剱の呼吸   作:MKeepr

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過去のやつが判明してどうするかなぁと悩みましたが奏多が居たことによるバタフライエフェクトだ(震え)ということにしますので……!義勇さんわりと昔からいるのな!


第二十三話:血鎌

 泣きじゃくる幼子のような堕姫をあやし、妓夫太郎が首を繋げる様を見ながら奏多は警戒を強めていた。

 

「ほら、外の奴と遊んでこい、お前を虐めた奴はお兄ちゃんがぁしっかりと取り立てといてやるからなぁ」

 

 追いかけようとする奏多の進路を塞ぐように血の斬撃が舞い飛び奏多は足を止める。

 

「いいなぁ、髪は絹みたいでぇ肌も艶やか、血色もいいなぁこりゃ別嬪だぁ。まあ妹にははるかに劣るがなぁ」

 

「お、おう」

 

 ボリボリと血が出るほど肌を引っ掻きつつ、奏値踏みしてくる妓夫太郎に奏多が半目で応答した。もう面倒臭い突っ込まんぞの精神である。

 

「じゃぁ、妹を泣かせた分取り立てねえとなぁ、なるべくいい状態で妹に食わせてやりたいから抵抗するなよぉ」

 

 凄まじい轟音が響いた。

 まるで場面を飛ばしたかのように奏多のいた位置に妓夫太郎が高速で移動し、切っ先諸刃の日輪刀と二本の血鎌が噛み合っていた。

 

「いいなぁ、今ので大体の柱はカタがついたんだけどなぁ」

 

 片目をつぶったままの妓夫太郎が、そう嘲るように自慢した。その言葉に奏多の中で鋼を打ち付ける音が響く。

 

「ああそうかよ」

 

 体温と集中力が極限まで高められ、停止していた日輪刀が動き始める。力で押しているわけではない。妓夫太郎の鎌に刀が食い込んで行っているのだ。それを拒否するように鬼の膂力に任せ横合いから刀を弾く。

 

"剱の呼吸 壱ノ太刀、草薙"

 

 僅に空いた間合いを利用し、脚部から上体に向かって放たれた力を身体の捻りで以って増幅される。鎌を交差させ斬撃を受け止めようとした妓夫太郎が片目を見開きながら大地を前へ蹴っ飛ばす。

 乾いた硬質な音が落ちる。鎌の刃先が二つ地面に落ちて溶けるように消えた。

 鎌を犠牲にした上でギリギリのところで上体を逸らしていた妓夫太郎が息を吐こうとして、喉仏の部分からブシュリと血飛沫が飛び散る。手でその首を引っ掻く頃には傷は回復しているが、その顔に侮りはもう無い。瞬間的に現れた驚愕を打ち消し奏多を睨みつける。

 先の無くなった鎌が蠢き再び刃物としての機能を取り戻した。妓夫太郎が鬼として生きてきて、初めての事態。己が得物ごと切断されるなどという異常事態に、しかしその頭は冷静に機能する。

 再び接近した二人の剣戟が空を切る。鬼ゆえに首以外鎌であろうが治るので切られようが本来どうということはない妓夫太郎だが、今ばかりはその僅な損失さえ惜しかった。

 奏多も相手は上弦の鬼、以前戦った上弦の弐のようなトンデモを警戒したがゆえの互いの攻撃が空を切る均衡をもたらしていた。

 先にそれを破ったのは妓夫太郎だ。

 

"血鬼術 飛び血鎌"

 

 鎌の片方が刀と噛み合ったらのを皮切りに逆の手に持たれた鎌を振り抜いた。とっさに鎌は鞘で受け止めたにも関わらず斬撃はそのまま分離し独立、奏多めがけ殺到する。飛び退いて躱すもそれは追尾してくる。

 それを迎撃している間に距離の空いた妓夫太郎は両手を振り回し飛び血鎌を大量に飛ばす。それは壁のように分厚く奏多と妓夫太郎の間を阻む。

 

"剱の呼吸 肆ノ太刀、叢雲・月渡"

 

 空いた空間を制圧する血鬼術を円運動の跳躍と怒涛の七連撃が蹂躙する。飛び血鎌が粉砕され、まさか血鬼術のど真ん中を突き抜けてくるとは思わなかった妓夫太郎の反応が若干遅れ迎撃の態勢をとる。

 

(防いでも切られるならやりようはあるぜぇ)

 

 だが、防御ごと切られるとわかっているならやりようはいくらでもある。鎌を交差させ受け止めるそぶりを見せつつ即血鎌を再生できるように準備を妓夫太郎は行った。外の堕姫の帯を一本こちらに回し、カウンターで奏多を仕留める算段だ。

 それは斬撃を受け止めた瞬間にご破算となった。

 

(切られ……ないだとぉ⁉︎)

 

 交差した鎌に与えられた衝撃が鬼の膂力を瞬間的に上回り地面を陥没させながら膝をついてしまう。

 建物の壁を高速で突き破り、詰み手の為用意した帯を叩きつけることでなんとか首を切断されることを回避した。

 

「…………」

 

 奏多も弾き飛ばされて建物の障子やらをぶち抜きながらも着地し、再び両者は相対する。ただ、二人を隔てる空間の距離はなお広くなっている。

 

「おい、さっきまでの威勢はどうした」

 

「今までの柱とは格が違うのはぁよぉくわかったぞぉ、こりゃぁ取り立ての手段なんてぇ選んでられねぇよなぁ」

 

 ずわり、と両腕から湯気のように血が立ち上る。飛び血鎌の予備動作と見て阻止するため間合いを詰めようと踏み込む。

 

「どんな手で来ようが死ぬのはお前だ!」

 

 奏多の踏み込みに対して、先ほどと違い妓夫太郎は全力で後退する。奏多の剣の間合いを見極めそこから五歩は離れた位置から絶対に内側には入ろうとしない。そんな時間稼ぎの両腕に溜め込まれるように渦巻いていた血が振るわれるとともに斬撃として拡散する。

 

"血鬼術 空斬血染(くうざんけっせん)・飛び血鎌"

 

 先ほどの飛ぶ斬撃とは比べ物にならないほどの量の飛来する斬撃。視界が斬撃一色に染まるほどの密度の中へ突入し、妓夫太郎を追走したまま奏多は迎撃にあたった。

 半ばにあった障子や壁やらの建築物や桶などの日用品がまるで擦り切れるように消えていく。

 先ほどならばこれと共に攻め込んできた筈の妓夫太郎は変わらず距離をとったままだ。その姿も血鬼術の陰に隠れ見えなくなる。

 空間を塗りつぶす程の量の斬撃を鞘と日輪刀で切り払う。迎撃せず躱した斬撃は軌道を変え再び奏多の元へ向かう為迎撃するほかない。

 近くにある倒壊した建物の残骸がどんどん食いつぶされ粉微塵になって舞い上がる。

 威力においては先ほどの飛び血鎌と比べるまでもなく弱い。ただ全方位から迫り来る無数の斬撃の対処には苦慮せざるを得ない。

 一つが奏多の防衛網から抜け掠ったが、隊服を切り裂けずに霧散するという十二鬼月としてはありえないほどの攻撃力の低さを露呈する。直接的な殺傷力の無さは逆に当たりさえすればどうとでもなる攻撃なのだと奏多は察した。

 鞘と刀で円運動をし斬撃の空間を吹き飛ばした先、離れた所で笑みを浮かべる妓夫太郎の手には、遊郭の禿(かむろ)の少女が襟を掴まれていた。

 

「なっ」

 

 逃げ遅れたのか、違う。背後で下がっていく帯が逃げていた少女を無理やり捕まえてきたのだ、無理やり引きずられたのか痣や擦り傷が酷い。

 

「流石だなぁ、お前ならぁそれくらいどうとでもされると思ってたぜぇ」

 

 両目を見開いた妓夫太郎が微笑む。今この瞬間、堕姫への援助もかなぐり捨て妓夫太郎は奏多のみに集中していた。先ほどまで見ていた堕姫の相手をするガキも手数が足りず防戦一方、いずれ力尽きるのだから。

 

「わあああ⁉︎」

 

 泣きじゃくる少女を奏多に向け全力投球する。地面や壁に落とそうものなら即死していたであろう少女を後退することで相対速度を緩和してなんとか受け止める。戦いだけの流れで見れば間違いなく悪手、無視して斬りかかれば妓夫太郎の頸は飛んでいただろうが、そんなことができる鬼殺隊員などそれこそ両手で数える程も居ないだろう。

 

"血鬼術 空斬血染・飛び血鎌"

 

 再び訪れる、斬撃の奔流。奔流に少女ごと飲み込まれたかに見えたが、激流を蹴散らし、白いシャツ姿になった奏多が姿を現わす。滅を背負った隊服と外套で少女を包み、斬撃の奔流から守りきったのだ。

 代償はかすり傷のみ。

 妓夫太郎は勝利を確信し笑みを深めた。

 奏多が表情を歪める。だが刀も少女も手放すことはない。

 単純な話、毒であった。呼吸で先延ばししようとも一刻持つかどうかの毒。奏多の脳裏にカナエの顔が浮かぶが、死は免れられない。ならばこの鬼だけでも粉微塵にし少しでも時間を引き延ばし、宇髄に繋ぐと決意する。

 タパパパパ、と空から何かが降り注いでくる。月明かりが照らす夜に雨はありえない。

 シャツに滲むそれは紅。奏多のものではない、誰かの血。

 

「なんなのなんなのよお前!」

 

「ガァァァァぁぁぁぁあ‼︎」

 

 直後、妓夫太郎と奏多の間に墜落してきたのは全身を帯に貫かれ大量出血をするのも御構い無しに堕姫を掴んで頭を殴り続けているツノの生えた禰豆子だった。


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