機械仕掛けの人類へ   作:トクサン

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虚栄

 

 目覚めは悪いものではなかった。一度目を開けた時、神楽のパーソナルスペースではない事に驚いたが数秒して自分がどこに居るのか気付き脱力する。病的なまでに白い天井、清潔感以外を排した様な部屋を一度眺め、それから一度枕に顔を埋める。疲労感はまだ残っていた、しかし十分な休息が摂れたと言うのも事実。神楽には無かった弾力に富んだベッドは起き上がるのに多大な労力を要したが幸い精神力が強くなければやっていけないのが調査隊である。気怠さの残る体を叱咤し布団を跳ね除ける。

 体のふしぶしが音を鳴らし、銀次は枕元に置いていたデバイスを手首に装着した。時刻は九時、少し眠り過ぎた気もするが焦る程でもない。何せもう調査隊としての生活習慣は意味を為さないのだから。乱雑になった髪をぐしゃぐしゃと掻きながらベッドを抜け出した銀次は洗面台で軽く顔を洗い、そのまま洗面台に顔を突っ込んで頭から水を被った。残っていた眠気が冷たさで吹き飛び銀次は大きく息を吐き出す。

 

「四郎、オイ、四郎、起きているか?」

 

 濡れた頭を用意されていたタオルで拭いながらデバイスに話しかける。相手は四郎、直ぐ隣の部屋で休んでいる相棒。暫く応答はなかったが、根気強く待っていると僅かな布の擦れる音と共に声が聞こえて来た。

 

『……うぇ……んだよ銀次、もう交代時間かぁー……?』

「早く目を覚ませ、お前の居る場所は艦船の中じゃないぞ」

『あん?』

 

 訝し気な声、それから布団を跳ね除ける様な音が響き、『どこだよ、此処』とハッキリした声が聞こえた。相変わらず覚醒が早い、羨ましい限りである。濡れたタオルを肩にかけキッチンに向かう。冷蔵庫には何も食材が入っていない、代わりに冷蔵庫の横にある小さなボックスに小さなグリーンランプが灯っていた。取っ手を掴んで蓋を開けると中からパッケージングされた保存食とパックジュースが出て来る。どうやらこのボックスは部屋の外に通じているらしい、恐らく食糧配給の為に用意された物だろう。

 

『あー……あぁ、クッソ、思い出した、寝惚けてたのか、俺』

「おはよう、調子はどうだ」

『可もなく不可もなく、強いて言うなら疲労は大分……くぁ……あぁ、とれたぜ』

「そいつは何よりだ、冷蔵庫の脇に配給ボックスがある、飯は食っとけよ」

『おう』

 

 ボックスから取り出したパックジュースと食糧を掴んでベッドの上に戻る。中央のテーブルは使う気になれなかった、元々神楽に用意されていたパーソナルスペースはベッドひとつ分程度なのである。そこでずっと過ごしていた為か、あらゆる行為をベッドの上で済ます習慣が出来てしまった。

 

「ん……いつ食っても不味いな、コレ」

 

 フィルムを破って中の固形物を口に放り込むも咀嚼した味は御世辞にも美味いとは言えない。パサパサとした食感と大雑把な味付け、フィルム表面にはチョコレート味と書かれていた。まぁ所詮は栄養補給剤の様な物である、食えるだけマシなのだろう。次々とブロック体のソレを口に詰め込んでジュースで胃に流し込む。ミールは不味かったが久々に飲んだジュースは美味かった、と言ってもただの味のある透明な液体だが。

 しかしこういう食品の形まで一緒なのかと、銀次はフィルムをダストボックスに投げながら思った。

 

「考える事はどの人類も一緒か、味は二の次ってな………さて、鎧武者でも取りに行くか」

 

 寝巻から外行き用の服――やけに近代的なデザインの衣服を身に纏った銀次は何度か鏡で自分の姿を確認し、頷いた。現在銀次や四郎の着用していた衣服は洗濯中である、支給された衣服は元々この星の人類が着用していた衣服の一つだった。

 四郎に外に出る旨を伝えるとそのままエレベーターに乗り込んで上の階層へ向かう。四郎の鎧武者はそのまま本人の部屋に保管されているが、銀次の鎧武者は一端格納庫に預けてあった。先のマザー襲撃によって肩部の装甲が剥がされた為である。キルヒには何度も『新型強化外骨格』の使用を提言されたが銀次と四郎は首を縦に振らなかった。これだけの技術力を持つ星の強化外骨格、恐らく性能も鎧武者とは比較にならない程だろう。しかし性能が良いから戦力向上が望めるかと言えば否、結局はどんな兵装も武器も使いこなせるかどうかが重要なのだ。

 調査隊として幾つもの過酷な環境を生き抜いて来た銀次はソレを良く知っている。

 

 格納庫には既に機械人形達が揃って作業に励んでいた。元々機械人形に休息の類は必要ない為男性型、女性型問わず皆が何らかの作業に奔走していた。心なしか格納庫に兵器や拡張兵装の類が増えている様に見える。恐らくガーディアンオブイーストから搬入された物資なのだろう。チラホラとディの身に纏っていた衣服と同じ物を着た機械人形が見える、彼等にも戦闘個体とは別に整備用の機械人形が配備されている様だった。

 

「あっ、銀次さん!」

 

 格納庫に踏み入れると丁度エレベーター脇の兵装を整備していた男性型機械人形の一人が気付き、声を上げる。銀次が声のした方に振り向くと見覚えのない機械人形――と言ってもフェイスパーツは同じ型のものが多いので顔自体は見覚えがあるのだが――が笑顔で駆け寄って来た。

 機械人形の声に反応した周囲の面々も銀次に気付き、作業の手は緩めずに此方に注視する。来たばかりの頃は慣れなかったが、一日経った今では多少背中が痒い程度だった。

 

「格納庫に何かご用事? 何か必要な物があれば後で届けるよ?」

「あぁ、強化外骨格の受け取りに来たんだ」

「強化外骨格……あぁ! 確か鎧武者だっけ?」

 

 修理出来ているよ、と口にした機械人形は笑顔で銀次の手を引く。今更だが機械人形は立場によって口調が大分異なる。具体的には上の立場の者程言葉遣いというか、口調が丁寧になっている様な気がした。

 鎧武者は格納庫の片隅で保管されているらしい、頼んだのは両肩の装甲換装だけなので片手間で済ませてしまったのだろう。破損個所の装甲だけ取り換えなかったのはウェイトバランスが崩れるからである。本当ならば余り手は加えて欲しくなかったのだが――ある意味これも前時代的な『拘り』という奴なのだろうか。

 

「要望通り肩部の装甲張替えだけに留めていたけれど……良いの? 何なら内部機構から動力炉までもっと良いパーツに換装できるよ?」

「良いんだ、高性能な強化外骨格を貰っても扱えないんじゃ宝の持ち腐れだからな、何ならお前達が使った方が余程良い」

「機械人形は人間着用の強化外骨格なんて使わないよ、生身の方が強いんだから」

「……それもそうか」

 

 彼の指摘に銀次は肩を竦めて笑う。強化外骨格が人間の為の拡張兵装である事を失念していた、少なくとも機械人形が拡張兵装である強化外骨格を纏うという事は既存の兵装では破壊できない様な目標を粉砕する時のみ。つまり人間である銀次が扱えば木端微塵になる可能性すらある。

 

「ほら、コレ、一応少しでも良いモノに仕上げようと思って、両肩の装甲はマルコシア合金を使ったよ、軽くて頑丈、気休め程度だけど対エネルギーコーティングもしたから肩で攻撃を受ければ一撃で破壊――なんて事にはならないかな」

 

 格納庫の壁際に灰色のカバーを掛けられた鎧武者、機械人形はカバーを取っ払って僅かに艶のある肩部装甲を撫でながらそんな事を口にする。換装された装甲は元の形状である階層的な形を保ちつつ、確かな強度を誇っている様に見えた。合金の名前に覚えは無いが、機械人形の扱う金属ならば信を置くに値するだろう。

 

「お前が換装作業をしてくれたのか?」

「え? あぁ、えっと、担当した機械人形が情報をアップロードしていたから、整備状況とか全体の兵装状態なんかは皆知っているんだ」

「……成程、便利なものだ」

 

 機械人形ならではの効率化とでも言えば良いか、人間には真似できない芸当だ。銀次は全身洗浄され綺麗になった鎧武者の表面を撫でる。砂埃に塗れていた頃とは違う、まるで新品の様だ。けれどあちこちに見られる凹みや小さな傷はそのままで銀次と共にあらゆる苦難を乗り越えて来た相棒だという事が分かった。

 

「今すぐ着用していく?」

「いや、拠点内では良いさ、後で構わないから部屋に運んで貰っても良いか?」

「勿論、キルヒに許可を貰っておくよ」

「頼む」

 

 短いやり取りを終えて銀次は格納庫を後にする。自分に向かって手を振る機械人形達に手を振り返しながらエレベーターに乗り込んだ。

 さて、用事は済ませた、後は特にやることが無い。四郎を誘ってデータベースを漁るのも良いが――其処まで考えて腕に巻き付けていたデバイスが振動している事に気付く。手を翳してホログラムモニタを展開させると『キルヒ』の文字が虚空に踊った。

 

「キルヒ?」

 

 何かあったのだろうかと手早く通話許可のボタンに触れれば、彼女の声とサウンドモニタが表示される。

 

『おはようございます銀次様、朝食はもうお済みですか?』

「あぁ、おはよう、飯は食ったよ、今は格納庫だ、鎧武者の搬入を頼んでいたんだ、何かあったのか?」

『えぇ……既に四郎様にも連絡を、一度会議室にお越し頂いても構いませんか?』

「分かった、直ぐに向かう」

『ありがとうございます、それと――昨日は申し訳ありませんでした』

 

 通話口の向こう側で頭を下げる気配。銀次は一瞬言葉につまり、それから何でもない様に「気にするな」とだけ口にして通話を切った。エレベーターのボタンを自室の階層から会議室のある階層に変更する。それから壁に凭れ掛かり、小さく息を吐き出した。

 

「……これはもう、本当に、人間と変わらないな」

 

 彼女達は我儘と言う言葉を知っているのだろうか。呟いて、銀次は小さく笑った。

 

 

 ☆

 

 

「悪い、待たせた」

「おう銀次、遅ぇじゃねぇか」

 

 会議室に到着すると既に鎧武者を着込んだ四郎とキルヒが待機していた。キルヒは銀次が入室すると一礼し、四郎は遅れてやって来た銀次を茶化す。銀次は椅子に座って体を揺らす四郎を見て溜息を吐いた。

 

「お前、まだ脱いでなかったのか、流石に着たまま寝たとか、そういう訳じゃないよな?」

「バッカ、流石に俺も寝る時位は脱ぐってぇの、夜番の時は着たままだけどよ」

「ここで夜番なんてある訳ないだろう」

 

 未だに鎧武者を着たまま過ごす相棒に呆れた表情を浮かべながら銀次は椅子に腰を下ろす。大きな会議室は少数で使用するとより広く感じられた。周囲を見渡すとディの姿が見当たらない、「ディは居ないのか」と銀次が問いかければ、「彼女は現在当拠点周辺の警戒に当たっています」とキルヒが答えた。

 

「あん? 警戒?」

「はい、実はお二人に来て頂いたのはその事についてお知らせしようと思いまして――こちらをご覧ください」

 

 キルヒが銀次と四郎のデバイスに何らかの情報を送信する。電子音と共にデータの受信を知らせたデバイスに手を翳しながら二人は顔を見合わせ、それからホログラムモニタを表示させた。

 

「これは……地形情報か?」

 

 ホログラムモニタに表示されたのは拠点周辺の地図、つまり地形情報。今更何でこんなものをと銀次は疑問符を浮かべた、しかし時間経過と共にマップ上に赤い点が表示され動き出す。そして青い反応が複数出現し、赤色に近付いて行くと直ぐにソレは消え去った。銀次は顔を顰め、四郎は「何だコイツ」と声を上げる。

 

「昨日――と言うより今日でしょうか、深夜に敵性勢力の反応を感知しました、そのデータは反応の探知から消失までの経過情報です」

「敵性勢力?」

「恐らくマザーかと」

 

 その言葉に四郎と銀次は眉をひそめた。もしそれが本当ならば由々しき事態である。大断蜘蛛もそうだが、マザーがこの拠点目掛けて集結しているのではとすら邪推してしまう。

 しかし銀次はそれ以上思考を続けなかった、キルヒの歯切れがやけに悪かったのである。マザーと断言せず敵性勢力とボカす辺りが特に。

 

「恐らく、というのは?」

「友軍信号が無い事から敵である事は確実です、しかしマザーにしては余りにも反応が弱々しく、反応を探知してから現場に急行する間に反応が消失、実際にマザーかどうかを確かめる事が出来なかったのです」

「反応が消えたって? 何だそりゃあ」

 

 四郎が厳しい顔で呟く。あの高機動を地で行く機械人形を振り切ったというのか、銀次と四郎は俄かには信じられなかった。キルヒはこれを失態と感じているのか、「申し訳ありません」と謝罪しながら悲痛な表情を見せる。

 

「機械人形を振り切れる兵器があるとはな……早めに反応を探知する事は出来なかったのか?」

「反応は拠点周辺に突如出現しました、私達は拠点を中心に幾重もの警戒網を展開していますので、通常であれば拠点に接近した時点で気付けます、早期警戒機も常駐しているこの網を抜ける事は光学迷彩を使用してもまず不可能です」

「だが実際抜けちまったんだろう? お前等がサボタージュしていたなんて考えられねぇ、そうなると別な手段がある訳だ、心当たりは?」

 

 四郎が椅子をリズムよく後ろに倒しながら問いかける。機械人形の警戒網を潜り抜けるのは並大抵の事ではない、銀次と四郎は此処の機械人形の性能の高さを良く理解している。サボタージュなど当然ないだろう、だとすれば単純に探知機能を誤魔化す何かがある筈だった。四郎の言葉にキルヒは何度か口をまごつかせ、それからゆっくりと可能性の一つを提示した。

 

「可能性として考えられるのはテレポーテーション、でしょうか」

「あん? テレポーテーションだと?」

「はい、突然反応が出現したという点を考えると、それに類する方法としか」

「……技術的に可能なのか?」

 

 銀次が驚いた表情で聞けば、「可能です」とハッキリとした肯定が返って来る。まさかそこまで技術が発達しているとは、しかし銀次はこの星に来てから一度もその類の技術を目にした事が無い。その不信を感じ取ったのか、キルヒは身振り手振りも交えてテレポーテーションについて説明を始めた。

 

「テレポーテーションはこの星でも最先端の技術の一つでした、しかしそれ故に一部の国有施設、それも中央都に近い場所にしかポータルは設置されていません、テレポーテーションには莫大なエネルギーが必要であり、また出現位置は任意ですが使用するにはポータルに向かわなければなりませんので」

「出現位置が任意なのか、凄いな」

「はい、その強力さ故に各国テレポーテーション機能を持つポータルの保有制限が設けられていました、また首脳会談にてポータルの大きさ、具体的な転送可能範囲の指定なども行われています」

「ほぉん、そりゃあ、大方軍事利用を避ける為じゃねぇのか?」

 

 四郎が面頬を指先で撫でながらそう口にする。その言葉に同意しながら銀次が続けた。

 

「だろうな、しかしそんな便利な物があるならパトリア・パトリオットなんて飛び越して宇宙空間に出れそうなものだが……ポータルの大きさが艦船を転送できる程の幅や高さを持たないか」

「はい、それと会談での条約によって転送可能な範囲に宇宙空間は含まれておりません」

「秘密裏にポンポン衛星でも送り込まれたら嫌だもんな、そりゃあ宇宙空間は除外するだろうよ」

 

 テレポーテーションという如何にも未来的な技術が存在している事には驚いた。しかし元々長距離跳躍なんて技術はテレポーテーションの前身の様なものだ。地球より進んだ技術を持っているこの星で実用化されていても何ら不思議では無かった。銀次は深く椅子に背を預けると腕を組んで唸る。

 

「それで問題は、その条約諸々によって生産数や機能に制限が設けられている筈のテレポーテーションがマザーに搭載されているかもしれないという話だ」

「何時でも何処でも好きな様に、向こうさんは俺達を襲撃出来る訳だろ? 何だそりゃ、勝てる訳ねぇだろ」

「あくまで可能性の話だ」

 

 肩を竦めてやってられないとばかりに伸びをする四郎に対し、銀次は淡々とした口調で告げる。しかし実際問題テレポーテーションを持つマザーなんてモノが存在するとすれば手に余る脅威と言うのが本音だった。

 

「マザーにしては反応が弱々しいと言うが、エネルギー供給量の問題か?」

「それもありますがサイズもマザーにしては小柄だったのです、探知した反応から大凡の輪郭を再構成しました、縦で凡そ二メートルから三メートル、横は三から四メートルという解析結果が出ています」

「小せぇな……拡張兵装レベルだぜ、それ」

「反応が小さいのも頷ける、そもそも本当にマザーなのか? テレポーテーションには莫大なエネルギー供給量が必要な筈だろう、そんなサイズの兵器で賄えるとは到底思えない」

「テレポーテーション以外の可能性はねぇのかよ?」

 

 四郎がキルヒに目を向ける、しかし彼女は首を横に振って「機体隠蔽機能、光学迷彩やEMPの類も考えましたがどれも私達の警戒網を潜り抜ける程の機能を持つとは思えません、赤外線探知、金属探知、熱源探知、基地周辺には輪状の重量探知すら備えられています、それらを全て欺けるとはとても」と口にする。成程、そこまで幾重にも警戒網が張り巡らされているのなら確かに、見つからずに基地周辺まで辿り着けるとは到底思えない。

 

「そもそもEMPの類であればその地帯周辺の機械人形の機能が一斉に制限されます、気付けない筈がありません」

「なら、やっぱりテレポーテーションの可能性が濃厚か」

「考えたって仕方がねぇ、相手はマザーかそれに類する敵性勢力、それでもってテレポーテーション機能を備えている、そう想定して動くしねぇだろう」

 

 実際の敵がどうであるにしろ、事実突然出現し、消えて行く敵性反応が存在するのは事実。元々四郎と銀次は考えて指示を出す側ではない、『そういう敵がいる』という情報を理解した上で踏み込んでいく側の人間だった。

 

「突然出現する敵性勢力、けれど拡張兵装レベルの小柄な奴なんだろ? もしかしたらマザーと比較にならねぇ程に弱いかもしれねぇ、サイズっていうのは強さに直結する、デケェのが速いし強ぇ、存外接敵前に消えたのも戦闘用の兵装を碌に積んでねぇからかもしれねぇしな」

「……そうだな、無理に悲観する必要もないか、警備の強化諸々、そういう類の事はキルヒとディに任せる、俺達は指揮官じゃないからな」

「分かりました、テレポーテーション用に対抗部隊を組織します、本来ならば戦力の分散は避ける所ですが……どの地点に現れても即座に対応出来るように守備隊を再配置します」

「ディも居るんだ、早々抜かれはしないだろう」

 

 そう言いながらも一抹の不安は拭えない。なにせテレポーテーション、瞬間移動だ。早い話が銀次達の目の前に突然現れる可能性だってゼロではない。尤も此方の地形情報や銀次達の現在地をリアルタイムで探知できるのが条件だか。

 それにテレポーテーションと一言で言うが何も万能な機器ではないだろう。下手をすれば壁の中に突っ込む可能性だってある、何らかの使用制約は存在すると考えるべきだ。

 

「それで、話はそれだけか?」

「えっと……はい、急を要する件は以上です」

 

 銀次が締めくくる為に問いかければキルヒは頷く、四郎は「こりゃ拠点に居る時も鎧武者は着込んでいた方が良いかもしれねぇな」と胸の板金を叩いた。緊急時に備えて強化外骨格を着込んだまま生活するのには慣れているが、正直気が休まらず好きではなかった。逆に四郎の場合は着ている方が落ち着くらしいけれど。

 

「もし大断蜘蛛の様なマザーだったら鎧武者を着ていようがいまいが大した違いは無いだろう、俺はこのまま過ごすさ、鎧武者の中は窮屈で仕方ない」

「いや、たった数秒稼ぐだけでも違うもんだぜ? つうかまだ鎧武者の修理終わってねぇのかよ?」

「いや、鎧武者の換装作業は終わっているよ、さっき見て来たんだ」

 

 此処の機械人形は仕事が早い、ある意味休息が必要ないため当然と言えば当然なのだが。そんな事を話していると不意に会議室の扉が独りでに開いた。全員の視線が扉の方に向けられ、そこから見知った顔が入室して来る。黒い衣服に身を包んだ女性型機械。

 

「ディ?」

「おはようございます、銀次様、四郎様」

 

 会議室に入って来たのは今しがた拠点周辺の警戒に出向いたと説明されたディだった。彼女は銀次と四郎に向けて軽く一礼すると、「たった今警戒及び調査を終え帰還しました」と口にする。どうやら帰還して直ぐ此方に向かったらしい、銀次と四郎は彼女に向けて軽く労いの言葉をかける。ディはその言葉に僅かだが口を緩めると、そのまま椅子に座ることなくキルヒに向き直った。

 

「キルヒ、情報は逐次アップロードしていたけれど改めて言うわ、周辺に敵性勢力が活動した痕跡はなし、移動跡一つなかった、足跡すらね、隠蔽された可能性は無いわ、出現した場所を徹底的に捜索したけれど手掛かりもない――見つけられたのは自重で沈んだ四つの足跡だけ」

「反応があった場所ね、光学迷彩の類なら空でも飛ばない限り足跡は残る、でも解析班から飛行ユニットの存在は確認されていない――ならやっぱり」

「恐らくは瞬時移動機能持ちよ、それも自立跳躍可能な『マザー』かソレに限りなく近いユニット」

「………そんな機体、今まで見た事も聞いた事もないわ」

 

 キルヒが顔を顰める、彼女達はこの百年間で多くのマザーや人類に対して脅威と成り得る存在の情報を収集してきた。正確に言うのであれば人類が生存していた頃も、その数を減らしていく中で数多の情報を蓄積してきたのだ。それに該当しない存在、テレポーテーション搭載のマザーなんてデータにも遭遇情報もない。もしあり得るのであればそれは。そこまで考えを巡らせてキルヒは首を横に振る、ただの憶測で物を言うつもりはなかった。

 

「――いえ、単純に今まで眠っていただけの存在かもしれない、テレポーテーションを搭載した機体なんて当時の技術でも最新鋭、既にロストテクノロジー(失われた技術)だもの、研究廠か何処かに保管されていた機体が起動したのかもしれない」

「えぇ、私もその可能性に同意するわ、正直そんな機体が存在するのかも疑わしく思うけれどあり得ないと高を括って失敗するのは万が一にもあってはいけないもの、反応が弱いとは言え脅威には変わりない……キルヒ、私は銀次様と四郎様の移送の前倒しを提案するわ」

「!」

 

 腕を組んだ状態で淡々とそう口にしたディ、キルヒはそんな彼女に驚きの表情を見せ何かを口にしようとし――それからぐっと唇を噛んで堪える。まるで煮えたぎる鉄を呑み込む様な表情だった。

 

「そう……そうね、確かに本部なら此処よりも防備が厚い、銀次様と四郎様の安全は確保される、ディの部隊ならマザーの襲撃にあっても撃退、あるいは銀次様達を逃がす為の速力はある、当然の提案だわ」

「……意外ね、本隊の到着を待つべきとか、もっともらしい事を言って食い下がるか、もしくは自分も連れていけと言い出すと思っていたのだけれど」

 

 昨日の事を未だに引っ張っているのだろう、ディはどこか冷ややかな瞳でキルヒを見ていた。そんなディに対して彼女は一つ息を吐き出す、まるで人間が自分を落ち着かせるために一拍置く様な姿だった。

 

「昨日はどうかしていたのよ、それに今は実際に脅威が迫っている、そんな状況で我を通す程分からず屋になったつもりはないわ」

「私達は機械なんだから、常に合理的で在りなさいよ」

『――ならディ、貴女はどうして態々圧縮言語ではなく大和の言葉で話しているの?』

 

 最後の言葉が銀次と四郎には理解出来なかった。

 キルヒの切り返しにディは目を丸くし、それから驚いたように自分の唇に触れた。それは自分でも気付いていなかった事を他人に指摘された反応。『効率だけを求めるなら、こんな言語を使うメリットは何も無いわ』と首を横に振るキルヒ。ディは目に見えて狼狽し、何度も瞳を左右に揺らした。

 

『それは……』

『分からないわよねディ、貴女にも……此処の拠点の機械人形は皆そう、きっとこれういうのを【拘り】って言うんだと思うの、そういう風にプログラムされているから――なんてツマラナイ理由じゃない、私達は人類そのものに拘っているのよ』

「………」

 

 何事かをキルヒが捲し立てた後、ディは沈黙する。自分の唇に指を当てて目を伏せる。そんな姿を四郎と銀次は黙って見守っていた、今度は仲裁するつもりはなかった。銀次はキルヒのどこか熱意の籠った瞳に機械人形の想いを見た。これは人類の立ち入って良い部分ではない、そう感じて僅かに上がりかけた腰を再び深く下ろす。

 仲裁する気はないが、気を揉むのは事実だった。

 

『少しでも人間に近付きたいのよ、精神的にも、肉体的にも、そうする事で私達は自分達の欲求を満足させている……ディ、貴女にも在るでしょう? 銀次様と四郎様に出会ってから消えない、胸の内から込み上げてくる様な感情が』

『…………えぇ、そうね』

 

 ディはキルヒの言葉にゆっくりと頷いて見せた。昨日のキルヒの醜態を前に認めるのは非常に苦痛を伴ったが彼女にも覚えはある。この星から消えてしまったと思っていた創造主――人類。その姿を目の前にしてからじくじくとした痛みとも熱とも取れる何かが胸に疼いて仕方ない。それは感情だった、人類から与えられた予測不能の数字だった。

 名を付けるのならば何とするか。

 銀次がその感情を読み取っていたならば庇護欲とでも口にしたかもしれない。人類を守れと、二人を守れとディの核が囁くのだ。

 

『昨日の私の発言も、人類に対して抱く感情がどうしようもない程膨らんだから、理解して欲しいとは言わないわ、けれど知っておいて欲しいの、これは私達機械人形がいずれ直面する問題だから……私達はもう【合理的】なだけでは生きていけない』

「――とんだバグね」

 

 ディが呟く、それは銀次と四郎にも分かる言葉だった。その言葉は吐き捨てる様な口調、しかし浮かべた表情はこれ以上ない位に柔く穏やかであった。僅かに解れた口元に手を当てディは唇を指先でなぞる。

 

「けれど何故かしら、そのバグを私は嬉しく思うの」

「少しでも人に近付けたからよ、これからはもっと多くなるわ」

 

 キルヒは優し気な表情でディに語る。ディは小さく頷き、何かを呑み込む様に天を仰ぎ見る。それから穏やかだった表情を引き締めると、「銀次様と四郎様の本部移送は私達ガーディアンオブイーストが行うわ」と強い口調で断言した。キルヒはその言葉を真正面から受け止め、頷く。

 

「私の分までお願いね、ディ」

「当然よ、マザーが現れたって守り通す――いえ、マザーなんて撃退してみせるわ」

 

 脅威レベルが低い敵ならそのまま撃破よ、そう息巻いてディは拳を握る。銀次は四郎と顔を見合わせると頼もしいなと内心で笑った。少なくともディには何か吹っ切れた気配がある、理解不能なものを理解した――いや、分からないままを良しとした上で受入れた様な。

 

「それでは銀次様、四郎様、出来るだけ早く中央に向かいたいと思うのですが……」

「おう、テレポート野郎が出て来るかもしれねぇしな、早いに越したことはねぇだろう、俺ぁいつでも構わねぇよ、特に何か嵩張るモンを持っていく訳じゃねぇしな、直ぐに出られる」

「俺も大丈夫だよ、鎧武者さえ積んでくれれば後は精々背嚢ひとつ分の私物だけだ」

「分かりました」

 

 本来ならば本隊が合流した後で中央へ向けて移動する手筈だったが――テレポーテーション搭載型の敵性勢力出現によって早期移動を余儀なくされる。銀次と四郎は真剣な表情で言葉を綴るディに対し、軽い態度で頷いて見せた。ディは二人が同意を見せると腕に巻き付けたデバイスに目を向け告げる。

 

「そうですね――では二時間後の正午に出発致します、準備ができ次第格納庫の方へ」

「分かった、中央にはどれくらいで到着する?」

「足の速い艦船のみで二十時間という所でしょうか」

「大分遠いな……確か積み荷や兵装を拠点に移していただろう、二時間後に出発で本当に大丈夫なのか?」

「問題ありません、元々当拠点の戦力補填の為に持ち込んだ兵装や物資の類もあるので、ガーディアンオブイーストの主戦力はそのままですから」

「そうか」

 

 ディがそう言うのであれば大丈夫なのだろう、銀次と四郎は二時間後に格納庫へ集合という言葉に頷いて見せる。その場はそれで解散となった、ディも出発準備の指揮を執らなければならないし、キルヒはガーディアンオブイーストが抜けた後の戦力見直しの必要が出て来たのだ。本来であればもっと後にすべきだった仕事、元々戦力低下の為に送られて来たガーディアンオブイースト、彼女達が抜けた後で拠点が襲撃され壊滅――なんて事にならないようにしなければならない。

 会議室を後にした銀次と四郎は各々自室に戻る、二人の私物は驚く程に少ない。そもそも拠点に住み始めて全く時間が経過していないという事もあるが、神楽から引っ張って来たモノなんて小さな背嚢ひとつで事足りてしまうからだ。

 四郎はそのまま自室で時間になるまで暇を潰していると言い、銀次は格納庫まで鎧武者を取りに行く事にした。運んでほしいと口にして早々悪いが、今の内に着用してしまった方が良かった。

 

 

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