上弦の弐との戦闘からはや一年。その間に一人、柱が死んだ。
"水柱"渦麻木青海。大規模な周囲建築物の倒壊と地面に開けられた大穴から件の崖を爆砕させた上弦の鬼と戦闘を行ったと思われる。隊員は全滅。倒壊に巻き込まれ一般人にも複数の死者が出た。
渦麻木自身が継子を連れていなかった為、階級・甲の隊員で目覚ましい活躍をする水の呼吸の使い手が柱として新たに迎えられることとなった。
だが、この新たな水柱、なかなか問題児である。
「おい燻御よぉ、あの冨岡って野郎はどこいったんだ?」
「必要ない、お前たちとは違う。って言って帰った」
不満げな顔をする奏多と不死川が木刀で打ち合いながら雑談をする。互いの剣を捌きあい、激烈な速度でぶつかり合い木刀が出しちゃダメな音を出している。型ではなく全力運動による持久力対決をしているのだ。
「んな馬鹿なことがあるかよ、伊黒でさえ参加してんだぞ」
青筋を浮かべながらの激しい打ち込みを躱し逸らす。その脇で座って観戦していた伊黒に飛び火する。
「おい聞こえているぞ不死川、どういう意味だ」
伊黒は意外にもこういうのはしっかり参加する。なんなら模擬戦後にネチネチと太刀筋や改善点やらを指南してくれる。
「まあ小芭内と別方面で問題児だよね」
しばらく体力の続く限り打ち合って不死川と奏多の模擬戦は終わった。
思い出すある種強烈な印象、直近の柱合会議前に産屋敷に呼ばれ自己紹介した際のことである。
「……冨岡義勇です」
「………………」
「………………」
以上である。
「「「「………………」」」
「よろしくね義勇。みんなも仲良くしてあげてね」
(あっ自己紹介終わり?)
というなかなか無い交流能力不足と死んだ表情筋を持った水柱が誕生したものだと皆が思った。
今まで交流能力が不味いの筆頭は、ねちっこい変換で口を開く伊黒だったのだが、表情豊かで再変換能力を他の柱たちが身につければ問題なく会話が成立する。
だがこの冨岡義勇、口数が少なすぎて何を考えているのか本気でわからないのである。
前任の渦麻木が気さくで気配りできるタイプだったので余計そう感じられたが、居なくなった人の事を引きずって評価してはいけないと一同頭を切り替え、会議後の模擬戦に誘ったのだ。
「捕まえようとしたが高度な足運びで躱されてしまったぞ! 後ろ向きとはいえあの自信の持ちように偽りは無さそうだ!」
煉獄が奏多の誘いを断って帰ろうとする義勇を捕まえようとしたが、まさに水のような変幻自在の歩法で躱し帰ってしまったのだ。
鬼殺隊は完全実力主義なので協調性無しでも問題ないのだが十二鬼月と思われる鬼を滅殺する任務の場合柱二名で行動するので、その際困りそうな気もする。
実際嫌われてるとまではいかないがかなり敬遠されている。全てにおいて言葉が足りないのである。"お前たちとは違う"だけではどうしても悪い意味で解釈してしまう。
「まあ煉獄の捕獲をかわせるんだから実力は確かだけど」
総当り式での模擬戦を終えて一息つく。
この模擬戦は自主的な物なので参加義務はなく、産屋敷の選ぶ柱としての実力に誰も疑いは持っていないが、まあそこは人間なので少しモヤモヤしたものが残る。
「義勇さんも昔何かあったんでしょうね。気長に待つしか無いでしょう」
奏多の隣にやってきたしのぶは昔、蝶屋敷の前身となる医療設備で義勇を見た気がした為気にかけていた。鬼殺隊に入るからには入るなりの理由があるのだ。それが義勇の言動に関係しているのだと考えている。
「しかし言葉足らずなのは小芭内とは別方面で余計に厄介だな」
「おい、だからあんなのと一緒にするな」
「言動で初見の実弥ブチ切れさせて模擬戦で大乱闘してただろお前」
伊黒がプイッと釣れた蛇と一緒に目をそらした。そんな二人も今では仲良くなっている。実弥にネチネチ再変換能力がついただけだが、言動は悪いものの何だかんだ面倒見はいいのが蛇柱だ。
今も汗をかいた柱たちに塩と麦茶を配っている。マメである。
「それぞれ事情を抱えている故、仕方なし」
「もっと派手にやりゃ良いのにな、俺たちみたいに模擬じゃ満足できねえのかもしれんが」
何故か写経を開始した行冥に動揺しつつも宇髄が指摘する。この模擬戦、木刀を使う都合上特殊形状の大刀二刀流と斧鎖鉄球の二人は本来の戦い方がしにくい。特に鎖を使った部分だ。
それでも二人とも十二分に強い。宇髄は一定以上の時間戦っていると「譜面が揃った‼︎」とテンションを上げるだけでなく皆が手をつけられなくなるのだ。だから宇髄との模擬戦の時は皆いかに譜面を揃えられる前に猛攻で倒せるか、逆に宇髄は守りきれるかというのになるのだ。
譜面が揃う前に無理やり防御をぶち抜けたのは行冥、煉獄、不死川、奏多だ。
皆とまた半年後と別れてから奏多が帰っていると、途中の蕎麦屋の屋台で義勇っぽい羽織が飯を食っていたように見えたが見なかったことにした。
「とまあ、そんな感じだったんだけど新しく柱になった冨岡義勇って知ってる?」
任務予定がないので自分の屋敷に帰ってきた奏多が無駄に広く豪華に作られたせいで複数あって使われてない方の客間を占領するカナエに質問する。持ったお盆にはお茶と甘味の金平糖。
「確か奏多さんを伏銅さんの所へ送り出した年、最終選抜を生き残った隊員だったかしら、あの年は死者が一人しか出ない珍しい年だったけれど怪我人が多かったからその名簿の中にいたかもしれないわね」
「あっまさかあれか、藤襲山の鬼を皆殺しにしたって言うのは義勇なのか?」
奏多が藤襲山に最終選抜に行く際に一年前の最終選抜で鬼が全滅したという話を思い出す。死者一人で済んだのはすごいとしか言えない。当時の奏多ではできなかったことだ。
「そこまではしらないんですよ」
置かれた金平糖をポリポリつまんでカナエが頭に糖分を送り込む。カナエの周りには鬼殺隊の伝手で手に入れた医学の教本が大量に積んであった。中にはしのぶの作った鬼用毒の報告書やらも紛れていた。
初めは蝶屋敷で勉強をこなしていたカナエなのだが、生来の優しい性格で蝶屋敷の掃除から看護まで何でもかんでも手伝いに出てしまいしのぶに集中して姉さんと怒られたのである。
そこからは手伝わないよう我慢していたのだが我慢している故に気が散っているのを見かねたしのぶが比較的距離の近い奏多の屋敷に行って勉強すれば良いと言い出したのである。
奏多も別に良いよ使ってない部屋ばかりだしと許可を出すと、隠の人を連れて大量の本やらなにやらを持ったカナエがやってきたのだ。使ってない客間を差し出したのだが今やそこはカナエの勉強部屋である。
奏多が任務でいないと家に入れないでは勉強部屋としては困るのでカナエに合鍵を渡してある。故に出入り自由である。
奏多の屋敷で特別なものといえば庭に置かれた試し切り用の鉄柱くらいで客間を中心に徐々にカナエの私物とついでに時々くるしのぶの私物に侵食されているが、奏多は気にしない。
むしろ隠の人が家の管理をしてくれているのでなんだか申し訳ない。お気に入りのかぶせ茶の茶葉を棚にしまっておいたら棚の中に同じ銘柄が補充されていたりするのだ。
「大丈夫、カナヲもだけど、何かきっかけがあれば人は変われるの、気長に待ちましょう?」
「姉妹揃って似たようなこと言うなぁ」
「自慢の妹ですから。言葉にできないのは伝えたくないから、もしくは伝える術を知らない。言葉は花みたいなもので、種が必要なの」
言葉は花。そういえばと奏多は思い出す。一年前意識を失う前にカナエが何か言ってたのを。聞いてみるのもいいかと奏多がお盆を片手に口を開く。
「そういえばあの上弦の奴の戦いでカナエさんを抱えてる時になんか言ってたけどなんて言ってたの?」
「……それはまあ怪我は大丈夫とかそんな事を言ってたと思いますよ」
「カナエさんはやっぱり優しいな、自分の身よりも人の心配できるんだから」
「ふふ、ありがとう」
そう言って書き物を再開したカナエの邪魔をしては悪いと退出する。奏多は知らない。その時カナエの書いていた字がブレにブレていたのも、退出してからボフンと顔を真っ赤にして突っ伏したのも。
「聞こえてなかったぁ良かったぁ……」
とちょっと恥ずかしそうに呟くカナエの声も。
その後、胡蝶姉妹の言う通り何かきっかけがあったのかもしれない。
態度が少し変わったのは柱就任から一年後だ。死んでいた表情筋が少し動いたりするようになり、柱合会議の後の模擬戦にも出るようになった。