械人形の呆然とした表情が視界に映る。野太刀を掴む拳は強く握り締められていた。

 後悔はない、躊躇いも無い、ただマグマにも似た熱情だけが存在していた。

 

「うぉぉォオオオッ!」

 

 叫び、確りと地面を両足で踏み締めながら野太刀を振り被る。合戦刀法天城式、唐竹割と呼ばれる上段からの振り下ろし。

 凡そこれまで振るって来た一太刀の中で会心の手応え。肩、腕、腰、脚、全てを連結させた渾身の一撃、ソレは飛来したエネルギー刃と激突し――ソレを中ほどから両断した。

 切り裂かれたエネルギー刃は真っ二つに割れ、銀次を避けるように左右へと飛翔、樹々に激突し霧散する。

 斬った――ただの鋼鉄の塊である旧兵装で、エネルギー刃を。

 

 その感動を味わったのはほんの一秒にも満たない時間、続く第二、第三のエネルギー刃が銀次の視界に飛び込んで来る。直撃は許されない、掠るだけでも致命傷。振り下ろした状態から手を返し、切り上げる様に野太刀を振るう。今度は斬ろうとは思わない、衝突したエネルギー刃を真上にカチ上げる形で躱す。雄叫びを上げながら全身の筋繊維を軋ませ、エネルギー刃を僅かに逸らす事に成功した。刃の上を滑る様に移動したエネルギー刃は盛大に火花を散らし虚空で炸裂。

 息を吐く暇はない、数瞬もせずに三撃目が迫る。既に銀次の手は野太刀を掴む事さえ困難になっていた。エネルギー刃を連続して受けたのだ、その衝撃は骨の髄まで銀次の体を痺れさせた。

 力の入らない腕で無理矢理野太刀を動かし、自分の正面に構える。今度は迎え撃つ余力すらない、ただ受けるだけの姿勢。体を横向きにし野太刀を右肩に添えたまま腰を落とす。

 そして衝突――炸裂したエネルギー刃は中巻野太刀、そして銀次の鎧武者、その右肩装甲を削り吹き飛ばした。

 

「ぐぁッ!」

 

 口から空気が漏れ、体が千切れるのではないかと思う程の衝撃が背中を突き抜けた。

 銀次に突き飛ばされた機械人形が悲鳴を上げる。

 銀次は凄まじい勢いで後方に吹き飛ばされ、握っていた筈の中巻野太刀が回転しながら地面に突き刺さった。

 土埃をあげながら地面を転がった銀次の元に機械人形が殺到する。今度こそ壁の役割を果たさんと銀次を庇う様に背を見せ、残った数人が動かない銀次を引き摺ってシャフトの上まで移動した。銀次はピクリとも動かない、衝撃は確かに脳を揺すり意識が飛びかけていた。

 三十人の塊が銀次を庇う中、ゆっくりとシャフトが降下を始める。銀次に攻撃が殺到したお蔭で仲間の火砲が次々とマザーに突き刺さった。皆必死の形相でマザーを攻撃している、目の前で人類が死に掛けた、それだけで機械人形が激怒するには十分だった。既にマザーに反撃する余力は残っていない。煙を噴き上げながら脚を折るマザーを眺め銀次の視界はシャフトの中へと潜っていく。

 

「クソ、この、馬鹿野郎がッ、何やってんだよ銀次ッ!」 

 

 完全に地上が見えなくなり、地下へと降下していくシャフト。そんな中で叫びながら四郎は固まって右往左往する機械人形を突き飛ばし、銀次の体に駆け寄った。銀次の体を見下ろすとエネルギー刃が炸裂した右肩を中心に煤けている。肩部の装甲は完全に剥がれ落ちていた。

 

「ぐッ、か……い、ってェ」

「当たり前だろうが! 右肩バックリ斬られてやがる、これで痛くねぇ訳ないだろうが!」

 

 残った装甲版も無理矢理剥がし、四郎は削られた右肩の具合を見る。幸い傷は骨まで達していない、僅かばかり肩の表層を撫でただけだ。これで野太刀が完全に折れていれば首まで獲られただろう。

 四郎は腰部に装着されていた小型収納口から一本のケースを取り出した。大きさは中指程で樹脂で保護されたケースの中には注射器が一本入っている。プラスチックの保護ケースを外すと四郎は肩の砂塵を手で払い、一息に銀次の右肩周辺に突き刺した。

 プシュッ、と音が鳴り響き中の液体が銀次の体に流れ込む。痛みに呻く銀次に「我慢しろ」と言い空になった注射器を放り捨てた。硬質的な音を立てて注射器は床を転がっていく。

 

「モルヒネだ、直に良くなる」

「悪い……」

「そう思うなら無理をすんじゃねぇ……!」

 

 傷は決して深くない、しかし浅くもない。シャフトが停止すると機械人形達が一斉に銀次に群がってメディカルセンターへと駆け出した。一人一人が銀次のどこかしらを支え、車両や兵器のなくなった格納庫を機械人形が一塊になって駆け抜ける。銀次は機械人形達に抱えられながら小さくなっていく四郎を眺め、それからゆっくりと意識を闇に落した。

 

 

 ☆

 

 

 どれだけの時間眠っていたのだろうか? 恐らく一時間か、二時間程だろう。

 銀次が目を覚ました時、着用していた筈の強化外骨格は無く、生身のままでベッドに横たわっていた。体中にパッチが張り付けられ、枕元のホログラムモニタにはバイタルサインや各種体調を現わす信号が表示されている。

 銀次は靄の掛かった思考のまま周囲を見渡し、そこがいつか運び込まれたメディカルセンターの中だと理解した。白い部屋だ、白く濁りの無い場所、等間隔に並べられた清潔感のあるベッドにメディカルアーム、向こう側には再生槽であるカプセルも見える。

 

「……あぁ、そうか」

 

 銀次は一瞬、何故こんな場所にいるのだろうと考え、それから自分のした事を思い出した。マザーのエネルギー刃を真正面から受け止め肩を焼かれたのだ。そう思って自分の右肩に手を這わせると人工皮膚の感触が指先から伝わって来る。どうやら治療済みらしい。

 ゆっくりと上体を起こしパッチを剥がす、途端ホログラムモニタが信号途絶の音を鳴らすが無視した。メディカルセンターの内部はそれなりに広い、しかし元々人類用に創られたものなのだろう、使用された痕跡は全くと言って良い程に見られなかった。

 

 ぺたぺたと裸足で歩く、今銀次が着用しているのは緩い患者用の衣服だ。ゆっくりとした足取りでメディカルセンターを後にすると、すぐ目の前に巨大な動力炉が現れた。

 機関部だ、人類の治療を目的としたメディカルセンターと拠点の心臓である機関部は隣接していた。カプセルを動かす為か、銀次には理由が分からなかった。

 

 これ程巨大な動力炉は初めて見た、そっと動力炉に足を進めながら巨大な機械の塊を見上げる。

 神楽のウィル・Oエンジンなんて比較にならない、正に山の如く。空間そのものが恐ろしく高く広いというのもあるが、その部屋に対して半分近くが動力炉に埋められていた。ソイツは低い唸り声を上げながらも今尚稼働している。これ一つで拠点の電力諸々を補っているのか。そう思っていたがどうやら他の機能も隣接しているらしい。良く観察してみると動力炉の両脇にはそれぞれ特徴的な空洞があった。現在はシャッターが降りてしまっているがベルトコンベアまである、恐らく何かを投入する場所だ。

 銀次にはその形に見覚えがあった、確か機械人形の生産工程、本来機械人形は凄まじい工程を踏んだ上で生産される精密機械である為、殆どがセル生産で行われる。汎用型の安価な機体であればラインで組み立てられるが、この星に存在するような機械人形であれば全て一度に組み立てられるセル生産方式となるだろう――その一つの極みとして『ボックス』と呼ばれる生産方法がある事を銀次は知っていた。

 機械人形を小さな空間で一から全自動で組み立て、生産してしまう方法だ。その製造機械が四角く、正に箱としか表現できない事から大和でも『ボックス製造法』と呼ばれていた。

 目の前の機械はその製造機械に酷似している。

 だがもう片方は何だ、銀次には欠片も見覚えが無かった。

 

 そんな事を考えていると不意に機関部の中にアラートが鳴り響いた。何だと思って周囲を見渡せば、天井からクレーンのようなモノが降りて来て、機関部右端のベルトコンベアに良く分からない機械の山をザラザラと落とす。

 機械の山はゆっくりとベルトコンベアに運ばれ、シャッターを開いた黒い窪みの中に消えて行った。そしてクレーンは再び天井に戻り再び一分程すると機械の山を持って戻って来る。銀次は暫くその様子を訝し気に眺めていたが不意に機械の山から人の腕のようなモノが飛び出している事に気付き、慌ててコンベアに駆け寄った。

 

「お、おい!」

 

 流れていくコンベア、機械の山に埋もれた腕を何とか掴み渾身の力で引っ張る、すると灰色の中から千切れた腕が飛び出した。

 

「!」

 

 思わず尻餅を着いてしまう銀次、腕は力なく地面を転がる。間違いない、人の腕だ。けれど肉体ではない――それは機械人形の千切れた腕だった。断面からは配線が覗きフレームも見える。

 

 銀次は装置を見上げて理解する――コイツは融解炉だ。

 即ち不用品を分解して蓄える貯蓄庫、そして流れていく機械人形達が自分を生かす為に死んだ連中だという事も予想出来た。先の戦いで破壊された機械人形達だ、この拠点の機械人形達は破損した彼女達を融解炉に投じ資源として再利用していた。

 

「ッ……」

 

 銀次は勢い良く立ち上がると地面に転がった腕を拾い上げる。そして自分の額に手を近付け、一言「すまない」と呟いた。何とも表現し難い罪悪感が胸に燻る。銀次は次の山を待ち、クレーンが再び機械の山をベルトコンベアに落すのに合わせ腕をそっと戻した。融解炉へと運ばれて行く残骸を見る。一体何人死んだのだろうか、銀次は眉間に皴を寄せて険しい表情を浮かべた。

 

「銀次様!」

 

 そうやって運ばれて行く機械の山を眺めていると機関部の扉が開きキルヒが慌てた様子で飛び込んで来た。振り返って彼女の姿を目に入れると、キルヒは銀次に飛びつくや否や体のあちこちを手で触って来る。

 

「お、おい、何を」

「報告で既に治療済みとは聞いていましたが、いえ、やはりお怪我はどうなのかと気になって……痛みのある部位はありませんか!?」

「大丈夫、大丈夫だよ」

 

 キルヒの切羽詰まった様子に一歩退きながら答える。暫くキルヒの「心配しました」とか、「もうあんな事はしないで下さい」という小言に近い言葉を聞きながら銀次は頷く。余程心配させてしまったらしい、彼女の瞳は真っ直ぐ銀次を見て離さなかった。

 

「メディカルセンターからの信号が途絶えて本当に、驚きました、お願いですからどうか無茶はしないで下さい、銀次様に何かあったら私達は――」

「……あぁ、悪かったよ」

 

 俯いて悲しそうな表情を浮かべるキルヒ。銀次はそんな彼女の頭に手を乗せてぐりぐりと撫でつける。彼女は銀次の行為を何も言わず受け入れていた。嫌という訳ではなさそうだ、心なしか表情が柔らかくなった様な気がする。

 こうして見ると益々機械人形だなんて思えない、髪の質感も肌の弾力も人間そのものだ。言葉を交わせるようになってからはその感情がどんどん大きくなっていく。銀次はその感情から目を逸らす為にキルヒから手を放し、じっと此方を見つめて来る瞳から目を逸らして問いかけた。

 

「四郎はどうした?」

「上で回収作業を、私達が行うと言ってお断りしたのですが、『俺だけふんぞり返って働かないのは癪に障る』と仰って半ば無理矢理参加しています、一応危険のない小型、機械人形の残骸回収をお願いしました、残骸の下敷きにならない様班員と共同で作業して頂いています」

「そうか」

 

 銀次はその言葉を聞き再び動力炉を見上げる。銀次の視線を追ったキルヒも動力炉を見上げ、「此処は拠点の心臓部です」と口にした。

 

「知っている、機関部だろう? 何故メディカルセンターの隣に機関部を作ったんだ」

「再生槽の消費エネルギーが大きい為です、後は機関部ですから、当然防壁の硬度や防衛設備は他の階層と比べて強固なものとなっております、メディカルセンターは人類しか使用できませんから、万が一の時に備えての壁代わりという訳です、人類が殺害されるのも、機関部を破壊され拠点が機能停止するのも、私達にとっては同じ事ですから」

「……納得したよ」

 

 呟き、銀次は視線をずらして融解炉を見る。こうして話している間にも残骸は次々とクレーンで運ばれて来る。時折機械人形の千切れた頭部なども見え隠れし、隣のキルヒに思わず問いかけた。

 

「何人死んだ」

 

 声色は自分でも分かる程に沈んでいた。ぐっと拳を握って融解炉を眺めれば隣のキルヒは銀次の横顔を眺めたまま、ポツリと力ない声で答えた。

 

「被害としては全体の一割程です、破壊された車両、拡張兵装含めた数は十両にも届きません、一ヵ月も頂ければ戦力の再生産は可能です、ですから」

「俺は拡張兵装の数を聞いているんじゃない、何人――機械人形は死んだんだ」

「……未だ確認中ですが、恐らく四十三【体】の同胞が破壊されました」

 

 挙げられた具体的な数字に銀次は想いを馳せる。少ない多いの話ではない、それだけの数の機械人形が自分を生かす為だけに死んでいったのだ。胸が締めつけられる思いだった、ただ悲しかった。「俺達が全部お前達に任せて外に出なければ、こんな被害は出なかったんだろうな」と銀次は吐き捨てる。しかしその言葉を聞いたキルヒは空かさず反論した。

 

「人類を保護する上でマザーとは必ず戦闘になりました、私達も徘徊するマザーと対決する為に今日まで戦力拡充を図って来たのです、遅いか早いかの違いでしかありません」

「だが死ぬ必要のない奴まで犠牲になった――なぁ、この星の技術で破壊された機械人形の記憶を蘇らせる事は出来ないのか? それを新しい素体に換装すれば、疑似的ではあるが生き返らせる事が出来るのだろう?」

「……以前の、旧型機械人形ならば可能でしょう、しかし――今の私達には人間と同じ【感情】を授けられています、ソレは理屈としては人間と同じものです、新しい体に以前の記憶をインストールしたとしても人格が歪になるだけ、知らない誰かの記憶があるという状態になるだけなのです」

 

 淡々とした口調、しかしどこか悲しみの滲み出る声。根本的に、私達は個人であり群です。キルヒはそう言って自分の腕を擦った。

 

「機械人形は感情を持ちます、記憶を持ちます、しかし人間ではありません、私にはキルヒという個体名が与えられていますが、これはコマンダーの素体を持つからという理由でしかありません、大多数の機械人形は記号と数字のみを与えられ機能停止するまでの時間を過ごします、私達は道具なのです銀次様――どうか私達に情を持たないで下さい、人と人形は同列ではないのです、御身は貴重で尊い者なのです、私達は【人の形をした物】に過ぎません、【者】ではないのです、どうかご理解ください、私達の生きる導は貴方達人類なのです」

 

 そう言ってキルヒは頭を下げる。銀次はそんな彼女を見て唇を噛み締めた。そして思わず彼女の肩を掴み、言い放った。我慢が出来なかった、理解が出来なかった、情を持つなと言うのならば何故。

 

「じゃあ、じゃあどうして――この星の人類は機械人形に感情なんてモノを与えたんだ!」

 

 叫びは機関部に反響した。自分自身でも驚く程の声量、それは銀次の感情の爆発そのものだった。機械人形と言うのはもっと無機質なモノだ、元々ロボットというのはそういう風に創られるモノなのである。人間に寄せる意味など無い、ただの自己満足だ。ましてや其処に感情などという人間特有の機能を加えるなどと。

 

「無機質で心の無い機械ならば相応に扱えただろうさ、我が母星と同じく! だがこうにも……こうにも人に近くては、余りにも……ッ」

 

 感情のままに吐き出し、言葉が詰まった。人間は感情的な生き物だ、情を持つなと言われても此処まで健気に尽くし、想われる存在を無下に扱う事など出来ない。そんなのは彼女達を作る前から分かる筈だ。人類は愚かではあるかもしれないが決して馬鹿ではない、ましてや感情を持つAIを作る様な才知溢れる人間が気付かない筈が無いのだ。

 感情を創るには感情を理解しなければならない。

 そこまで【人】を理解していて尚、何故このように機械人形を作ったのか。

 キルヒは悲しそうな表情で銀次を見た。

 

「……私達機械人形は人類を愛します、創造主というのは道具をその様に創るのでしょう、けれど私達は人に愛される事を望みません、それは余りにも分不相応というもの、私達は道具のままで良いのです、道具のままが良いのです――私達の為に人類が傷付く姿は見たくありません、それが体であれ、心であれ」

「……愛するというのに、愛される事は望まないのか」

「そういう風に創られていますから」

「――理解出来ない」

 

 心の底から絞り出した様な声。

 最初彼女達と出会った時は驚愕した、人と同じ形を持つ存在が在ったと知り興味深く思った。同時に彼女達が人類の延長線上だと理解しそれ相応と扱った。けれどソレは道具として扱うには余りにも人間的であり過ぎた。

 銀次はその苦悩を表情に出す、するとキルヒは淡々とした口調で言った。

 

「良いのです」

 

 俯いた銀次の耳に澄んだ声が届く。ふっと顔を上げると、キルヒは今まで銀次が一度も見た事のない様な表情をしていた。

 彼女は笑っていた、悲しそうに笑っていた。

 その表情は何と表現すれば良いのか。

 彼女は一体どんな感情を抱き、その口で受け入れる言葉を紡いだ? どこか退廃的で、それでも本当に限界まで踏みとどまっていて。まだもう少し、もう少しだけ頑張れる。

 そんな事を既に何千回、何万回と繰り返した様な。

 

「銀次様は知らないでしょう、私達が過ごしたこの百五年の月日を」

 

 そう言ってキルヒはゆっくりと手を伸ばす。微塵も警戒を抱かなかったのはこれまでの彼女の言動と態度から無条件の安心を抱いていたからか。キルヒの手は銀次の頬をゆっくりと――まるで繊細なガラス細工に触れる様な手つきで撫でた。

 

「最後の人類を見送ってから絶望の中を漂い、何度も挫け掛けました、自ら機能停止を選ぼうと思った事は一度や二度ではありません、実際機械人形としての役割を放棄し、鉄屑と成り果てた同胞が何人も居ました……この百五年の間は正に地獄の様で、人類の存在しない星は酷く寒かったのです」

 

 キルヒの手のひらは氷の様に冷たい。如何に人形とは言え此処まで冷え込むのはおかしい。銀次は彼女の手をそっと取り、そのまま瞳を閉じてぐっと強く握り締めた。その手の感触を繰り返し楽しむ様に、キルヒはそっと握り返す。

 

「【もしかしたら、まだ人類は生きているかもしれない】――そんなか細い希望に縋って生き続けるのはとても大変でした、今日も人類は見つからなかった、けれど明日なら、今日も駄目だった、けれど明日なら――そんな事を何十、何百、何千、何万と繰り返したのです、本当に……本当に長い年月でした」

 

 その日々を思い出したのだろう、キルヒの表情が歪む。人間であれば気が狂う程の時間、しかし機械であるからこそ彼女達は狂う事を許されなかった。心を持っても体は機械だ、自らの意思で死を選ばない限り彼女達は延々と日々を繰り返し続ける。

 

「本当に、本当に嬉しかったのです、人類が生きている、生きて私達と共に在る、私達は人類の為に存在しています、貴方達こそが私達の生きる理由、存在意義(レーゾンデートル)、貴方達人類の傍に寄り添う事が出来る、それだけで私達は――どうしようもなく嬉しいのです」

 

 キルヒは無垢に笑う。

 退廃的なまでの献身――この百五年という年月が機械人形に新たな感情を生み出させた、その結果。ただ愚直なまでに人類を求めた、その果て。その姿を見ていると銀次はどうにも堪らなかった。

 彼女達のその姿が、精神の在り方が、存在そのものが、酷く痛々しいものに見えて仕方なかった。だから銀次は自分がただの調査隊の一員であると、その事も省みず強い口調で告げた。

 

「――寄り添う、寄り添うとも、お前達が俺など要らぬと放り捨てるまで、俺はキルヒ、お前達の傍に居よう」

「! ふふっ、なら安心です、私達機械人形が人類を自ら排斥するなどあり得ない、ならどうか、末永く私達と共に」

「あぁ……あぁ」

 

 銀次はキルヒの手を握る。その感触を忘れない様に、ただ握り続ける。彼女の手に温もりを届ける様に。彼女の体は余りにも人間的であるというのに、その熱は余りにも機械的で、ひんやりとしていた。

 

 

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