剱の呼吸   作:MKeepr

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十八話:柱合裁判

裁判の必要など無いだろう! 明らかな隊律違反、我らのみで対処可能! 鬼もろとも斬首する!

 

 煉獄が爽やかにそう言った。炭治郎は困惑の色のままあたりを見回すばかりだ。

 

「ああ、何という。状況も把握できていないようだ可哀想に、鬼に誑かされた可哀想な子供ならば、せめて殺してやろう」

 

「それなら俺がド派手に切ってやろう。もう派手派手にド派手な血飛沫を見せてやるぜ」

 

 今にも刀を抜きそうな感じで宇髄がウキウキしている。せめて派手に死ねと彼なりの手向けである。

 

「事を急がないでくれ、やるなら裁判後だ」

 

 奏多がそれを制する。独断で決めて間違いがあるのは許せないのだ。

 

「そもそも、何故冨岡を拘束していない? 隊律違反は冨岡も同じなんだ、どう責任を取るのやら」

 

 いつのまにやら伊黒が木の上にいる。指差す先の義勇は一人ポツンと無言である。

 

「まあ、冨岡さんはの処罰は置いておいて、私は坊やのお話を聞きたいですね、あの冨岡さんが説明の為に長々喋る程ですから」

 

 柱全員が嘘だろと言った風に驚きの表情をした。

 視線が集中するが、炭治郎はなんとか喋ろうとするも咳き込むばかりだ。しのぶが気を利かせて鎮痛剤の入った水を飲ませる。

 落ち着いたようで、ようやく喋り始めた。

 

「俺の妹は鬼になりました……だけど人を喰ったことは無いんです、今までもこれからも、人を傷つけることは絶対にしません」

 

 それを聞いて、奏多の中で何となく嫌悪感があった。妹とはいえ鬼を庇う様子に拒絶があるのだ。だがそれは先入観、行冥を人殺しということにした物となんら変わらないと心の中でそれを振り払う。

 

「くだらない妄言を吐き散らすな。身内なら庇って当然、言う事は信用できない俺は信用しない」

 

「やはり鬼に取り憑かれている、まず鬼を殺して正気に戻してやるべきだ」

 

 伊黒はそも身内を庇うのは当然と信用せず、行冥はどんなに誠実でも鬼に惑わされ正常な判断が下せていないと信用しない。

 

「聞いてください‼︎ 俺は禰豆子を治すために剣士になったんです! 禰豆子が鬼になったのは2年以上前のことで、その間禰豆子は人をくったりしてない!」

 

「おちつけ竈門、それを証明するものは?」

 

「そうだぞ、ド派手に証明してみろ。今のは地味な口先でしかねえ」

 

 証明する手段が思いつかないのか、炭治郎の顔色が曇る。

 だが、それが本当に事実ならカナエがよく口にする人と鬼とが手を取り合うと言うことが現実味を帯びてくる。なおの事裁判でしっかりと決めるべきだと奏多は思った。

 

「あの、お館様がそれを把握して無いとは思えないので、奏多ちゃんの言う通り独断せずに裁判をしっかりやるべきかなぁって」

 

「妹は俺と一緒に戦えます! 鬼殺隊として人を守る為に戦えるんです!」

 

 必死な叫びは、証明も何も無い。ただその声色を聞いたしのぶと奏多が眉尻を下げた。

 

「だからーーー」

 

「おいおい、何だか面白いことになってるなァ」

 

 そこへ柱最後の一人、不死川実弥が現れた。その手には例の鬼の入った箱を持っている。後ろで隠の人たちがアワアワしていた。

 

「鬼を連れてきた馬鹿隊員はそいつかィ?」

 

「不死川さん? 勝手なことしないでください」

 

 しのぶが怒気を隠さず不死川を睨む。

 

「失礼? 胡蝶よォ。だがな、鬼がなんだって?」

 

 態とらしく右手を耳に当て澄ますような仕草をする。

 

「おい坊主ゥ、鬼殺隊として人を守る為に戦えるゥ? そんなことはーーー」

 

 不死川が何をしようとしているのか、炭治郎は理解した。しかし体が動かない。せめて声を上げようとして、自分の首が切り落とされた。

 

「やめろ」

 

 ヒュッと息が詰まった。思わず自分の体の方を炭治郎は見た、繋がっている。殺気、自分に向けられたわけでも無い殺気で首が落とされたと錯覚したのだ。

 見れば不死川も刀を抜こうとした手が途中で止まっている。

 

「まだ裁判をしていないだろう、殺したいなら処罰が決まってから存分にやればいい。だから、やめろ」

 

「ちっ、日和やがって、それでも男か?」

 

 不死川が不満そうに隠に箱を返そうとするが、隠は腰が抜けてしまったようでへたり込んでいる。なので雑に箱を投げ捨てた。

 殺気が霧散し炭治郎が息を吐くと、ズルズルと這いずって箱を守るように不死川との間に入る。

 

(……女の人だと思ってたら男の人だったぞ)

 

 少し失礼な事を炭治郎は思った。

 気を取り直して、キッと不死川を睨むと不死川も凶相の笑みを浮かべながら口を開く。

 

「良い鬼なんているわけねェ、もう暫くの命だなァ」

 

「……善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないのか!?」

 

「……てめえェ」

 

 不死川に思いっきり青筋が走った。怨霊のような声でゆらりと炭治郎の方を向き、炭治郎も負けずと立ち上がる。

 

「お館様のお成りです!」

 

 それを遮るように襖が開かれる。顔の上部が病に侵された産屋敷耀哉が現れた。

 

「よく来たね、私の可愛い剣士(こども)たち。今日はとても良い天気だね、空は青いのかな?」

 

 産屋敷は病の影響で失明していた。それでもその優しい微笑みは奏多が初めて会った時から変わらない。

 

「顔ぶれが変わらずに半年に一度の柱合会議(ちゅうごうかいぎ)を迎えられた事を、嬉しく思うよ」

 

 呆気にとられていた炭治郎が地面に叩きつけられ、柱全員が頭を垂れる。

 

「お館様におかれましてもご壮健でなによりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 不死川が謁見の口上を述べる。人知れず炭治郎はすごく失礼な事を考えていた。

 

「ありがとう実弥、皆も驚かせてしまってすまない。まず炭治郎と禰豆子のことだが、彼等は私が容認していた。今回是非皆にも認めてもらいたいと思ってね」

 

 鬼殺隊の、隊員から隠、藤の花の家まで全てを把握している産屋敷が炭治郎という特異な存在を見逃すはずがない。

 お館様の言葉に明確に反対と不満を示すのは五人。煉獄、不死川、伊黒、宇髄、行冥だ。他の奏多含めた柱たちは見の姿勢であるか、中立的な立場を取っている。

 これは鬼殺隊の良いところで、もし全員が妄信的に産屋敷の命令に従う組織だったなら早晩に壊滅し復活することもなく鬼は憂いなく蔓延れる地獄となっていただろう。

 

「こちらの手紙は、元柱である鱗滝左近次様からいただいたものです」

 

 隣に控える童が滔々と鱗滝左近次なる人物の手紙を読み上げていく。その中は先程炭治郎から語られたものと差異は無いが、一般隊員の言葉と異なり、元とはいえ柱の言葉は信頼せざるを得ない。

 

「もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は」

 

 ある意味、今まで一人たりとて喰っていない事が証明された。

 

「竈門炭治郎及び鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します」

 

 そして齎されるのは三人の命を担保にした懇願だ。元柱、そして現水柱の命を天秤にかけ、彼等は禰豆子が人を喰わないと確信している。絶対の信頼と慈愛、それを感じた炭治郎が涙を流す。

 

「切腹するからなんだと言うのか、死にたいなら勝手に死に腐れよ。なんの保証にもなりはしません」

 

不死川の言う通りです! 人を喰い殺せば取り返しがつかない‼︎ 殺された人は戻らない!

 

 声を上げるのは二人、どちらも正論である。

 既に宇髄と悲鳴嶼は中立となった。宇髄は元柱と義勇の命を天秤にかけるだけの価値があると認識し、行冥も、その二人が命を賭けるだけの物がその子供にもあり、鬼に取り憑かれた訳ではないと思えたからだ。

 

「確かに、人を襲わないと言う保証は出来ない、証明ができない」

 

 思慮深い笑みを絶やすことなく産屋敷が続ける。

 

「ただ、人を襲うという事も証明できない」

 

 むう、と煉獄がうなる。二年間という実績及び柱の命を担保にした以上、それを崩すものを出す必要があると。

 

「それに炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」

 

 唐突にぶち込まれた爆弾に柱が色めき立つが、産屋敷が制す。

 述べられるのは産屋敷の考察。炭治郎という剣士のあまりに異質な状況。今の今まで影すら見えなかった鬼の首魁が出した小さな綻び。

 

「……わかりませんお館様、人間ならば生かしておいてもいいが鬼は駄目です承知できない」

 

 失礼、と不死川が刀を抜く。一瞬で炭治郎の隣にあった箱を掴み上げる。

 

「まっがっ!?」

 

「お前は動くな」

 

 伊黒が肘鉄を背に落とし再び拘束する。

 

「証明してみせますよお館様、鬼というものの醜さをね!」

 

 一度、二度、三度、四度、五度、箱が不死川の日輪刀で貫かれる。血が箱から流れ出て砂利に落ちて消えていく。不死川は日光に当たり血が蒸発したのを確認し、自身の腕を僅かに切り裂いた。

 

「おら、飯の時間だぞォ鬼ィ!」

 

「落ち着け不死川、鬼は日光があったら出てこない」

 

「…………お館様、失礼つかまつる」

 

 ドンっと一足で屋敷の中に不死川が入る。目にも留まらぬ速さで縁側に草履がしっかり揃えられて置いてあった。万一に備えて奏多は産屋敷一家三人と不死川達の間に立って刀を抜こうとした。

 

「大丈夫だよ、ありがとう奏多」

 

「……お館様は意地が悪いです、しのぶの時もそうでしたよ」

 

「私の悪い癖かも知れないね」

 

 奏多は目の前の推移を他の柱と共に見守る。箱から出され、幼子のようだった体躯が急成長し少女までになるのは正に鬼の証だ。着物には刀による穴が空き、血がこびり着いている。間違う事なく、大怪我による飢餓状態だった。

 轡がミシリと音を立てている。

 

「禰豆子ぉ!」

 

 伊黒に拘束されてたはずの炭治郎が叫ぶ。見れば伊黒と義勇がとてもとても険悪な感じでにらみ合っていた。

 禰豆子が不死川の腕から滴る血から顔を背けた事で、奏多は微笑んで柱達の列にブーツを履き直して戻った。

 

「よかったな」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 縁側に身を預けて脱力している炭治郎に声を掛け列に戻る。

 その間に盲目の耀哉に童が状況を説明している。

 

「ではこれで、禰豆子が人を襲わないと証明できたね」

 

 不死川は不本意なのだろう。普段なら隠しきれない憤怒でも溢れそうなものだが、何か根底を覆されたかのように呆然としている。

 

「炭治郎、それでもまだ禰豆子のことを快く思わないものもいるだろう。鬼殺隊として炭治郎と禰豆子が戦えると、役に立てると証明しなければならない」

 

 炭治郎に産屋敷が語りかける。炭治郎はまるで天からのお告げのような心地よさと高揚を感じていた。

 

「十二鬼月を倒しておいで、そうしたらみんなに認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」

 

 事実十二鬼月を倒すほどの剣士の言葉を軽視できるものは鬼殺隊にはいない。炭治郎が決心したように顔を上げた。

 

「俺は! 俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します‼︎ 俺と禰豆子が必ず! ()()()()()()()()()()()()を振るう!」

 

 奏多が目を見開く。思い出されるのは自身の呼吸の名を決めた時、伏銅に自分の想いを語った時のことだ。

 

『俺は、剱になりたい。誰かを守るため、鬼を斬るため、鬼のせいで誰かが苦しむ、そんな悲しみの連鎖を俺の剱で断ち切りたいんです』

 

 自己の鬼殺の原点、呼吸の名の由来、それと同じ事を口にした炭治郎に奏多は笑った。この先どうなるかはわからないが、とりあえず信じてみようと思えた。

 

「今の炭治郎にはできないからまず十二鬼月を一人倒そうね」

 

「はい」

 

 いつの間にか周りは笑いを堪えていた。みんなも何か思うところがあったのだろうとズレたことを奏多は考えていた。炭治郎は顔が真っ赤であった。

 最後に産屋敷が炭治郎と不死川、伊黒に注意し炭治郎が謎の頭突き要求をしたものの時透に排除されて蝶屋敷へ運ばれていった。

 会議は割と大荒れで命令に従わない隊員の育手は誰だと村田隊員を招集し事実確認をおこなったりだった。

 あと会議後の模擬戦はお流れとなった。何故か腕相撲をすることになったが。


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