「落ち着け炭治郎、切る時の最適な動作は切り方に応じて無数にあるが、やっちゃいけないのは無駄な力みだ。硬いものを切るとなると気負って力みやすいから気をつけろ」
「はっはい!」
奏多が何度か蝶屋敷を訪れたある日、機能回復訓練を先に終えたらしくせっかくなので炭治郎の太刀筋を見ていた。炭治郎の日輪刀は黒い色をしているようで割と指導するにしても困る。黒だから灰色の派生で岩の適正? と思ったが奏多の鋼色ならまだしも、黒は流石に色が違いすぎる
"水の呼吸 壱ノ型、水面斬り"
炭治郎が言われた通りに無駄な力みを抜いて試し切り用鉄柱(並)までは切り裂いた。一応緊張してもらおうと言うことで、蝶屋敷で何故かみたらし団子を食っていた刀鍛冶の鋼鐵塚を後方に配置した。一緒に来ていた鉄穴森は絶対に刃毀れしない日輪刀を打ってやると息巻いて里に帰ったらしい。何かあった。
「いいぞぉ流石俺が打った刀だ」
変に力んで(並)を切れなかった時のキレっぷりはどこに行ったとばかりのご満悦である。
「じゃ次、また例のヒノカミ神楽」
「はい、行きます!」
"ヒノカミ神楽
放たれたヒノカミ神楽は試し切り用鉄柱(太)を切り裂くことに成功する。(太)は下弦の鬼の強度に匹敵するように作られている為、今の炭治郎なら下弦であれば首を落とせることになる。
が、切ったまま炭治郎がぶっ倒れた。呼吸困難になり掛けている。
うつ伏せに倒れた炭治郎を横寝にして呼吸をしやすい様にしてやる。
「ほれ常中が切れかかってるぞ」
「は……はい、ゲホッ、それでどうですか?」
「威力ではヒノカミ神楽の方が上だが、汎用性では水の呼吸だな。万全の状態の時でさえ二連発しか出来ない上使うと常中の維持さえ怪しくなるのは正直呼吸としては役立たずもいいところだぞ」
炭治郎もそれは思う。型を一つ使うだけで倒せる鬼なんて炭治郎が倒した鬼達の中にはいなかった。
「ここで日輪刀の色が基本の呼吸の色に沿ってれば分かりやすいんだがなぁ」
残念どの系統か不明の漆黒である。鋼色で日輪刀が変色してるのかわかりにくい奏多とは別方面で分かりにくかった。
「挙動的には炎の呼吸に近いような気もするんだけど……」
奏多からすると、最初に見せてもらった"
ちなみに使うたびに炭治郎はぶっ倒れているが回復するまで待って技を使わせるを繰り返し疲労お構いなしである。
「火の呼吸じゃないんですか?」
「火じゃ無くて炎だな。理由は知らん」
「そ、そうなんですか」
見せるために一生懸命ぶっ倒れまくりながら実演した炭治郎は偉い。長男で無かったら力尽きてた。
「少なくとも俺から見ると水の呼吸の方がヒノカミ神楽より適性があるように思えるな。とりあえず炎柱の煉獄に一筆書いとくから会ってみるといい、めっちゃ面倒見がいいぞ」
「奏多さんも十分面倒見いいと思うんですが」
「俺の呼吸は半分我流な所があるから指導はしにくいんだよ。その点煉獄は炎の呼吸としての蓄積があるから指導も上手いぞ」
「が、我流なんですか」
「基本の呼吸を基にして自分に最適な呼吸を構築してる訳だから。日輪刀の色が分かれば派生するにしてもどの呼吸を基にすればいいかわかりやすい」
「く、黒です」
早死の色である。
その時、炭治郎がなにかを思いついた顔をした。残った試し切り鉄柱(並)の前に立つ。
"水の呼吸 ヒノカミ神楽、円舞滝壺"
鉄柱を袈裟斬りにし続くように構えを取る。
"水の呼吸 ヒノカミ神楽、ねじれ紅鏡"
それをさらに切り裂く。
"水の呼吸 ヒノカミ神楽、碧羅の水面"
隣にあった試し切り鉄柱(太)を半ばまで切り裂き刀が止まる。しかし引き抜かれた刀に刃毀れはない。
ゼヒューーと呼吸は荒ぶっているものの常中は維持できている。
「なにやったんだ?」
「で、できましたゲホッ、ヒノカミ神楽と、水の呼吸を混ぜて使ってみたんですゲホゴホ」
自身に最適な呼吸を構築する、ならばヒノカミ神楽と水の呼吸を合わせて使えばいいという発想だ。半ばまで切れた鉄柱から分かるように水の呼吸より威力は勝り、三連撃で呼吸を使っても問題なく立っていられる持続力がある。
「これはなおのこと煉獄に稽古つけてもらうべきだな。正直贔屓だから内緒だぞ」
何度か煉獄に稽古をつけてもらっていた隊員が辛すぎて逃げ出したのをみているが奏多は言わない。常中ができるなら大丈夫だろうである。
「よし休憩にしよう、茶はなにがいい? 玉露とかかぶり茶とか色々あるぞ、蝶屋敷のやつだけど」
キヨちゃん達が差し入れてくれたお茶菓子をつまみつつお茶を飲む。炭治郎は厚意に甘えて玉露にした。向こうの機能回復訓練の場所からは伊之助と善逸の「しゃオラー!」「俺はお二人に応援された男!」と叫び声が聞こえてくる。
ふいーと茶を飲んでまったりする三人、炭治郎は鋼鐵塚の素顔をちょっとみてみたいと思ってみたらし団子を食う様子を見ようとしたが、一瞬でみたらし団子が消えて串だけになっていてもちょっとした顔をした。
「そういえば奏多さんの呼吸は何の派生なんですか?」
茶を啜って奏多は息を吐いた。茶柱が立っている。
「俺は岩の呼吸の派生になる。日輪刀の色が変わってないように見えただろ? これは色が変わってないんじゃなくて鋼色に変わってるんだ」
灰色系統なので岩の呼吸の適性があるということである。
「そうだ岩の呼吸の鍛錬方法を教えようか?」
「あっ是非!」
「まず気絶するまで滝にうたれる」
嬉しそうな炭治郎の笑顔が固まった。そもそも滝がない。
「常中ができるできないで天地の差があるからな、常中ができるなら訓練自体の負荷を強めないといけないんだ。最終的に負荷を強めまくろうとして面白いことになる」
「面白いことですか?」
「火に炙られながら丸太三本に岩くくりつけて屈伸する」
「えっ」
「冗談だ」
何を言ってるんだろうみたいな顔をした炭治郎だが冗談と聞いてなんだ冗談かとホッとした。実は冗談ではなく事実である。
「あとはそうだな、"条件反射"って技術がある。これは予め決めておいた条件を行うことで集中力を一気に極限まで高めるんだが、これは一朝一夕でやるものじゃないから後で練習してみな。うまく呼吸と合わせられれば効果は絶大だ」
奏多がちょっとウキウキして茶で喉を潤している。カナヲに指導してる時も割りとこんな感じだったので教えるのは結構好きなのである。
「頑張れよ炭治郎、お前たち二人はカナエの希望、つまるところ俺の希望でもあるんだ」
「あっそれしのぶさんにも言われました」
「しのぶは姉のカナエにベッタベタだからな、カナエが大怪我した時は少し荒れてたけど今はそれをバネにあんな感じだ」
「あ、だから元柱って隠の人が言ってたんですね」
「あーそれな。カナエもしのぶも否定するけど、俺が不甲斐なかったのが原因の奴だな」
奏多が少しシュンとして茶を啜る。今の元気なカナエの姿を知っているのに、あの時のカナエの死にかけた姿が脳裏に焼き付いて離れない。
「奏多さんは悪くないと思います! 多分状況はわかりませんから断定はできないんですがお二人が否定してたならきっと!」
すごい曖昧なフォローをされて奏多は笑ってしまった。
「ありがとう、炭治郎。ならばこそ、警告だ。上弦の鬼には気をつけろ」
上弦……と炭治郎の呟きに頷いて奏多は続ける。
「鬼殺隊で判明している上弦は二体。かたや階級不明で岸壁を爆散させる破壊力を有している以外不明、もう一方は上弦の弐、鉄扇と氷の血鬼術使いでカナエに大怪我を負わせた頭おかしい奴だ。俺もしのぶもコイツを殺すのに執念を燃やしているところがある」
「あっ、奏多さんだったんですね‼︎」
「えっ俺が弐に負けたのそんな有名なの?」
「あっなんというかそうじゃなくてその」
炭治郎がすごい顔になる、思わず奏多の顔が引き攣る程のひどい顔だ。歯が食いしばられ目は泳ぐを超えて振動し眉はミミズのように歪んでいる。
「しのぶさんから聞いたんです」
「お、おう? そうか」
本当は珠世という鬼に遭遇した際に鬼を人に戻す薬の研究の話の中で上弦の弐の血は鬼殺の剣士のお陰で採取済みと話題が出てきたのを思い出したのだ。
「とにかく忠告ありがとうございます。気をつけます」
ひどい顔のままである。声に誠意は感じられるが顔がひどい。
「いやほんとその顔どうした?」
「これじゃ赫灼の子じゃなくてしゃくしゃくの子だな」
鋼鐵塚でさえ少し引く程のひどい顔である。
「オラァ! 勘太郎! なに茶飲んでんだ!」
そこへボロッボロになった病院服を着た猪頭の伊之助と奏多を見て一瞬硬直した善逸がやってくる。
「仲間も来たみたいだしお開きだな。気をつけてな」
切り倒された鉄柱たちをいそいそと回収し肩に担ぐと帰っていく奏多に炭治郎達は(伊之助を除き)深くお辞儀をした。
後日、煉獄から達筆で炭治郎達のことを任せておけと手紙が送られてきた。