剱の呼吸   作:MKeepr

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お久しぶりです、かなりの時間が空いてしまい申し訳ありません。
場面が切り替わっていて読みにくいかもしれませんがご了承ください。
いつもご感想と評価をいただきまことにありがとうございます。
須磨さんが鯉夏さんになっていた誤字を修正しました。ご指摘ありがとうございます


第二十四話:火

 少しの間、奏多には()()がなんなのか分からなかった。よくよく見れば、血にまみれた麻の葉模様は禰豆子の着物の柄と一致する。奏多が見たことあったのは少女程度の大きさまでで、そこから更に成長した姿は、生えたツノと合わせ禍々しさを感じさせる。

 禰豆子と取っ組み合いの喧嘩のようになっている堕姫は頸を切られても死ななかった。奏多は始め妓夫太郎の血鬼術が堕姫と考えていたが、どうも違う。ならば片方の首だけを落としても意味がない可能性がある。

 両方の頸を落とさねばなければいけない以上、今が絶好の好機。

 毒の遅延に回す呼吸を最小限に、足へ手へと行き渡らせ踏み込む。

 禰豆子を避ける様に振るわれた奏多の日輪刀の一撃を、脈打つように肥大化した鎌が切り裂かれながらも受け止める。半ばまで絶たれた鎌からうねる様に斬撃が湧き出し竜巻の如く荒れ狂う。

 

「させねぇぞぉ、さっさと死ねよぉ」

 

"血鬼術 円斬旋廻(えんざんせんかい)・飛び血鎌"

 

"剱の呼吸 肆ノ太刀、叢雲"

 

 斬撃の螺旋を迎撃するが、先ほどに比べ遥かにキレが悪い。押し切られ吹飛ばされる奏多の口からは血が滴る。

 

「おら、お前もあっちに飛ばせ」

 

 額に目の現れた堕姫が禰豆子を切り刻み同じく奏多の方へ吹き飛ばす。

 

「うまいぞぉ、流石俺の可愛い妹だ」

 

 極大の飛び血鎌が炸裂し地面や付近の家屋ごと滅多斬りになる。無事ではあるまい、鬼であったとしても上弦でもなければ朝まで妓夫太郎の毒にのたうち回り日光で死ぬ。

 

「あ?」

 

 堕姫の肩に何かが残っている。手、禰豆子の手だ。それが赤い血を介して吹き飛ばした先と繋がっている。

 刹那。その手が発火した。それだけではない。あたり一面が業火に包まれる。禰豆子の血鬼術である爆血が発動したのだ。燃え盛るのは周囲に飛び散った大量の血。

 当然その被害を最も受けるのは返り血を大量に浴びていた堕姫だ。

 

「ぎゃっ⁉︎ 火、火⁉︎ いやっ!」

 

「ちぃっ!」

 

 本来であれば有り得ない鬼の強靭な全身を焼く業火に恐慌状態に陥った堕姫を抱え上げ、万一の追撃を警戒しその場を離れると、妓夫太郎自身が焼けることも厭わず帯と血鎌を使いなんとか鎮火させた。

 堕姫の美しい肌は火傷に塗れ、瞼が熱で収縮し眼球が飛び出そうなほど大きく見開かれてしまった。再生はすぐに始まるが、妓夫太郎の脳髄にその姿は激震を齎らす。

 

「あいつ、よくも妹に火をつけやがったなぁ許さねぇ‼︎ 絶対に許さねぇ‼︎」

 

 毒で動けなくなっていようが構わない、滅多斬りにして地獄を見せてやると踏み出した瞬間ーーー

 

「オットォ⁉︎ ド派手ないい目印だったぜ、てめえらが上弦だな?」

 

 怒りを滲ませ奏多達の方へ向かおうとした妓夫太郎の前に、肩にムキムキ鼠を乗せた宇髄と共に善逸と伊之助が鬼の前に姿を現した。

 

 

 

 

 燃え盛っていた火が止み、飛び血鎌を防ぎ膝をついていた奏多が顔を上げる。

 体に違和感を覚えた、火傷が無い。あの業火では隊服で包まれた少女はまだしも奏多では焼け死んでもおかしくないはずであった。

 それどころか体が軽いのである。体力の消耗はそのままだが、毒によって蝕まれていく倦怠感と死に瀕した脱力感は無い。たった二つのかすり傷でさえ数刻で膝をついてしまう程蝕まれていたのにそれが綺麗さっぱり消えたのだ。

 どうしたことかと思わず禰豆子の方を見やれば、猫背の姿勢で肩で息をしながら俯いていた。

 

「何が……」

 

 頭を振るい腕の中の少女を見れば気絶はしているようだが大事には至っていない。立ち上がり、踏みつけた板がバキリと折れた。

 その音に反応し禰豆子が振り向く。そうして奏多は異常を悟った。その目は蝶屋敷でよく見たほんわかしたそれでは無い、飢え切った鬼が獲物を眺める捕食者の顔だ。牙と口からは涎が溢れ、息を荒くしている。

 

「やめろ禰豆子、お前達は希望なんだ、頼む。実弥の試練にも耐えたんだ止まってくれ」

 

 苦虫を噛み潰したように顔を歪めながらも刀を構える。こちらから切りかかったりはしない、まだこちらに歩いてきているだけだと言い聞かせ、取り返しのつかない行為をするまで刀を振る気は奏多には無かった。

 こういう事が何度もあったなら"ああ、またか"と諦められるが、鬼殺隊に入って奏多が初めて見たカナエの語った夢の象徴。

 構える刀が禰豆子を切ったなら、この刀で介錯までしなければならないだろう。

 そうして、涎を垂らしながら奏多に向け襲いかかろうとした禰豆子の顔面が横合いに殴り飛ばされた。殴り飛ばしたのは奏多のでは無い。禰豆子自身の腕だ。

 何度も何度も、自分の顔を殴りやがて頭を振り乱し苦悶の表情と絶叫を散らしながら、最後地面に頭を叩きつけ、地面を陥没させる。そのまま這いずりながら奏多の方へ寄ってくる禰豆子の体が縮んでいく。

 奏多に向けポロポロと涙を流しながら歩み寄ってくる禰豆子にもう奏多は日輪刀を向けてはいなかった。代わりに、禰豆子の頭を優しく撫でた。

 

『よく頑張ったね、禰豆子』

 

 禰豆子の視界では、母が優しく微笑み撫でてくれていた。禰豆子は一度大きく泣き叫ぶと、さらに縮んで幼子になって眠りに落ちてしまった。鞘に刀を戻して禰豆子も抱えるがどうしたものかとなる。

 逃げられる前にあの鬼達を追わねばならないが、流石にこの二人を合わせて置いていくのはまずい。

 

「奏多様!」

 

「禰豆子! 奏多さん!」

 

 そこへ行方不明だった宇髄の嫁の一人、須磨が炭治郎と共に現れる。正確には走りながら炭治郎が負った怪我の簡易的な手当てをしていた。

 炭治郎はというと羽織共々ズタボロであった。特に肩の傷が深めである。そんな事は御構い無しに禰豆子のことを心配する炭治郎に苦笑しつつ禰豆子の無事を伝える。

 

「禰豆子なら眠ってるだけだ。炭治郎、怪我をしてて悪いが、もう少し踏ん張れるか?」

 

「……はい!」

 

 奏多の問いに炭治郎は力強く返事をし、奏多は頷くと応急手当てを続ける須磨に隊服に包まれた少女を差し出す。禰豆子は帯ひもの切れた箱に炭治郎がそっと入れて差し出した。

 

「鯉夏さん、この二人を安全な所に避難させてくれ」

 

「はい! わかりました! 任せてくださ……重い‼︎」

 

 受け取るまではキリリと美しかった顔がちょっと人妻がしちゃいけない状態になった。歯を食いしばって両手がガクガクしている。幼子と少女とは言え合計すれば結構重たいのである。あと禰豆子入りの箱は持ちにくい。

 

 ドオオオン、と爆発音が木霊する。

 

「宇髄がやってると分かりやすくていいな。忍びってなんだっけなぁ」

 

 炭治郎と共に奏多は駆け出す。

 

「一回死んだ様なものだ、失態は取り返さないとな」

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハー! テメエのそれが毒だってわかってんだよバーーカ‼︎ まあ俺には効かねえがなそんな地味な毒はよ!」

 

 情報提供はムキムキネズミよりお送りしておりますな宇髄が果敢に妓夫太郎に攻め入る。音の呼吸の爆裂が飛来する斬撃を粉砕し妓夫太郎と切り結んでいた。

 共に加勢に来た善逸と伊之助が堕姫の対処に当たっているが、帯二本をあえて動かさず、それを防御の要として二人に首を切る隙を与えない。

 

「オイオイィ、今日はどれだけ俺をイラつかせれば気がすむんだぁ?」

 

「派手に散ればそれもなくなるぜ!」

 

"音の呼吸 壱ノ型、轟"

 

"血鬼術 跋扈跳梁"

 

 高い貫通性を持つ轟の爆発を塗りつぶす様に血鎌が覆い尽くし、そのまま突き抜けてきた妓夫太郎の鎌を大刀の二刀流で弾き受け流す。互いにふた振りの獲物を振り回し予測不能の斬撃を繰り出していく。

 時折織り交ぜられる飛び血鎌に対処しつつ宇髄は傷を負う事なく拮抗し戦闘は推移していく。

 

「やるなぁ、お前も柱だなぁ? 一日で二柱も取り立てられる何て運がいいぜぇ」

 

「ハァ⁇ お前柱舐めすぎだろ頭に濁酒乗せたまま戦ってやろうか? 言っとくがもう一人は俺なんかじゃ及ばねえような奴だ」

 

「いんや、そいつならもう死んでるなぁ」

 

 口角を嫌らしく吊り上げ笑みを浮かべる妓夫太郎の言葉に宇髄がピクリと反応する。

 

「オイ? どうしたァ? 信じられねえのかぁ?」

 

「馬鹿だなテメーは、奏多が死んだのを見たのか? 首だけになって差し出されたら信じてやっても良かったがそうじゃねえならテメーのそれは地味な勘違いだぜ」

 

「じゃあ試しにこれでも食らってみなぁ!」

 

"血鬼術 円斬旋廻・飛び血鎌"

 

 

 最大出力の円斬旋廻による血鎌の螺旋は地面を抉り周囲を破砕し竜巻の如く宇髄へ迫る。その様を見ながらも宇髄は余裕を崩さない。

 

「だから言っただろうが、そんで派手な登場だな、奏多」

 

"剱の呼吸 弐ノ太刀、布都椿"

 

 円斬旋廻が横に割れた。制御を失った斬撃の螺旋は解け無秩序に地面を舐めていく。妓夫太郎が捉えた姿は一瞬でかき消え、自身の手にあった鎌が腕ごとずり落ちる。振り向こうとした頸がずるりとズレ、地面に落ちかける。

 

「ッッ⁉︎」

 

 落ちかけた頸を保持し接着、鎌を再生し保持し咄嗟に防御するが、それごと胴体を袈裟斬りにされる。噴き出る己の血を利用し跋扈跳梁を発動させ距離を開けてみれば、そこには信じがたい者が立っていた。

 

「テメエ、なんで生きてやがる」

 

「お前の毒なんて効かないんだよ治った」

 

 当然ハッタリである。禰豆子の血鬼術で原理不明の解毒を果たしただけでまた食らえば死ぬ。だが妓夫太郎側からはそれを判断することはできない。絶対の信頼を置く自身の毒が効果を成さない、つまり毒の当て逃げという選択肢が妓夫太郎の中から消えた。

 

「まだ粗削りだが譜面は整った! 後はお前が死ぬまで舞踏会と派手に洒落込もうぜ!」

 

 

 

 

 

「一回でいい‼︎ 一回頸を落とせばそれで終わる‼︎」

 

 炭治郎が叫ぶ。攻撃力を落とし防御を主体とした堕姫相手に苦戦を強いられていた善逸と伊之助の元に炭治郎が合流したものの、決定打を与えられずにいた。一見すれば優勢に進めている奏多と宇髄だが、その命運は炭治郎達に託されている。堕姫と妓夫太郎の頸が同時に切断されていない限り死なない。現状圧倒しているものの、奏多と宇髄の攻撃では妓夫太郎は負けない。

 それ故に炭治郎が合流してから堕姫は隙あらば逃走を試みる。鼻、耳、触覚の優れた三人で無ければ取り逃がし詰んでいた。

 空では宇髄の鎹烏と炭治郎の鎹烏が旋回し、宇髄の烏が何度も鳴いている。頸が切り落とされる度に鳴き連携の一助になろうとしているのだ。

 

「いい加減にしなさいよ! 無駄って言葉知ってるの? お兄ちゃんが負けるわけないでしょう‼︎」

 

「ドラッシャア! 担々郎! 零逸!」

 

"獣の呼吸 弐ノ牙、切り裂き"

 

「ああ!」

 

"ヒノカミ神楽 灼骨炎陽(しゃっこつえんよう)"

 

「……」

 

"雷の呼吸 壱ノ型、霹靂一閃・六連"

 

 帯を切り落とし肉薄するが濃密な帯の殆どを切り落とすが後一歩が届かない。決定打を与えられずに時間が過ぎれば有利になるのは鬼だ。人は疲弊する。

 

「炭治郎、伊之助、これをやると俺はもう動けなくなるけど、道を開ける、信じてくれるか」

 

「信じる! 伊之助! 飛ばせてくれるか?」

 

「飛ばせてやる!」

 

"獣の呼吸 参ノ牙、喰い裂き(峰打ち)"

 

"血鬼術 三折の帯刀(みつおりのおびがたな)"

 

 交差された刀に炭治郎が乗り堕姫に向け跳ぶ。速度は速いが直線軌道であまりにも愚直、堕姫が警戒しながらも迎撃をする。三方向から同時に迫る帯は今の炭治郎では回避も迎撃も困難な代物であった。

 その瞬間、落雷が落ちた。違う、雷のような何かが一瞬でその場を通り過ぎていったのだ。炭治郎を狙った帯も、防御の為待機させていた帯も全てが切り裂かれた。それどころか片足まで切り落とされている。

 

"雷の呼吸 壱ノ型、霹靂一閃・神速三連"

 

 一撃、二撃でヒビの入った両足を同時に使うことで無理やり三撃目を生み出した、煉獄との地獄の鍛錬で鍛えられた足を犠牲にしてようやく成した三撃の成果は絶大だ。善逸は受け身も取れずそのまま家屋に突っ込んでしまった。

 あまりの速さに何が起きたかもわからない堕姫だが、目の前の脅威に対処せねばならない、足を再生させての回避では間に合わない。故に奥の手、体外に出さず隠していた虎の子の帯を出現させ炭治郎を貫こうとする。

 空中で回避は不可能、刺し貫かれる炭治郎の姿を堕姫は幻視した。

 しかし現実の炭治郎が予測された幻視からずれて行く。

 

「ハッハーッ! 猪突猛進! 爆裂猛進!」

 

 いつの間にやら炭治郎を射出した筈の伊之助が炭治郎のすぐ後ろへ爆走してきていた。炭治郎が本命でありながらもそれを目眩しにした正面からの伊之助の奇襲。それを足場に炭治郎は半回転、伊之助の二刀が最後の帯に噛み付いて離さない。

 本来であれば一人で頸を切り落とせない可能性から伊之助と炭治郎の同時攻撃をする筈であったが、伊之助がそれどころではなくなってしまった。

 だが絶好の好機、これ以上はもう訪れない。炭治郎の黒刀が堕姫の頸に衝突するが、頸を帯に変化させ伸びることで切断を免れようと足掻く。

 

(切れ! 切れ! 切れ! ここで切るんだ‼︎)

 

 炭治郎の全身が燃えるように熱を持つ。拍動が耳を撃つほど大きくなり、食いしばる口と血走った目から血が滲む。

 

(切られない! 切られてたまるものか! こんな不細工一人なんかに……!!)

 

「いけええええええ! 炭治郎‼︎」

 

「ガアアアアッ!!!」

 

 炭治郎の額の傷跡が歪み、それを覆い尽くすように痣が現れた。

 堕姫の脳裏を自身の知らぬ、目の前の不細工と同じような痣を持つ剣士が過ぎった。

 そして帯となり逃れようとした頸が炭治郎の手で切り裂かれる。

 

「い、嫌だっ! 助けてお兄ちゃっ!!」

 

"ヒノカミ神楽 斜陽転身《しゃようてんしん》"

 

 堕姫の頸が宙を舞った。


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