「全く、本当に酷い野郎だぜ、マジでお前が飛び出した時は生きた心地がしなかった」
「悪かったって」
銀次の隣には四郎、場所は地下の第九層に存在する廊下。外で残骸の回収作業に従事していた四郎は早々に地下へと呼び戻され、軽く食事を摂った後に未だ機械人形や兵装の再編成を行っているキルヒに許可を貰い基地の情報が収められている情報管理室に向かっていた。
食事は回収した食料――ではなくキルヒに支給された人類用の食糧。有難い事にこの拠点の畜産・食料生産プラントは未だ機能しており定期的に収穫、生産、パッケージングが行われている。特に今まで人類が来ると信じて止まなかった彼女達の食糧保管庫には二人では到底食べきれない程のパッケージングミールが眠っていた。初めて食糧庫に赴いた時は愕然とした、恐らく百人の人類が居たとしても十年近く食っていける量だった。二人だけなら一体いつまで食っていけるのか、少なくとも当分食料に悩まされることは無かった。品質維持用の腐敗防止剤も混ぜられているので何年経っても食える、これは調査隊に積まれている食料と同じだった。
「四郎は特に怪我とかはしてないんだよな?」
「当たり前だ、エネルギー刃を弾いた時に軽く手が痺れたくらいか……まぁ打撲程度なら怪我とも言えねぇだろ? 特に俺は第二世代だ、多少の衝撃位は屁でもねぇ」
「あぁ……そうだったな」
銀次は頷き、強化外骨格を纏わない生身の腕を天井のライトに翳す。四郎は未だ強化外骨格を纏っている。食事の時は流石に兜を解除していたが、どうにも此処に来てから視界を制限していないと落ち着かない様だった。
「エーテル強化プラスチックだったっけ? 便利な物だよな、タンパク質とミネラルなんかよりも余程頑丈だ、俺も改造を受けていれば怪我をしなくて済んだのかもしれない」
「やめとけ、碌なモンじゃない」
四郎はそう吐き捨てる。銀次はその様子に首を傾げながらも、四郎がそう言うならとそれ以上言及することは無かった。
「本当ならキルヒに色々と聞いてみたかったンだけどな」
「作業が残っているんだ、仕方ないさ」
四郎がぼやき、銀次が応える。本当ならば神楽に向かう前に交わした約束の履行、即ち互いに聞きたい事があるという事で情報交換を行う予定だったのだが――コマンダーであるキルヒにはやらなければならない事が山の様に存在している。破壊された拡張兵装、機械人形の回収、被害の確認、部隊の再編成、修理や増産で消費される資源計算、或は調達、そしてそれらを全て中央にある本部へと報告しなければならない。何より撃破したマザーの回収作業も残っていた。あれは最新兵器と貴重資源の塊だ、是非分解して再利用しなければと言うのが彼女達の弁。
「何ならやって来る本部の連中に聞いてみれば良いさ、キルヒよりお偉いさんなんだろう? 彼女達も知らない事も知っているかもしれない」
近々自分達を保護する為に本部の機械人形がやって来ると言っていたが、さてどんなものかと銀次は夢想する。こんな巨大な拠点を各地に持つ存在のトップだ、ある意味自分より凄い立場の存在。本来ならばキルヒであっても対等に話せる様な立場ではないだろう、何せ四郎と銀次は調査隊の一員に過ぎないのだから。肩書など平と大して変わらない。ただ自分達が人類だというだけで彼女達は銀次と四郎を敬愛し、守護する。人類――いや男としては何とも居心地が悪い。
「そう言えば何でここの機械人形は女性型ばっかりなんだろうな? いや、地球じゃ男性も女性も無かったがよ、この拠点に男性型はいねぇのか?」
「いや、確か格納庫に男性型の機械人形が居た筈だ、俺は確かに見たよ」
「うん? じゃあアレか、戦闘体が女性型で整備やら後方の雑務が男性型?」
「どうだろう……そういう区分は分からないけれど、確かに男性型の戦闘体は見ていないな」
言われてみればと銀次は顎を擦る。しかし考えたって分かる筈もない、そもそも機械人形に性別で分ける事にすら疑問を覚えるのだから。どうにも銀次と四郎にはこの星の人類の考えている事が良く分からなかった。
「っと、此処か」
銀次と四郎は他愛もない会話を交わしながら歩き続けると、廊下突き当りの扉に辿り着く。長い廊下を真っ直ぐ歩いた先、両開きの厚い扉は中央でがっちりと噛み合ってロックされている。銀次と四郎が近付くと扉上部のセンサーが不可視のスキャンを行い、肉の体を持つ人類と判断した瞬間喜々として扉を開け放った。
空気の抜ける音と共に扉が開く。内部はそこそこ広くちょっとした町の図書館程度の規模。そして壁には一列に並べられたデータベース、その前には多数の人間が使用できるように幾つもの端末が顔を覗かせている。
「広いな、だが大和の総合情報省の中央室には劣るぜ」
「何と張り合っているんだお前は」
ふふんと鼻を鳴らす四郎に銀次は溜息を吐き出す。銀次は一番手前の端末、四郎はその隣の端末にそれぞれ腰掛け電源を入れた。電子音と共にホログラムモニタが表示され検索エンジンが出現する。青白い光に目を細めながら銀次は入力UIに手を翳す。隣で四郎は設定を弄りながら問いかけた。
「さて、言語情報登録は……これで良し、さぁ何から調べるよ?」
「手当たり次第だ、俺達はこの星の事を何も知らないからね」
そう言って銀次は検索エンジンに何も入力する事無く決定ボタンに触れた。瞬間、画面に並べられる欄はデータベースに存在するあらゆる保存文書やら音声データ。その一番上の欄を選び銀次は文書を開く。
保護記録、アーカイブ――自動翻訳。
22451210 タイトル【暁の日、終戦】
随分と長い間戦い続けた気がする、皮肉な事に人類最大規模の戦争は【人類種の絶滅危惧】という形で終わりを告げた。この終戦が一つの歴史の終わりなのだろう、その事も含め音声文書として記録しておきたいと思う。
人類種の絶滅危惧、各国の作り上げたマザーは世界を闊歩し、余りに多くの人類を殺し過ぎた。そして戦争によって疲弊した人類にマザーのコントロールを取り戻す術はない。馬鹿げた事だ、本国を滅ぼせばマザーを操る術を失うと言うのに。誰も彼もが目を曇らせていた、私もその一員だ。
兎に角勝たねばと思っていた、既に人類を閉ざされた星の中で生き残りにはまず糧がなければ話にならない。誰も彼も霞を食って生きる訳にはいかないのだから、そう、限られた資源の独占こそ我らの悲願。
いつか誰かが言った、飢えた人間とパンの話。結局そのパンは、どちらの胃にも収まらなかったらしい。我が国の人口も著しく減少した、恐らく第一世代――いや、もうその世代の人間は居ないのだったな。
第二世代の人間では生きる事さえ困難だろう、旧世代の人類は皆地上に出る事さえ叶わなくなっている。外界での活動は全て機械人形に託す形になるだろう、全く以て嘆かわしい事だ、機械に命を奪われ、機械に縋らなければ生きられないとは。
「これは……戦争の記録か」
報告書――と言うよりは個人的な記録とでも言うべきか。恐らく人類滅亡後にあらゆる文書や音声情報を手当たり次第このデータベースに保管したのだろう。保存されていたソレは公的な文書では無く日記に近い存在だった。スライドした文書を目で追う、まさかこんな物ばかりなのだろうかと銀次は適当に一覧を覗き、その中から一つの文書情報を開いた。
22460101 タイトル【月別製造報告】
定期記録、詳細は添付されているファイルを確認されたし。凡そ計画通りに製造の方は進んでいるが正直資源が心許ない状況。以前のペースで生産を続けるのは困難、融解炉も限界まで活用しているが慢性的な資材不足が続いている。近い将来スクラップを回収する為に探索班を編成する必要が出てくるだろう。現状の資材状況は資材管理部より報告を受けて欲しい。
「普通の報告書もあるのか」
見れば文書情報の他に関連付けされた追加のファイルも存在している。纏めて記録、保存したのだろうか。銀次は月別製造報告と表示された欄を閉じ、再び一覧をスライドさせて目ぼしいタイトルを探し始める。
22460109 タイトル【宇宙】
この地下拠点は大分昔に建設された物らしい、聞けば宇宙開拓時代の頃から存在していたのだとか。改築が現在も進められているが、何と此処には宇宙航行可能な艦船が保管されていた。
一部の生き残りはその艦船を使って宇宙に乗り出そうと言っている。恐らく他惑星の人類に合流を果たそうとしているのだ。馬鹿な連中だ、数十年も前に出て行った切りの調査隊が他惑星で生き延びていると本気で思っているのだろうか。それに宇宙には――私達の頭上はパトリア・パトリオットによって塞がれている。
艦船を動かして空を舞おうと、成層圏に入る直前で捕捉され、撃墜されるのがオチだ。ただですら少ない人類の数を減らすのは愚の骨頂だろうが連中の目には確かな狂気が存在していた。こんな生活を続けていれば気が狂うのも納得だ、しかし私が自殺志願者ではないのでね、搭乗は遠慮させて貰おう。
幾つか文書を梯子しているとこの拠点についての記録――日記が見つかった。この人物は最初からこの拠点に住んでいた人類ではないのだろうか? 書き方からするに外部からこの拠点に辿り着いた人間の様だった。
そしてどうやらこの星の人類は宇宙にも進出していたらしい。当然と言えば当然か、何せ地球を越える技術力を持っているのだから宇宙に進出していても何の不思議もない。
しかしこの、パトリア・パトリオットとは何だろうか。銀次は文書をスライドしていた手を止めて口元に手を当てる。成層圏に入る前に撃墜される、という事は兵器なのだろう。銀次はまさかマザーか何かなのかと思い検索エンジンにパトリア・パトリオットの文字を入力した。すると数件、パトリア・パトリオットについての文書情報が見つかる。その中で一番上の文書データを銀次は開いた。
2220―― タイトル【パトリア・パトリオットについて】
連邦政府主導で実行されたプロジェクト・マザー――戦略防衛構想、SDIによって生まれた世界最初のマザー兵器である。
戦略防衛構想とは、あらゆる国家の大陸間弾道弾や高速飛翔戦闘体を加速前段階で迎撃、撃墜し無力化する事を目的として考案された防衛構想である。国家内に侵入する前に兵器、弾頭の無力化を図り連邦に属する全ての国家、大陸の安全を図る為のプロジェクトだと公言されているが実際は宇宙空間における自勢力の優位性を保つ為に実行された国家間競争の為のプロジェクトであった。
パトリア・パトリオットは長年連邦政府管理下に在ったが224512の終戦と共に事実上放棄された。連邦国家群も崩壊し、そのコントロールは完全に失われている。世界最古のマザーであり現在も衛星軌道上に存在、宇宙に近付く飛翔体を全て撃墜、撃破し続けている。
パトリア・パトリオットは大型リアクターが搭載されたボックス型の衛星、通称ドルフィンと衛星軌道上に散布された極小のレーザー兵器群、通称ベルベの二つに大きく分けられる。
極小のレーザー兵器群は一つ一つの大きさが一メートル前後の球体であり、その全てが複数存在するボックス型の衛星、ドルフィンに接続されエネルギー供給を受けている。その正確な数は不明であり連邦も公式の場で具体的な数字を発表していない。また情報部よる情報取得も確認されていない為、現在でもベルベの数は不明瞭なままである。しかしプロジェクト・マザーが実行され、ベルベとドルフィンが衛星軌道に出現して以降人類の宇宙進出の足は大きく鈍る事となった。
ベルベより発射されるエネルギー兵装の威力は然程高くない、ベルベ本体が小型であり発射口の面積が大きく取れなかった為だと推測される。しかしベルベの恐ろしさはその数にあり、地上から離陸し宇宙を目指す飛翔体は十分に成層圏に接近した時点で凡そ百から二百のベルベによってレーザー攻撃を受ける事となる。
ベルベの雲と呼ばれる程に個体の群れが衛星軌道上を覆っている為、回避は困難。尚、確認されているドルフィンの数は凡そ二百十二機体、過去大型電磁加速砲による撃墜例は四件。何れも戦時中によるものである。
「マザー」
呟き、文書の文字を指でなぞる。文中には連邦の文字も存在した、銀次の世界にもあった国家連合体である。どうやら星が変わってもそういう存在は生まれる様だ。所詮人類は同じ人類という事なのか、進化の幅が狭く感じる。パトリア・パトリオットに関する情報を再び探ってみるものの先と同じように表面をなぞった様な文書ばかりで詳細な情報、設計図などの類は遂に見つけられなかった。恐らくこの拠点は連邦と呼ばれる国家の枠に属していないのだ、敵国の一つだったのだろう。しかし概要だけでも最低限必要な事は分かった。
「銀次、何か良い情報は見つかったか? こっちは碌なモンがねぇ、まぁこの拠点の事についてとか、諸々断片的な事は分かったがよ……」
「あぁ……コイツを見て欲しい」
銀次は四郎に向けて先程見つけたパトリア・パトリオットに関する情報を投げる。ホログラムモニタが四郎の方に向けて虚空を移動し、四郎は投げられたホログラムモニタを覗き込んだ。
「パトリア・パトリオット……? 何だこりゃ、連邦……って、こいつマザーかよ」
「そうだ、どうやら衛星軌道上に陣取ってロケットやら艦船を片っ端から撃ち落とすマザーらしい、数も膨大、星の何処から空に上がっても例外は無い」
「何だそりゃ、無差別か」
そこまで言って四郎はピタリと硬直する。そして気付いたのだろう、「オイオイ」と口にしながら銀次の方へと顔を向ける。兜越しで顔は見えなかったがきっと酷い顔をしているに違いない。
「もしかして俺達の神楽……っつうか、調査隊を撃墜したのって」
「可能性は高いな」
銀次は腕を組んで鼻を鳴らす。衛星軌道上に存在しているのなら付近を通った艦船を一方的に攻撃するなんてワケないだろう。内に攻撃出来て外に出来ない筈が無い、今なら大気圏突入にも耐え得る神楽があれ程破壊された理由も分かる。如何に一発一発の威力が弱いとは言え艦船の表面にはエネルギーコーティングなど施されていない、遥か先を行く文明兵器に攻撃されたのだ。堅牢な艦船装甲であっても、下手をすれば実弾兵器より質が悪い。
「そしてコイツの存在が本当なら――俺達が母星に戻れる確率はゼロだ」
銀次はそう言って文書を閉じる。空にコイツが存在する限り星の外に出る事は叶わない。今思えばこの拠点には航空兵器の類が存在しなかった。偶々だと大して気にしていなかった銀次だが、今思えば下手に空を飛べばパトリア・パトリオットの餌食になるからだろう。具体的な射程は分からないが加速段階の弾頭すら落とすのだ、ヘリや浮遊戦車など地上から然程高くない高度を飛べる兵装ならばまだしも航空機は問答無用で撃墜される可能性すらある。
そして銀次達が母星である地球に到達するには艦船を使って長距離跳躍を行うしかないのだが――パトリア・パトリオットが存在する限り艦船どころかロケット一つ飛ばせない。宇宙空間に出なければ長距離跳躍など出来ない。
「……マジかよ」
「マジだ、宇宙空間に出るならパトリア・パトリオットを撃破するしかない、ベルベとドルフィン、後者だけ見つけ出して撃破するのが一番楽だろうけれど」
「出来るのか?」
「出来なきゃ一生この星の中だよ」
四郎が頭を抱える、銀次は端末の前に用意された簡易椅子に深く背を預ける。パトリア・パトリオットの撃破、口に出すのは容易いが実際に出来るかどうかと問われれば難しいとしか言えない。何せマザーである、少なくとも銀次と四郎の二人だけで倒せるなんて微塵も思っていない。瞼の裏に焼き付いた大断蜘蛛との戦闘、真正面から挑めば恐らくアレより酷い惨状になるだろう。何せマザーの規模が違う。
「機械人形の力を借りるしかない、レーザーがどこまで届くかによるが、場合によっては地上から一方的に攻撃して屠れるかもしれない」
「機械人形……助力してくれるのか?」
「可能性は高いと思う、マザーの攻撃対象は人類も含まれているからな、保護を考えるなら全てのマザーは機械人形にとって排除対象だ……どちらにせよコイツが居る限り宇宙に進出する事は出来ないんだ、艦隊への救援も望めない、最悪そのままぶつけるのも手だが」
「おいおい、調査隊を呼び込むつもりか? 無理だろ、少なくとも艦隊戦をやって勝てるとは思えねぇ、何だこのベルベの雲って、そんな数の射撃を食らったら一発で撃沈――いや、下手すりゃ艦隊全滅だ」
四郎は銀次の言葉に首を振る。銀次とて調査隊を呼び込んで戦わせるつもりはない、ここの文明と地球の技術力には大きな差がある、マトモにやり合えば全滅するのは自分達の方だった。
「兎に角、情報を集めよう、コイツみたいにまだ重要な情報が眠っているかもしれない、対策を考えるにはもう少し後だ」
「あぁ……あぁ、そりゃそうだ」
銀次と四郎は互いに頷きながら再び端末に手を伸ばす。だがその指の動きは鈍い。二人は今日マザーの強大さをまざまざと見せつけられた。その脅威を排除しなければ帰れないという事実が二人の気力を少なからず奪っていたのだ。