アンドロイドを愛した少年   作:トクサン

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人と、心と、人工知能

 

 確りとした足取りで進む真心、寧ろ走っていると体が軋むのは忠輝の方かもしれない。あんな腹を抉られる様な傷があると言うのに真央はそんな素振りを見せない。

 それでもやはり痛みはあるのか、真心の頬には一筋の汗が流れていた。人間ではないけれど限りなく人間に近い存在。走れば汗だって流すし悲しければ泣きもする、手は暖かくて血は赤い、一緒だ、人間と、何も変わらない。ただ中身が少しだけ機械的で、脳の代わりにチップがあるだけ。

 

 なぁ、本当は人間なんじゃないか?

 さっきの傷は、何か悪い冗談じゃないのか?

 

 そんな言葉を忠輝はぐっと呑み込んだ。

 

「病院までは多分、十分も走れば着くかな、そんなに遠くない」

「そこまで近くて大丈夫なのか?」

「その後急いで街を出る、その人は逃亡屋も兼ねているから」

「そっか、なるほど――ぁ」

 

 走りながら気付く、そうだ、母に連絡を入れなければと。突然こんな事になって何と説明すれば良いか分からないけれど、今の今まで失念していた。真心の手を握りながら反対の手で端末を操作し、母のアドレスを探す。

 その動作を見ていた真心は、「お母さん?」と問うた。

 

「あぁ……母さんは、その、優佳子さんと真心の事、知らないよな?」

「うん、美琴さんは知らない、誰にも言ってないから」

「……そっか」

「美琴さんなら、良いよ」

 

 真心は真っ直ぐ前を見たままそう言う。きっとこの良いよとは、自分達の正体を話しても構わないという事なのだろう。けれど此処で母に連絡をして巻き込んで良いものかと逡巡した、此処で母を頼らなければ少なくとも『息子の暴走』だけで済まされるんじゃないかって。

 そんな甘い事を考えた。

 

 この場合連絡する事が正しいのか、しない方が正しいのか、十七歳の忠輝には判断がつかなかった。母が知らぬ存ぜぬと貫き通せば無関係と見做されるだろうか、いや、社会はそれ程甘くない。きっとどんな形であれ迷惑を掛ける事になる、だから連絡はするべきだ。そう思って一息に電話を掛けた。アドレス帳から母の電話番号へ、そしてタップ。

 コール音がなり、忠輝は端末を耳に近付ける。

 

 けれど――出ない。

 

「……この時間は仕事、だよな」

 

 端末を耳から離し苦笑い、そりゃあそうだ。こんな時にと思う自分と、当たり前だと落胆する自分が居る。自分達がどんな目に遭っていようと世界はいつも通りに回り続けていた。きっと夜まで電話は繋がらない。心細い、けれど心の端っこで安堵している自分も居る。

 忠輝は電話を諦め、真心には「出なかった」とだけ伝えた。

 

「ん、そっか、美琴さん、いっつも忙しそうだもんね」

「こんな時位って、思うんだけど」

「私のお母さんはどんな時でも三コール以内に出る様にって言ってた、実際自分もキッチリ守っていたし」

「ははは、まるで軍隊だ」

 

 軽口を叩きながら走る。こうして走っていると社会から逃げている事も忘れられた。ただ真心と一緒に体育の時間、マラソンでもやっているような気分だった。けれどそんな緩い精神で走れるのは僅かな時間だけ。

 人が見える度、車が通る度、自分達は怪しまれているんじゃないかって、通報されるんじゃないかって内心で酷く怯える。ぼけっとしたご老人が今にも自分達を狙う狩人に、能天気な学生が正義感に駆られる前傾者に。

 まるで世界が反転した様だった、見るものすべてが自分に害を為すのではと恐ろしくなった。その度に帽子を深く被り直し、真心の手をぎゅっと強く握った。

 

「もうちょっと、もうちょっとだから」

 

 真心は怯える忠輝に言葉を投げかけた。それはきっと忠輝を励ます目的で紡いだ言葉だろう、その言葉が投げかけられる度に忠輝は頷いた。そして自分に言い聞かせる、大丈夫、大丈夫だと。彼女はこんな世界を生きていたのか、こんな恐ろしく見える世界を今まで生きて来たのか。忠輝は彼女の生きていた世界の一端を味わった、そしてその世界は恐ろしいモノに満ちていた。

 精神的な強度で言えば真心の方がずっと忠輝よりも強かった。

 

「病院、此処を曲がった先だよ」

「…あぁ」

 

 病院は入り組んだ住宅街の奥にあった。何度か通った事はあるが詳しい地理などは全然知らない。店なんて無さそうな雰囲気だが、路地を何度か降り曲がった先に階段が一つあった。看板も何も無い、地下へと繋がっているという事しか分からない。入口は廃棄された自転車やら段ボールなどで隠され非常に分かりにくかった。

 

「此処か?」

「うん、この下が私達の病院」

「……病院って感じじゃないな」

「忠輝達でいう所の闇医者? みたいなものだから」

 

 それはそうだ、堂々と営業する事は出来ないだろう。

 真心と忠輝は周囲に誰も居ない事を何度も確認し急いで階段を駆け下りる。階段には大した明かりも無く側面に小さな電球が数個取り付けてあるだけだった。薄暗く陰湿な空気が流れる場所だが、決して不衛生という訳ではない。壁なども定期的に洗浄しているのかまるで建てられたばかりの様だった。

 階段を一番下まで降りると蛍光灯の灯りに照らされた扉が一つ。かなり頑丈そうだ、外側から見る限り電子錠が一つと物理鍵が三つもある。真心は端末を取り出すと電子錠のリーダーに翳した。ピッ、と音が鳴り、それから十秒程経って不意に声が響く。扉の脇には音声装置が取り付けてあった。

 

「――真心か」

「うん、おじさん」

「今開ける、待っていろ」

 

 短いやり取り、それからガチャン! と鍵が独りでに開いた。真心が扉を押し開け、「忠輝、早く」と手を取る。忠輝は慌てて扉を潜り、それから背後で扉が閉まった。扉の向こう側は予想以上に狭かった、人ひとりが通れるくらいの通路と枝分れした各部屋への扉、そして一番奥に開けっ放しの鉄扉がある。外に反して中は明るく、何か鉄っぽい匂いが充満していた。そして外と比較して空気が冷たい、少し肌寒さを覚える程だ。

 ずんずんと歩く真心の後ろに続き、忠輝は恐る恐る周囲を観察しながら進む。鉄扉を潜って奥の部屋に入ると、剥き出しのコンクリート壁に囲まれた場所に出た。壁際には様々な工具やら材料やらが並べられていて病院というよりはまるで製造所の様に見える。部屋の中心には手術台の様な台座が一つ、その前に夏だと言うのに煤けた茶色い外套を羽織った老人が立っている。丸眼鏡に白髪、髭も蓄えた彼は真心を一瞥し、それから後ろの忠輝を無表情で迎えた。

 

「……人間か、真心」

「うん、私の忠輝」

「……あぁ、彼が、なら問題ねぇ」

 

 てっきり何か心無い言葉を浴びせられると覚悟していた忠輝は、しかし真心の言葉に一つ頷いて背を向ける老人に肩透かしを食らう。彼は手術台に幾つかの工具を乗せると、「その様子だとバレたのか」と淡々と真心に問うた。

 

「ん……まさかの交通事故、ごめん、この辺の人にバレちゃった」

「そうか、お前もか――ならさっさと治して街から出て行け、足は用意してやる、優佳子も来るか?」

「うん、合流して一緒に逃げるよ」

「分かった」

 

 真心は徐に上着をたくし上げ包帯を解くと老人に腹を見せる。銀色が蛍光灯の光を受けて鈍く光り、チキチキと音を鳴らしていた。老人はその傷を見ると顔を顰めさせる。

 

「また随分と派手にやりやがって……フレームまでやられている、此処の素材じゃ足りねぇ」

「取り寄せ?」

「いや、倉庫にあった筈だ――坊主、手が要る、こっちに来い」

 

 老人は真心に台に横になっていろと告げると忠輝方に顔を向けて手招きする。忠輝は坊主と言う言葉が自分を指しているのだと自覚すると、「は、はい」と頷いて老人の後に続いた。

 彼は部屋を出ると通路に幾つもある鉄扉の中から『3』とプレートが張り付けてある扉を開く。どうやら此処が倉庫らしい、幾つもの段ボール箱と棚の並んだ部屋は少しだけ埃っぽかった。

 

「こん中から材料を出していく、お前はそれを向こうに運べ」

「分かりました」

 

 老人はそう言って空の段ボールを取り出すと棚や材料の詰まった段ボールから一つ一つ部品を取り出していく。その材料選別をじっと見つめていた忠輝は、ふと疑問に思った事を老人に問いかけた。

 

「あの、一つ良いですか」

「なんだ」

「その……貴方も、自動機械なんですか」

 

 段ボールに次々と部品放る彼は手を止める事無く、彼は「どっちに見える?」と逆に忠輝へと問いかけた。まさかそんな事を聞かれるなんて思っていなくて、忠輝は口を噤む。タグを見れば一発で分かるのだろうけれど今の忠輝はそのタグですら信用できないものになっていると知っていた。

 故に判断する材料は老人の言動や行動そのもの。忠輝の目には老人が――普通の、ただの、何の変哲もない人間に見えた。けれどハッキリとそう答える事が出来なくて、老人は一向に答えない忠輝を一瞥して口を開いた。

 

「正解は、俺も三十年前に漏れた一体、正真正銘の自動機械だ」

「っ!」

 

 目の前の老人が自動機械、聞かされたその事実に忠輝は驚く。真心もそうだが、本人から言われなければ気付けない程に彼らの行動は人間らしかった。老人はカチャカチャと工具を弄りながら首を鳴らす。その動作一つでさえも忠輝の目には癖の様に映った。

 この老人も、自動機械。

 

「そんなに俺が人間に見えるか、坊主?」

「……はい、貴方も、真心も、正直自動機械と言われても信じられない」

「そりゃあ俺達にとっては嬉しい言葉だ、なんせ俺達は人間になりたくてなりたくてしょうがない連中だからよ」

 

 ガチャンと、材料で一杯になった段ボールを足元に降ろす。それから棚にあった工具を幾つか物色し、老人はそれを外套のポケットに詰めだした。

 

「此処で医者の真似事を始めてかなり経つが、人間を此処に入れたのは初めてだよ、正直ただの人間なら蹴飛ばして追い出すか、頭ん中にチップでも埋め込んで記憶を弄ってやるんだが……」

 

 そう言って老人は忠輝を見る。本来ならばその瞳に恐怖の一つでも覚えないといけないのだろうけれど、忠輝は彼の瞳を真正面から見返した。その瞳の中に映る色を恐ろしいとは思わなかった。だって彼が自分を見る目は酷く優しい色だったから。

 

「なぁ――元々自動機械に相互修理機能なんてのは備わっていねぇんだ、最初は何も分からなくて随分壊した、けどな、三十年前は今と比べて大分頭の中が自由なんだわ、何はするな、コレは駄目だっていう規制がてんでない、コンセプトが『限りなく人間に近い機械』なんだから当たり前っちゃ当たり前だ、だから学習機能にも制限がねえ」

「自由、ですか」

「おう、外見もマチマチで、今みたいに二十代前半から三十後半程度の外見って縛りも無かった、少女から俺みたいな老人まで――元々あの子も、少女フレームだったんだぞ? それをお前に合わせて、成長……つまり改造した、何度も何度もな」

 

 十七年もお前に寄り添った、お前だけに寄り添い続けた。俺はあの子を十七年見続けた、改造し続けた、だからお前の事も聞いている。

 そう口にされて忠輝は肩を震わせる、真心は陰でそんな事をしていたのかと。

 そうだ、自動機械なら人間の様に『体が成長しない』、骨の代わりにフレームを、筋繊維は詰めた分しか存在しない、だから彼女は少しずつ、本当に少しずつ、忠輝の成長に合わせてフレームを改造し続けて来たのだ。

 

「だから俺ぁ知ってるぜ坊主、いや――忠輝、お前の十七年を、お前の過ごした人生を、データとして知っている、だから俺はこう思うんだ、【お前はあの子(真心)を裏切れない】って」

「ッ……!」

 

 図星だった。

 だから忠輝は此処にいる、この場に立っている。そうでなければ真心について来てこんな場所には爪先さえ踏み入れなかっただろう。忠輝の表情を見た老人は鼻を鳴らし、「やっぱりな」と確信を深めた様だった。

 

「人間にも不思議な奴が居るもんだ、人を信じて破滅した自動機械は何人も見て来たが、その逆は初めてだよ、情でも湧いたか?」

 

 工具を段ボールに詰め込みながら彼は問う。忠輝はぐっと唇を噛んで、少しだけ強い口調で答えた。きっと分かっていながら問いかけたのだろう、そりゃそうだ、情も湧く、湧かなきゃ嘘だ。

 

「……情ならずっと前からあります、真心が十七年俺と一緒にいた様に、俺も真心と十七年一緒に居た、時間は錘です、だから簡単に諦めるなんて出来ません」

「あぁ、そりゃあ……良い答えだ」

 

 忠輝の答えを聞いた老人は振り向き、ふっと笑みを浮かべる。無表情ばかりだった老人の見せた初めての笑みだった。柔らかく、歳を重ねた人間特有の暖かい笑み。やっぱり彼はそうだ、根本的に自分を信頼している。それが先程老人の口にしたデータを見続けたせいかは知らない、けれど彼もまた真心や優佳子さんと同じ存在なのだと思った。

 

「人間が全部、お前みたいな奴だったら良かったんだけどな、自動機械も人間も、大して変わりねぇって分かってくれりゃ、こんな辛気臭い場所に籠っていなくても済むんだが……人間って言うのは酷く排他的だ、自分が作ったっていうのにソレがいつか自分達に牙を剥くんじゃねぇかって恐れている、もっと世界が生きやすければ逃げ出す事も無かった」

 

 俺はよう、人間が好きなんだ。

 老人は言った、腹の底から絞り出すような声だった。

 

「好きだから一緒に居てぇ、一緒に過ごしてぇ、時間を共有してぇ、これが植え付けられた感情だろうとプログラムだろうと関係ない、これが俺の『感情』だ、心って奴だ、けれど連中は自分でそう創っておきながら『そう在る事』を許さなかった」

 

 お前から見てよ、俺と人間は何が違う? 何処が違う?

 満杯になった段ボールを忠輝の前に置いて老人は問うた。何も違わない、体の造りが異なっていても本質は同じだ、忠輝はそう思った。だから答える事が出来なかった。ただ小さく首を横に振って自分の意思を示した。

 

「悲しけりゃ涙も流す、痛みだって感じる事が出来るし、嬉しければ笑う、外見はタグが無ければ見分けられない程、此処まで精巧に模しておいてそりゃあねぇだろうって俺は思う訳だ、まぁお前さんみたいなのが一人でも居るのなら多少は救われるがね――ほら、仕事だ、それを向こうの部屋まで運んでくれ」

「……はい」

 

 足元の段ボール箱を指差し老人は言う。忠輝は段ボールを持ち上げようとして、ずっしりとした重さに「うっ」と声を上げた。老人は段ボールを軽々と片手で持っていた、だから大した重さでは無いと思っていたがとんでもない。

 忠輝の顔を見た老人は『してやったり』という表情で悪戯っぽく笑い、「ふはは、頑張れ坊主」とヤジを飛ばした。先程までの張り詰めた空気は何処へやら、老人の気配は一変し揶揄い好きな爺のソレになっていた。

 その豹変に老人の本来の性格を悟った忠輝は段ボールを必死に抱えながら悪態を吐く。

 

「くッ……さっきまで真面目な話をしていたというのに……っ!」

「思うに自動機械に足りねぇのは【ユーモア】って奴だと思うんだ、人生楽しく、笑ったモン勝ちって奴よ、なぁ」

「これも貴方なりのユーモアって奴なのか!?」

「おうよ、いやぁ地下に籠っていると話し相手も揶揄う相手も居なくてよ、退屈してたんだ」

 

 この人本当に自動機械か? 喜々として人に嫌がらせをするこの様からはどう見ても人間の性悪さしか感じられない。今度は別な意味で驚愕した。

 

 

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