パチュリーはパルプンテをとなえた! 作:遊び人Lv99
「さーて、今日も一日働きますか!」
あたいこと小野塚小町はそう張り切って背筋を伸ばす。ここは地獄。幻想郷の死者の魂が集まる場所であり、あたいはそこに住む死神だ。
死神と言っても、万人がイメージする死ぬ間際の人間の魂を迎えに行き刈り取る方ではなく、死者の霊を船に乗せて彼岸、つまり三途の川を渡らせる船頭だ。
この船頭の仕事は死神の間ではあまり人気がないのだが、個人的には最もやりがいのある仕事だと思っている。死者の魂と話をするのは楽しいし。まぁ、同僚からはちょっと働きすぎだと言われる事もあるんだが……。
「ふふふ〜♪」
鼻歌を歌いながら歩くあたいだが、しかし足元を見ていなかったのが良くなかったのか。
「きゃん!?」
あたいは何かに躓き盛大に地面にダイブしてしまう。何だってのさ一体。
「あたた……一体何が……へ?」
あたいが振り返って躓いた物体を確認すると、そこには……。
「むにゃむにゃ……すぴー……」
罪状を書き込むと罪の重さや数だけ重みが増すという閻魔ご用達の悔悟の棒を握りしめたまま、涎を垂らして寝息を立てる緑髪のスレンダー美人がいた。……って。
「何こんなとこで寝てんですかぁっ!?」
「うーん、あと5時間……」
単位でかっ! ってそうじゃない。あたいは文字通り寝ぼけた事を言っているアホ閻魔を揺すって起こす。
「ん……あー?」
「お目覚めですか……四季様」
あたいの手でようやく起きたこのお方は四季様こと四季映姫・ヤマザナドゥ。ヤマの称号を持つ通り、この地獄の裁判を取り仕切る閻魔様だ。
あたいの上司、いわゆるボスで、地獄の最高裁判長。中途採用組の閻魔の中でも最も高名な閻魔で、そもそも他の生き物と干渉することが無い特殊な波長を持っているらしく、何者にも染まらず惑わされない別次元の存在であり一切の迷いなく他人を裁けるという、まさしく閻魔になる為に生まれてきたみたいな能力を持つお方だ。幻想郷において閻魔様といえばイコール四季様の事であり、閻魔・オブ・閻魔と言っても過言ではない。
そりゃあもう物凄いお方がこの四季様であり、そんなお方の直属の部下である事があたいは嬉しくはあるのだが……。
「なぁんですかぁ小町ぃ? 人が気持ち良く勤務中の昼寝を楽しんでいたというのに」
「人目のある場所で堂々とサボりを公言しないで下さい!!」
あたいは全く悪びれた様子のない四季様を怒鳴りつけるが、四季様は全く意に解す事なく欠伸をしながら「ふぁ〜あ〜ぁ。ねむ」とかほざいている。こ、この駄閻魔……。
……そう。この四季映姫・ヤマザナドゥという人物、あらゆる死者に裁きを与える閻魔という超高次元の存在でありながら、とんでもなく自堕落な人物なのだ。ありていに言うとサボり魔。ちょっと目を離すとすぐに夢の世界へ旅立ってしまう困ったお方だ。
「四季様! 少しは閻魔らしくキリッとして下さい!」
「うるさいですねえ小町は。人生余裕を持ってのんびり過ごす方が楽しいですよ〜?」
「この前そう言って裁判に遅刻しかけたのは誰ですか!?」
そう、このお方のサボり癖は重要な場面でも発揮される。あろうことか死者に判決を下す大事な裁判を寝過ごして遅刻しかけ、裁判長不在のまま開廷されそうになったというとんでもない逸話がある。
地獄の裁判では閻魔にしか判決を出す権限が無いのに、その閻魔がいないというのは洒落にならない。おかげで閻魔十王から大目玉を食らったというのに、それでも全くサボり癖が直らないのだからある意味では大物だ。能力が閻魔として理想的すぎるせいでどれだけやらかしてもクビにならないのも性質が悪い。どうしてくれようこの駄目上司。
「あー、そんな事もありましたねえ。十王様ってば説教が長いのなんの。眠くなっちゃいますよ」
「上司の説教中でも寝るんですかあんたは!?」
ダメだこいつ、早くなんとかしないと。全く反省の様子がない。
「だいたいねえ、説教なんて適当でいいんですよ。どうせ相手も真面目に聞いちゃいないんですから」
「閻魔のくせに何言ってんですか!?」
他人に説教して導く側の閻魔の発言とは思えない。何でこの人閻魔やってるんだろうか。
「曖昧にゆる〜く生きていくのが最高だと私は思うんですけどね。やりすぎずやらなすぎず、灰色でもいいじゃないですか」
『白黒はっきりつける程度の能力』の持ち主が何かほざいている。
「小町こそ働きすぎではないですか? 少しは気を抜いた方がいいですよ。私のように」
「四季様は気を抜きすぎなんですよ!!」
確かにワーカーホリックな自覚はあるが、四季様は逆にサボりすぎだ。絶対これよりはマシなはずである。
「気楽にやりましょうよ気楽に。勤勉も過ぎれば身体を蝕みますよ? そう、あなたは少し働きすぎる」
すると四季様は唐突に真面目な顔をして語り始める。
「勤勉さと優秀さは必ずしも比例しない。世の中にはいくら全力でやっても結果を出せない人もいる。自分の限界を見極める事が大事なのです。自分の能力では辿り着けない場所を目指して勤勉にいても、それは自分を潰すだけにしかならない。ですから……」
おお、なんか急に説教が始まった。しかも普通にいい話が出て来た。こういう所はさすが閻魔様だ。いつもこれぐらいでいてくれれば尊敬できるのだが……ってあれ?
「あれ? 四季様?」
目を閉じて聞いていたら何故か四季様の話が途切れる。まだ説教の途中だったと思うのだが……。
「ぐー……」
「って寝てるぅー!?」
目を開けると説教の姿勢のまま器用に寝息を立てる四季様の姿が。人に説教しておいてそれ!?
「そういえばこの人こういう人だった!」
思い出した。確か四季様、説教してる最中に必ず自分が寝てしまうとかで、「最後が聞けない有り難いお話」とかいう二つ名があったはずだ。
「四季様ぁ! 寝てないで! お話は!?」
「ん? ああ……寝てましたか、私」
あたいが声をかけると四季様はは目を覚ます。が、さっきの真面目な雰囲気は皆無だ。
「四季様……さっきのお話は?」
「ん、話? 何かしてましたっけ」
「いや、何か真面目な顔で語ってくれたじゃないですか! あのお話の続きは!?」
そう四季様に聞くが、あっさり「忘れました」なんて身も蓋も無い言葉が返ってきた。
「忘れたって……あれだけ気合い入れて話してたのに……」
「まぁ、忘れたという事はさして重要でもないという事ですよ、きっと」
「あんたが言うな!」
忘れた本人に言われても全く響かない。
「そう怒らずに。人生、覚えている事より忘れる事の方が圧倒的に多いのですよ。小町、あなたは昨日の自分がどんなだったか覚えていますか?」
「何言ってんですか。昨日の自分の事なんて忘れる筈がないじゃないですか」
「本当に?」
四季様は唐突に低い声であたいに問い掛ける。
「本当に、昨日の自分の事を覚えていますか? 昨日の自分の人格と今日の自分の人格が同じであると確信を持って言えますか?」
「え……」
なんだ、これは。四季様の言葉から感じるこの寒気は。
「過去の自分の人格を保証してくれるのは自分の記憶だけです。ですが、人はどうしても都合の良い物を見たがる。容易く記憶を捏造し、時には自ら消却しさえする。ならば、今の自分の記憶が都合良く作り替えられた物でないとは言い切れない。昨日の夜眠ったあなたと、今朝目覚めたあなたは――別人かもしれないのです」
そんな……いや、まさかそんなわけが……。
「なので、先ほど眠る前の私と今こうして起きている私は別人なのです。よって話の内容を忘れるのは当然なのですよ」
「そういうオチかぁっ!?」
意味深な事を言うだけ言って最終的な結論がそれかっ!
「そしてまた私は別人になるのです。次の私は上手くやってくれるでしょう……ぐー……」
そしてまた四季様は堂々と寝息を立て始めるのだった……もうやだこの閻魔。