剱の呼吸   作:MKeepr

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第十五話:龍の刀

「よしっ! これならどこに出しても恥ずかしくない撫子よ!」

 

「まつ毛長いですね、これは並みでは自信喪失不可避ですよ……私みたいに」

 

「いや、俺が恥ずかしい上に自信を失いそうなんだけど」

 

「すいません、二人が変なこと頼んで」

 

「いや、暇だからいいよ雛鶴さん」

 

 蝶屋敷で1ヶ月近くの休養を取り、怪我は完治した奏多であるが、任務へ戻る許可が降りず待機状態となっている。岩を担いで走り回ったり木刀の素振りや呼吸による鍛錬で怪我をする前と同等程度に身体機能を回復させたなら本当に暇なのだ。

 しのぶにお願いされて剣術の鍛錬の手伝いをしたり、機能回復訓練の相手をしたり炊事場に混ざって料理を作ったりでこれ柱のやることか? 医療の勉強を開始したカナエへの命令と混同されてない? と確認をとってみても待機命令で正しいらしい。

 実際まだ折ってしまった代わりの新しい刀が来ない。刃渡り等の仕様は鎹烏を使って手紙で送っているので、折れたことが伝わっていないということはない。

 龍彦が仕事放棄とは考えられないので何か事情があるのだろうと奏多は気楽に待っている。隊員の間の噂話で刀を刃こぼれさせたりするとひょっとこ面に凄みを効かせた刀鍛冶な悪鬼の如く襲ってくるみたいなのもあるが、龍彦とは関係のないことだろう。

 そういうわけでしのぶと一緒に一生懸命毒の抽出、配合や毒を鬼へ注入する方法の模索などで頑張っている所へ差し入れを持って行ったのだが、疲れ切っていた須磨が奏多を"素材が良いのに無下にしてる屋敷の子"と誤認。

 悪乗りしたしのぶが「気晴らしさせてあげてくださいね、奏多さん」と言うので言われるままにしていたらこうなったのである。ちなみに奏多が柱だと知っているのは顔を若干青くしている雛鶴だけだ。

 黒地の七宝に椿や鳳凰を散りばめた引き締まる柄の和服に藍染の帯、髪は蝶の飾りのついた簪で結われていた。化粧も施し、口にも薄く紅を置いて美しさの中に色っぽさも混ぜるくノ一の全力である。

 背が高いがそれがかえってスッキリとした印象を与える。須磨とまきをがやりきった良い笑顔をしていた。知らぬが仏である。

 無駄に完璧な仕事をこなした二人にぎこちない微笑みで顔が青い雛鶴。知ってるから地獄である。

 

「奏多さん、今日一日その格好でいるのはどうですか? とりあえず姉さんが帰ってくるまでその格好で」

 

 ほっこりとした良い笑顔である。しのぶの心からの笑顔を見せられ奏多の顔が引き攣る。

 

「ええ……三人の気晴らしにって言われたから付き合ったけど流石に動きづらいというか」

 

「何いうんですか奏多ちゃん! お洒落は気合! お洒落は忍耐ですよ!」

 

「そう! 天元様なら派手! って言いながら喜ぶわよ!」

 

「二人とも落ち着いて、押し付けは良くないわよ……」

 

 見たら困惑されるであろう。自分の嫁が同僚の剱柱を女装させ美人に仕立てあげたなら。

 雛鶴以外の二人が奏多が柱だと気付かないのは、そも女だと思い込んでいるからと、忙しい柱が怪我もないのに三人が来てからずっといるとは思わなかったからだ。

 雛鶴は着付けの手伝いをした時に気づいて土下座しそうになったが、三人の気晴らしのためならと謎の奏多の善意に二人に言うに言えなくなっていた。

 ここで奏多が不満や拒否を表していたら、こんな胃の痛い事態にならなかっただろう。地獄への道は善意で舗装されているのである。

 

『カァーー! 手紙だよ! 手紙だよ!』

 

「あら、奏多さんの鎹烏ですね」

 

「任務かな?」

 

「えっ奏多ちゃんここの看護婦さんではないんですか?」

 

「いやいやちゃんと隊員だよ。アオイだって制服着てるし隊員だろ?」

 

「アオイは階級(みずのと)の子ですね、白衣を着てるとわかりにくいですがちゃんと隊服を着てますよ」

 

 しのぶが補足する。隊服の上から白衣を着るのが蝶屋敷の基本で奏多もそれに習って手伝いの時は白衣を着ていた。

 

「そうなんですね なんと私(ひのえ)ですよ!」

 

「私は(きのと)だね」

 

「「そして、雛鶴は(きのえ)!」」

 

 二人が自慢するように持ち上げられる雛鶴は両手を顔で覆って何かに祈るように机に突っ伏した。

 

(面白そうだから黙ってましょう)

 

(なんか悪いことしてる気がする)

 

 しのぶとアイコンタクトで会話し窓を見やる。

 中に入れてもらえない鎹烏がしょんぼり窓枠に立っている。

 

『カァーー! 遅い! 遅い!』

 

「ごめんごめん 手紙ありがとう」

 

『許す!』

 

 奏多が手紙を受け取って撫でてやると満足そうに鎹烏は飛び去っていった。

 

「なんの手紙ですか?」

 

 しのぶが立ち上がって奏多の脇で背伸びした。美女二人の並んだ様子に須磨のテンションが上がる。

 

「なんだろ。あ、龍彦って書いてあるから刀鍛冶の里からだな、刀ができーーー」

 

で き た

 

「ほひょわっ」

 

「ひえっ」

 

 えらい達筆でどでかくできたと書かれていて思わず仰け反る二人であった。

 

「あの、しのぶ様! 表に刀鍛冶の方が」

 

「え、早いですね? 日野坂さんでしたっけ?」

 

「うん日野坂さんだね。絶対さっき手紙出したよね」

 

「皆さん休憩としましょうか。奏多さんの日輪刀は珍しい形してますよ」

 

 

 

 そうして蝶屋敷の休憩場に来ると、アオイに案内され予想通り龍彦がやってきた。だが、以前見た時と違う。ただでさえ筋骨隆々であった龍彦がさらに筋肉量を増量、ムキムキである。それでいてその筋肉群は鋼を打ち研ぐという動作を阻害しない"使われる筋肉"として均衡を成した筋肉の究極系であった。服の上からでもわかる筋肉具合は下手な鬼より強そうだ。

 自分の夫よりでかい筋肉マンの威圧感に須磨がガクガクしている。

 

「奏多くん。お待たせした、今の私の最高傑作を持ってきた」

 

 奏多に刀を渡すとともに龍彦は全力で深く礼をした。

 

「すまない奏多くん! 私の刀が折れたせいで無用な怪我を負わせた! 倒せるはずの鬼を取り逃がさせた! 折れる刀を生んでしまった私は君の専属刀匠失格だ‼︎」

 

 ぼろぼろとひょっとこの隙間から涙がこぼれ床に落ちる。刀が折れてもなお奏多が生きて帰ってきた嬉しさと自分の刀が折れた事への不甲斐なさが入り混じった涙だった。

 

「そんな事はないよ。顔を上げてくれ龍彦さん」

 

 奏多がムキムキの肩に手を置いた。

 しのぶは奏多が女装したままなのに平然と話が進んでるのでツッコミを入れるべきなのか悩みつつ全員分のお茶を用意する。

 

「龍彦さんだけが悪いなんて事ない、あの時の俺も刀も最高の状態だった。龍彦さんの刀じゃなかったら、多分俺は死んでたよ」

 

 奏多が鯉口を切り刀を抜く。奏多と龍彦のやり取りを見守っていたまきをと須磨がその刀身を見てお茶を吹き出した。

 

「龍彦さんは俺にとって最高の刀匠だ。昨日より強く、明日はもっと強く、その為には龍彦さんの刀が必要なんだよ」

 

 刃元の惡鬼滅殺の字から色がわずかに変わっていく。切っ先諸刃の日輪刀は波紋などの装飾の一切を廃した質実剛健な作りなのにもかかわらず、例えようのない美しさを放っていた。

 

「奏多くん……」

 

 その背後でまきをと須磨が土下座の準備をしているのをしのぶと雛鶴が止めている。

 

「龍彦さんの刀があれば、どんな鬼だって殺せる……あの鬼も、必ず」

 

 すっと目が細められ、淀みなく鞘に刀が収められる。

 

「奏多さん、怖いですよ。殺気を治めてください」

 

 雛鶴とまきをが冷や汗を少しかいていた。須磨は呼吸するのを忘れて硬直している。殺気が自身の方を向いていないと知っているしのぶと龍彦は平気だが初めて感じたならまるで喉元に刀を突きつけられている気分になっただろう。

 

「ごめんなさい三人とも。っと、ほれっ龍彦さん!」

 

 気を取り直したように奏多が両手を広げる。そこに筋肉ひょっとこが突進した。

 

「うおおおお奏多くん‼︎ 良かった‼︎ 私はこれからも最高の刀を君に作り続けよう‼︎」

 

 龍彦にとって新たな息子のような奏多を抱きしめ、奏多も抱きしめ返す。奏多が美人女装状態なのでなかなかすごい絵面だが、昔だったら潰れてしまいそうだった奏多も今や抱きしめ返せるまで強くなったのである。

 側から見ると美女を羽交い締めにした筋骨隆々の男みたいになってるが。

 

「さっ、お茶でも飲んで行ってくれ。蝶屋敷の奴だけど」

 

「ありがとう奏多くん! いただくよ」

 

 奏多が引いた椅子に龍彦が座り、出されたお茶を一口して息を吐いた。

 

「いやぁ、泣くと水分がね。所で奏多くん、どうしてその格好を?」

 

「ああ、これ? まあ気晴らしに付き合ってたというか」

 

 須磨がガクガクし始めた。

 

「いいじゃないか! まあ奏多くんならなんでも似合うからいいのは当然だがな!」

 

「そっかあ⁉︎ 褒めても何も出ないぞ!」

 

 気を許している同性の賞賛は嬉しいものだ。それが普段世話になってるなら尚更である。

 奏多がとても嬉しそうに笑った顔はとても美人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 三人は筋肉むきむきのひょっとこ刀匠に心の中で感謝の意を捧げるのだった。


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