東方浄華石 ~ Chaotic mist and tender girl 作:例の饅頭
邂逅
まだ雪が融け切らず、肌寒い季節。
ここ妖怪の山付近の森を、その鬼の少女は歩いている。
彼女の名前は
優しく冷たい風に木々がざわめき、普通だったら割と落ち着けるような状況のはずだが。
「うぅ、寒い……。なんで薄着で出歩いてるんだろう、僕……」
……彼女の薄めの服装ではこの距離を歩いて行くのはどうしても辛かったようだ。
今でなくとも夏場になるとまた日差しで辛いことになりそうだが……。
そんなこの状況に対し、思わず言葉が零れてくる。
そうしてうなだれながら歩いていると。
何やら、付近の草むらからガサガサと音がしてくる。
「うん? ……っ!?」
その音に気付いて歩みを止めた瞬間、何かが飛び出した。
咄嗟に避けることは出来たものの、頬には何かが掠めたような感触が残る。
遅れて頬から喉へと微量の血が伝ったその時に、ようやく斬りつけられたのだと理解した。
何かと思ってその軌道の先に目を向ければ、そこに今まで見た事の無い“何か”の存在を認識する。
野良妖怪か? ……違う。
里の外で過ごしていれば妖怪に襲われるのは割とよくあること、それは常識だ。
だからこそ分かった。いや、本能で察知したと言っても良い。
今飛び出して襲ってきた“それ”は纏っている空気がおかしい。
明らかに禍々しく、並大抵の妖怪では到底出せないような雰囲気――それどころか、妖怪という“非常識”の枠組みさえ外れた、まさに“異常”と言うべき存在であるようにさえ感じられた。
そんな相手だが、奇襲に失敗したことで作戦を切り替えたのか、こちらの様子を窺っている。
しかしあの瞬発力、楓華の足では逃げても追いつかれるだけだろう。
ならば――。
「こっちから……行くよ!」
短時間で決めようと、一気に距離を詰めて殴る。
だがやはり相手の動きは素早く、その攻撃は容易く避けられてしまう。
(速い……!?)
相手は避けた勢いのまま翻弄するように辺りを跳び回り、動きを捉えることができない。
何とか出来ないかと考える。
……が。
この状況を打開する事に気を取られたせいか、凍った地面と木の根っこに足を取られて転んでしまった。
その隙を見逃さず、怪物が突っ込んでくる。
こうなってしまえば、先ほどのように対処することも出来ない。
狙いは首元。鋭利な爪から繰り出されるそれは、食らえば一撃で命を刈り取られるだろう。
「ッ……!」
怪物の爪は既に目と鼻の先まで迫っている。
間に合わない。
――そう思った、その時。
「よい……しょっと」
「わっ!?」
腹の辺りに何かが巻き付けられたかと思うと、そのまま横に引っ張られる。
それによって身体が動き、攻撃を避けることができた。
「生きてる?」
「う、うん。生きてるけど……」
引っ張られた方向を見てみると、そこには自分を引っ張ったであろう少女の姿があった。
彼女の両足からは根元がハート型の青いコードのようなものが生えていて、その途中は閉じた目のようなものになっている。
そして首にはいかにも手作りっぽい、ボロボロで古ぼけた青のマフラーが巻かれていた。
不思議ながらどこか優しくも感じる眼差しを向けてくる彼女を前に、楓華は言い知れぬ安堵感を覚える。
「君は?」
「なんだろうね。通りすがりのヒーローみたいな?」
そう言って彼女は怪物に近付いて行く。
しかし怪物は目もくれず、楓華の方へとにじり寄ってくる。
そうしてすれ違った所で振り返り……。
「よ、っと!」
先ほど楓華を引っ張ったのと同じ方法だろうか。
足から生えているコードと同じような、触手のようなものを右手の指から生やし、相手に巻き付けて振り回す。
そして、そのままきりもみ回転の状態で頭から地面へと叩きつけた。
その攻撃をまともに食らった怪物は悶え苦しんでいるように見えるが、まだ息はあるようだ。
更なる追撃の為、右手の指を元に戻す。
「もう一発!」
「ッ!!」
今度は左手の触手で引き寄せ、懐からナイフを取り出して勢いよく突き刺した。
怪物は堪らず暴れるが、じきに動かなくなって霧散する。
「こんなものかな」
「何だったんだろう……。って、それよりも、君は?」
「私? 通りすがりのねーちゃんだよ。さっきとおんなじ」
「さっきと違う。……良ければ名前を聞きたいんだけど」
「古明地 こいし」
と、その少女は名乗る。
明らかに人ではないし、あの怪物とはまた違った異質さを感じるが、その名と風貌、そして雰囲気から悪いものではないことだけは感じ取れた。
「えっと、こいし? ありがとう、助かったよ」
「いーえ」
「うん。……うん」
まるで何かを確認するかのように、楓華はこいしの目を見つめる。
しかし少ししてから、ハッとして目を逸らす。
「どうしたの?」
「あ、いやなんでも……。じゃあ、僕行くとこがあるから行くね。本当にありがとう!」
「ん。またね」
別れを告げ、楓華は再び歩み始める。
遠くに消えていくその背中を、こいしはずっと見つめていた。
「……楓華」
***
所変わって人間の里。
先程あのような出来事が起こったにも関わらず、楓華の頭の中はお花畑であった。
というのも、その思考はあの怪物ではなく、助けてくれた少女に向けられていたからだ。
「……可愛かったなぁ」
そう、美少女に会えたという事で頭が一杯だった。
まじまじと見てたのはこの為だったのか楓華よ。
バカ。変態。思わせぶりの鬼。
……なんて突っ込みを入れる相方なんか居る筈もないので、頭の中には依然として花が咲き続けていた。
「いやあ、今日は中々ツイてる。最高の一日になりそうだね!」
ともかく、冗談交じりにそう言うと再び目的地へ歩を進める。
その行先は墓地だった。
「おはよう、来たよ。お父さん、お母さん、
目的は死んだ家族の墓参り。
長い時を経て書いてある名前すら掠れてしまった墓石を、拭いたり水をかけたりして綺麗にしながら軽く挨拶をする。
二礼、二拍手、一礼。
神道式の拝礼を終えて、楓華は昔の記憶を思い返す。
「あの頃が懐かしく思えるよ。お姉ちゃんや彩巴と一緒に遊んで、帰ったらお父さんが居て。
でも皆居なくなって、僕だけ……。
って、こういう暗い話なんてするもんじゃないか。じゃあ僕は――」
と、墓参りを終えて立ち去ろうとしたその時。
咆哮と地響き、そして悲鳴が鳴り響いた。
明らかに只事ではないと分かるほどの不味い空気がその場一帯に流れる。
「っ!? な、何……!?」
音のした方向へ向かってみると、そこには高さ数メートルはある巨獣のような怪物が暴れていた。
先ほど襲ってきたものと似たような雰囲気を纏わせているが、大きさもパワーもその比ではない事が一目で分かった。
「……今日は中々にツイてないし、最悪な一日になりそう」
デカくなって帰って来た怪物に、肩を落とした。
……そうして楓華が意気消沈していると、怪物のいる方向から里の住民であろう人間が逃げて来る。
「な、なんだよあれは! 妖怪なのか!?」
「どうしたの!? 何があったのか教えて!?」
まずは状況を把握しようと話しかける。
「それが、よく分からねえんだ。赤黒いモヤが集まりだしたと思ったら突然……!」
「赤黒い……モヤ?」
赤黒いモヤ。
そのワードがどこか記憶に引っかかるようで、楓華の表情が暗くなる。
「何だ、心当たりでもあるのか……?
とにかく! 俺はもう逃げるが、もし追っ払えるなら頼むよ!」
「あ……うん。気を付けて!」
(妖怪は里じゃ人間を襲えないことになってるはず。
それを堂々と破るなんて……やっぱり妖怪じゃないのかな?
モヤの事も引っかかるけど、今はあれを何とかしなきゃ……!)
逃げる背中を軽く見送った後、楓華は考える。
モヤの事、そして怪物としか言い様のない何かが里でこんなに暴れ回っている事を。
そして、妖怪とは違う存在なのだと確信した。
しかしそんなに考え込んでいる暇は無く、ひとまずは目の前の脅威を何とかしようと再び前を見る。
すると、怪物と――目があるかどうかは不明だが、たぶん顔が合った。
「あっ」
「見ツケタ……!」
「え?」
そして、あろうことか喋った。
いや、それ自体はいい。如何に弱い妖怪だろうと喋る事はあるのだから。
問題は、明らかに楓華を意識しているかのようなその反応だ。
「オマエヲ消セバ、今度コソ邪魔者ハ居ナクナル……!」
「うわぁっと!?」
考える暇も与えないまま、大きな瓦礫を掴んで投げ飛ばしてくる。
その体躯からは想像も出来ない素早さの攻撃に一瞬戸惑うが、何とか躱す。
そして相手の方へ向き直り、ゆっくりと構えの姿勢を取った。
「こいつ、でかいのに行動が早い……。さっきのよりはマシだけど。
……でも、そんな事言ったって何とかするしかないんだ。行くよ!」
振り下ろされる腕を避けながら、脚へと潜り込む。
その勢いのまま乱雑に拳を振るう。
「はぁっ!」
勢いを付けた鬼の力による殴打が怪物の脚部に炸裂する。
その圧倒的な力の塊により、大きな脚は貫かれた。
……が。
「よし、崩れた……!?」
吹き飛んだ傍から、膿んだ肉が擦れるような気持ちの悪い音を立てて再生して行く。
見る限り、その再生力はとても削って押し切れるようなものではなかった。
驚くべき光景に一瞬呆気にとられた楓華。
すぐに気が付き動こうとするが、出来てしまったその隙を怪物は逃さない。
「しまっ――がッ!?」
反応が遅れ、怪物の反撃をもろに食らってしまう。
楓華の小さな身体は軽く十数メートルほどは飛ばされ、地面に打ち付けられては跳ね転がる。
「力は……見た目、通りか……っ」
強烈な打撃で大きなダメージを負い、息は絶え絶え。
何とか意識を保ち、立ち上がる事も出来たが、どうしてもあの怪物に勝てる気がしない。
そうして二の足を踏んでいたその時。
「大丈夫?」
「何とか……。って、こいし? なんでここに……」
仰向けに倒れた楓華の視界に覗き込む顔が一つ。
それは先ほど道中で助けてくれたこいしだった。
「実はずっとついて来ちゃいました」
「え?」
こいしは楓華にずっとついて来ていたと言う。
……という事は、先程の小恥ずかしいというか最悪目を合わせて話せなくなりそうな発言もバッチリ聞かれていたらしい。
「あ、えーと……」
「とにかく、今はアレを何とかしなきゃだよ。ほら、起きて」
「は、はい……」
恐らく心強い味方が増えたのだから、ここからが反撃のチャンスだろう。
力強く起き上がり、再び相手へと向き直る。
「で、どうやって攻めようか。すぐ再生されちゃうし……」
「物理が駄目なら魔力を叩き込む、でしょ?」
「でも僕、魔法なんて使えないよ?」
「意外と出来るかもしれないじゃん。ほら、なんかこう、ぐぬぬぅって感じで」
「えぇ? そんな訳……」
そんなこいしの無茶振りに対し困惑する楓華。
「やるだけやってみようか? ほら、あいつも近付いて来てるよ」
「……まあ、うん。分かった、やってみるよ」
しかし、それしか次の手が浮かばないのも事実。
一でも八でも試してみるしか道は無いのだと、試す事にした。
左手を握り込んで目を閉じ、何かを溜めるようなイメージで意識を集中させる。
周りの物音も聞こえない程に深く、もっと深く……。
「……ッ!?」
すると楓華の左手に何かが集まり出し、やがて白黒の炎やオーラのような形を取った。
しかし熱は思ったほどには無く、魔力が可視化される程集まったものだという事が分かる。
「あら、本当に出来ちゃった」
「なんでぇ……?」
「じゃあ私が合図を出すから、後はお願いね」
「わ、分かった!」
怪物は既に目と鼻の先まで迫っている。
これ以上里を荒らさせる訳には行かない。この一度で決めなければ。
その思いのもと、楓華はしっかり相手を見据えて構える。
しかし相手がただ待ってくれる筈もなく、周囲を派手に荒らしながら何度も攻撃を仕掛けてくる。
対する楓華も構え、避けながら反撃の時を待つ。
すると、こいしは身軽な動きに対して思ったより隙が生じている事に気付いた。
そこを叩くよう、楓華に合図を出す。
「ここでこう動くから……あ、今だよ」
「よーし……!」
脚に力を籠め、頭を狙おうと高く跳び上がり、力一杯拳を握り込む。
狙いは頭の中心。楓華の目は、拳は、しっかりと捉えていた。
「こいしの読みが当たってるなら……!」
「――ッ!?」
そうして振り下ろした楓華の拳は怪物の頭を貫き、軽い嵐のような衝撃波を飛ばしながら爆発四散させる。
こいしの予想も見事に的中してきっちりとダメージが通っているようだ。
再生する様子も無い。
怯んだ怪物を追撃して確実に仕留める為、着地してすぐ飛び上がり、今度は下から拳を振り抜く。
「ぅぉおおおッ!!」
楓華が咆えると、拳に纏った魔力はより一層勢いを増しながら怪物の体に突き刺さる。
「――ッ!!」
確かな手応えと共に、怪物は声にならない声を上げて破裂。
周囲に飛び散った後暫くは動きそうな気配があったが、じきに動きを止めて霧散した。
「あ゛ー、倒せたぁー!」
緊張の糸が切れたのか、気の緩んだ表情でその場に倒れ込む。
「何とかなったねー」
「ありがとう、また助けられちゃったね」
「いーえ。私は何もしてないよ」
「そんな事は無いと思うけどなぁ……」
危機がまた一つ去り、安心して話をする。
戦っている間は考えもしなかったが、こうして誰かとしっかり話した記憶はあまりないので、中々気分が良い。
楓華としては、可愛い女の子というのが更にプラスされているのだろうが……。
と、そんな感じで暫くいると、紅白の服を着ている人と白黒の服を着ている人が飛んで来た。
「あれ、もしかして先越されてる?」
「みたいだな。お前がどうせ大したこと無いとか言って渋ったからだぜ?」
「なっ、私のせい……!?」
「どう考えてもなぁ……」
何やら二人とも言い争いを始めてしまったようだ。
このある意味愉快そうな感じの人たちは、一体誰なのだろうか?
……何にせよ、まだまだ何か起こる事は確定してしまったようだが。