剱の呼吸   作:MKeepr

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第九話:挨拶

 産屋敷よりすこし離れた所で剣士が二人戦っていた。互いの剣戟を躱し躱され隙を突こうと歩法を絶え間なく己に有利な間合いを保とうと動く。鬼との戦闘では起こりにくい接近したままの全力の接近戦闘だ。この場合、全集中の呼吸に求められるのは破壊力ではなくいかに素早く相手の攻撃を捌けるかだ。初めこそ拮抗していたソレが徐々に煉獄に傾いていく。練度と基礎能力が現状煉獄に軍配が上がっているのだから当然ではある。

 ガキン、と奏多の剣が弾かれ隙が生まれる。

 

"炎の呼吸 肆ノ型、盛炎(せいえん)のうねり" 

 

 火炎の螺旋を思わせる鋭い斬撃が奏多に迫るが刀で迎撃する。身体機能において十六の奏多にくらべ十八の煉獄の方が体の完成度という意味で上回る。そして炎の呼吸は基礎五つの呼吸の中でもっとも攻撃的な呼吸だ。真っ向勝負では現状奏多に勝ち目はない。より強い攻撃力には真正面からでは勝てない、だからこそ受けた盛炎のうねりの威力に対抗せず流されるように後方に飛んだ。

 

"剱の呼吸 伍ノ太刀、静謐(せいひつ)烏刃(からすば)"

 

 追撃を切っ先同士をぶつけ逸らしながらカウンターの叩きこもうとするが煉獄も間一髪で回避し振り向く。

 互いの距離が開いた。

 仕切り直しと言わんばかりに構えなおす。

 

切磋琢磨しあうのは良いことだが! もうあまり時間をかけるのは良くないだろう!

 

「ああ、これで終わりにしよう!」

 

"炎の呼吸 壱ノ型、不知火"

 

"剱の呼吸 壱ノ太刀、草薙"

 

 互いが突進技を繰り出す。強靭な脚力で瞬時に距離が潰れ、互いの日輪刀がぶつかろうとした所でまるで時間が止まったかのように急停止した。

 真剣な表情の二人に笑みが浮かぶ。

 

さすがは新たな柱、良い腕だ! ありがとう燻御! 君のお蔭で皆で高め合う良い経験になった!

 

「それはこっちもだ、煉獄」

 

しかしよもやだ! 最後の一撃、日輪刀ごと俺を切るつもりの一撃だったな!

 

 刀を仕舞ってにこやかに話し始める。最初こそ敬語で話していたのだが煉獄に同じ柱なのだから改まる必要は無い! と言われたので素で喋るように努めている。

 煉獄も数か月前に炎柱になったばかりらしい。

 

「でもこっちもタダじゃすまなかったでしょ」

 

当然だな! 切られるとわかっているなりにやり様はある! ただ模擬戦でそれをやっては模擬も意味がない! 我らの刃は鬼を倒すためにあるのだから! だからこそであろう?

 

「そうだな」

 

 だからこそ二人ともぶつかり合う前に止まったのである。

 

 総当たりが終わって全員が満足そうにしている。派生元の水柱との模擬を終えたカナエがニコニコしながら奏多と煉獄の元にやってきた。

 

「フフ、奏多さん。これからは同じ柱同士、よろしくお願いしますね」

 

「こちらこそよろしくお願いします。カナエさん」

 

「駄目ですよ奏多さん、煉獄さんが言ってたじゃないですか。同じ柱なんだから敬語を使う必要なんてありませんよ? ね? 煉獄さん」

 

ああ! 我らは同じ鬼殺隊を支える柱! 互いに敬意はあれど上下は無いからな!

 

「え、いや、カナエさんには敬語で喋る方が慣れてると言うかなんというか……善処します」

 

慣れてるなら仕方なし!

 

ハッハッハと笑う煉獄に釣られて奏多とカナエも笑ってしまった。この三人。今いる柱の中での二十歳以下組である。

 

そういえば燻御!

 

「ワッキョウ!?」

 

 ズォオアと視界の横から煉獄が入ってきてビビった奏多であった。

 

「ど、どうしたんだ煉獄?」

 

君の日輪刀は色が変わっていなかったな! 技の型も水に近いとも取れるし炎に近いとも取れるような感じだ! 剱の呼吸はどの呼吸の派生になるのだ?

 

 そう言われて自分の刀と煉獄の燃えるような鍔を目線が往復して合点がいった。

 

「いや、色変わりがしてないわけじゃないんだよ。これで色が変わった後なんだ。一応岩の派生だな」

 

 

 奏多が再び刀を抜く。一見すると色変わりを一切していないように見えるが、変わった上でこの色なのである。煉獄が頷く。

 

なるほど! 炎で熱し水で焼きいれた鋼色、故に剱とでも言った所か! すまないな! 弟が日輪刀のことで思い悩んでいる様だったので参考になればと思ったんだが!

 

「煉獄は弟が居るのか」

 

居るぞ! 俺の自慢のかわいい弟だ!

 

「それは会ってみたい」

 

 "煉獄が小っちゃくなった"。

 奏多が後に煉獄の弟、千寿郎を見たときの感想である。

 

「私の妹もかわいいですよ! もう笑顔がほんとうに可愛らしいわ!」

 

 カナエが乱入してきた。ふわりと花の優しい香りが風に流れてくる。自信満々のカナエの笑顔に煉獄も笑顔で口を開いた。

 

なるほど! 目に入れても!

 

「むしろ目薬に!」

 

 カナエと煉獄が力強い握手をした。長女力と長男力がシンクロをはたしたようだった。

 ちなみに奏多は行冥を父親とした場合は一応次男である。今の奏多ではもし生きていたとしてもアレを長男と絶対に認めないが。

 

「奏多さんもなんだか後からできた弟みたいな気になってくるんですよ」

 

ああ、わかるぞ。燻御はどこからか迸る弟の波動がある。会議前に悲鳴嶼に縋って泣いていた時も弟力を感じざるを得なかった!

 

「やめてくれ! 蒸し返さないでくれ! やめてー!」

 

 会議前の痴態を蒸し返されて顔を真っ赤にしてあわあわしだす奏多をじっくりとカナエと煉獄は見て呟いた。

 

「「ただ」」

 

「こう見ると妹ですね」

 

こう見ると妹の様だな!

 

「いや俺もうカナエさんより背が大きいんですが?」

 

 カナエ五尺三寸*1、煉獄六尺*2である。奏多が五尺七寸*3なのでカナエより背が高くなったのである。

 

「うう、妹の奏多ちゃんの背がこんなに大きくなるなんて姉として本望です……!」

 

「それしのぶさんの前で言ったら俺殺されるのでやめてくださいよ?」

 

 "いつからあなたが姉さんの妹になったんですか? ほら何とか言いなさいよ"

 と、しのぶが悪鬼のような笑みを浮かべながら包丁を砥ぎだす様が想像されて本気でやめてくれとカナエに懇願するのだった。

 そんな奏多の様子を感じながら行冥は微笑む。子供が独り立ちをするのを眺めるというのはきっとこんな気分なのだろうかと思ったのだった。

 それぞれが分かれ各警備地域へと散っていく。煉獄とカナエとも別れ最後に残ったのは行冥と奏多になった。

 

「じゃあ行冥、元気で」

 

「奏多も、無理をしないようにな」

 

「それでその、もう一度だけお願いしたいんだけどさ」

 

 微笑む行冥が奏多の頭を撫でる。大きくなった奏多だが行冥と比べると錯覚で華奢に見えてしまう。頭を撫でられて嬉しそうに目をつぶって少しの間抱き着いた。

 

「それで奏多、お願いとは?」

 

「いや、やっぱいいや」

 

 奏多が笑って行冥から離れた。

 

「じゃあ行冥、いってきます」

 

「ああ、奏多。いってらっしゃい」

 

 笑いながら少し子供っぽく走ってから奏多は振り向いた。

 

「いってらっしゃい、行冥!」

 

「……ああ! いってくる、奏多」

 

 奏多が手を振っている気配を感じて行冥も手を振った。

 しばらくして、ツッと行冥の瞳から再び涙が流れた。子供っぽくはしゃいでいた奏多の気配が剱のように研ぎ澄まされる。

 何気ない親子の別れを経て、二人は柱に戻る。

 この世にはびこる鬼を斬るために。

*1
約160cm

*2
約181cm

*3
約172cm


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