剱の呼吸   作:MKeepr

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原作開始前:柱が揃うまで
第十話:嵐の前


 蝶屋敷。鬼殺隊医療施設を兼ねた花柱の屋敷のことである。ここに来るものは基本的には鬼との戦闘で怪我を負った隊員、一般人の中でも特に重症だったり血鬼術などの影響を受けてしまった人たちである。

 では特に怪我も無くピンピンしている劔柱の奏多が縁側で呑気に茶を啜っているかというと怪我人を運ぶという口実で来て蝶屋敷の美味しいかぶせ茶を楽しむ為である。

 柱となって一年が経ち、その間に結構な頻度で立ち寄っているので屋敷の子たちとも面識ができてお茶を飲んでると菓子を持ってきてくれたりする。奏多がお土産を持ってきて蝶屋敷が茶を出す、ウィンウィンの関係である。

 

「おや、新入りさん?」

 

「…………」

 

 というわけでいつも通り縁側でお茶を飲んでいると少女がカステラを持ってきた。なぜか知らないが真顔である。しのぶあたりに変なことでも吹き込まれているのだろうかと邪推し、嫌われてるなぁと苦笑しながら差し出された皿を受け取る。

 

「ありがとう。戴かせてもらうよ」

 

 礼を言うが無反応である。じっと奏多の方を見ているが何か言ってくることはない。その様子に疑問符を浮かべていた奏多だったが合点がいったのか少女の頭を優しく撫でた。

 

「俺だけがお菓子食べてちゃだもんな、一緒にお菓子食べるか? 大丈夫、上官命令みたいなものだから怒られないよ」

 

 少女は少し首を傾げてから奏多の隣に座った。

 別にこの時少女は食べたいと思っていた訳ではない。カステラを持っていくという指示を消化してしまって待機状態になっていただけである。そこから新たに奏多の指示が入ったから従っただけである。

 そうとは知らぬ奏多は見当違いに隣に座った少女にカステラを差し出す。等分に切られた一つを取って食べはじめた。

 日差しが温かで日向ぼっこにはもってこいの状況である。そんな縁側で二人は無言でカステラを食べていた。

 

「仕事終わりにウチに茶をしばきにくるのやめてくれませんか? 剱柱様?」

 

 少しすると白衣を隊服の上から着たしのぶがやってきた。

 

「相変わらず他人行儀だな。隊員が負傷したから連れてくるついでにお茶もらってるだけじゃん」

 

「連れてきたならすぐ帰ればいいじゃないですか。それにそれは隠の人達の仕事ですよ。後藤さんがここへ怪我人を運ぶ時、剱柱様が手伝ってきて隠の人達がビビるから勘弁してほしいってぼやいてましたよ」

 

 同期の後藤は奏多の挙動に慣れ、時と場合によりツッコミを繰り出せるまでになったが、他の面識のない隠からしてみると畏れ多いし柱怖いし手伝うと言われると断りにくいしでビビらざるを得ないのだ。そしてツッコミを入れられる後藤に相談がいくのである。

 

「いや、俺用の湯呑みあるしこれはいつでもお茶していいというアレでは?」

 

 少し前に来た時、カナエから柱就任祝いです。と湯呑みを二つ贈られたのだ。一つは自分の屋敷に、もう一つは蝶屋敷に置かせてもらっている。

 

「柱の湯呑みは用意してますから。あと用意したのが姉さんで良かったですね。自分で用意して持ってきてたなら叩き割っておきましたよ」

 

 蝶屋敷の専用湯呑みにはそれぞれ花が描かれているらしい。奏多にカナエが用意してくれたのはグラジオラスと呼ばれる花が描かれていた。実物を見たことが無いが花柱が選ぶんだから綺麗な花なのだろうと思っている。

 

「辛辣ぅ!」

 

「ほら、カナヲもそれを食べ終わったらみんなのところに行きなさい」

 

 戦慄する奏多を無視してしのぶが指示を出すと、カナヲは残りを一口で無理やり詰め込んで去っていく。奏多が手を振るも無視である。

 

「ああ、カナヲって言うのか。というかしのぶはなんかあの子に吹き込んだ? 変な反応のされ方だったけど」

 

「いえ、流石に私そこまで陰湿じゃ無いですし。あの子は相当ひどい環境だったみたいで、売られそうになってた所を引き取ったんですが指示されないと何もできなくて」

 

 憂いを帯びながらカナヲを見送るしのぶを横目に奏多はお茶を啜る。

 

「心が擦り切れちゃったんだな。まあすぐさまどうこうするってのは無理だろ。時間と、何かきっかけがあれば変わるさ」

 

 お菓子を見ていたのでなくお菓子を届けた後のことを言いつけられていなかったから止まっていただけなのだと奏多は理解した。心がかなりの重傷を負っている。癒すにはそれなりの時間が必要なのは明白だった。

 

「そうですね、長い目で見ていくしか無いでしょう」

 

 ため息を吐きながらも微笑み、カナヲのことを案じるしのぶの姿にカナエの姿が重なって見えた。

 

「頑張れよ、しのぶお姉ちゃん」

 

 微笑んでいたしのぶの頭に青筋が走った。全てを包みこむような柔和な微笑みが攻撃的な笑顔に変質する。

 

「はあ? 貴方にお姉ちゃんなんて言われる筋合いは無いんですけれど?」

 

「えっなんで応援してるのにキレられるの?」

 

「キレてませんし、そもそも姉さんから湯呑み貰ったくらいで調子に乗らないでもらえます? カステラ用意したのは私ですし」

 

「柱には用意してあるんだろ⁉︎ というかカステラありがとうな⁉︎」

 

「フフ、相変わらず仲がいいわね」

 

 そこへふわり、と蝶を模した雅な羽織を揺らしてカナエがやってきた。何故かカナヲを抱えている。

 

「姉さん、流石に仲は良くないです」

 

「ごめんなさいね奏多さん、しのぶったら奏多さんにヤキモチ焼いてるのよ。稽古場での独り言がすごいのよ? "奏多の方が姉の役に立ちそうなのが我慢ならない" "私も柱になって並び立ってやる"とかそのほか諸々」

 

「やめてよ姉さん⁉︎ というかいつのまに聞いてたの⁉︎」

 

「カナヲにお願いしておいたらしっかり覚えてたわ」

 

「珍しく指示してないのに私の稽古の様子見てると思ったら‼︎」

 

 打ちひしがれたしのぶに奏多が助け舟をだす。

 

「現在進行形で俺よりしのぶの方がカナエさんの役に立ってると思うぞ。蝶屋敷の運営と日輪刀以外の鬼の滅殺手段の研究なんて今の柱の誰にも出来ないことだし」

 

「鬼の頸を切れないから代替手段を模索してるだけです。変に持ち上げないでください。嫌味ですか」

 

「だから辛辣ぅ!」

 

 しのぶの目下の悩みは膂力の不足だ。鬼の頸を切る為にはしのぶは非力だった。せめてカナエのように背があればまだ違ったのだが、しのぶの背は五尺ちょうどで奏多とは大体頭一つ分の身長差がある。まだ十四だからイケルと棒にぶら下がってみたり屋敷の子に手足を引っ張ってもらったり色々食べてみたりしているが残念ながら背は伸びない。

 しのぶは努力の人である。

 水から派生し流麗な動きが特徴のカナエの"花の呼吸"を自分に合わせ突き詰め"蟲の呼吸"として更に派生させるなど才もある。

 先日には毒で雑魚鬼を殺す事に成功している。効くまでに時間がかかる問題はあるが日光と日輪刀で頸を切る以外で、鬼を殺せた快挙だ。

 ただ、柱になった奏多や姉であるカナエの活躍を見ていると即物的な役の立ち方をしたいと思ってしまうのだ。

 悶々としているしのぶの腰にカナヲが抱きついた、更に後ろから羽織ごとカナエがしのぶのことを抱きしめる。

 

「しのぶは頑張ってるよ、でも頑張りすぎちゃうのが玉に瑕かしら」

 

「でも、非力で鬼の頸を取れないなら他のことで努力するしか無いじゃ無い」

 

「なら、良ければ奏多さんに相談してみればいいんじゃないかしら。 なんといっても切れないものはないって言われる劔柱なのだから」

 

「姉さんみたいな説明されそうで嫌です」

 

 カナエの感覚全開のブオァーと肺を膨らませて血流がビュオーってなるという説明を思い出して真顔になる。

 

「しのぶ?」

 

「それ以上いけない。あと俺は擬音で説明しない」

 

「奏多さん?」

 

「すいませんでした」

 

 カナエも自覚はあるので少しふてくされる、誰が最初かクスクスと笑いだし、三人とも笑いだしてしまう。その様子をしのぶの腰に抱きついたままのカナヲが見つめていた。

 

 

『『カアーー! 伝令! 伝令!』』

 

 空から二羽の鎹烏が飛来し滞空しながら伝言を伝える。

 

『"花柱"胡蝶カナエ! 任務の要請! 直ちに鬼殺隊本部に参上されたし!』

 

『"劔柱"燻御奏多! 任務ですよ! 直ぐに本部に移動ですよ!』

 

 カナエがしのぶから離れる。奏多が茶を飲み干すと縁側から立ち上がる。

 柱二人が直接本部に呼び出される事態に、カナヲを腰につけたままのしのぶは得も言えぬ不安を感じるのだった。

 


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