東方浄華石 ~ Chaotic mist and tender girl   作:例の饅頭

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師匠、これって訓練というかただの殴り合いでは?

 博麗神社に戻ってくると、そこには丁度良く霊夢と魔理沙が居たので、楓華を強くしてくれるような誰かを知らないかと尋ねてみた。

 

「なるほど、確かに弱っちいもんねぇ。……魔理沙は何か知らない?」

「知らん。いや、居なくはないが……コイツに合う暇そうな奴って言ったらなぁ」

 

 一行から先程起こった事の説明を受けた霊夢と魔理沙。

 何か心当たりは無いかと考えるが、特にそういった人物は思い浮かばなかった。

 

「霊夢がするのは?」

「やらないわよ」

「だよな。弾幕ならいざ知らず、流石に私も鬼を実戦として鍛えるなんて出来ないぜ」

 

 知り合いの多い二人だが、楓華に合うような人物と言うと中々思い浮かばない。

 かと言って自分達が教えるのも無理という事で、中々難航している。

 そんな様子を見て、フランドールが一言。

 

「ま、こうなるわよね」

「えっ……? ま、まあ……そうだよねぇ?」

 

 当然の事である。

 ズブの素人をごく短期間である程度戦えるまで育てられるような人材など、居れば奇跡のようなもの。

 そんなものを求める事自体が無謀なのだ。

 こいしもその様子を見て楓華に問う。

 

「もしかして期待してたの?」

「そ、それはもちろん」

「居るわけないでしょ」

「あう……こいしまで……」

 

 半分以上本気で期待していた楓華。

 甘いと言わざるを得ないその考えは、こいしにも突っ込まれてしまった。

 

 しかし、何時でも意外な出来事というものは起こりうるようで。

 

「私の力が必要かい?」

 

 霧が発生し、濃くなる。

 それは神社の縁側で一つの纏まった形となり、横向きに寝転がっている小さな人影へと変わった。

 楓華よりも小さいその人物が誰なのか、楓華以外は分かったようだ。

 

「お、意外だな。萃香」

 

 橙色の髪を赤いリボンで結った、二本の大きな角を側頭部に持つ小さな鬼。

 呑気な酔っ払いに見えながら、それ故の余裕で仰々しくも感じる彼女の事は、この場にいる楓華以外の全員が知っている。

 五人は同じく縁側に座り、話をする。

 

「色々と見聞きさせてもらったよ。そこの楓華ってヤツが出てきた時からね」

 

 彼女が言うには、霧となって楓華とその一行の動向を見守っていたらしい。

 故に、鍛える必要がある事も既に知っているようだ。

 

「えっと……誰?」

 

 しかし楓華は彼女の事を知らない。

 なので、説明を求めた。

 

「おっと、そうだった。私は伊吹(いぶき) 萃香(すいか)だよ。よろしく」

「伊吹萃香……? えっ、まさか山の四天王!?」

「そ。頭に“元”が付くけどね。変な所でもあった?」

「いや、変も何も! こんなサラっと出てくるの!?」

 

 山の四天王、伊吹萃香。

 その名自体には楓華の耳にも聞き覚えがあった。

 

 かつて妖怪の山の頂点に君臨していた4人の妖怪。

 その能力は神にも匹敵するものであり、今や幻想郷最大勢力の天狗達の住処である妖怪の山を牛耳る事が出来ていたという時点で、その実力も言うまでもない。

 この内の一角という彼女は、正しく幻想郷最強クラスの妖怪の内一人なのだ。

 と言っても口伝で聞いた事があるだけで、まさか幼い少女の姿をしているとは夢にも思っていなかったが。

 

「そんな事言ってもねぇ、出てくるってより何処にでもいるってのが正しいし。ほら、霧になってそこら中にさ」

「ほら、って当然みたいに……。その説明で理解出来るならそもそも説明の必要が無いと思うんだけども」

 

 恐らく萃香の能力だという事は推測出来るが、説明されても訳が分からない。

 というか単なる説明不足な感じが大きいが。

 

「いやー、お前も幸運だなー。こんな大物に鍛えてもらえるなんてなー」

「声に感情が籠もってないよぉ!」

 

 そのような大物に思わぬ形で出くわした楓華が驚愕するのを見て、魔理沙は棒読みでからかった。

 

「ははは。……まあ真面目な話、良い師匠ってのは大事だぜ。萃香はその辺未知数な所ではあるがな」

 

 とまあ、そんな感じで顔合わせを済ませた二人。

 しかしその様子を横で見ていた霊夢は、萃香が現れた理由が気になった。

 楓華を鍛える為なのは分かるが、何故萃香なのか。

 具体的には言えずとも、他に適した者だって居る筈だと。

 

「って……どうしてあんたが来たのよ? そんな柄じゃないと思ってたけど?」

「紫に言われたんだよ。何考えてるかは知らないけど、友人の頼みとあっちゃ断れないしね」

「ふーん……」

「それに――いや、なんでもない」

 

 どこか含みのある言い方で返答する萃香。

 それに気付いてか、霊夢は怪訝な顔をしている。

 

「あれ?」

 

 が、ふと横を見るとこいしとフランドールが居ない。

 二人を探して霊夢は居間に向かった。

 

 それを特に気にする訳でもなく、萃香は楓華の方に向いて再び話し始めた。

 何やら確認したい事があるようで。

 

「ところで楓華、酒って飲める?」

「いや、飲んだ事は無いけど……」

「そっかぁ。じゃあそれも後々訓練の一環としてやってもらおうかな」

「えっ、なんで……?」

 

 突如、謎の質問に謎のメニュー追加を行う。

 この唐突な行動の真意は彼女を知る者にはバレバレだったようで。

 

「お前それ……酒飲みに付き合う相手が欲しいだけだろ?」

「そうだよ?」

「正直にゴリ押すなぁ。別に私からは止めはしないが。楓華はどうだ?」

「えっと……少しずつ慣らすくらいなら」

「やったあ。未来の喧嘩相手かつ酒飲み仲間で一石二鳥だね」

「……喧嘩相手!? 初耳なんだけど!?」

「ああ、言いやがったなコイツ。育つまでは我慢しろよ?」

「分かってるよ、勿論」

 

 そんな言葉を耳にしていくにつれ、楓華は食用に養殖されている魚のような気分になったが、あんまり深く考えない事にした。

 幾ら鬼が正直でも冗談くらい言うだろう。

 たぶん。

 

「まあ、うん。……じゃあ師匠、色々気になるけどこれからよろしくね」

「おっ……師匠かぁ。なんかむずむずするね」

「照れてんなあ」

 

 ……なんて話をしていると。

 

「いたっ!」「きゃっ!」

 

 こいしとフランドールのちょっと間の抜けた声が屋内から聞こえてくる。

 それから少しして、霊夢が二人を担いで戻ってきた。

 

「楓華、こいつら勝手に部屋の中物色するんだけど……なんとかして……」

「えっ、何やってるの二人とも……?」

「だってー。私、話に入れない感じだったからー」

「まあ、こいしは仕方ないとして。何でフランも……?」

「日向が苦手だから……そうしたらこいしにつられて……」

「もぉー……仲いいんだから……」

 

 ……あの声は拳骨を一発ずつ食らわせた事によるものだったらしい。

 

「ははは。まあ良いんじゃない? その位活力があるってのは」

「迷惑が掛かる活力は良くないわよ……」

 

 その様子を微笑ましく見ている萃香に、霊夢は疲れ気味なツッコミを入れた。

 

 何はともあれ、一通りの挨拶やら事前確認も済み、いよいよ訓練に移る事となる。

 

「じゃ、先に行っといて。ちょっとしたら私も行くからさ」

「う、うん……分かった」

 

 萃香が言うと、楓華は先程から背負いっぱなしだった鞄を置き、先んじて参道へと移動する。

 

「いってらっしゃーい」「死ぬんじゃないわよ」

 

 こいしとフランドールは手を振ってそれを見届けた。

 その後、魔理沙は萃香に問う。

 

「で、どうだ? 出来そうか?」

「部下は持った事があるけど、弟子なんて初めての経験だからねぇ。

 分からないけど、面白そうだしやってみるよ」

「しっかりやってやれよ。こういう場面って大事だからな」

「まあ任せて、皆はのんびり縁側にでも座っときなよ」

 

 萃香は立ち上がって参道へと足を踏み出した。

 

***

 

「しかし……改めて見ても変な組み合わせだね。

 新参者のあんまり強くない鬼に、覚めない覚に、なんかおかしい吸血鬼。

 特にその鬼ってヤツは……なるほど」

 

 目の前に立つ楓華を眺め、顔を、目を、何かを見定めるように覗き込む。

 

「な、何かな……?」

「んや、何でもない。ただ、よく似てるなって」

「似てる? 誰と?」

「昔の知り合い。まあ、そんな昔話は置いとこうか。鍛えたいんだろ?」

「気になる……けど、確かに鍛える方が先かな」

「そうそう、それで良いんだよ」

 

 萃香は自分のものより高い肩をポンと叩き、内容の説明へと移る。

 

「で、早速なんだけどさ。ちょっと私と戦ってみない?」

「え゛? なんで……?」

「楓華の戦いは見てきた。だけど、ちゃんと身を以て実力を見定めないとね。百見は一触に如かずってやつ」

「いや、聞いたことないって。大体の意味は分かるけど」

「必要最低限くらいに手加減はするから。ほら、構えて!」

「まあ、それだったら……大丈夫かなぁ」

 

 斯くして萃香師匠による楓華へのテスト兼暇つぶしが始まった。

 楓華は覚束ないような覚悟を決め、構える。

 

「全力で来な。能力も使いながらね。なんなら殺すつもりでも良いよ」

「でも、僕の能力って威力に貢献しないんだけど……」

「能力にまだ慣れてないんだろ? だったら慣れていかないと。

 それにもしかしたら、新しい使い道が見つかるかもしれないし」

「それもそうか。分かったよ」

 

 萃香が物凄く強大な存在である事くらい、楓華にも分かる。

 彼女は全力でも受け止めてくれるだろう。

 昨日、里で異形を倒した時くらいに本気の本気で行く事にした。

 

「まずは攻撃。やってみな!」

 

 楓華は一旦飛び退き、直後に走り込みながら全力で左拳を打ち込む。

 

「はぁッ!!」

 

 一方で萃香はその場から動かず、若干程度に踏み込んでから片手でその拳を受け止める。

 ……するとどうだろう。

 姿勢はそのまま、数十cm程度後ろに下がっただけだ。

 地面には踏ん張った事によって抉れた跡が付いたが、しかし攻撃自体は完璧に受けきっている。

 

「えっ……!?」

 

 全力でも受け止めてくれた……それには違いないものの、流石にここまで効かないとは予想していなかった。

 普通なら吹っ飛ぶどころではないはずの一撃だが、そこは流石に元・山の四天王といった所だろう。

 

「なるほど、悪くないね。やり方次第でもっと伸びそうだ。次は……」

 

 萃香は掴んだ拳をそのまま引き寄せ、腹に向かって殴り掛かる。

 

「ッ!?」

 

 紙一重で回避するが、風圧に押されてよろめく。

 当たったらマズいと直感的に理解し、後ろまで飛び退いた。

 

「回避能力も良し、と」

「し、死んじゃうよっ!?」

「大丈夫大丈夫、死ぬ程痛いだけさ。殺しゃしないよ。

 ……さ、次こそ本番。実戦形式で行こうか」

「いきなり実戦形式なんて……」

 

 楓華は露骨に嫌そうな顔をしながら構え直した。

 一度決めた覚悟が揺らぐが……。

 

「いい? お前が今後身を投じるのは、弾幕よりも過酷な命のやり取りなんだ。

 怖気づいてばっかりじゃ、自分だけじゃなくて仲間も死ぬよ。分かったら覚悟決めな!」

 

 萃香は声を上げ、一喝する。

 今までの数少ない戦いからも分かるように、実際の所、楓華は本番になってからある程度吹っ切れるタイプなのだが、それでも訓練で本番までに鍛えられなければどうにもならない。

 詰まる所、練習にも強くならなければいけない。

 萃香の真意は分からないが、結果的にこれも訓練の内となっているのだ。

 

「そ、それは……」

 

 一体目の素早い異形。

 二体目の大型の異形。

 瘴気に侵されたフランドール。

 そして、対峙する事さえ無く力不足と判断された謎の敵。

 思い返してみれば、今までの戦いは殆どアドバイスや力添えあってこそであり、それ以前に学んだことすら殆ど活かせていなかった。

 それは多少なりとも、楓華の心に情けなく思うような気持ちを募らせていたのだろう。

 

「……そうだ。

 こんな所で止まってちゃいけないじゃないか。

 それにもう既に三回も死にかけてるんだ……だったら!」

 

 そんな中での萃香の言葉で奮い立ったのだろうか、今度はしっかり覚悟を決め、力強く構える。

 今度は“受け止めてくれるだろう”なんて逃げ腰ではなく、攻めて“打ち破る”つもりで。

 

「ッ……!」

「そうだ! 勝つつもりで来な!」

「おりゃあッ!」

 

 踏み込んで走り出し、先程よりも重い、迷いの無い拳を打ち込む。

 心做しか纏った魔力も強くなっている。

 萃香は依然として受け止め切っているが、後退距離は少し伸びている。

 

 萃香は顎から脳天を目掛け、抉るように殴り掛かる。

 対する楓華も上体を反らして避け、回転した勢いで腹に横蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐぉ……! 今のは効いたよ……っと!」

「うわっ!?」

 

 蹴りは当たり、大きくはないものの確実にダメージが入った。

 が、逆に足を捕まれ、横に振り回して投げ飛ばされる。

 何とか受け身を取って立ち上がって前へと向き直ったが、しかしそこに萃香の姿は無く、あるのは霧だけだった。

 

「なっ……!?」

「良いね、気迫が出てる。

 ……じゃあ、私の能力のほんの一部を見せてあげるよ!」

「ど、何処に……がはっ!?」

 

 霧が楓華の横を通り抜け、後ろに萃まって萃香の身体を形成する。

 そのまま飛び蹴りを放ち、楓華を背中から吹き飛ばした。

 手加減有りでも、重い攻撃は重い。

 

「う……ぐっ……そうか、あの霧……!」

 

 ここでようやく、先程萃香が言っていた“何処にでも居る”の意味を理解した。

 つまり、本当に彼女自身が霧となって幻想郷中に拡散出来るという事だ。

 それは同時に擬似的な瞬間移動が可能だという事も意味する。

 

「気付いたみたいだね。まあ、まだそこまで高度な使い方はしないでおくから、思う存分打って来ると良いよ。……出来るものならね!」

「ったた……本当にとんでもないなぁ……!」

 

 よろけながらも立ち上がり、構え直す。

 萃香の姿はまた消えているが、次はしっかりと霧に意識を集中させて備える。

 次に現れるのは……真正面。

 全力で前へと拳を振るう。

 

「そこ――ッ!!」

「……何っ!?」

 

 楓華の魔力が強まる。

 何故だか、力が強化されているような感覚だ。

 いや、これは気の所為ではない。

 確実に力が増している……!

 

「くッ!?」

 

 またしても萃香は攻撃を受け止めた。

 ただし、先程までとは違って両手を使っている(・・・・・・・・)

 しかも、後退距離は数倍にまで伸びている。

 

「な、何が……!?」

 

 その現象が何なのか、楓華自身にも分からなかった。

 だが、また先程の萃香の言葉を思い出した。

 能力の新しい使い道が見つかるかもしれない、と。

 もしかしたら、これが――。

 

「ほら、ボーッとしてないで構えて! お前が止まっても相手は止まらないよ!」

「っ!」

 

 その言葉で我に返り、構えた。

 やはり姿は無く、あるのは霧だけ。

 手加減ありとは言え、もしかしたらこの勢いで勝てるかもしれない。

 いや、勝てなくとも何か掴めるかもしれない。

 

 再び集中し、攻撃に備える。

 

「――ッ!」

 

 また背後だ。

 霧がある程度萃まった所で、出現する直前に拳を振るう。

 狙いは正確だが、しかしその策が仇となった。

 

「甘い!」

 

 萃香は拳から先に形成し、それは楓華の腹に直撃する。

 

「ぐ……!」

 

 更に、遅れて形成したもう片方の手と身体で突き出した腕を掴み、引っ張り、後ろに回り込んで後頭部に裏拳を叩き込む。

 

 その衝撃で楓華の意識は飛び、地面に倒れ伏した。

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