アンドロイドを愛した少年   作:トクサン

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二人の手

 まずは服、それから金も、兎に角沢山。自室のタンスをひっくり返して服を取り出す、それから机の引き出しに仕舞っていた電子預金チップ、それを端末に差し込んで暗証番号を入力する。

 手が滑って何度も入力を間違ったけれど、指紋認証を完了し十二桁の数字を打ち込むと残高が表示された。母から貰った小遣い、それに学生時代に使わなかったお年玉の類、諸々含めて──凡そ百五十万。

 

 今ほど自分の無趣味に感謝した事は無い、金を使わなかったお蔭でこうして役立つモノを得られている。これだけあれば遠くに行ける、きっと大丈夫。

 

 そう言い聞かせて、真心の傷を治療しなければとリビングに駆けた。必要な物が分からない、工具でも持っていけば良いのかと思ったがそもそも扱い方が分からなければ意味が無い。だから取り敢えず薬や包帯の類をボックスごと掴んで自室に戻った。

 彼女の傍に屈みこむと、再び制服を捲り上げる。視界に映る銀色、その光景に顔を歪めながら医療品を漁る。

 

 まずは消毒? いや、でも機械にソレは拙いか? じゃあ包帯だけでも巻けば良い? 雑菌とか、そういうのは大丈夫なのか? 分からない、彼女の治療の仕方が、全然。

 

「ふ、ふふっ……忠輝の、エッチ」

「ッ!? ま、真心!」

 

 彼女の傷口を見て四苦八苦していた忠輝は真心が意識を取り戻している事に気付かなかった。忠輝は慌てて身を乗り出すと、「大丈夫なのか!? 痛みは!?」と捲し立てる。真心はベッドに横たわったまま力なく笑った。

 

「わぁ、そんな、グイグイ来なくても、大丈夫だよぅ……ちょっと痛いけれど、大丈夫」

「そうか、そう、か」

「私より、忠輝の方が凄い事になってるよ? 顔、凄く変」

「はは、そうか、変か」

 

 目元を手で拭って血と涙と汗を拭きとる。確かに酷い、痛いし最悪だ。部屋のティッシュ箱から何枚もティッシュを取って顔を乱暴に拭った。傷口から溢れる血は止まらない、涙は──いつのまにか止まっていた。

 兎に角、真心が意識を取り戻した事で少しだけ……そう、ほんの少しだけ気持ちが落ち着いた。自分ひとりだけじゃないという事実が途方もない勇気を胸の内に湧き上がらせる。忠輝は真心の横に膝立ちになると、酷く辛そうな表情で口をまごつかせた。

 

「真心、その、俺は……俺は、お前の」

「ん、分かってる」

 

 真心は悲しそうな、とても悲しそうな顔で笑っていた。忠輝は口に出そうとしていた言葉を呑み込んで、ぐっと唇を噛む。こんな時に何と言えば良いか分からなくて腹が立った、勿論不甲斐ない自分自身に。けれど下手な言葉を掛けてはいけないと思っている自分も居た、だって彼女は──。

 

「私、『こんなん』だから、痛みには強いんだ、だから私より忠輝の方が心配、ごめんね、私、重かったでしょ」

「っ、馬鹿、俺は頑丈なんだ、それに男だし、力もある、全然平気だ」

「あはは、変なの、絶対ダイエットしろって言われると思った」

 

 笑ってそんな事を言う真心。ダイエットしたって体重は減らないだろう。そう思ったけれど言わなかった。ただこれからどうするべきか考えて、考えて、考えて。ただ真摯に、真心に縋りつきながら問いかけた。

 

「真心、なぁ真心、どうすれば良い、俺は、何をすれば良いんだ」

 

 そんな忠輝に真心は切ない顔を向ける。忠輝の流れる血を指で拭って、それから天井を見上げて言った。

 

「……もう、此処には居られないかなぁ、逃げなくちゃ、管理局に捕まっちゃう、お母さんにも知らせて、それから直ぐに出て行くよ」

「優佳子さんはこの事を知っているのか?」

「母さんも……私と同じなの」

「──っ、そ、そうか」

 

 優佳子さんも、人じゃない。その事実を聞いて少しだけ心が軋む。

 昔からクールな人だと思っていた。けれど真心や自分に向けて来る愛情とか親愛とか、そういうのは本物で。自分の母と同じ位慕っていた人だった。そんなあの人が人間じゃないなんて、真心も──そんなの、到底信じられない様な事だった。

 

「ごめんね」

 

 不意に真心が謝る。今にも泣きそうな表情でそう言う。その表情が本当に真心のしている表情なのか、それともそうしろと『プログラム』されての事なのか。一瞬分からなくて、けれど目の前の真心を見て咄嗟に手を取った。

 

「何が、何を謝る事があるんだ」

「ずっと黙っていたから、十七年も、私、忠輝に嘘を吐いていたから」

「何だよ、そんな事かよ、秘密や隠し事くらいあるだろ、俺にだってお前に言えない事は沢山あるんだ、そう、例えばほら、エロ本の隠し場所とか」

「あはは……私の秘密、それと同等?」

「あぁ同等だ、それくらい些末な事だよ」

「……そっかぁ」

 

 忠輝は優しいね。

 真心は笑ってそう言う、何となく泣きそうになって忠輝は顔を背けた。包帯を掴んで、「兎に角逃げよう、傷は、どうすれば良い?」と問いかける。

 

「ごめんね、私の部屋に服、あると思うから取って来てくれるかな? その間にお母さんに連絡するから、それに治療も、自分でやる、多分普通のじゃ駄目なの、お医者さんの所にいかないと……」

「医者? いや、でもそんな所に行ったら……」

「大丈夫、人間のお医者さんじゃなくて、私達を『直す』お医者さん」

 

 彼女の言葉に忠輝は驚く、普通破損した自動機械などは修理工場などで直されるが。彼女達の様な存在を個人で治してくれる存在がいるのかと。確かに、そういった存在は必要だろう。真心には真心のパイプがあってもおかしくない。

 忠輝は彼女の言葉を信じた、なら今は言う通りに動くべきだろうと立ち上がる。

 

「分かった、服だな……後は何か持ってくるものはあるか?」

「じゃあ、リビングに電子預金のチップがあると思うの、それもお願い、多分いつも使ってる棚の右側、茶色の封筒の中かな」

「チップだな、任せろ」

 

 医療品の入ったボックスを彼女の枕元に置いて、忠輝は急いで自室を飛び出す。いや、飛び出そうとして、その背に彼女の声が掛った。

 

「ねぇ、忠輝、まだ……間に合うよ?」

「──っ」

 

 それは彼女なりの忠告、あるいは優しさだった。

 自分が何をしようとしているのか、その意味を忠輝は理解していた。いや、理解した気になっているだけなのかもしれない。けれど途轍もなく大きな過ちを犯そうとしているのは確かだった。

 忠輝は足を止めて、何か言葉を返そうとした。

 けれど結局何も言わず自室を飛び出す。

 

「ッ……! っ!」

 

 見捨てられるのならきっと、自分は事故に遭って彼女の傷を見た時点でそうしている。きっと訳も分からない事を叫んで、コイツは人間じゃないと脇目もふらず周囲の住人に喚いただろう。けれど、そうはしなかった、しようとも思わなかった。

 何故かなんて自分でも分かっていた。理性が危険だと叫んでいても、離れられなかった。それを思うと忠輝はまた涙が出て来そうになった。

 

 無言のまま彼女の家に行こうとして、自分がどういう恰好をしているのか思い出した。玄関の鏡を覗き込めばボロボロの制服、赤くにじんだシャツ、これじゃ駄目だ。

 玄関にあるクローゼットを開けて中から適当なウィンドブレーカーを取り出す、夏だが恰好なんて気にしていられない。それを羽織って直ぐ隣の真心の家へと駆けた。鍵は電子錠だけ、これは忠輝の端末だけで解除できる。ウチの合鍵は真心も持っている、互いの家を行き来するのは非常に簡単だった。

 端末を翳せば一秒程でガチャン! と鍵が外れる。背後からは人の喧騒が聞こえていた。騒ぎなっている、急がなければと思った。

 

「服、真心の服……あぁ、種類なんて何でも良い!」

 

 服のセンスなんて分からない。兎に角タンスの中から適当な服を何枚か掴み取って抱えた。あいつは服に金を使っていると今日言っていたがタンスの中に服なんて十着も無かった。

 それからリビングに入って茶色の封筒を探す。勝手知ったる他人の家、最早第二の実家と言っても良い。

 

 封筒は直ぐに見つかった、棚を漁って数秒だ。もしかしていつかこうなる事を見越していたのだろうかとも思ったが、兎に角今は無心で真心の元に戻った。家を出て施錠して、再び自分の家に戻る。そして自室に飛び込むと、丁度真心が包帯で自分の傷口を塞いでいた。

 部屋に入って来た忠輝を見て真心は微笑む。

 

「あ、忠輝、早かったね」

「あぁ……これ、取り敢えず服だ、それと封筒ってコレだよな? 中身、チップだったから」

「えっと──うん、そうコレ、ありがとう」

 

 包帯を巻く手を止めて忠輝の差し出した封筒を受け取る。チップを端末に差し込んで、何度か操作すると一つ頷いて閉じた。それから一つ溜息、「やっぱり先立つものは必要だね」と。忠輝はその事に慌てて言葉を紡ぐ。

 

「心配するな、その、結構金はある、そう長い間は逃げられないかもしれないが……多少の足しにはなると思う」

 

 そう言うと真心は少しだけ驚いた様に目を開き、それから申し訳無さそうに笑った。

 

「あぁ、いや、ごめん、そういう意味じゃないの、それに忠輝にたかろうなんて思ってないよ、お菓子代じゃあるまいし」

「馬鹿、こういう時こそ頼れって、お前、どうせ色々散財して逃げる金とか無いだろ!」

「ん? えへへー……じゃん!」

 

 忠輝の言葉を聞いた真心はいつも通り無邪気に笑って端末を前に突き出す。そして徐にウィンドを開くと、チップの中にある残高が表示された。その金額は──ゼロが一つ、二つ、三つ、四つ、五つ、六つ、七つ……!?

 

「なッ、お前、こんな金……!?」

「えへへ、どう、凄いでしょ?」

「いや、そりゃ凄いけど、一体どこから……」

「……いつかきっと、必要になると思ったから」

「っ」

 

 真心の表情を見て忠輝は理解する。やっぱり、コイツはずっと前からこの事を予期していた。或は、恐れていたんだ。

 寂しそうな表情で端末を仕舞った真心は包帯を綺麗に結ぶ。そして何度か体を動かすと、「うん、大丈夫」と頷いた。切り傷も痣もある、けれど腹の傷さえ無くなってしまえばどこからどう見ても人間そのものだった。

 

「人間と違って、放って置いても直らないからね、早く病院に行かなきゃ……あぁ、けれど失敗したなぁ、まさか事故でバレちゃうなんて、不運此処に極まりって感じ」

 

 包帯を巻いた場所をひと撫でし、それから徐に服を抜き出す真心。血だらけの制服を着替えるのだろう。そう言えば自分もボロボロの制服を着たままだったと思い出し、忠輝も彼女に倣って服を脱ぎ捨てた。替えの服はタンスの中に幾らでもある、時期的には半袖だろうが傷だらけの体を見せる訳にはいかない、薄手の長袖と長ズボンを棚から取り出す。

 彼女の下着姿はもう見慣れていた。きっと向こうもそうだろう。

 

「……優佳子さん、何だって?」

「そっか、って、じゃあ逃げないとねって言って、向こうの病院で合流する予定」

「結構、軽いのな」

「いつかこうなるって分かっていたから、早いか遅いかの違いだよ、交友関係も最低限だしね、予想外だった点と言えば──友達は出来なかったけど、それ以上の人が出来ちゃった事かなぁ」

 

 多分、見つかった時に必要以上の情報を与えない為。彼女は意図的にそういう生き方を選んだのだろう。真心は忠輝を見て柔く微笑んでいた、その笑みから感じるのは強い親愛の情。本当に人間らしい、無感動な人間と比べれば彼女の方が余程人らしいではないか。

 

 忠輝は自分の手に装着された端末の下──そのラベルを見る。

 その色は赤、表示される文字は『human』、つまり人間。そして彼女の腕に装着されている筈のそれもまた──赤色。けれど彼女は、本当ならばブルーカラーの筈だった。

 つまり、彼女は三十年前の──。

 

「……真心、行けるか?」

「うん……けど忠輝、傷、大丈夫なの?」

「全然、これくらい平気だ」

 

 それ以上は考えない様にした。考えるのが怖かった。

 何でもないふりを装ってベッドから起き上がる真心の手を取った。ゆっくりと立ち上がった彼女は何度か両足の感覚を確かめ、それから忠輝を見上げ心配そうに問いかける。真心の指が眉に刻まれた傷に触れ、ピリッとした痛みが走る。彼女の指はとても暖かった。

 

「血、まだ少し出てる」

「もう大分塞がった、痛みもへっちゃらだ、それに髪を降ろせば傷も隠れる」

 

 忠輝は凝固した血液を爪で払い、前髪で傷口を隠す様に整える。身体中あちこちを打ったし、正直言うと今すぐ病院に駆け込みたい位には痛い。けれどそんな事をしている暇は無かった、一秒でも早く此処を離れなければならないと思った。

 

「後は必要な物は無いか? お前の家で、残しちゃいけない奴とか、何かそういうのは?」

「大丈夫、何も無いよ、物は後からでも買えるから」

「ん、分かった」

 

 忠輝は部屋を見渡して普段滅多に使わない帽子を手に取る。中学生の頃に使っていた野球帽、それを自分で被りもう一つを真心に差し出す。デザインは微妙だがない物ねだりは出来ない。

 

「何よりマシだ、被っとけ」

「うん」

 

 顔を隠す様に深くつばを下げる。それから真心の手を引いて玄関へ、靴は動きやすいモノを選ぶ。靴棚には真心の靴も仕舞ってあったので学校指定のローファーではない運動靴を取り出した。二人でそれぞれ靴を履き、動けることを確認する。少なくとも外見重視の靴よりは余程動きやすい。

 

「走るぞ、体、大丈夫か」

「……うん、大丈夫、動けるよ」

 

 彼女が頷き、忠輝は一つ唾を呑み込んで玄関の扉を少し開ける。すると向こう側からけたたましいサイレンの音が聞こえて来た。人の騒めきも、それから笛の音だ。

 人が続々と集まっている、急がなければならない。

 真央の手を引き外に出ると電子錠だけを施錠して音の方を見る。まだ少し遠いが安全圏じゃない、「真央、医者の場所は?」と聞けば彼女は忠輝の手を引っ張って駆け出した。

 

 

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