"柱合会議"
半年ごとに行われる鬼殺隊を支える柱が集まる会議である。現在は六人が柱に任命されており、既に鬼殺隊本部である産屋敷の庭に集まっていた。
「胡蝶君? やけにニコニコしているが何かいいことでもあったのかい?」
"水柱"
「……ええ、妹が無事最終選別を突破しましたの」
"花柱"
「胡蝶殿の妹か! 志あるものが隊員となるのは喜ばしいことだ!」
"炎柱"
「人材不足ですからな。鬼を食いちぎる牙が足りない」
"虎柱"
「かと言ってただ人を増やしてもどうともならんからな旋風を巻き起こせるような奴じゃねえと」
"嵐柱"
「今は我々で支えていくしかないだろう。お館様がいらっしゃった」
"岩柱"
最後の岩柱の言葉で全員が横並びになる。
「お屋形様のお成りです」
白髪の妻が屋敷の襖を開らき、黒髪の美青年が現れる。
「お待たせしたね、私の
美青年という枠で括るにはあまりにも大人びていた。思慮深い光が瞳に宿り、心を震わせるような心地の良い声。絶やされる事ない穏やかな微笑み。上に立つものの理想を具現化したような男、それが鬼殺を統べる
「蓮次郎のことは残念だが、それでも君たちとの柱合会議を迎えられたことに深く感謝するよ」
すこし悲しそうに一同を見渡してから、それでも笑顔で柱たちにお屋形様は感謝の意を示した。
先月まではもう一人、"海柱"
「我々一同、お屋形様がご壮健で誠に喜ばしく思います。変わらずのご健勝をお祈り申し上げます」
「ありがとう行冥。さあ、皆上がっておいで今日は会議の前に良い知らせがあるんだ」
お屋形様が促すと柱たちは屋敷に上がっていき、畳の上に座っていく。
「お屋形様。良い知らせとは?」
「今日、鬼殺隊を支える新たな柱になった
それを聞いて柱たちに喜色が浮かぶ。
「それは良い知らせですな」
「うむ、まことに良い知らせである!」
「それでもまだ七人、ですが今は新たな牙の到来を喜びましょう」
花柱はニコニコしているだけである。
「さあ、おいで」
別の襖が開かれ、新たな柱が姿を現わす。
「新たに剱柱を拝命いたしました、
開いた襖のすぐ前で既に頭を垂れて奏多が自己紹介をする。"かなた"という名に岩柱がピクリと反応し、そちらを向く。
「ふふ、奏多。緊張しすぎだよ、こっちへおいで、皆にも自己紹介してもらおう」
「はっはい失礼しまーーー」
顔を上げて立ち上がった奏多が石のように固まった。
「どうしたのかな奏多?」
心配そうな産屋敷の声にも反応せず一点を見つめていた奏多の目からボロボロと大粒の涙が溢れる。
それを見ていた全員の目が点になった。
「…………行冥?」
「……奏多?」
ふらふらとした足取りから、悲鳴嶼へ奏多が飛びついた。別人のように筋骨隆々として顔に傷跡が増えているが、そこに居る。南無阿弥陀とお化けみたいな羽織をしているが幽霊じゃない。幻覚じゃない。
「生きてた! 良かった‼︎ ごめんなさい! あの時役に立てなくてごめんなさい‼︎ 行冥が俺たちを守ってくれて、でも俺が気絶したばっかりにきっと行冥が誤解されて‼︎ ごめんなさい! 本当に、本当に生きてて良かった‼︎ よかったよぅ……」
柱になったとはいえ奏多は十六歳。沙代を除き家族全員を失った経験と、自分が原因で死ぬことになってしまったと思った家族が生きていたなら仕方のないことではある。
周囲の柱達はどういう状況か分からずあわあわするだけだ。
カナエは鍛冶師を助けた際からの奏多は知っているがそれ以前のことは良く知らないのだ。行冥と関係があるのを知っていたら真っ先に前回か前々回の柱会議で悲鳴嶼に告げていただろう。
唯一あわあわしなかったのは産屋敷である。奏多の発言と悲鳴嶼を助けた際のことが一致し状況を理解し微笑んでいた。
大泣きする奏多に対し、常に流れていた悲鳴嶼の涙が止まった。
「大きくなった。随分と大きくなったな奏多。奏多がそう言ってくれるだけで、私は救われた。あの時命を掛けて本当に良かったと思える。ありがとう、奏多」
「起きたらもう死刑になってたって! 俺が起きてれば無実だって伝えられたのに!」
「お屋形様がその時助けてくれたのだよ、死刑が執行されたというのも偽るための物だが、奏多を悲しませてしまった。すまない」
行冥は、生き残った奏多たちが恐怖する必要のない世にするため鬼を狩る決意をした。だから危険に近づいてほしくなく会いに行くことはしなかった。
だがそれも要らぬ心配だったのかもしれない。あの日の嘆きをバネに柱にまで至ったのだから。
随分と大きくなった奏多を目一杯抱きしめて、頭を撫でる。懐かしいその感触に奏多は余計に泣いて縋り付いた。ずいぶんと硬くてごつごつとしてしまったけれど、あの日の夕食後に撫でてくれた手と同じ暖かみがあった。
と、ばっと涙を止めて顔を上げる。
「ちょっと待った、こんな都合のいいことあるのか? 実は血鬼術あたりで幻見せられてるのでは?」
涙は止まっておらずとも顔を上げた奏多の視界にカナエが映る。すごくニコニコしている。
「奏多さん、そう言う時は奏多さんが知らないであろう事を言ってもらうんですよ、それ悲鳴嶼さん」
「奏多が幼い時、袴と間違えてスカートを履いてしまってな、あまりにも動きやすい物だからこれが良いんだとしばらくお気に入りの服に……」
「おわぁやめてくれ行冥! 現実、現実だから! …………現実だぁ……!」
現実だと認識してまた大泣きして行冥に縋りついて、行冥に撫でられる奏多だった。側から見ると行冥の巨体と奏多の容姿が相まって父親にすがりついて泣く娘である。もしくは黒猫がじゃれついているようにも見えた。
「大変お見苦しい所をお見せしました」
しばらくして落ち着いた奏多だったが、顔が真っ赤である。原因は言わずもがな。行冥も顔を伏せてしまっている。ここに居る全員がニッコニコのとてもいい笑顔である。
「すまないね奏多、君が行冥の事件の関係者だと分かっていればもっと早く合わせることもできたのかもしれないのに」
「そんな事ありませんお屋形様、ほんと、あの、本当にぎょ、岩柱が生きていただけでとてもありがたい事です。やめてください今はそんな温かな目で見ないでください恥ずかしくて死にそうです」
「では柱合会議を始めよう。議題として奏多から興味深いものがあるんだ」
(今の流れでそのまま剱柱に話をさせるのか、お屋形様えぐい)
柱合会議の多くは今後の方針や配置に関しての話なのでそれと違う話は最初に出されるのが常だがちょっと奏多を可哀想に思う轟徳寺であった。
深呼吸をして顔の赤みを抑えて真剣な眼差しに努める。
「上弦かもしれない鬼の情報があります」
話を事前に聞いていた産屋敷以外の表情が変わる。
「下弦とはいえ十二鬼月を倒したからこそ言えます。上弦には縄張りを持たずに徘徊していると思われる鬼がいます」
奏多は仔細に語る。岸壁を木っ端微塵にした破壊力と圧倒的な重圧を発したあの鬼の話を。
階級が葵であった頃の奏多の発言では誰も信用しなかっただろう。そもそれほどの鬼が鬼殺隊を無視して去っていくなどあり得ない事だからだ。だが今の奏多は柱。成り立てとはいえその発言には柱としての戦闘力に裏打ちされた説得力がある。
「最も楽観視すれば、それが血鬼術による破壊力である事ですけれど、不味いのはそれが素の身体能力に由来していた場合ですね」
「負けるつもりは毛頭ないが苦戦を強いられるだろう!」
「それだけの強さ、頸の硬さも想像を絶するかもしれん」
その鬼の特徴を挙げるならただ単純に強い鬼という事だ。搦め手もない真っ向からの強さ。逆にそれが鬼殺を難しくする。
「なので、柱合会議の後に少しだけでいいので皆さんで手合わせする時間を設けませんか?」
模擬とはいえ実力が近いもの同士で手合わせすればただの鍛錬より経験になるとの考えからだ。各地に散ってしまう柱同士での稽古は難しいが、柱合会議に集まった際の少しの時間であればそれも難しくないだろう。
鬼と戦っているとどうしても肉弾的な戦闘が少なくなってくる。強力な鬼であれば多くは異形化しているか異能の鬼だからだ。駆け引きはあっても肉弾戦ではない。そのあたりの経験を稼いでおこうというものである。
「いい考えだね。その時間を設けよう」
その後、鬼の出現地域の移動と担当地域を決め、会議も終わりとなる。
「ところで奏多。屋敷の方は聞いたままでいいのかい? 行冥の所の近くにということもできるけれど」
柱になるということで奏多は屋敷が与えられることになっている。ただ行冥が生きていることを知る前だったので知った上で代えても良いという産屋敷の配慮であった。
「ありがとうございますお屋形様、でも行冥も俺も柱です。会えて、無事ってわかっただけで力になる。もう離れていたって心は着いて行きますから」
すこし照れ臭そうにそう告げる奏多に産屋敷は微笑んだ。
「ふふ、そうだね。それでは怪我のないようにね、私の
産屋敷が去った後、模擬戦をどうやるかで少しの間時間を要すことになった。今回は寸止め、半年後は木刀を持参することが決定した。