アンドロイドを愛した少年   作:トクサン

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決別

 

 バキン! と金属の弾ける音が響く。同時に閃光が視界に瞬き、ほんの十メートル先の的に穴が空いた。金属音はその後も暫く空間に響き続け、空気の揺らぐ音だけが耳に残る。カラン、カランと空薬莢と呼ばれる筒が足元に転がって、忠輝は拳銃をゆっくりと下ろした。的代わりの段ボール、マジックで歪な円を描いたソレから大きく外れて四つの弾痕、どうやらまた外したらしい。

 場所は倉庫の一室、元々防音部屋だったらしい中規模の部屋。其処を即興の試射場として整え忠輝は拳銃の試し撃ちを行っていた。弾倉ひとつ分、忠輝に渡された試射用のモノだ。

 光銃の射撃はテレビで何度も目にした事があるが、この拳銃と言う奴は反動が強い。引き金を引いた瞬間に銃口が跳ねあがって狙った場所に弾が飛ばない。昔の人間はこんな武器で一体どうやって精密な射撃を行っていたのか疑問に思う、なにせ照準補正機能すらないのだ。

 

「……駄目だな」

 

 どうにも当てられる気がしない、誤差十センチ、それが恐ろしく大きな壁に見える。忠輝は一度大きく息を吐いて壁に背を預けた。安全装置を弾き引き金をロックする、扱い方は一通り政玄から教わっていた、勿論撃ち方も。けれど口頭で教わっただけで何かを完璧に出来る様になる程忠輝は器用でもなければ才覚がある訳でも無い。

 ある意味この状態は当然とも言えた。

 

 真心と優佳子は機械の国に行くまでの準備中で、政玄もそれを手伝っている。何でも途中管理局に捕まった場合を考えコーティングを施すらしい。何のコーティングなのかは聞いていなかったが、政玄から照射探知から逃れる為のモノだと簡単に説明された。表面的に自動機械と人間を見分けるのは簡単だ、タグを見れば良い。けれど【潜り】である真心と優佳子にはタグによる判別が出来ない。

 その為、管理局は照射探知と言う方法を行う。

 忠輝も詳しくは知らない、ただ『そう言う方法がある』と漠然とした知識を持っているだけだ。故にどういう方法で、どんな仕組みで自動機械と人間を見分けるのかは分からない。ただ政玄にはその探知方法に対するカウンター手段があるらしい。兎も角、自動機械だと露呈せずにこの街から出れさえすれば勝ちなのだ。入念に準備するに越した事は無かった。

 けれど時間は敵だ、あまり悠長にはしていられない。

 時が過ぎれば過ぎる程、管理局は周囲に警戒網を敷くだろう。検問が既に出来上がっていてもおかしくない、管理局は兎に角自動機械を狩るという点に於いて非常に動きが素早いと聞いた。故に忠輝の心中は穏やかではない、無意識の内に拳銃のグリップを握り指先で表面を撫でていた。

 しかし気を揉んでばかりいても無意味だ、折角貰った試射の時間、弾数は限られているが心構えや呼吸のタイミング位は掴んでおきたい。そう思って背を壁から放し、もう一度挑戦してみようと意気込んだところで――自分の端末が大きく震えた。

 

「……着信?」

 

 震えた端末を掴んで覗き込めば表面に『着信アリ』の文字。まさかと思って指を滑らせると、発信者は母となっていた。母さんだ、此処に来る前に電話を飛ばしていた、恐らく気付いて折り返したのだろう。忠輝は慌てて端末を耳に当てた、瞬間自動的に応答モードとなり振動が止まる。

 逸る気持ちを抑えつけ口を開こうとして、その前に「忠輝?」という母の声が耳に届いた。その声が耳に届くと同時、何とも言えない安堵の気持ちが胸に湧き上がる。当たり前だがこんな状況になっても母の声は変わらなかった、その事実がこの状況の中でも確かな日常を演出し、忠輝は母の声に自然と安心するのが自分で分かった。強張った肩から力が抜け自然体に戻る、今の今まで緊張しっぱなしだった体が勝手に緩んだ。

 

「母さん? ……ごめん、仕事中だよね」

「良いの、今の時期は大して忙しく無いわ、それより忠輝――貴方いま何処にいるの?」

「何処って……」

 

 開口一番、現在地の問いかけ。忠輝は周囲を見渡し口を噤む、間違っても馬鹿正直に答えられる筈が無かった。胸を撫で下ろしたのは一瞬、いつもの母と異なるどこか冷たい口調に気付き、忠輝は嫌な予感を抱いた。

 返答に窮した忠輝は、「どうして?」と逆に問いかける。母が何よりも先に居場所を聞いて来るなんて、そんな事今まで一度も無かった。すると暫くの間電話口の向こうは無言となり、それから感情を押し殺した口調で母は言った。

 

「――さっき『管理局』から連絡があったの、真心と優佳子さん、二人に自動機械の疑いがあるって」

「………ッ!」

 

 もう、そんな状況になっているのか。想像していたよりもずっと速い、まさか既に母まで情報が回っている何て。忠輝は管理局の動きの速さに舌を巻いた、そして自分が相手にしているのは己が考えているよりも強大な存在なのだと嫌でも実感する。

 さもすれば、既に自分達の居場所すら掴んでいるのではないかと。その扉の直ぐ前に自動機械の群れが待機していて、次の瞬間にもこの場所へと雪崩れ込んで来るのではないか、そんな未来が脳裏を過った。

 そんな事を想像する忠輝を追い詰める様に、母は言葉を重ねる。

 

「家の近くで交通事故があったらしいの、その被害者が二人の男女、高校生くらいの」

「………」

「車載カメラで女の子が真心だという事は分かっているらしいわ、勿論男の子も誰だかハッキリ映っている、その上で聞くわ、忠輝……貴方今、何処にいるの?」

「それは……」

 

 母は全てを理解している様だった。恐らく見当もついているのだろう、真心を連れて逃げ出した忠輝、その行動の意味や結末を全て知った上で問うているのだ。忠輝は言葉を詰まらせた、何と言えば良いのか分からなかった。電話口から聞こえて来た母の声は、どことなく忠輝を責めている様にも聞こえる。或は忠輝の一方的な思い込みだろうか、けれどこの状況に母を巻き込んでしまったのは確からしい。それに対する罪悪感が忠輝の胸を締め付ける。

 ただ、こんな形で電話を飛ばして来た母にどうしても聞きたい事が一つだけあった。

 

「母さんは……母さんはそれを知って、どうするつもり?」

「勿論、連れ戻すわ」

 

 即答、僅かな迷いも見せずに言い切る。誰をとは言わなかった、その言葉の裏に含まれた意味を忠輝は正しく理解していた。他ならぬ母の言葉だ、息子である忠輝は誰よりも正確にその意図をくみ取った。

 

「それじゃあ、真心や……優佳子さんは?」

「管理局に任せる、私達は最後まで見る必要が無いの」

 

 その言葉はどこまでも冷え込んでいた、忠輝を連れ戻した後は知らない。二人がどうなろうと知った事ではない、言外に母はそう言っている。忠輝はその言葉に怒りがこみ上げ、思わず声を荒げた。

 

「ッ――何で、だって、二人は……!」

「二人は人間じゃないの、忠輝」

「ずっと一緒だったじゃないか!」

「私が信頼していたのは【人間の】真心と優佳子さんよ」

 

 プツン、と。

 自分の中で何かが弾けた。母なら無条件で自分の味方してくれると、或は同じ気持ちだと思っていた、信じ込んでいた。けれどそんなモノは幻想で、母は管理局側の思考を持っていた。だからだろうか、忠輝は勝手に信じていた己を棚に上げて母を糾弾した。

 

「人間である事がそんなに大事かよ! 自動機械だろうが、人間だろうが、何も変わらないじゃないかッ!」

「変わるわ、とても、人間と機械じゃ全然違うの、例え姿形を似せて思考を作ったとしても、所詮は人の『真似事』をしているだけ、だから人と機械は区別して管理しなくちゃならない」

「真似事だから何だよ!? 悲しけりゃ泣くんだ、嬉しければ笑うんだ! 何も違わない、ただ人間が作っただけって理由で排斥するのか!」

「貴方の言う『だけ』って所が重要なの、自動機械は人間が作った、彼女達の感情だってプログラム一つで幾らでも変化させられる、自由意志を持つ自動機械なんて、忠輝、危険なだけなのよ」

 

 何が危険なものか、忠輝は端末を握る手に力を込めた。

 脳裏を過るのは真心、優佳子、正弦の表情。彼女は、彼は、自分に害を為しただろうか? いや、そんな事実はない、寧ろ彼女達は人に憧れているからこそ『人以上に人であろうとしていた』。そんな彼らの努力を、希望を、願望を、自動機械だからという理由で封じようとする管理局が、社会が、母が、忠輝には理解出来なかった。

 

「忠輝、貴方と問答をする気は無いわ、今すぐ戻って来なさい、交通事故に遭ったと聞いて私も気が気じゃないの、管理局も今なら酌量の余地があると言っているわ、貴方は人間なの、自動機械なんかに絆されちゃ駄目よ」

「……なんかって、何だよ」

「忠輝」

 

 言葉が出ない、母を責め立てようと汚い言葉の数々が頭に浮かぶ。けれど忠輝はそれを口にしようとは思わなかった。真心と優佳子さんが家族であるように、母もまた家族であるのだ。この電話の向こうで母がどんな顔をしているのか忠輝には何となく想像出来た。先程までの怒りが急激に萎み、思わず吐く。

 それは真心や優佳子に言われても曲げず、信じて来た己の【正義】、或は感情と言っても良い。その奥底に眠る感情を、忠輝は疑った。

 

「なぁ母さん、俺は……間違っているのか?」

 

 遂に出た、弱音。

 忠輝は自分が正しいとは思っていない、けれどそれ以上に管理局や社会の考え方が正しいと思えないのだ。

 どうして? 何故? こんな疑問を抱いたのは初めてだ、何故なら今まで当事者ではなく漠然を日々を過ごすただの学生であった故に。

 自動機械を助ける事はいけない事なのか。事実として、それが罪に問われる事を忠輝は知っている。けれど『何故』と問いかけた時、その理由は到底納得できるものではない。頭ではないのだ、感情として納得出来ないのだ。

 この罪を定めた連中は真心や優佳子さんの様な自動機械を見た事があるのか、触れあった事があるのか、共に過ごした事があるのか。あるのであれば理解している筈だ、彼女達は人間となんら変わらない。きっと無いのだろう、そうでなければこんな罪は定めない。

 電話口の向こう側からため息が零れる、母は忠輝が駄々を捏ねる時良く溜息を吐いていた。

 

「……そうね、善悪の二つだけなら、きっと忠輝は間違っていないわ」

「っ、なら何で……!」

「――けれど忠輝、社会というのは善悪だけで渡れるほど優しくないの、此処は法治国家よ、法が白と言えば白、黒であれば黒、実際に白か黒か何て大した意味は無いのよ、皆そうして生きているの」

 

 母の言葉に、忠輝は歯を噛み締めた。それは、ただ国の言いなりになっているだけではないのだろうか。本当に正しいと、社会が間違っていると理解しているのであれば声を上げるべきだ。それともこれはただ若いだけの愚かな考えなのか? だとしても、忠輝には到底納得できる答えではなかった。

 

「そんなの、ただ考えていないだけだ、世界の方が間違っているって、皆知っている」

「そうね、考えても仕方がないから皆なにも言わないの、そうした方が楽だから」

「楽だから、見て見ぬ振りをするのか、真心達を、見捨てるって言うのか」

「そうよ、この世界はそういう場所なの、三原則を極限まで緩めたヒューマンタイプは【回収対象】、騙されていた私達は被害者、けれどその逃走を幇助するのなら別、刑罰対象となる――それが法で、私達はその法の下に生きている」

「けれど間違いだって気付いているじゃないか!」

「この際社会が間違っているのか間違っていないのかは重要じゃないの、罰則に触れるか否か、司法に民意は持ち込めない、人は機械的である事を求められているの」

 

 そんなの、人間の方が余程自動機械染みている。

 

「ねぇ忠輝、貴方はまだ自動機械の恐ろしさを知らないの、彼らの構造も、プログラムも、原則についても知らない、無知は罪よ、忠輝、『知らなかった』では済まない状況が貴方の周りを取り巻いているの、お願いだから言う事を聞いて」

 

 電話口から聞こえて来る母の声。それには忠輝に対する深い想いが込められていた。苛立ちも何も無い、ただ本当に自動機械という存在が危険だと思っている声だった。危険だ、危ないぞと、母は遠回しにそう言っている。その口調は懇願と言っても良いかもしれない、忠輝は暫く口を噤み言葉を飲み込んだ。

 噛み締めた唇が痛みを発する、母は純粋に忠輝の身を案じていた。単純に真心と優佳子の二人、そして忠輝を天秤にかけ息子を取った。それだけの話。けれど最終的にどうするかは忠輝が決める。

 そして暫くの間沈黙を守っていた忠輝は、その場で静かに首を振った。

 

「母さん、俺はやっぱり……だって死んじゃうんだ、真心と優佳子さんが」

「……忠輝」

「刑務所に入れられる訳じゃない、義務を課せられる訳じゃない、金銭を払えば良い訳でも無い、本当に、此処で俺が諦めたら、裏切ったら、真心や優佳子さんって存在は消えてなくなってしまう」

 

 忠輝は端末を握り締める、強く、強く握り締める。二人の消えた未来を想像し、その余りの無機質さに吐き気さえ催した。

 誰も居ない家、一人だけの食事、味気ない合成食、一人きりの登下校、テストの回答合わせも出来ず、一人で眠り、一人で起きる。当たり前の様に隣に居た人物が――いない。

 それは何と恐ろしく、空虚で、灰色で、寂しい世界か。

 十年、二十年、当たり前の存在が消えてぽっかりと胸に穴が空く。いつかその穴さえも埋まって一人で生きて行けるようになった時、忠輝はきっと死ぬだろう。

 心が、死ぬ。

 大切な存在を見捨てたと言う十字架を背負いながら、それを何とも思わなくなった時点で自分という存在は死ぬのだ、だって後悔すら出来なくなる、何が大切かも分からなくなる、此処で諦めれば。

 それだけは駄目だった。

 

「もう逢えなくなるんだ、二度と、絶対に、永遠に――そんなのは絶対に嫌だ」

「忠――!」

 

 忠輝はそう言い切って端末の電源を切った。途端、耳元から空虚な電子音が鳴り響く。通話の切れた音、そして数秒して端末の電源が落ちる。これで着信しても忠輝は気付けない、握り締めた端末をそっとポケットに仕舞い、忠輝は力なく腕を下げた。そして俯いた顔を上げれば視線の先に歪な円が見える。

 拳銃を握る手に力はない、強張った肩は解れていた。忠輝は緩慢な動作で拳銃を持ち上げ、照門から照星を覗いた。そして細めた瞳で的を見据え、静かに引き金を引く。

 

 バキン! と金属音が鳴り響き、マズルフラッシュと共に弾丸が飛びだした。そして小さな雑音と共に段ボール箱に穴が空く。描いた円――そのど真ん中。跳ね上がった銃口を下げながら呟く、指に殆ど力は入れていなかった。

 

「あぁ、これが」

 

 人の世と決別するという事か。

 忠輝は涙を流さずに、少しだけ泣いた。

 

 

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