剱の呼吸   作:MKeepr

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難産でした。
きめつ アニメはいいぞ!
16巻も発売中です。


第二十二話:遊郭

 店の中でやることなどの説明を受けた後化粧直しを行った際、炭治郎の額の痣がバレて遣手の方が荒ぶったもののなんとかなった二人は、下積みとして取り敢えずの潜入を果たすことができた。

 炭治郎は奏多の付き人扱いなので、比較的屋敷の中を自由に動き回れる。奏多が舞やら琵琶の演奏やらの芸を仕込まれる苦境に立たされ、なるべく早く頼むと本気で懇願されたので気合いを入れ情報収集に努めた。

 

「おかしい、体力なら自信があるはずなのにすごい疲れた」

 

「でも色々と情報が集まって来ました」

 

 死んだ目をした奏子の肩を炭子が揉んでいた。取り敢えず須磨花魁が真面目だったと言う衝撃の事実と足抜けで消えていく子が定期的に出るとこだ。炭治郎は手伝いの子から、奏多は芸を仕込む人から聞かされたので間違いはない。

 炭治郎の匂いを感じる力は凄まじいことがよくわかる。無惨の発見を成したのもある意味当然だったかと奏多は思った。

 

「あ、料理手伝いますよ」

 

「あら新しい子? 刃物は触ったことなさそうだけれど大丈夫? えっ何この子の包丁さばきすごい」

 

 

 

 翌日、炭治郎と共に報告にやってきた奏多が伊之助の報告に困惑していた。

 

「ちげえよこうグワーッと‼︎」

 

「いや分からん。翻訳頼む炭治郎」

 

「いやそのちょっと……」

 

「わからんか⁉︎ こうだこう! こう言うのがだな!」

 

 伊之助が様々なポーズを取りながら鬼について説明をしようとしてるが訳がわからない。

 

「ほら、そろそろ宇髄さんと善逸が定時連絡に来る時間だから」

 

「善逸は来ない。昨日から行方知れずだ」

 

「あっ宇髄さん……どう言うことですか?」

 

 二日目にしていきなり善逸が行方不明になった。それに伴って宇髄がとてつもなく落ち込んでいた。自分の非を認める程などそうない。

 

「俺はいくつも判断を間違えた。多少の無理があっても奏多だけ潜入させれば良かったものを一般隊員のお前たちまで巻き込んじまった。奏多以外はもう花街を出ろ」

 

 そう言って姿を消した宇髄のいた場所を呆然と見ていた炭治郎が再起動する。

 

「……だそうだが、炭治郎に伊之助はどうする?」

 

 本来であれば柱の命令は絶対である。だがここにもう一人、同等の命令権を持つ柱がいる。奏多としても正しいのは宇髄であることはわかっている。

 

「俺は、今いるときと屋を今日で調べ終えるから夜に伊之助の荻本屋に向かいます」

 

「ハァァーーー⁉︎ 鬼がいるつってるだろ今すぐこいや! 頭悪いなテメーは!」

 

 ペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペム

 

「夜の間は宇髄さんが外を見張っていただろ?」

 

 ペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペム

 

「痛い痛い、でも善逸は消えたし伊之助の店の鬼も姿を隠してる」

 

 ペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペム

 

「ちょ、ちょっとペムペムするのやめてくれ! 店の中に通路があるんじゃないかと思うんだよ」

 

 伊之助が炭治郎をひっぱたくのをやめる。奏多は黙って炭治郎の考察を聞いている。

 殺人の後始末の面倒さ、夜の街ゆえの都合の良さと悪さ。炭治郎の推察は理にかなったものだ。

 

「俺は善逸も宇髄さんの奥さんたちもみんな生きてると思う。必ず助け出します」

 

 炭治郎が奏多を見る。

 

「だから、やらせてください」

 

「伊之助はどうする?」

 

「こいつの言ったこと全部、俺が今言おうとしてたことだぜ‼︎」

 

 二人が意気揚々と飛び出していったのを見て奏多は別の場所に向かう。しばらく移動して屋根の上で待機していた宇髄を見つけ飛び上がる。

 

「奏多か」

 

「らしくないな宇髄、地味だぞ」

 

「そうか」

 

「炭治郎達は全員生きてると考えて動くそうだ。宇髄はどうする?」

 

「俺はあまりにも初動が早いときと屋の店主に確認を取る……」

 

 ふう、と宇髄が息を吐いて立ち止まる。一発自分の顔をひっぱたきカッと目を見開いた。

 

「部下が生存信じてんのに諦めちゃあ男が廃る! ド派手に行くぜ‼︎」

 

 ド派手にと叫んでいる割に音もなく高速で宇髄は屋根をかけて行った。

 

「さて、俺は炭治郎達の方に合流するか……取り敢えず着替えよ……」

 

 女物の着物を摘みながら奏多は呟いた。

 

 

 

 

 日が暮れる。遍く鬼を滅する陽光は地平に隠れ鬼の時間、夜がやってくる。

 

「その人を解放しろ!」

 

 鯉夏花魁を帯で締め上げるように取り込む鬼、堕姫と炭治郎は対峙していた。初動こそ早さに遅れをとって吹き飛ばされたものの、鯉夏を閉じ込めた部分を切り落とすことに成功する。

 

(心を燃やせ! 煉獄さんのように!)

 

 止まってしまいそうな体をみんなが押してくれる。鱗滝の手が、義勇の手が、煉獄の手が、奏多の手が呼吸と共に体の内に入り込み活力となるようにさえ感じる。

 それは剱の呼吸、元となるは岩の呼吸の反復動作。瞬間的に極限まで集中が高まり体温も跳ね上がる。

 

"ヒノカミ神楽、水の呼吸、()()()()"

 

 ヒノカミ神楽に水の滑らかさを、炎の激しさを混ぜ合わせる。

 鋼よりなお硬くしなる帯が迫るも切断する。

 

「へえ、やるじゃない不細工の癖に。高くつくわよ? お前の綺麗な目玉、生きたまま穿って食べてあげる」

 

 汚物でも触ったように顔をしかめながら堕姫が放つ殺気を受け止める。

 

「やれるものならやってみろ!」

 

"ヒノカミ神楽 炎舞"

 

(いける! 煉獄さんに教わった炎の呼吸も混ぜれば! ヒノカミ神楽と水の呼吸を混ぜただけよりも威力が高い!)

 

 炎舞の二撃目に対するカウンターを放った堕姫の帯が空を切る。そこに居たはずの炭治郎が消え去る。

 

"ヒノカミ神楽 幻日虹"

 

 黒い日輪刀の先と堕姫の頸が繋がる。目が良ければ良いほど幻惑される歩法に惑わされ堕姫は炭治郎を見失っていた。

 

(見えた! 隙の糸‼︎)

 

"ヒノカミ神楽 斜陽てーーー

 

 ブチリ、と頸に繋がった糸が切断された。漆黒の刃が頸にわずかな切れ目を入れたところで停止する。幾重にも重なった柔らかな帯が刀を包み込んでいた。

 刀が折れないよう体を捻って攻撃を躱し、拘束してくる帯を切断する。

 

「あんた、よくもやってくれたわね‼︎ 私の首に切れ目なんて‼︎」

 

(隙を与えるな! 攻め続けろ!)

 

「後悔させてあげる」

 

 怒髪天を突くと言わんばかりに怒りの形相を見せる堕姫に炭治郎が迫るが、その笑みに怖気を感じ一歩が遅れた。

 すると突如出現した帯群が堕姫に突き刺さり吸収されていく。

 

(まさか、伊之助の言っていた!)

 

 吸収などさせまいと振るわれた刀は空を切り、いつのまにか堕姫は屋根の上に居た。

 黒髪が変色し銀へ、纏う帯はより硬度と柔軟性を増し機敏に動く。

 炭治郎の鼻が痛みを訴える程の濃密な鬼の香り。

 

「さて、いい気になってたようだけれど、これならどうかしら?」

 

 帯の一つが迫る。先程とは比べ物にならない速度に咄嗟に弾くことに成功するも衝撃を殺しきれず近くに置いてあった荷車に叩きつけられる。

 

「ゴホッ、禰豆子、自分が危険に晒されない限り出るな」

 

 壊れた荷車の脇に紐の切れた禰豆子入りの木箱を置く。

 

「おい何してるんだお前!」

 

 前の建物から店主と思わしき男性が飛び出してきた。騒ぎを聞きつけて窓から炭治郎達を覗いている人もいる。

 

「……目障りね」

 

「やめろ!」

 

 ギロリと堕姫が人々を睨む。殺意の匂いを感じた炭治郎が叫ぶがそんなことで止まるはずもない。

 

「おい! 聞いてるのか⁉︎」

 

「ダメです! 逃げーーー」

 

 男を咄嗟に庇おうと炭治郎が前に出る。振るわれる帯はあらゆるものを切断すると言ってもいい。家屋など豆腐のように裂き人などあるなしは関係ない。

 

"剱の呼吸 伍ノ太刀、静謐の烏刃"

 

 だが、何も起きない。あらゆるものを切断せんと伸ばされた帯が無様に屋根や地面に垂れ落ち、思い出したかのように切れ目から血を吹き出す。

 

「はっ?」

 

 いつのまにか堕姫と同じ屋根の上に人が立っていた。帯の報告にはない謎の人物、その顔はとても美しかった。奏多である。

 

「待たせた炭治郎、帯のおかげでそれを追ってここまで来れた。店主、今すぐみんな連れて逃げろ」

 

「ひっ、は、はい!」

 

 奏多が放った殺気に当てられて腰を抜かしそうな店主が大慌てで中へ入っていく。

 

「ちょっと! 私を無視するなんて何様のつもり⁉︎」

 

「炭治郎、警戒しろ。上弦はこんなもんじゃない」

 

「上弦は私よ‼︎ 無視するなって言って……」

 

 ズルリ、と堕姫の視界がずれた。首がぼとりと落ちて屋根瓦を転がり、体も糸が切れた人形のように地面に落下する。

 静謐の烏刃は、相手の攻撃を逸らした上で斬撃を叩き込む返し技なのである。帯のついでと言わんばかりに首をも容易く切断していた。

 

「えっ」

 

(切った⁉︎ あんなに簡単に、すごい!)

 

「まだだ炭治郎、こいつは恐らく偽物、本物がどこかに潜んでいるはずだ」

 

「に、偽物ですか⁉︎ だって」

 

「上弦はこの()()じゃ済まない」

 

 奏多と炭治郎が周囲を警戒する。張り詰めた空気から逃げるように周辺の人々が悲鳴をあげながら逃げていく。

 静かになったと思えば誰かが泣きじゃくりだした。

 

「どうだ炭治郎、何か匂うか? 俺は今のうちに泣いてる奴を助けに行く、なにか感じたらすぐに言うんだ」

 

「わかりました」

 

 すう、と鼻で空気を吸う。

 濃密な鬼の香り。鼻が麻痺してしまいそうな中で必死に本命の上弦の鬼を探る。探るうち一つの違和感に気づいた。

 経験が無ければ気付けなかっただろうそれは、日輪刀で斬られた鬼の発する焼けた香り。それが一切ない。

 

「奏多さん! さっきの鬼がおかしいです!」

 

 叫ぶと同時に奏多は目にする。首が切り落とされたのにも関わらず消えもせずに泣きじゃくる堕姫の姿に。

 倒れ伏した堕姫へ向け走ろうとした奏多が跳ね飛んで何かを避ける。それは飛来する斬撃。容易く背後の建物を突き抜け、柱を複数切断したのか軋みをあげて倒壊する。

 堕姫の背から腕が生えた。鎌のようなものを携えた腕から肩に、胴に、頭が現れる。

 

「おぃおい、妹を虐めてるのはお前かぁ?」

 

 体格に対しあまりにも不釣り合いに痩せこけた腹、鬼の紋様を宿した肌はあまりにも不健康そうだ。そしてその目には上弦の陸の文字。

 堕姫と同じだが、文字に相応しい実力を備えた猛者だと気配が伝えてくる。

 

「強いなぁお前、柱だな? 妹を泣かせた負債はぁしっかり払ってもらわねぇとなぁ」

 

 上弦の鬼の真の姿がそこにあった。


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