剱の呼吸   作:MKeepr

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第十二話:閻魔

 上弦の鬼。首魁である鬼舞辻無惨直属の十二鬼月、その内上位六体の名称である事は鬼殺隊全体に伝わっているものの、その実態は全くと言っていいほど把握されていない。

 柱等によって殺されるのは常に下弦の鬼であり上弦と相対した者はほぼ間違いなく死んでいるからだ。

 判明しているのは両目に階級を刻むこと、岸壁を爆砕する破壊力の持ち主がいること、十二鬼月でも真に最強の六体であるということだ。

 少なくとも百年の間、鬼殺隊は上弦を一人たりとも欠けさせることはできなかった。

 

「いやぁ、美人三人に見つめられると俺も照れちゃうな」

 

 クスクスと笑いながら金色の扇で口元を隠すこの男がその上弦なのである。と、扇と片目を閉じて全身を舐め回すように奏多を観察し、大きく口を開けてあっと驚いた。

 

「おや! てっきり女と思っていたけど男か! すごいなぁ君、二人にも負けてない美人さんだよ。きっと珍味だ」

 

「知らんがな」

 

"剱の呼吸 弐ノ太刀、布都椿"

 

 高速の踏み込みと共に放たれる神速の一撃を両手に持つ扇で受け流し防ぐ。只の扇ではなく鉄扇の類のようである。

 

「人は食べ物じゃありませんよ」

 

"花の呼吸 伍ノ型、(あだ)芍薬(しゃくやく)"

 

"剱の呼吸 伍ノ太刀、静謐(せいひつ)烏刃(からすば)"

 

「わあすごい、即席の連携なのにしっかり隙を突いてくる。信頼しあってるんだねえ」

 

 カナエの舞い散る花吹雪のような九連撃を両手の鉄扇を用いて巧みに受け流し、反撃しようと振るわれたそれが奏多の技で軌道を逸らされ逆に鬼が胴を一文字斬りにされた。ゴポリと鬼が笑顔のまま血を吐き感想を述べた。

 

「すごいすごい、俺知ってるよ。日輪刀は色変わりの刀、才能の無い奴は色が変わらないんだって」

 

 奏多の鋼色の日輪刀は変わる瞬間を見るか制作者でなければ色変わりしているとわからないような代物なので鬼のそれは誤解である。

 柱二人相手に無傷というわけでは無いのだが下弦の鬼では見られない異常な速度での再生により鬼は実質無傷だ。

 危惧されていた上弦は柱でも刃が立たない程尋常じゃない硬さということは無かったが、この再生速度の前では刃が立っていないのと同じである。

 

「君も頑張ってるんだねえ、才能無いのにここまで努力するのは素晴らしいことだ!」

 

「ころころ表情が変わる奴だな!」

 

 感動に打ち震えるように鬼が涙流す。笑ったり泣いたり忙しい鬼の様子と再生速度の速さに辟易する。鉄扇を持つ腕を切り落としてもすぐさまくっつくのだからたまったものではない。

 

「狂ってしまっているのですね、可哀想に」

 

「いやいや、俺は君達を救いたいだけさ!」

 

 同時攻撃を鬼の膂力をもって受け止め、回転するように払われた斬撃に奏多とカナエが弾き飛ばされる。

 

「おや、離れちゃっていいのかな?」

 

 

 

「じゃあこっちを食べちゃうよ?」

 

 いつのまにか、しのぶの脇に鬼がいた。

 閉じた扇先で顎を持ち上げられ、値踏みされるように瞳を覗き込まれる。

 

「おや痛いじゃ無いか。お痛は良くないよ」

 

 咄嗟に日輪刀を突き刺すが、なんともなさそうに引き抜いて刀身を握りつぶされる。毒が効いた様子もない。原因は容易に想像できた、下弦の陸でさえあれだけ毒を流し込んでようやく麻痺させられたのだ。今の毒では丸々一瓶分の毒を流し込まねば効くはずもないのだと。

 

"剱の呼吸 壱ノ太刀、草薙・斬破"

 

 そこへすぐさま追いついた奏多が斬りかかる。

 縦の回転を利用した渾身の一撃が鬼の鉄扇と衝突し火花を散らす。その隙にカナエがしのぶを抱きしめて距離を取った。

 ズズ、ズ、と日輪刀が鉄扇の防御を裂きはじめ鬼は目を見開いてもう一本の鉄扇を薙ぐ。攻撃を中断し回避を取った奏多の左頬を鉄扇が掠め、髪の毛が切断される。夜に散る漆黒の髪を残して奏多が着地した。

 

「いや、驚いた。あのまま行ってたら切られてたね。こんなこと鬼になってから初めてだよ」

 

 切れかかった鉄扇を見せびらかすようにクルクルと回す。

 

「なんだかことごとく神経を逆撫でしてくるなお前」

 

 ツっと左頬の傷から血が垂れた。しのぶを避難させたカナエが鬼を挟むように奏多と対照の位置に立つ。

 奏多が刀を鞘にしまい構える。

 黒い羽織と蝶の雅な羽織が風になびく、鬼も奏多を前に構えつつもカナエに対する警戒は怠らない。

 

"剱の呼吸 弐ノ太刀"

 

「それはもう知ってるよ」

 

 強烈な踏み込みと鞘走りによって繰り出される居合の技。だが目算で鉄扇二本ならば防ぎきれる。その際に後ろの女が何をしてくるかを鬼は確認した。しかし動かない。このままだと男が死ぬけどいいのかなあと呑気に高速の斬撃を鉄扇を交差させ受け止めた。

 

 ガキャッ‼︎

 

 想定していたのと違う音と手応えが鬼の腕に伝わる。想定外の衝撃に鬼の体が浮いた。鉄扇と噛み合っているのは鉄拵えの鞘。その衝撃によって体が浮いて逃げ場のない鬼に鞘から抜かれた日輪刀による二撃目の刃が迫る。鬼から笑みが消えた。

 

"剱の呼吸 弐の太刀、布都椿・鋏槌"

 

 右腕の腕力のみでなされる斬撃は通常の布都椿、草薙などと比べればはるかに威力は劣るが、鬼の頸を断つには十二分すぎる鋭さを誇っている。しかし交差するように鞘を防いでいた左腕の鉄扇が高速で動きその一閃に干渉した。

 ザリュ、と左肩口から日輪刀が鉄扇を持っていた左腕ごと斜めに侵入し、鬼の胴を輪切りにする。

 鬼が血を吐きながら右手で自身の切り離された胴体を叩き後ろに飛び、噴き出した大量の血液が盛大に地面を濡らした。

 

「逃がしません!」

 

「逃がっ……!?」

 

 飛んだ先には既にカナエが詰めている。奏多も追撃しようとするが、足が動かない。

 パキリ、と足先と黒い羽織の先が白く凍る。驚異的な膂力と再生速度、そして破壊不可能に近い鉄扇と戦闘術。そればかりに目が行っていたが、もう一つ鬼には恐れるべきものがある。

 斜めに右半身を失った胴体が鉄扇を振ると、その脇にハスの花が咲き内から女体が現れる。

 

"血鬼術 寒烈の白姫"

 

 女体からフッと吐かれた息で辺りが凍りだし、凍ったブーツから足先を無理やり引き抜いてそれを飛んで避けた。凍って張り付いていた皮膚をブーツに残して。

 

「いやぁ、悪い癖だ。遊び過ぎてしまったなぁ」

 

"血鬼術 蓮葉氷"

 

 追撃を仕掛けるカナエの前方に複数の光沢を持つ蓮の花が現れる。一つが地面に落ちるとそこが凍りつく。

 

"花の呼吸 弐ノ型、御影梅(みかげうめ)"

 

 多重連撃によりすべての蓮の花を切り払い、刀が凍らされる前に消し飛ばした。踏み込み鬼へ迫る。

 氷の女の血鬼術の相手をする奏多も技を繰り出すカナエも勝利を確信していた。

 

「それにもう朝か、今度時計でも買ってみようかな? 日が出る時間もこれでばっちりわかる」

 

 こちらに暢気に笑顔を向ける鬼を見るまでは。

 

"花の呼吸 陸ノ型、渦―――

 

 突如、激痛がカナエの体の内を襲った。横隔膜が痙攣し咳き込む。ゴポ、と口から血が溢れだす。全集中の呼吸が維持できずたたらを踏むが倒れないのは柱としての意地か。

 鬼の頸を斬ろうと日輪刀を振るうも右半身上体に残された腕が振るう鉄扇でへし折られる。へし折られた際の衝撃でカナエの右腕の骨が折れた。

 

「痛いだろ? さっ、まずはその痛みから君から救ってあげるよ」

 

 よっこいしょ、と言わんばかりに分かれていた胴体をくっつけてニコニコとカナエを見下ろす。

 

「させるか―――!!」

 

 全身霜まみれに、片足のブーツは脱げて血だらけにもかかわらず奏多は駆けた。

 左手のひらも血まみれだ。鞘で氷女の血鬼術を粉砕した際に、鞘が急速冷却されたことにより左手とくっついたが、皮膚ごと無理やり引き剥がしたのである。

 

「おっと? 君は吸わないんだね?」

 

 宙を舞う謎のキラキラした粒。カナエが血を吐いた原因がアレだとして、吸うつもりは毛頭ない。痛みで左手が震える。だがそれがどうした。鍛えた鉄の熱はこの程度の冷たさで揺らぐことは無い。

 剱と成せ、悪鬼を斬りカナエを助ける。

 

"剱の呼吸 肆ノ太刀、叢雲"

 

怒涛の八連撃が繰り出される。切っ先諸刃を利用した高速の斬り返しの連続攻撃だ。最後の渾身の一撃が防御のための片方の鉄扇を半ばから斬り飛ばすも、二つ目の鉄扇に到達したとき、日輪刀が限界を迎え刃元からへし折れた。

 鉄扇の反撃を柄頭の部分で無理やり防ぐも吹き飛ばされた。

 

"血鬼術 樹氷蓮華"

 

 薄い霜が地面を覆い、奏多を串刺しにしようとそこから鋭利な樹氷が生える。

 

"剱の呼吸 伍ノ太刀、静謐の烏刃"

 

"剱の呼吸 参ノ太刀、尾羽切り"

 

 幾本も生える樹氷を斬り、躱しながら徐々に距離を詰める。しかし折れた刀では切り躱せるものも躱しきれず何本かが奏多の体を貫いた。その様子をニコニコ見つつ、鬼は明るくなっている東の空を見た。

 

「うーん、俺が死んじゃうとみんなも死んじゃうからなあ、しょうがない、ここでおひらきにしようか! 食べられないのは残念だけれど!」

 

"血鬼術 寒烈の白姫"

 

「救ってあげられなくてごめんね」

 

 とても悲しそうに鉄扇が振るわれ大きな蓮の氷が現れる。

 そして蓮から女体が湧き出る。先ほどと違い二体。その吐息によって問答無用で全てが凍っていく。射線上には奏多とカナエ両方が居る。

 血相を変えて奏多がカナエの元へ走る。放射線状に急速に凍りつき、冷やされた空気が白い霧となって周囲を覆う。

 その霧の中へ鬼は悲しそうに泣きじゃくりながらのんびりと去って行き、姿を消した。

 氷の女が消える。血鬼術の範囲のギリギリ外で奏多がカナエを抱きかかえたまま蹲っていた。しかし黒い羽織の背中の部分が凍りついていた。

 

(変な香りがする……寒い……カナエさんは……)

 

 声をかけたいのだが寒さで呂律が回らず、意識も朦朧として来る。それでも抱えたカナエを落とすまいと必死で力を込めた。

 カナエが何かを言っているが、聞こえない。涙を流して奏多の頬に手を伸ばして触れてくる。その手が温かく心地よくて、奏多は眠くなってきた。

 

『ありがとうございます。上弦の血が採れるとは思ってもいませんでした』

 

 重たくなる瞼であたりを見回すが、誰の姿もない。

 

『お礼に教えます。その方は大丈夫ですよ、戦うことはもうできないかもしれませんが』

 

 幻聴が酷い。自分に都合の良いことが聞こえている。至近距離のカナエの声も聞こえないのだから幻聴に決まっている。

 呼吸も変で血を吐いているのに大丈夫に見えない。あの鬼の毒かもしれないというのに。

 

「姉さん!! 奏多さん!!」

 

 光が差す。鬼の時間は終わりをつげ、朝がやってきた。

 日が差し、血鬼術の影響が浄化されていく。氷は瞬く間に解け何事もなかったかの如くである。

 視界の隅でしのぶが大泣きしながら駆け寄ってくるのを最後に奏多は意識を失った。

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