剱の呼吸   作:MKeepr

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難産です。
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第十三話:帰還

 咲き乱れる赤い花の丘の上に奏多は立っていた。輝くように美しい赤い花と漆黒よりなお暗い空。

 特に意識することさえなく足が勝手に歩みを進めていく。しばらく歩いていると川が現れた。橋が架かっていたのでとりあえず渡ってみるかと橋の上を歩いていたら突如肩を掴まれる。

 振り向いてみればニコニコと笑うカナエがいて、上から行冥と龍彦のツイン筋肉達磨が落下してきた。片膝を立て着地した二人に驚いていると、板版がその荷重に耐えられず奏多ごとブチ抜けて落下し、水面に叩きつけられる。

 水中は透明度無しの真っ暗で必死にもがいていたら水面らしき光る場所が見えたのでそこに泳いでいったところで視界が開けた。

 知っている天井、蝶屋敷であった。掲げられていた左手は包帯がぐるぐる巻きになっている。

 靄がかかっていた頭に拳を握ると痛みが走って覚醒させられる。

 

「何日寝てた……? あ、カナエさんは?」

 

 最後の光景が浮かぶ。涙を流して口から血を吐いていたカナエの姿だ。浅い末期のような呼吸、涙、頬に触れた手。

 確かめねば、と恐怖を押し殺して、起き上がって周りを見渡す。個室の病室のようだ。

 中は暗いが夜目の効く奏多には関係ない。

 立ち上がって足を着くと痛みが走るが、逆に今のこれが現実だとわかる。包帯がかなりしっかり巻いてあるため動かしにくく、よたよたと暗い廊下を歩いていった。もし蝶屋敷の子が通りかかっていたらお化けが出たと大騒ぎになっていただろう。

 だがそういう事態にはならず無事、カナエの部屋の前にたどり着いた。そこで一旦奏多の動きが止まる。

 開けたらそこには誰もいないのではないか、居ても顔に白い布でも掛けられているのではないだろうかという押し殺したものが噴出してきたのだ。

 それを振り払うように扉を開ける。

 中も当然暗い。

 寝息の音が聞こえる。目を凝らせば、奥でカナエが眠っていた。呼吸に合わせ布団が上下している。生きている。

 

「よ、よかった」

 

 座り込んだ奏多の目からポロポロと涙が出る。悲しい時悔しい時は止められる涙も嬉しい時は止めようがなかった。流石に行冥の時と違って泣き喚いたりしないが、鬼殺隊では一番関わりの長いカナエが死ななくて本当に良かったと奏多は思った。

 安心したらなんだかまた眠くなってきたので畳だしいいかとその場で寝落ちる奏多だった。

 

 

 

 蝶屋敷に帰還して四日目の朝、支度を整えていたしのぶの元に怪我した隊員の世話をしているアオイが血相を変えて走ってきた。

 

「あら、ダメですよアオイ。走ったら危ないでしょ?」

 

「しのぶ様! 燻御さんが居ません‼︎」

 

「はい?」

 

 大急ぎで病室に行けばなるほど居ない。大慌てで混乱し、いる筈もないベッド下を覗いたり小箱を開けたりするアオイを尻目に、しのぶは奏多の行動を予測する。

 

(遊びに出た? いや、無い)

 

 以前来た音柱ならあり得そうなものだが、奏多は意外とマメで何処かに行くなら置き書きを残すものだ。

 

(姉さんも無事だし、一体どこに……)

 

 と、前提条件を違えていることに気づいた。

 姉であるカナエは肺に()()()()ダメージを負っていた。肺の半分以上が後遺症として機能不全に陥ってしまったのだ。ただそれは鬼殺の剣士としてで、日常生活を送る分にはなんら問題ない。

 処置が遅れれば危なかったかもしれないが無事処置ができて普通に歩ける程度に回復している。

 だがあの時の姉の様子を思い出してみる。

 カナエは身内贔屓を除いてもとても美人である。ガラス細工のような繊細な、風に吹かれれば飛びそうで、花吹雪の後忽然と姿を消しそうな儚げな美人だ。

 それが口から血を流して肺のダメージで浅い呼吸。悲しげな表情をしている様を想像したしのぶは思った。

 そう、すごく死にそうなのである。遺言を残してそのまま事切れそうなくらいには死にそうであった。

 実際には奏多の方が生命的な意味では危なかったのだが。

 

「姉さんの部屋?」

 

 ならばと思い口に出ていたのを聞いたアオイが顔を赤くした。生死を彷徨った奏多がカナエの部屋に行くという状況によからぬ想像をしてしまったようだった。

 一人悶々しているアオイを置いてしのぶはさっさとカナエの部屋に向かった。

 

「姉さん? 奏多さんはいますか……?」

 

 中に入るとカナヲが立っていて、スヤスヤ寝ているカナエとなんかこんもりしている布団が無造作に畳の上に置かれていた。さすがのしのぶも困惑せざるを得ない。

 

「……どういう状況?」

 

 めくってみると奏多が寝ていた。

 

「カナヲ、姉さんを起こして」

 

 ペシペシと怪我していない方の頬を引っ叩きつつカナヲに指示を出す。

 カナヲがカナエを揺すっているが「もう少し……」と起きない。おそらくカナヲはここで一時停止してしまったのだろうが、しのぶの指示の方がカナエより優先なので揺らし続けている。

 

「あれ、おはようしのぶ?」

 

「ええ、おはようございます奏多さん」

 

 ハッとして起き上がった奏多がしのぶに何か言おうとしたが、その口にそっと指を当てて喋らせないようにして微笑む。

 

「ダメです奏多さん。何を言いたいのかわかるんですがそれは言わないということで」

 

 呆れたようにため息を吐いて苦笑する。

 

「今の私では勝てませんし役に立ちません。貴方がいなければ姉さんは死んでいました。……あの鬼には必ず地獄を見せないと」

 

 微笑みつつも思い出したように吹き出した怒りで青筋が浮き出る。

 もし産屋敷の采配で柱二名による調査でなく、カナエ一人であったなら、呼吸困難になろうと無理に全集中の呼吸を使いダメージを負った肺に致命的な損傷を受け死ぬか、あの鬼に食い殺されるかだったとしのぶは考えている。なんなら同行した自分も死んでいただろうと。

 

「私はあの鬼を絶対に許さない。姉さんに怪我を負わせ奏多さんを殺しかけた。幾百もの命を救うなんて宣って食ったあの鬼を」

 

 今まで感じたことのないほどの気迫。怒り。それが波が去るように引いていき奏多に慈しみが向けられる。

 

「だから奏多さん、ありがとうございます。今はゆっくり休んでください」

 

「ああ、ありがとうしのぶっといてて……」

 

「肩を貸しましょうか?」

 

「いや大丈夫、これでも柱だからな」

 

 よたよたと歩き出した奏多を先導するようにカナエの部屋から出て行く。カナヲはまだカナエを揺すって「あと一刻……」とかやっているのでしのぶは苦笑した。

 

「無理はしないでくだーーー」

 

「無理は禁物だ奏多」

 

「ぴゃっ⁉︎」

 

 部屋を出たすぐで"岩柱"悲鳴嶼行冥が立っていた。その隣でアオイも緊張の面持ちで付き添っている。行冥としのぶのおおよそ二尺という圧倒的身長差と行冥のお寺ファッションと筋肉と厳つい顔と涙にバッタリ遭遇すれば誰でもビビる。

 

「南無、すまない胡蝶よ、驚かせてしまった。奏多も無理はするな、私が手伝おう」

 

「岩柱様が奏多さんのお見舞いに来たとのことでしのぶ様の向かった方へ案内していたのですが」

 

「ありがとう行冥、ちょなんか恥ずかしいぞ」

 

 変な声が出たので少し顔を赤くするしのぶの事を務めて皆見なかったことにして行冥が奏多を横抱きにしてアオイの案内に従い運んでくれた。

 

「さ、奏多。今はゆっくり眠りなさい」

 

「そうですよ奏多さん。おやすみなさい」

 

「ああ、ありがとうおやすみ」

 

 ベッドに寝かされて布団をかけられれば畳の上より格段に心地が良く眠くなってきて、奏多は眠りについた。行冥が南無阿弥陀仏と数珠を揺らす。

  それを見てしのぶが小声で行冥に口を開く。

 

「岩柱様」

 

「なんだろうか」

 

「次から蝶屋敷に見舞いで来るときはその羽織と数珠を置いてきてください。さっき遠巻きにお二人の様子を見てた子達が奏多さんが死んだと誤解してました」

 

 でかでかと南無阿弥陀と書かれた羽織に数珠、そして涙。医療施設の蝶屋敷にはこれ以上なく縁起が悪い。

 

「す、すまない」

 

 行冥もこれには謝るしかなかった。

 そんなことはつゆ知らず蝶屋敷の中をのんびりお見舞いの品を持って歩いているのは隠の後藤だ。屋敷の子達とも気さくに挨拶をしながら病室の一つへ向かっている。持った見舞いの品は給料で買った高級なお菓子である。

 同期でもずば抜けて強くて柱にまでなった奏多が怪我で寝込んでいるなんて相当な事態だなとお見舞いに買ってきたのである。

 ノックをするとどうぞ、としのぶの声が届く。

 

(胡蝶様が来てるのか)

 

 そう思いながらドアを開けて病室へ入る。

 中にはベッドで眠りについている奏多が居るのだが、なんかその脇に南無阿弥陀と書かれた羽織を着て数珠をジャラジャラしながら涙を流している大男がいた。後藤は思わずボトッとお見舞いの菓子を落とした。

 

「ま、まさかし、死死し……」

 

 最悪の予感にブワッと涙を溢れさせながら口のあるあたりを手で覆い体を震わせるが大男の影から出てきたしのぶが誤解を解こうと駆け寄る。

 

「違います! 違いますから! この人は岩柱様です! 住職さんではありませんから!」

 

「い、岩柱様! 大変失礼致しました!」

 

「いいんだ、こちらこそすまない」

 

 慌てて伏せようとする後藤を行冥が手で制すと巨体が小さく見えるほどしょんぼりさせながら奏多の頬をひと撫でして病室を出て行った。

 

「岩柱様ーー!ファッションとは言え病室でその格好はやめてくれええええ!」

 

 しばらく呆然と扉を見てから、寝てる奏多と周囲の病室に配慮し小声で絶叫し床に突っ伏す後藤にしのぶは優しく肩を叩いた。

 

「しっかり言っておきました」

 

「ありがとうございます胡蝶様」

 

 にっこりと笑うしのぶの顔にはよくよく見れば疲労が浮かんでいる。二人の看護だけなら別にこうはならなかったのだが、カナエがやっていた蝶屋敷の医療品の手配や、カナエが帰ってきたらやると言って溜まっていた書類の整理も行なったりで、死んだように眠ていた奏多と療養で何もさせないようにしていたカナエと違い結構ハードなスケジュールを実行していた。

 肉体的にならそうでもないのだが、今日の出来事で抑え込んでいた精神的な疲労が噴出したのである。

 ただ奏多が無事目覚めたのでよかった。としのぶは思うのだった。

 奏多が無事目覚めたのは鎹烏で産屋敷と柱たちに伝えられることとなった。

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