東方浄華石 ~ Chaotic mist and tender girl 作:例の饅頭
連続妖精辻斬り事件
寒い。最初に浮かんだ感想はそれだった。
館を発ったは良いものの、行く場所が思い浮かばないので、とりあえず今は近くにあった湖のほとりを歩きつつ次の行き先を決めようとしている……所なのだが、どういう訳か異常に寒い。
いくら寒さの残るこの時期とは言え、これはどう考えてもおかしい。
「……ね、ねえ。この辺異常に寒くない?」
楓華はガタガタ震えながら二人の様子を見て訴える。
「肌寒いわね。場所が場所だし」
「まあ、ちょっと寒いかな?」
しかし長袖にマフラーのこいしと防寒具バッチリのフランドールは平然とした顔で答えた。
一方、楓華は長袖でもないし防寒具もないので、当然とてつもなく寒い。
「そ、そう。なら良……くない、これどういう事? この湖は……?」
「霧の湖って呼ばれてる。氷の妖精とかの溜まり場になってたりするから、例え真夏でも冷えるのよ」
「……君の興味がなぜこの湖に向かないのか疑問なんだけど」
「寒いし、何より水辺はあんまり好きじゃないから。その点貴方はどっちでもない不思議生物だから収穫も多そうという訳。あと、ここまで自由な外出は今回が初めてだし」
フランドールは楓華の観察を続けつつ答えた。
さておき、そうして話しながら歩き続けて数分。
楓華は更に寒くなって来たので聞いてみる事にした。
「ところでその……僕、薄着なんだよね。何か温められたりしないかな……?」
「んー、そうだね。マフラーの長さ余ってるし、一緒に包まってみる?」
「えっ!? い、いや……それはちょっと悪いかな?」
返って来たのはこいしの大胆な提案だった。
もちろん出来たら嬉しいのだが、流石にそこまでする勇気は楓華には無かったようで、やんわりと拒否しようとする。
「……嫌?」
「ちっ、違うよ!? ただちょっとその――」
「良かった。ほい」
「わあ!?」
が、しょんぼりしたような顔を見せるというあざとさ全開の策により本音を引き出されて包まれた。扱いが上手いものである。
寒気のせいか、それともこの状況のせいか、楓華の顔は真っ赤に染まっていった。
……と、そんなこんなしていたその時。
斜め上、霧の向こう側にうっすらと人影が浮かび上がって来ると同時に声が聞こえてくる。
「あー、いた! 妖怪辻斬り女!」
「……えっ?」
そう言いながら現れたのは、水色のスカートと一体型の服を着て氷のような翼を3対持ち、同じく水色の髪にリボンを付けた少女だった。
そして、その少女は楓華に敵意を向けているようで。
「ここで会ったが百年目。あたいがお前を倒してやる! 凍っちまいな!」
「えっ」「わぁ……っと」
放たれる冷気。
それを察知したのか、こいしは飛び退いて楓華から離れる。
「避け……あー」
咄嗟にフランドールが声を掛けるも時既に遅し。
次の瞬間には、楓華は冷気に直撃して氷漬けになってしまっていた。
「よし、仕留めた! あたいの力を見たかっ!」
「情けないわね……ほら、起きなさい」
「あー! 融かすな!」
楓華を凍らせた少女の喜ぶ声が響くが、それを気にも留めずにフランドールは火炎魔法で楓華の氷を融かす。
威力は強くしていたのか、たった数秒で全身の氷が解けて動けるようになった。
「寒……熱っ!?」
「大丈夫かしら?」
「し、死にかけた気がする、けど大丈夫……ああ、濡れて余計に寒い……」
先程より一層震えながら答えた。
そして、いきなり凍らせてきたその相手に向かって問いかける。
「な、なんでいきなり凍らせたのかな……?」
「……自分がやった事も覚えてないの? あんたがあたいの同朋を斬りまくってるからよ。刀でずばーってさ」
「えっ……いや、全く身に覚えが無いんだけど」
勿論とぼけている訳ではなく、本当に身に覚えがない。
しかし相手は犯人が楓華であるという確信を持っているらしく、問い詰めて来る。
「じゃあ、犯人の特徴があんたと全く同じっていうのは説明出来るの? もう何人も同じ証言をしてるのよ!」
「それは出来ないけど、本当に僕じゃないんだよ。……いや……うーん」
奇妙な事に自らと全く同じ姿をしている者が居るらしい事を聞いた楓華は、どこか引っかかるような感覚を覚え、もどかしく感じた。
同時に、それを聞くなり何時になく真剣な顔をしたこいしが話し始める。
「その事件はどの位前から起こってるの? 状態は?」
「つい昨日の事よ。昨日だけでもう何十人は斬られてて、起きられない程弱ってる。皆妖精だから、死ぬとかは多分無いと思うけどね」
その言葉を聞くにつれてこいしの表情が曇っていく。
どうやら思い当たる節があるらしい。
「やっぱり、そうなんだね」
「……何か知ってるの?」
「うん。瘴気に関係する事は確かなんだけど……」
気になった楓華が問いかけてみるが、何か言いにくい事があるのか、途中まで話した所で少し俯き口をつぐんでしまった。
少し経って、止まった話を進めるようにフランドールが話し出す。
「とりあえず、楓華はこの通り刃物なんて持ってないって事実だけは言っておくわよ」
「た、確かにそうだけどさ……」
「でも、それが本当なら調べた方が良いのに変わりは無さそうね。……どうする、楓華? 一応貴方がリーダーみたいなもんでしょ?」
そして、その話を楓華に託した。
忘れてはならないが、この一行の行動は楓華に依存しているのだ。
であれば最終的な行動の方針は楓華が決めるべきだろう。
「……そうだね。瘴気が絡むなら、多分僕も関わった方が良いんだと思う。それに個人的にも気になる所はあるし。調べてみようか」
「えーと、じゃあ、あたいの犯人捜しに協力するって事?」
「うん。誤解されたままだとちょっと気持ちが悪いし」
気になる事もあるし、調べるべき事だ。
特に道筋を決めている訳でもなく、ならば関わらない理由はないと、楓華はこの一件について調べる事にした。
「あ、僕は楓華って言うんだ。少しの間よろしくね」
「あたいはチルノだよ、よろしく」
と、始める前に互いに軽く自己紹介だけしておくようだ。
この少女は、先程フランドールが言っていた氷の妖精本人であるらしい。
そうして自己紹介を終え、犯人に遭遇する為の作戦会議を始めた。
「それで、仲間が斬られてる大体の時刻って分かる?」
「皆言ってたんだけど、全部バラバラな時間だったと思う」
「じゃあ、時間と場所で絞り込むのはダメか。……どうやって会えば良いのかなぁ」
楓華はまずどんな時間に襲撃して来るか、どんな場所で襲撃されたのかを絞り込もうとした。
が、法則は特に無いらしく、そういった方法では会えない事が分かった。
これには楓華も頭を悩ませるが、どうしても良い案が考え付かない。
そうして詰まっていた所、フランドールが話し始める。
「なら話は簡単ね」
「え?」
「襲わせればいいわ」
その言葉に楓華は困惑するが、フランドールは続けてその内容を伝える。
「そこに丁度良く妖精が居るじゃない」
「……あたい?」
「そうよ。出現する時間も場所も分からない相手を探すなら、誘き出すしか無いでしょ?」
……どうやらチルノを囮に使って誘き出すつもりらしい。
割と危険かつ鬼畜な戦法であるが、それしか有効そうな方法が無いのも事実。
二人は頷いた。
「でも妖精って数多く居るよね。話を聞くに無差別っぽいし、どうやって誘き出せば良い?」
「……そこはあたいに考えがある」
チルノはその方法を考えついたようだ。
曰く妖精という存在は自然現象の具現化みたいなものであって、ならばその自然現象を強めれば妖精としての存在感をアピール出来るのではないか……という事だ。
確かに、そうすれば誘き出せる確率はぐっと上がるだろう。
「それで……その自然現象って言うのはやっぱり?」
「勿論、これよ!」
勢いよく後ろに飛び退き、辺り一帯に冷気を作り出す。
やはり凍りつきそうな程に寒く、少し気が滅入ってしまう楓華であった。
その光景を意に介さず、再びこいしとフランドールは話し始める。
「とは言っても、現場の近くの方が出会いやすかったりするんじゃない?」
「いや、たぶんその逆よ。恐らくまだ問題を起こしてない場所に出てくる」
「……あー、そうかも。じゃあ案内して貰おうか」
こいしは納得して言うと、寒がっている楓華と寒がらせているチルノの二人を呼びに行った。
***
それから、一行はチルノの案内で妖怪の山付近の森に来た。
「ここ。何故かここだけ出て来てないのよね」
その光景を見た楓華は微妙な表情で呟き、それにこいしが答える。
「ああ、またここに戻って来るんだ……?」
「帰って来たねー」
何故ならそこは楓華とこいしが出会った場所そのものだったからだ。
つまる所、この旅が始まった場所に早速戻って来てしまった訳である。
しかしそんな事を知るはずもないフランドールは、さっさと事を進めようと話し出す。
「さて、早速始めるわよ。私達三人はその辺の茂みに隠れながら待機して、相手が来たら一気に叩く。良いわね?」
楓華はその言葉で気を取り直し、四人で配置についた。
チルノを目立つ場所に立たせた上で、三人はその辺の茂みに身を隠す。
その中で、フランドールは楓華に作戦の確認を取る。
「楓華、相手が出たらまず貴方が飛び出すのよ。それからは殴るか抑えるか陽動でもするか……その辺は任せるわ。で、その後は私とこいしで叩く。良いわね?」
「大丈夫、分かってるよ」
こうしてしっかり確認を取り、いざ作戦決行……と、その前に。
こいしが気になったフランドールはそちらにも話しかけてみる。
「ところでさっきからずっと黙ってるけど、どうしたのよ」
「……え? あ、何でもないよ。気にしないで」
「知り合って一日の私が言うのも何だけど、貴方そんな考え込むヤツだった? ……まあ何でも良いけど。しっかり集中しなさい、やる以上はね」
その様子に疑問を感じつつも、これで恐らく準備は万端になった事だろう。
楓華はチルノに作戦開始の合図を出した。
すると先程と同じ……いや、それ以上の冷気の嵐が辺りを包み込む。
「うう、やっぱり寒い……もう凍らないと良いけど」
そんな懸念を抱いてから数秒が経つ。
息を呑み、何時でも動けるように待ち構える。
更に数十秒が経った。
まだ相手は現れない。
待機を続けること数分。
一向に現れる気配がない。
そしてとうとう十数分が――
「来なくない!?」
「……来ないわね」
「変だねー?」
「ちょ、ちょっと練り直そうか。寒いし……」
楓華が声を上げ、二人も流石におかしいと思ったのか顔を見合わせる。
あまりに来ないので、一旦中止する旨をチルノに伝えた。
「全然出てこないじゃない……」
フランドールはその場にあった横倒しの丸太に座り、不満気に言う。
すっかり季節外れの銀世界と化した森で、再度の作戦会議が始まった。
「他に出て来てない場所とかってあるの?」
楓華は再度、情報を整理しようとチルノに問う。
「聞いた限りではこの周辺以外に無いわ」
「……ん、綺麗にここだけ?」
「ここだけ。他は多少の隙間はあっても分かりやすく来てない場所ってのは無かったよ」
その言葉を聞いた瞬間、一行に一つの考えが浮かんでくる。
ここだけまだ来ていないのではなく、そもそも来ないようにしているのではないか、と。
理由こそ不明だが、可能性は高いだろう。
「じゃあここを拠点に、手分けして辺りを探し回るわよ。少しでも誘き寄せられるように広域に冷気を張って」
「分かった。分担はどのようにする?」
「私とチルノ、楓華とこいしの二組で行くわ」
と、フランドールが方針を提示する。
それに従い、手分けしつつ周囲を探索する事となった。
「……あ、これは楓華が持ってて」
フランドールは背負った鞄を外し、その代わりに楓華に背負わせる。
「え? 荷物持ち? うん、まあ、良いけど……」
***
楓華とこいし、探し回ること数十分だが、まだ見つからない。
「ああ、やっぱり寒い……。本当にこれで出てくるのかな……?」
楓華はまた寒さに震えていた。
意図的に作り出した冷気の中に薄着で居るとなれば、それも当然のこと。
ついつい早く終わらせたいという思いが滲む。
しかしそれよりも、楓華にはこいしに聞きたい事があった。
「って、そうだ。さっき何か言いかけてたよね? 気になるんだけど」
「それは……」
楓華が立ち止まって質問する。
こいしは再び何かを言いかけるが、しかしやはり言えない様子だ。
「やっぱり、まだ言えない。後から少しずつ、その時になったら話すね」
「う、うん……まあ、言えないなら無理に言わなくてもいいよ」
困ったような微笑みを楓華に向け、すぐに前を向いて歩き出す。
謎は深まるばかりだが、いつまでも立ち止まっては居られないと、楓華はそれを追いかける。
……追い付き、再び足並みを揃えて歩き始めたその時。
遠くから衝撃音が断続的に聞こえ始める。
方角から察するに、恐らくフランドールとチルノの居る方だろう。
「なっ……今のって、まさか!? こいし、行こう!」
「……うん」
楓華はこいしの手を引いて、音の鳴る方へ走り出した。