第十七話:鬼を庇う隊員
折れた刀を構え鬼殺隊の隊員が鬼を睨んでいる。その背後では人々が我先にと逃げ惑っている。
鬼の道筋のように倒壊した建物から転々と続く鬼殺隊の隊員の死体は、無辜の民を逃がすために身を挺した証だ。
「おいおい、お前まで折れた刀で何やってんだ? 邪魔だよ羽虫」
鬼の傍らには何人もの倒れ伏した隊員が血を流している。刃こぼれしている日輪刀を握りしめているが、動く様子は無い。
「うるさい! お前の相手は俺だ!」
鬼狩の剣士とはいえ死ぬのは恐ろしい。身体中傷だらけで、隊服の下は打撲や骨折で痛む。それでも戦わねばならない、それが鬼殺隊だ。
鎹烏は既に本部に送ってあり、増援が来ることは確定しているのだから、あとは逃げる人々に鬼を近づけさせないだけでいい。
それでも死ぬのは恐ろしい。カァー! とカラスが鳴いた。カラスが鳴くのは人が死ぬ時だと聞いたことがあるが、今がその時かと剣士は強く日輪刀を握りしめる。
いや待てと、今は夜、カラスは鳴く時間ではない。鳴くカラスがいたとしたらそれは、鎹烏である。
『カァーー‼︎ 増援が到着!』
臆病で鬼の前には姿を現さない筈の剣士の鎹烏がその肩に降り立った。
「ありがとう、よく守ってくれた」
いつのまにかとなりに誰かがいる。同じ詰襟の上に黒い外套を羽織っていた。
「なんだてめえ、どこからきやがった。羽虫は邪魔だが食う餌が増えたみたいで嬉しいがな!」
「剱柱、燻御奏多だ。名前は?」
「は……はい! 階級・
「そうか野口、よく頑張ったちょっと休んでるといい」
ボロボロと安心の涙を流しながら野口は折れた刀を杖に膝をついた。その頭にポンと手を置いて奏多が労っていると鬼が地面を殴りつけあたりを揺らす。
「おい、俺を無視するな」
「うるさいぞ鬼」
そこに野口に向けられた柔和な笑みは無い。
鯉口を切りゆっくりと刀が抜かれる。輝く鋼色、切っ先諸刃の日輪刀だ。刃元には惡鬼滅殺の彫がなされている。それを見て鬼が笑いを漏らした。
「鬼狩りは学ばねえ! また刀だ!」
"血鬼術
鬼が自身の二の腕を掴んで切り裂くとそこからあふれ出た血が両腕を覆いつくし、水晶のように硬質な輝きを宿す。
「俺に刃物は効かねえ! みんな刀が折れたのにそいつと同じで無様に振り回しやがる! 滑稽で面白かったなぁ!」
「おい」
鬼の背後から声が聞こえた。いつのまにか目の前に居たはずの奏多が消えていた。
「命懸けで守ったんだ、笑うなよ」
鬼の硬質化していた両腕がガキン、と地面に落ちた。ドボリ、と切られた部分から血が垂れる。
「ひっなんだ⁉︎ そんな馬鹿な⁉︎」
鬼の腕が再生したにもかかわらず奏多から離れるように後ずさった。勝てないと理解してしまったのだ。
ある種、鬼殺隊員達と同じ様に刀が折れたのだ。たが奏多によって折られたのは物理的ではなく精神的なモノ、絶望的状況であろうと人命を救う為命を賭した隊員とは比べるまでもなく矮小な覚悟だ。
「言ったろ、笑うなって」
構えが取られる。鬼は必死の形相で首を掻き切り血を噴きださせる。
血鬼術の結晶が鬼の首を切られまいと丸太よりなお太くなるまで覆い保護する。命欲しさに守りに入った時点で鬼の死は確定した。
"剱の呼吸 壱ノ太刀、草薙"
鬼の大事に大事に守った頸が護りごと両断され血が吹き出す。鬼の視界に最後映ったのは、こちらに見向きもせず野口を労わる奏多の姿だった。
「さて野口、立てるか?」
「はい……俺の怪我は大した事じゃないので」
そう強がるものの立っているのもやっとと言った有様だ。複数箇所を骨折し全身に擦過傷もあり苦痛に顔が歪んでいる。
安全が確保された為、隠が複数人姿を現し倒れ臥す隊員達を調べていく。
「燻御様、二名ほどまだ息があり助かりますので蝶屋敷へ移送したします」
「わかった、一般人の死者はいない様だからコイツも一緒に蝶屋敷へ」
御意、と野口を含め三名が隠に担がれる。
奏多が野口の背に手を置いた。
「よくやった、お前達が鬼殺隊である事を誇りに思う。ゆっくり休め」
「ありがとう……ございます……!」
隠の背を涙で濡らしながら野口は他の生き残りとともに運ばれていった。死んでしまった隊員は清められて専用の墓地に、又は家族の元に運ばれていく。
「あれ、そういえば後藤は?」
後始末がひと段落してみると、いつも奏多の関連する後始末に顔を出す後藤がいない。
「ああ、後藤なら別の任務ですね」
そういう事もあるかと納得していると奏多の鎹烏がやってきた。
『カァーーー! 命令だよ! 柱合会議を明日執り行うよ! 鬼を庇う隊員に対する裁判だよ! 柱は産屋敷へ!』
裁判? と奏多に疑問符が浮かんだ。鬼を庇うならその場で切腹なりなんなり処罰してしまえばいい。それをしないということはそれなりの理由があるのだろうか? と。
「お屋形様は何を考えてるんだ?」
奏多は産屋敷へ全幅の信頼を置いている。行冥のこともそうだし、鬼殺隊運営や采配、どれもが高次元の鬼を殺すための組織を運営する力の塊だと。
故にわざわざ裁判の必要などないと分かっているはずなのだ。
何故なら柱を含め鬼殺隊の隊員は前提として鬼は殺すものだと思っている。
鬼への憎しみを抱えている者が多くそれを庇う者など、隊律違反など無くても処罰されるだろう。
奏多の場合、十二歳の時鬼に襲われた際は、沙代と行冥は生きていたものの、裕輔、竜司、日助、一郎、撃丸、蛍、泰輝が死んだ。それに対する憎しみはこれっぽっちも衰えていない。救えなかった命がある、間に合わなかったことなど多々ある。力及ばず恩人に剣士として戦えないほどの後遺症を負わせてしまったのははらわたが煮えくりかえる。
奏多としては正直に言えばお屋形様が来る前にさっさと切腹させて鬼も頸を落としてしまえばいいとさえ思っている。
しかし、行冥が勘違いで死刑になった事がその決断を止める。もし、もしなんらかの、情状酌量の余地があるのなら、それを無視して殺すことなどできない。
「おはよう、行冥に煉獄」
「ああ! おはよう! 燻御!」
「南無、元気そうで何よりだ」
そんな事を悩みながら夜が明けて産屋敷へとやってくると、既に煉獄と行冥が到着していた。事が事だけに軽く挨拶を済ませ黙って待機する。
「おまたせしましたー!」
ぼけっと入り口近くで突っ立っていた
「みなさんごきげんよう」
全然ごきげんじゃない感じのしのぶがやってきた。最近は柱として活動するときは隊員達を安心させるためにも姉さんのようにお淑やかな感じで行こうと思いますとか言ってたが、笑顔の下に憤怒が渦巻いている。
義勇は義勇で相変わらず黙ってる。
少し遅れて頭に痣のある少年と木箱が運ばれてきた。担いで来たのが後藤だったので声をかけようかと思ったが、必死の形相でやめろという無言の圧力を感じたので奏多は空気を読んでかけなかった。
「この少年が?」
「ええ、奏多さん。竈門炭治郎君です。不死川さんと伊黒さんが居ませんが来たらもう一度説明しましょう」
そうしてしのぶは那田蜘蛛山へ出撃した際の顛末を説明する。
といっても、下弦の鬼の鬼殺の達成と、禰豆子と呼ばれる鬼を殺す際にこの竈門炭治郎と冨岡義勇がしのぶの妨害をしたという内容だ。
「だいたいですね冨岡さんは口数が足りないんですよやるならやるなりの理由を簡潔端的にまとめて喋るくらいして欲しいですね何で私は締め上げられかけながら出会いと別れ自分の育手との信頼の長話を聞かされないといけなかったんですか? そんなんだから嫌がられるんですよ」
「嫌がられてはいない」
「いやもっと派手に喋れよとは思ってるぞ」
「胡蝶、落ち着くんだ」
「あのー、とりあえずこの子起こさないと始まらないと思うのだけれど」
甘露寺のそれを聞いて後藤が走ってきて少年を揺らし出した。
「起きろ、おい? 起きるんだ、起き……」
柱の目線を一点に受けていることに気づいた後藤、顔が青くなり始める。
「オイ! オイコラ‼︎ やい! やいテメエ‼︎」
後藤がだんだんなりふり構わなくなってくる。ううん、と少年は唸ったのであと一歩だろう。
「いつまで寝てんだ! さっさと起きねえか‼︎ 柱の前だぞ‼︎」
少年がガバリと目を見開いて奏多たちの方を見た。その目にはありありと困惑が浮かんでいる。
「おはようございます、竈門炭治郎君。ここは鬼殺隊の本部、あなたは今から裁判を受けるんですよ」
竈門炭治郎少年の困惑の色は強くなるばかりである。