毛利探偵事務所所員 海堂純による事件記録 作:ホームズの弟子見習い
どうでもいいけど、各話のタイトル変えようかなって思っていたり。
「広田雅美……って、誰のことですか? 私は…」
「なんという名前なんですか?」
俺がそう訊くと、女性は黙り込む。ここまで解りやすい反応されちゃあね…。
「沈黙は肯定…とみなしますぜ?」
「…どうしてわかったの? 一見では判らないように変装していたのに」
「ああ、それは横顔ですよ」
何故解ったのかという彼女の問いに対する俺の返答に、雅美さんは意外だったのか目をぱちぱちと瞬きさせた。
「さっき、スーツケースを俺達で積み直した時に、ふとあなたの横顔がちらりと見えましてね。その時は何となく見覚えのあるような顔くらいにしか思ってなかったんですが…」
―――よく考えて照らし合わせてみれば、雅美さんの顔のパーツと一致するなと。
そう締めた俺の言葉に、雅美さんはふう、と息を吐いた。降参の意味も含まれたものであると、俺にも分かった。
「幾つか聞きたいことがあります」
「何かしら?」
ここまで来れば、後は洗い浚い話すつもりのようだ。腹を括ったかのような表情を見せている。さて、まずはどんな質問をするか。
「…今回の犯行、実行犯は三人…。探し人である健三さんと明さんと貴方だ。犯行計画は貴方が主立って?」
「…その質問については、“YES”であり“NO”よ」
一瞬、迷ったような素振りを見せたが、一応彼女は答えてくれた。だがこういう曖昧な形で答えたとなると、計画を立てた人物は別にいる可能性が高いな。
「計画を立てた人物と会いましたか?」
「そうね…今回の事件が起きる前から」
含みのある言い方に、俺は考え込む。もしかしてなるべく自力で真実に辿り着けというのか? そういうのはコナンの役目だろうに…。
まあ気を取り直して、次の質問に移るか。
「今あなたが着ている服装は自分で用意しました?」
「ええ、計画と費用はこちらで用意するからって」
それを聞いて少しだけ安心した。つまり今の俺達のやり取りが盗聴されている可能性はなくなったというわけだ。
「ならこれも聞けるな。この後の計画は?」
「さっき貴方達が積み直したスーツケースの中に十億円が入っているわ。それをフロントに預けて、その後は港で彼らと会う予定よ…」
「その“彼ら”の容姿の特徴は?」
「…人数は二人で、どちらも黒いコート、スーツを身につけているわ。一人は銀色の長髪の男で、堅気じゃない目をしているの。もう一人はがたいのいい体格の男で、サングラスを付けた…ってどうしたの? そんな険しい表情をして…」
「あ…ああ、すいません…」
そんな顔になるのも無理はなかった。だって、同じだったから。新一がトロピカルランドで起きた殺人事件に居合わせた容疑者のうちの二人でなおかつ、新一に毒薬を飲ませた人物と特徴が一致していたからだ。
(これは…まずいコトになったな)
一つの可能性が浮かび上がってしまった。それは、今目の前にいる雅美さんが殺害されるということ。俺と話をして当然、犯行計画はバレた。つまり事情を知られたということだ。新一の件についても、証拠の出ない毒薬を飲ませた訳だからなあ。まあ奇跡とも言える偶然で、新一は江戸川コナンになったけどさ。
さて、どうするか。そう考えていると、携帯が鳴った。
「はい、もしもしー」
「純兄ちゃん! 今どこにいるの!?」
焦ったようなコナンの声が聞こえる。ドタドタと電話越しに足音が聞こえることから、走りながら俺にかけてきたんだろうな。
「一階の…ホテルのロビーだな。まずはそっちで何があったか教えてくれ」
「わかった、まずは…!」
そこでコナンから詳細を聞いたところ、明さんが毒殺されて亡くなっていたことと依頼人である広田健三氏は独身であるということだ。しかも生まれも育ちも東京。やはり俺の推理に間違いはなかったようだ。
「あと、さっきエレベーター前で遭遇した女の人…あれ、雅美さんだよ!!」
「了解…今から追いかけるから、うまくいけばまた後で合流しような」
コナンは一拍置いて「うん!」と頷き、そのまま電話は切れた。そして俺とコナンの通話を見守っていた雅美さんが「ねえ…」と口を開いた。
「貴方はこれからどうするの?」
「そうですね…これを渡しますので、あなたはそのまま行ってください…とその前に」
「え? どうしたの?」
まだ何かあるのかと怪訝そうに訊く雅美さんに、俺は尋ねる。
「護身用に拳銃、持ってますか?」
●
夜の街外れの港を、コンテナがひしめく中で彼女は歩いていた。海が見える所まで差し掛かろうとした時、男性の声が聞こえた。
「ご苦労だったな、広田雅美…。いや…
広田雅美…否、宮野明美の前に現れたのは黒ずくめの男二人…。それは工藤新一を江戸川コナンにさせた者だった。
「一つ聞いていいかしら? あの大男を眠らせるために貴方に貰った睡眠薬。飲んだ途端に彼、血を吐いて動かなくなったわ…。どういうこと?」
「フン…それが我々のやり方だ…」
明美の問いに、銀色の長髪の男はさも当然であるかのように答える。予想はしていたことだった。ただ、計画の立案書を貰ったり、調整といった役割は自分が主立ってやっていたのだ。ほぼ無関係な二人が、殺されていいのか。そう考えたものの、今回此方に求める組織の目的を考えればこのような凶行に及ぶのは無理はないだろう。
「さあ、金を渡してもらおうか…」
「ここにはないわ…ある所へ預けてあるの」
明美の答えにもう一人帯同していた大柄なサングラスの男が「何ぃ!」と怒りを顕わにするが、長髪の男が制した。
「その前に妹よ。約束したはずよ! 今回の計画が終わったら、私と妹を組織から抜けさせてくれるって…。あの子をここに連れて来てくれたら、金の在処は教えるわ…。」
明美の要求に、長髪の男は「フン」と鼻で笑った。
「そいつはできねー相談だ…。奴は組織の中でも、有数の頭脳だからな…」
「なっ…!?」
「奴はお前と違って、組織に必要な人間なんだよ…」
「じゃあ貴方達、最初から…!」
今、全てが解った。彼等は、この事件を迷宮入りにさせるつもりなのだと。強盗仲間の二人だけじゃなく、自分も殺して真相を闇に葬ろうと。その気なのだ。
「最後のチャンスだ…金の在処を言え…」
「甘いわね…私を殺せば永遠にわからなくなるわよ?」
長髪の男に拳銃を突き付けられても、明美の態度は気の強いままだった。だがそんな彼女の態度も、男は一笑に付す。
「甘いのはお前の方だ…大体の見当はついている…。それに言っただろう? 最後のチャンスだと…」
そう言って男は、引き金を弾こうとする。その瞬間だった。
―――パシュッ!
「ぐお……っ!」
「あ、兄貴!? ど、どうしたんですかい!?」
突然、長髪の男は呻き声をあげ、肩を抑えた。肩を撃たれたのだ。あまりにも一瞬の出来事に、大柄の男もどう対応すればいいのか、一瞬悩んでしまった。
その一瞬の隙を明美は見逃さなかった。長髪の男から拳銃を奪い取ると、自らの右脇腹に撃った。そして力を振り絞り、地面に向けて引き金を弾き残りの弾を放った。
「…どういうつもりだ?」
「どうせ貴方達に殺されるくらいなら…自分で死んだ方がマシだと思っただけよ…」
肩を抑えながらも平然と立つ長髪の男に対し、明美は息も切れ切れに返す。そうしておぼつきながらも明美の足が向かった先は、暗い海だった。
「ま…まさか!?」
大柄の男が明美の目的を察して、懐から拳銃を取り出そうとしたが、既に後の祭りだった。明美は海の中に消え、港はただ静かな喧騒がBGMとなっていた。
「仕方ねえ…ずらかるぞ!」
「い、いいんですかい兄貴? あの女を始末しなくて…」
「そうしたいのも山々だが、走るような足音が聞こえてくる…。おそらく、奴を追いかけてきた警察の奴らかもしれねえ。幸いにも、あの女が自分で身投げした証拠は残っているしな…」
そう言って、長髪の男は地面に転がった明美に奪われた拳銃を見る。指紋対策は怠っておらず、彼女の指紋しかないであろうことから、警察は推測するだろう。拳銃自殺を図ったが、それでもうまく死なずに海へ身投げしたと。
「で、ですけど兄貴…。兄貴の肩を撃った奴は探さなくてもいいんですかい?」
「言っただろう? 警察が来るって…。それにあんなことやられちゃ、既にどっかに隠れてるだろうよ」
それ以上は何も言うなと言わんばかりに話題を打ち切り、長髪の男は踵を返す。遅れて、大柄な男も長髪の男の後を追っていった。
(…行ったか)
阿笠博士から借りた予備の追跡メガネの右レンズに付いている機能、望遠レンズを使って、男達が立ち去るのを確認する。正直、明美から貰った拳銃は弾が一発しか入っていなかった。
望遠機能を使っていたとはいえ、男の肩に当てるのはまさに運否天賦の状況だったと言えよう。
(…さて、早いとこ退散しなくちゃな)
善は急げ。明美を“助ける”ために、純は夜の海へ潜り込んだ。
(銃声が何発も聞こえたけど…どこだ、どこにいる!?)
雅美さんが乗ったタクシーを追い、着いた先は街外れの港。港に着いた時点で彼女を見失ってしまったが、まだ遠くには離れていないと考えた俺達は港中を走り回っていた。
だがどこを探し回っても見つからず、やがて銃声が聞こえてきた。それから何秒もしないうちに、今度はドボン…とまるで人が海に沈んだかのような音も聞こえてきた。
そうして海が見える所までやってきた俺達が見たのは、地面に広がる血だまりと、その横に転がっているオートマチック型の拳銃だった。
(まさかさっきの銃声は…こいつからか!? それに血だまりも点々と海の方へ…まさか!?)
まさか雅美さんは、海へ身投げしたのか…?
「こ、コナン君…」
蘭も俺と同じ想像に至ったのか、俺を呼ぶ。今の時点では何とも言えない。だが考えられる可能性としては一番高かった。
「…小五郎おじさんに頼んで、警察を呼んでもらおう。少なくとも銃声や何かが海に落ちるような音が聞こえたのは、紛れもない事実だし…」
「わ、わかった…私、呼んでくるね!」
そう言い残して蘭は、この場を後にした。そして今、俺が脳裏に浮かんでいるのは兄貴分とも言えるあの男。
(どういうことか…ちゃんと説明してくれよ純にい!)
今、ここにはいない兄貴分に俺は苛立ちを隠せなかった。
「ぶはぁっ!!」
コナン達のいる港からおよそ数百メートル離れた地点。そこで純は明美を拾い上げ、何とか港へ上がったところだ。
「傷の方は大丈夫ですか…?」
純の問いかけに、明美は息も絶え絶えながら「何とか大丈夫」と簡潔に答える。直後、短くクラクションが鳴り、眼前にライトが点灯された。思わず、目を覆ってしまう。
「待ち合わせ場所は合ってるか?」
車から顔を覗かせたのは、純にとっては古い友人で、かつ今の状況において最も頼りになる男だった。
「まさかホントに来てくれるとはな…西條」
「そりゃあ重傷者と一緒にいるっていうんだからな。その女性が患者さんってことかい?」
純の古い友人の青年は飄々とした態度で、純に訊く。
「ああ、脇腹が撃たれてるから、もしかしたら銃弾摘出しなきゃならないけど…頼めるか?」
「へっ、誰にモノを言ってるんだ…?」
そう言って彼は、大袈裟気味に白衣を着ながらも、不敵な笑みを作る。その笑みを見た純も、小さく口角を上げた。
「この
友の力強い宣言に、純は明美を託すことにした。日本…いや、世界でもトップクラスの腕前を持つ医師であるこの男なら、必ず治せるだろう。純は信じることにした―――。
●
あの事件から一週間が経った。 コナンは、純の家に向かっていた。純から、「話がある」と呼ばれて来たのだ。ただし、絶対条件として一人で来ることを付け足された。
「米花町三丁目四番九号…。あまり純にいの家に行ったことないんだよなぁ」
ぼやきながらも、コナンは背伸びして何とかインターホンを押す。「はーい」と女性らしき声が、インターホン越しから聞こえてきた。
「あの、すみません。海堂純さんに呼ばれて来たんですけど…」
「はーい、ちょっと待っててね!」
女性からそう指示されると、インターホンが切れ、ドア越しにドタドタと音が聞こえた。二分程経過すると、ドアが開き、純が出てきた。
「ようコナン。待たせちまったな」
「いや、別にいいんだけど…今の女の人って?」
年頃故か、思わず詮索するコナン。純は「ああ…」と合点がいったように説明を始める。
「昔馴染み。元々俺一人しかいなかったシェアハウスなんだけど、アイツが来てくれてさ。…言っとくけど、お前の秘密は話しちゃいねーぞ?」
「いや、そういうことじゃなくて…」
思わずツッコミを入れるコナンに、純は「ハン」と鼻で笑う。
「男同士の恋バナなんて、つまんないものだろ? ホレ、とっとと行くぞ~」
欠伸をしながら何事もなかったかのように家を出た純を、コナンは慌てて追いかけた。
「それで…なんで俺だけを呼んだんだよ?」
純の横を歩きながら、コナンは訊く。友人に頼まれたことがあるということで、今日、純は探偵事務所から休みを貰っていた。
不完全燃焼ともいうべきあの事件以来、探偵事務所内には沈んだ雰囲気が流れていた。尤も、一社会人である小五郎と純はいつまでも暗い気分でいるわけにはいかない。ペット探しの依頼があれば全力で対応したし、ストーカー被害に遭っているという女性からの依頼には、慎重にかつ純自身の人脈を使って解決もした。
そういう訳で、毛利探偵事務所はいつもと変わらない日常を送り始めていた。そんな中でコナンは純から呼び出しを受けた。一体なぜ自分だけを呼んだのか―――。
「まず理由としては、お前が介入しなければ真実の一端に掴めないから…だな」
「俺が介入…? どういうことだよ純にい?」
怪訝そうな表情を見せるコナンに、純は意地悪そうに笑みを浮かべるだけだった。
「その話の続きは…おっと、着いたな」
突然純が立ち止まり、右に視線を向ける。コナンもつられて視線を純と同じ方向に向けると、そこにあるのは病院だった。“西條病院”―――。まさかこんな所に来るとは思わなかったコナンは、驚きを隠せなかった。
「な、なんでここに…!?」
「ここ、俺の高校時代の友人が建てた病院なのさ。さあ、行くぞー」
「友人ってまさか、あの“西條征二”…!? …っておい純にい! 待ってくれよ!」
どこ吹く風と言わんばかりに早々に歩き始めた純に戸惑いを隠せないながらも、コナンは後を追った。
「よう、海堂。思ったより早かったな」
「いつも俺が遅いみたいな言い方やめろよ…」
「俺が早すぎるのもあるが、お前遅刻寸前で待ち合わせ場所に着いたことがどれだけあったか…。んで、その少年が?」
話題を一旦変え、征二はコナンを見る。思わずコナンの態度は委縮してしまう。無理もない話だった。まさか一介の探偵助手を務める自分の兄貴分が、医学界ではその名を知らぬ者はいないと言われる程の人物と面識があるなんて思いもしなかったのだ。
「患者の部屋は俺が案内する。今日は時間があるからな」
「助かる。お前しか知らない部屋に入院させたって聞いたからな」
どうやら、今日純がコナンを連れた用事は、その患者に会わせることなのだろう。コナンは二人の会話から察した。「じゃあついてきてくれ」と征二が先頭に立って歩き出し、純とコナンがそれについていく形となった。
歩きながら、コナンは周りを見渡す。この感覚はきっと気のせいではないと。
「ねえ、僕達これから患者さんに会いに行くんだよね? なのに何か、物々しいっていうか…陳腐な言い方だけど、秘密の通路を歩いているみたいな…。そんな感じがするんだけど?」
コナンの問いに、征二はくっくっと笑った。コナンの視線は、未だ鋭いままだ。
「百聞は一見に如かずっていうだろ? それに君が感じた感覚は間違っていない」
「VIPなんて生易しいもんじゃない、大事な患者に会いに行くんだからな。驚くんじゃねえぞ~?」
じらすような答えを出しながらも、コナンの疑問には肯定し、純はおどけた調子で語り掛ける。気負う事はない、と暗に示してくれているのだろうが、今はとてもそんな気分になれなかった。
やがて患者の部屋に着いたのか、征二が立ち止まり後ろをついてきていた純達も立ち止まった。
「ここだな…」
コンコンとノックをし、「西條です」と呼びかける。部屋のドア越しから「どうぞ」と女性らしき声が聞こえてきた。ガラリと征二が部屋の引き戸を開けると、そこには女性がベッドに仰向け状態で寝ていた。寝ていたといっても、実際は目は開いていて、起きたも同然なのだが…。だがコナンには、女性に対して見覚えがある気がした。
「まさか…雅美さん?」
おそるおそる訊くコナンに、女性は優しく微笑んだ。
「そうね…貴方からしてみればそうなるわね」
「ちなみに少年も察しているだろうが、広田雅美は本名じゃない。本名は宮野明美だ」
「なんで、雅美さん…いや、明美さんが助かったの?」
征二の補足を忘れずに何とか取り繕って本名を呼んだコナン。当然ながら、戸惑いは隠せないでいた。一枚噛んでいるとすれば自分の兄貴分だが…。そう思いながら、後ろにいる純に視線を見る。
純はふう、と息を吐いて口を開いた。
「ホテルのエレベーターで一旦別れたろ? その時に本人に色々と確認したんだよ。今回の犯行計画とか、誰が裏で糸を引いているか…とかな」
「裏で糸を引いている…? 今回の強盗事件って、明美さんが主体で計画を立てたんじゃないの!?」
「端的に言えば、明美さんもある意味被害者だってことだ…お前と同じくな」
「俺と同じ…。ま、まさか…!?」
自分と同じ―――。純の言葉を聞いた時、コナンは思わず震えてしまった。まさかこれが“奴等”が仕組んだ計画だと―――。
「そうさ、この強盗事件を計画したのは…お前の言う黒ずくめの男達だろう」
純の確信ともいえる言葉に、コナンは思わず戦慄した。だからなのか―――。彼女が今、
「この子も被害者って…どういうこと?」
「コナン、話していいだろ?」
純の確認に少しだけ迷ったが、承諾することにした。承諾を得た純は、話し始めた。
「トロピカルランドで起きた殺人事件、ニュースで見ましたよね?」
「ええ、被害者の元恋人が犯人だったって…」
「その事件の時、容疑者の中に黒ずくめの男達がいたんです」
「そ、そうなの!?」
驚きを隠せない明美に、純は頷く。闇に紛れて活動する彼らにしては、無関係の事件とはいえ容疑者扱いされると思わなかった。明美の絶句は、未だ収まっていなかった。
「事件はその場に居合わせた探偵が無事解決…。ここまでは良かったんですが、探偵はその後にある光景を見てしまう」
「裏の取引現場でも目撃したか?」
征二の茶化すような解答に、純は「正解」と短く返す。まさか当たっているとは思っていなかった征二は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまった。
「そこで証拠写真を幾つか抑えたはいいが、もう一人の仲間に襲われてしまい、毒の痕跡も残らない毒薬を探偵は飲まされてしまった」
「…なるほどな。後は俺でも読めてきたぜ。その毒薬は未完成なのか不完全なのか知らんが、毒が機能しなかった。代わりに…」
そこまで言って征二はコナンに視線を向ける。征二の視線と向き合ったコナンはバツが悪そうな表情をしていた。
「どういう現象が起こっちまったのか、飲まされた探偵の身体はみるみる大人の体格から子供の体格に縮んでしまった…。そういうことだろ、少年?」
征二の追及に、コナンはこれ以上は隠し通せないと踏んだのか、「ハハ…」と小さく笑う。
「そういえばトロピカルランドの事件を解決したのって工藤新一らしいけど、以来音沙汰がないって…まさか君が!?」
さすがに明美も察しがついたのか、コナンの正体に驚愕する。
「そうです…僕は組織に謎の薬を飲まされて、今は小学生“江戸川コナン”として通っている工藤新一です」
コナンの白状に、明美は開いた口が塞がらず。征二はふう、と息を吐きながらコナンをじろじろと見やる。まるで品定めされているようだとコナンは思った。
「薬を飲まされて身体が縮んだ…。普通ならあり得ねえが、まあそこは受け入れるしかねえか。じゃないと話も進まんし」
征二の納得に、明美も「それもそうね」と同意する。それよりも今はコナンの身の上よりも強盗事件の最終的なあらましだ。純はわざとらしく咳払いをした。
「さてコナン…強盗事件の話題に変えるが、あの現場を見て警察はどう結論づけた?」
「…主犯である広田雅美は自決を図ったが、上手くいかず。血痕が海側へ向かっていることから海へ身投げしたんだろうってなってる」
コナンが話した警察の結論に、純はうんうんと頷いた。純としては、そう結論づけられたなら万々歳だ。
「そういえば、奪われた十億円…輸送先の銀行に匿名希望で送られてきたって三日前のニュースで言ってたけど…」
「ああ、それ俺だ。俺と西條で適当な所でバッグを買って、それに金を積み直したんだよ」
足のつかないようにするには大変だったぜー、と一息つく純に、コナンは僅かながら呆れ笑いを浮かべた。
「で、でも少なくとも三日間は純にい達の手元にあったんでしょ? あいつ等が黙ってるとは思えないんだけど…」
「それなら恐らく大丈夫よ」
コナンの心配に問題ないと返したのは、明美だった。
「多分だけど…強盗計画は建前で、本当はそれに失敗した理由付けとして私を殺すことが、本当の目的だったと思うの」
明美の推測に、コナンは「そうなの?」と驚きを見せる。それに明美は「ええ」と頷いた。
「私には妹がいて、妹も組織の一員として扱われているの」
ただし、私は今回限りの使い捨ての駒で、あの子は重宝されてるみたいだけどね―――。自嘲気味に語る明美に、コナン達は黙って聞く事しかできなかった。
「だけど…警察が私のことを死んだと結論付けてるってことはいずれ組織にも…」
「伝わるでしょうね。実際、貴方が自分で脇腹を撃ち、海へ身を投げた瞬間を彼等は目撃している。問題は…」
明美に向けられた視線にはあ、と純は溜息を吐く。「おい、まさか…」とコナンから怒りの滲んだ声が発せられた。
「あー…多分大丈夫だ。明美さんから護身用の拳銃を借りて離れた地点から一発撃っただけだし」
「いやそれほんとに大丈夫なのか!?」
淡々と答える純に、コナンは思わずツッコミをせずにはいられなかった。いくら明美を助けるためとはいえ、そんな真似をすれば純にも何かしら被害が及ぶのではないか―――。
「向こうの事情を知ることが出来ないのはもどかしいが…あれから一週間経ってるからなあ」
「そうね…私もそこまで彼等に詳しくないけど、情報網に関してはそれなりのはずよ。海堂君がこうしてここにいるってことは、まだ存在を把握していないか調査中のどちらかだと思うわ」
多少なりとも組織に関わった明美の言葉に、コナンは不安は隠せないながらも一旦は納得することにした。
「まあ今回明美さんが助かったのは、俺が西條を呼んでたからっていうのもあるが、フィジカル面と悪運が強かったってことだな」
感慨深げに喋る純に、この場にいる全員が納得してしまった。執念というものは、時に人間の力を爆発的に上げることがあるというが、今回がいい例だろう。
「しかし…問題はまだまだ完全に解決できたわけじゃないんだよなぁ…」
遠い目をしながら、純はぼやく。確かに、公には宮野明美は死んだことになっている。死んだ設定の彼女がこの先どう生きて行くか。最善とは言えないが、せめて次善の策は欲しいところだ。
「整形するのも一つの手だが、それはあくまでも最終手段だな。ウチは整形外科は扱っていないし、事情を説明するのも色々と面倒になりかねないからな」
「せめて顔を隠すような職業があればいいけど…そんなのが思いつくのなんて、潜入捜査官とかしか思いつかないや…」
「…いや、そうでもないかもしれないな」
匙を投げる征二とコナンだが、純は違った。今のコナンの一言で、一個だけ思いついたことがあった。共犯者の承諾を得なければならないが、きっと許してくれるだろう。
「な、何か思いついたのか純にい?」
「まあこれは西條の許しを得ること前提だが…」
「俺の許し?」
「ああ…西條って今、秘書とかいるか?」
「いや、いないぞ? …まさかお前」
純の確認に征二が返答すると、徐々に顔を引きつらせていった。どうやら考えが読めたようだな、と純が意地悪そうに笑みを浮かべた。
「明美さんの怪我が完全に治ったら、雇ってやってくんない?」
完全防音の病室に驚愕を込めた叫び声が木霊するまで、あと三秒―――。
●
今回、強盗事件は世間一般的には謎を残したまま解決となったが、その裏に潜む首謀者達…黒の組織と呼ぼう。彼等が関わっていた事件については、こうして日記という形で記述することにした。
強盗事件の計画者である組織。そして実行犯である明美さんをはじめとした三人。俺の策が上手く成功していなかったら、明美さんは恐らく今頃この世にはいないだろう。組織が事件の首謀者だと確信してから、少々打算的な意味も含めて彼女を助けようとしたが、結局情報は“妹が組織の一員として重宝されている”くらいしか得られなかった。だが、目の前で助けられる命があるならば、放っておくわけにはいかないのが俺の信条だ。前述の情報だけでも知ることが出来ただけでも前進できたと思う。
さて、本来なら明美さんは既に死んだことになっている。が、顔を別人の顔に変えて西條の秘書として雇ってもらうことで、この先の人生を生きてもらうことにした。当然、この案を話した時にいた四人…コナンと明美さん、そして西條は驚いていたが、仕方ないなと提案を受け入れてくれたことには感謝しなければ。
そして顔を別人の顔に変える件だが、流石にコナン…いや、新一の両親の