アンドロイドを愛した少年   作:トクサン

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幼年期の終わり

 

 あまり時間はない。時が過ぎれば過ぎる程管理局の動きは大きくなる、警備体制や検問も厳重になる筈だ。忠輝は真心に手を引かれるがまま小走りで指定された倉庫を目指した。キーは真心が持っている。

 倉庫は病院から五分程走った場所にあった、外見は薄汚れた資材倉庫の様だ。窓には埃がこびり付いていて、割れてこそいいないものの汚れも相まって廃墟に見えない事も無い。小綺麗な住宅地の中で倉庫は僅かに浮いていた。中の敷地は雑草が生え放題で、外周は背の高いフェンスに囲まれている。そのフェンスにも蔦が生え揃っており、出入りする為の両開きのフェンスは風に揺られてキィキィと錆びた音を鳴らしている。

 真心は周囲に此方を見る目が無い事を確かめながら建物のフェンスを開くと、そのまま雑草を踏み締めながら裏手に回った。扉は鉄製で脇に小さな入力コンソールがある、六桁の番号を入力して下さいとモニタには表示されていた。電子解除キーじゃないのかと忠輝は少し驚いた。真心はコンソールのモニタに付着した汚れを指先で拭いながら入力キーに触れる。その時に離れた手、握られていない手はひやりと冷たかった。それを誤魔化す様に忠輝は拳を握り込む。

 

「真心、番号は……」

「私が知ってるから、大丈夫だよ」

 

 そう言って真心は素早く数字を打ち込んだ、覚える暇など無かった。一秒後にはガチャン、と硬質的な音が鳴ってロックが解除される。真心がドアノブを捻って中に押し込むとドアは簡単に開いた。随分長い間使わなかったのか、ギギィと錆びた音も鳴った。

 

「忠輝、早く中に」

「あぁ」

 

 素早く扉の中に身を滑り込ませると背後で扉が閉まる、そしてピッと音と共に再び扉がロックされた。倉庫の中は薄暗く、天窓から差し込む太陽光だけが頼りだった。随分古い施設だ、元々は何に使われていたのだろうか? 隅に放置されたラックや工具、電気スタンドなどもある。整備工場? だとしても転がる雑多な用品に統一性が無さすぎる。

 その雑多な空間の中心に目を向けると、埃を被った白い車は鎮座していた。走り寄って確認してみれば、この寂れた倉庫から連想される車にしては思った程酷くはない。

 

「……倉庫がこんなんだから、もっと古い車かと思った」

「私も、でも結構新しいよ、コレ」

 

 真心が運転席を覗き込みながらそう口にする。忠輝は周囲をグルグルと回りながらデザインを見ていた。確か三、四年前に発売されたモデルだった様な気がする。車には詳しくはないが丁度その頃にやっていたCMで目にした事がある様な気がした、一般的な電気自動車だ。カラーは白で四人乗り、新品ではない為所々汚れが有ったり小さな傷もあるが十分だ。外装は兎も角、内装は清掃もされていて綺麗なモノだ、悪くない。

 真心がキーを翳せば軽い電子音と共にロックが解除された。

 

「忠輝、倉庫の扉を開けてくれるかな? そっちにはコンソールが無いから手動で開けられると思う、私はエンジンを掛けて調子を見てみるから」

「あぁ、分かったよ」

 

 真心の指差した先には倉庫の正面扉、ガレージを開ける為の鎖が垂れていた。今考えるとあの裏手にあったコンソールは後付けで取りつけられたものだったのかもしれない。それ位この倉庫のアレコレは古い、十年、いや二十年、下手をすると三十年は前の物件だろう。忠輝が鎖を手に掴むと黒い汚れが付着した、しかし引っ張らなければ扉は開けられない。

 ぐっと力を込めて鎖を引っ張るとガタン、と音がして正面の扉が僅かに開く。そして真心の乗った車がブン、と小さな音と共にエンジンを鳴らした。一昔前のガソリン自動車と比べると随分静かだった。

 

「重いな、クソ」

 

 悪態を吐きながら体全体を使って鎖を引っ張る。錆びているからか異様に重く感じた。苦心しながら扉を何とか車一台、頭を引っ掛けない程度にまで開く。軽くもう一度引っ張ると扉が固定され、向こう側に開いたフェンスが見えた。倉庫の前は誰も通っていない、出るならば今だ。手の汚れを払いながら忠輝は助手席の扉を開ける。そして運転席に座る真心に問いかけた。

 

「どんな感じだ? 運転できそうか?」

「うん、前にも言ったけどダウンロードは終わったから知識はあるんだ、どうすれば動くとか、どういう手順で動かせば良いとか、あとは慣れというか、体の方を馴染ませれば大丈夫かな」

 

 頭の中で反芻しているのだろう、運転席にあるパネルを弄りながら真心は難しい顔をしていた。その表情を良く知っている、テスト前の真心なんかは良くこんな顔をしていた。こんな時でもそういう癖は変わらない、何となくそれが可笑しくて忠輝は胸の中にあった不安が幾分か和らぐのを感じた。

 

「まぁでも殆どは自動運転で良いから、もしマニュアル運転を使う事があるとすれば――見つかって、停止信号を送られた時かな」

「……そんな事にならない様、祈っておくよ」

「うん、そうだね」

 

 そう言って真心はパネルに目的地を入力する。そしてオートボタンを押し込めばコンピューターが勝手に目的地まで安全に、迅速に連れて行ってくれるだろう。真心はシートベルトを締めた状態で深くシートに凭れ掛かった。無意識の内に彼女の手が忠輝の方に伸びて、忠輝もまた彼女の伸びて来た手を迷いなく握り締める。

 こうやって車に乗って肩を並べていると、不意にあったかもしれない未来に思考が飛んだ。その未来の中では真心と忠輝の座る位置は逆だった。自分が運転席で、彼女が助手席だ。その未来図を忠輝は僅かな笑みと共に零した。

 

「こんな事にならなければ、本当なら俺が運転席でお前が助手席だったのに」

「なにソレ、自分の方が早く免許が取れるって事? ひっどいなぁ~」

「馬鹿、違ぇよ、ただこう、男と女だったら男の方が運転席ってイメージがあるじゃんか」

「えー、時代遅れだねぇ」

 

 忠輝の言葉を揶揄う様に真心は笑って見せた。実際そうなのかもしれない、忠輝は釣られて笑いながらうるせぇと呟いた。けれど言葉は本心だ、もし事故なんかに遭わなくて、真心が自動機械だと露見しなければ、きっとそうなっていた筈だ。二人で何の気負いもなく、レンタルか仕事で稼いだ安い車かは知らないけれど、そんな車に乗って二人で笑いながらドライブでもしていた筈なのだ。忠輝の中で真心と車に乗って何処かに行くなんて事は、もっと先の事だったのだ。

 

 ふと、もしこんな事にならなかったら、俺達はどんな未来を歩んでいただろうと――忠輝は頭の中で未来を思い描いた。

 

 今のまま、のほほんと日々を過ごして。安寧に胸を満たしながら真心と堕落と真面目を行ったり来たりして、卒業をして。就職か、若しくは大学に進学なんかして、また一緒に過ごして馬鹿をやって。

 こんな事は恥ずかしくて口に出せなかったけれど、将来的には多分結婚なんてして。

 言ったら絶対馬鹿にされるから言葉にはしない、だけど多分自分に真心以外の相手なんて現れない。最初で最後の女性、そんな確信が自分の中にある。だからきっと、彼女と一緒になって、ずっと変わらない日々を送るのだろう。

 劇的な変化はない、素晴らしい出来事も、底なしの歓喜も絶望も、互いの関係はなぁなぁで、多分どっちも決定的な好意の言葉なんて吐かない。互いを良く知っているから拒否もされないと踏んで、今の距離感が心地良いから踏み込まず、離れず結ばれて。

 真心が自動機械だなんて多分一生知らずにいて。

 母が居て、優佳子が居て、真心が居て、自分が居て。

 夏の茹だる様な暑さのように、無気力で堕落した、けれど確かな、細々とした幸せに包まれた生活。それは忠輝にとっての【空気】だった、それを奪われてしまったら窒息してしまう、大切な大切な空気。

 

 そんな有り触れた未来を――泣きそうになる程に眩しい『もしかしたら』を、忠輝は真心の手を握り締める事で断ち切った。

 

「【ちょっと早めに大人になる時間が来た】――俺はそう思ってるよ」

 

 静かな口調でそう言葉を紡ぐ。その言葉には万感の想いが込められていた。あり得たかもしれない未来を斬り捨て、今を生きると決めた人間の覚悟。真心の握る手がピクリと僅かに震え、それからぎゅっと強い力で握り返された。

 

「……うん、ありがとうね、忠輝」

「ごめんなさいより、そう言われる方が良い」

 

 そう言って笑うと真心も笑った。絶望的な今の状況を物ともしない、そんな笑みだった。恥ずかしいから本人には絶対に言わないけれど、やっぱり真心には笑顔が似合うと思う。悲観的な表情は彼女に似合わない。もっと堕落的で、大雑把で、楽観主義な態度が似合う。それが自分の知る真心という存在だから。

 

「ん、そろそろ行こっか、あんまりのんびりしていられないしね」

「……そうだな」 

 

 そう言って真心は自動運転のボタンに軽く触れる。パネルが一瞬光り、それから僅かな振動と共に車が動き出した。倉庫を出る瞬間は誰にも見られていない筈だ、フェンスも扉もそのままに車は出発する。法定速度を守りながらもスムーズに道を走る二人を乗せた車。住宅街を抜けると幾つかの車と擦れ違い、忠輝は深くシートに凭れかけた。

 窓の外を見れば分かる、通行人や擦れ違う車の運転手がこちらに注意を向けることは無い。ただ道を行く見慣れた自動車、その一つに過ぎないのだから。けれど極力窓から中が見られない様にと、自分の体をシートに埋もれさせた。単純に怖かった、恐ろしかった、今他人の目に触れると言うのが非常に危険な事に思えて仕方なかった。

 忠輝はその恐怖を紛らわす為に、自分と同じように身を縮こまらせてシートに沈む真心に問いかけた。

 

「目的地にはどれくらいで到着するんだ、結構、遠いのか?」

「うんと、一応街を出た先の郊外だから結構先かなぁ……此処から一時間くらいは走るよ、もし検問とかが無ければ普通に街から離れられるルートだから、因みにお母さんはその二本隣位隣の道を走って来る予定」

「そっか……検問、あると思うか?」

「どうだろう」

 

 曖昧な笑みで真心は答えた。多分分からないのだろう、自分だって同じだ。管理局という組織を良く知らないという側面もある、何せ今まで何の興味も抱かなかった存在。連中がどこまでやって来るのか、規模はどれ程なのか、やるにしても全ての道に検問所を設ける事は出来ないだろうと思っているが、それすらやってのける程の組織かもしれない。兎に角情報が不足していた。

 

「真心は管理局の事、どれくらい知ってる?」

「ごめん、殆ど何も知らないの、あそこは本当に情報の規制が厳しいから、情報戦に強い自動機械対策に組織内の重要な情報は全てネットワーク上から遮断されているって聞いた、仲間の為に潜り込もうとした自動機械がいるの、その人お蔭で分かったのが、それだけ」

 

 でも多分、街の外に続く道は全部検問所が設けられていてもおかしくないと思う。真心は淡々とした口調でそう告げ、忠輝は背筋が凍った。握った手から緊張を感じ取ったのだろう、真心は慌てて此方を見ながら捲し立てた。

 

「あぁ、ごめん、不安にさせちゃった……! でも大丈夫、大丈夫だよ、コーティングはして来たんだからスキャンされてもバレない、そうすれば検問だって素通り出来る、何も問題なんてないよ」

「そのコーティング奴は、本当に信用できるのか……?」

「おじさんがやってくんだから、きっと大丈夫、逃げられるよ」

 

 真心が強く手を握り、忠輝もそれに応える。けれど不安が消えない、燻る火種の様に胸の中でじわじわと恐怖が滲み出る。もし見つかったら、もし誤魔化せなかったら、もし捕まったら。無数の【もしも】が頭の中に浮かぶ、忠輝はこちらを心配そうに見つめる真心から見えない角度で、腰の裏側に差し込まれた拳銃に触れた。

 

 この場所には政玄も、優佳子も居ない、真心を守れるのは――自分だけだ。

 

 万が一のことを起こったら撃てるのか? 自問自答する、あの場では撃てると口にした。けれど実際に赤の他人を目の前に置いて、ソイツに向かって銃口を向け、引き金を引くところまでイメージする。そして撃てるのか、撃てないのか、その判断を頭の中で弾き出す。

 想像の中の自分は逡巡した、両手で確りとグリップを握り締めながら目の前の相手を睨めつけていた。けれど指先は小刻みに震えていた、指が引き金を捉えない。

 あぁ駄目だ、身体中が力んでいる。あの、ど真ん中を撃ち抜いた時、自分は驚くほどに力を抜いて引き金を引いていた。だから今撃っても当たらないと、そう確信する。いや、そもそも当てようとしていない。外しても仕方ない、寧ろ当たるなと心の中で想っている。

 段ボールの丸から人間に変えただけ、そう言い聞かせても引き金を引き絞れない。やはりそうだ、自分はそもそも争いを嫌う側を人間だ。暴力を嫌い、平穏を愛す。

 

 けれどその平穏が脅かされるのならば?

 

 最初に浮かんだのは真心だ、そして次に優佳子。その後ろに朧気ながら政玄の姿も浮かんだ。彼女達は自動人形だ、そして自分と同じ感情を持ち、泣き、笑い、人を愛し、良き隣人として社会に溶け込もうとしていた。

 そんな彼女達が死ぬ、殺される、処分される。一切の慈悲も無く、情けも無く、機械だからという理由で。

 自分が此処で抗わなければ、倒さなければ――引き金を、引かなければ。

 

 震えていた指先はピタリと引き金を捉えた。そしてゆっくりと絞り、何度か耳を貫いた銃声。火薬の爆ぜる音、そこまでイメージして忠輝は閉じていた瞼を開いた。

 

「撃てるさ」

 

 呟きは擦れていて、吐息位の声量だった。真心の耳にも届かなかった。握り締めた真心の暖かい、この暖かさを守る為に自分は引き金を引くのだ。

 そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

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