列車編映画化おめでとうございます!
「カァッッ!!」
炭治郎の鎹烏の鳴き声がひときわ大きく響いた。もう一人の鬼、堕姫の頸が切られたのである。奏多と宇髄の猛攻が妓夫太郎を削るが、両腕に血鎌を鎖帷子のように纏うことで攻撃力と防御性能を両立。細くとも強靭に生存の糸を繋いでいた。人も食えず補給無しで使用するには余りにも消費が激しい異能の行使は妓夫太郎による最大の抵抗だ。
妓夫太郎は堕姫の状態が把握できるのだから当然だ。堕姫の頸が繋がるまで耐えきれば最早負けは完全に消える。
対する柱二人も今が正念場、時間をかければ無理に仕掛けず頸を切ることはできる。だがその時にはまだ堕姫の頸が切られているとは限らない。つまり無理をする必要が今この瞬間にあるのだ。
優秀な前線指揮官としての宇髄と忍者としての宇髄が冷徹な判断を下す。
「オルァ!! 奏多! 合わせろ!」
"音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々"
あえて完成していた譜面を崩す。そも、この譜面は柱合会議後の訓練で奏多との模擬戦を繰り返していたがゆえに作れた『奏多の攻撃に合いの手を入れ鬼に反撃の機会を与えない』譜面である。
だがその譜面では今この瞬間頸を切り落とすことが出来ない。ならばそんな物に拘ってはいられない。
爆裂と閃光が妓夫太郎の視界を一瞬塗りつぶすその刹那の時間で突っ込んできた影に鎌が振るわれ切り裂かれる。
突っ込んできたのは宇髄だ。左目を切られようと止まらない。交差法気味に宇髄の大刀が直撃するが血鎌で守られた腕に傷を入れることはできていない。
"音の呼吸 弐の型、
貫通性を高める弐の型。柄頭で繋がれた鎖付近での爆発により大刀が叩かれ加速し血鎌を突き抜けるが切断までには至らない。だがそれでいい。二刀で挟み込むように抑えられた妓夫太郎が抵抗するが柱第二位の膂力を持つ宇髄は肉が抉れるのも厭わず呼吸による強化を含めて僅かながら拮抗する。
咄嗟に円斬旋廻を発動しようとするが纏う血鎌の影響で即座の発動とはいかない。
それで十分だった。無理やり動きを止められたその背から奏多がとどめの一撃を振るう。
(間に合え! 間に合え!)
妓夫太郎の視界では堕姫が痣のガキを蹴散らし頸を抱えて逃げる猪頭まであと僅かまで迫っていた。
(間に合え!)
奏多と妓夫太郎に宇髄、三人の思考が同一のもので染められる。あと一瞬を稼ぐ為、頸がぐるりと捻れ歯と咬筋力による白刃どりを敢行する。
が、それでは奏多の斬撃を止めることはできない。
抵抗なく見事に断たれた妓夫太郎の頸が、ずるりとズレ落ちた。思い出したように首から吹き出す血の噴水は死ぬまいと駆動する心臓の抵抗か。
「テメエら許さねえ、俺から取り立てやがったな! 俺から取り立てやがったな‼︎」
吹き出していた血がぐるりと渦を巻く。発動まであと僅かだった円斬旋廻が暴発気味に炸裂。宇髄と奏多はそれに気付き咄嗟に後退、その瞬間一帯を猛烈な斬撃の嵐が吹き抜けた。
「許さねえ……俺達から取り立てるのは許さねえ……何をだ……? 堕………違う……梅……梅‼︎ 梅どこだ‼︎ どこに行った! 梅どッ……」
その場に一人残された妓夫太郎が叫ぶが声が収まる。二人が確認してみればもうそこには朝には消える血だまりだけが残っていた。
「やったな、片目犠牲にしただけはあった派手な成果だぜ」
「悪いな、ところで宇髄、毒は?」
血鎌で左目を切られた部分が化膿してきている。どう見ても毒の影響が出てる。
「アアン? 忍のこの俺に毒が効くわけねえだろ解毒剤飲みゃこのまま酒場行って豪遊できるわ! ……とりあえず解毒方法教えろ」
お前に謝られちゃ立つ瀬がないぜと取り敢えずと鬼の毒に効く薬を飲んでみた宇髄はそれが効く様子も無いので奏多の肩に手を置く。
「炭治郎達の所へ行こう、そうすればどうにかなる。宇髄の烏! 案内頼む!」
派手に装飾をつけた宇髄の鎹烏は目で追いやすい。奏多の鎹烏か飛んできたので、お屋形様への伝令をお願いする。
「まじか歩かされるのか俺、地味にしんどいんだがこれ」
「しょうがないな」
宇髄が自身の抉れたところや切られた目の部分を抑えて止血しつつ、傷口が心臓より下に行かないよう少し変則的な横抱きをして走り出した。
「あっ! 天元様!」
「天元様怪我が⁉︎」
「心配するな、これから解毒してもらいに行くんだ」
まきをと雛鶴が途中で合流し不安そうな顔をするが天元は気さくに笑い二人の不安を和らげる。
「それはそれとして天元様、二人の見てくれがなんだかこう、変に刺激的なので……いえ、奏多さんの負担になるので私とまきをが肩を貸しますから」
「いや別に負担じゃないんだが、デカイから持ちにくいけど寄せればマシになるし」
宇髄をより抱き寄せる。
「うおぁぁぁー! 顔が近い! 顔が近い二人とも‼︎」
「お、おい? 雛鶴もまきをもどうしたんだ?」
奏多と天元がハテナを浮かべてながら走っていると須磨の後ろ姿が見えてきた。
「うぶオッガッゲッフッ! ナニコレナニコレ⁉︎ 目が覚めたら全身痛いし何が何だかわかんないけど女体が⁉︎ 俺もしかして死んだぁぁぁ⁉︎ 末期の幻覚⁉︎ やだ連れてがないでお姉さん‼︎ 俺には禰豆子ちゃんという心に決めた人が‼︎」
「ちょ、暴れないでください! 両足骨折なんですから固定しないといけないんですから暴れないで!」
ぐったりとした様子の炭治郎と小さくなった禰豆子が寄り添いあって瓦礫の一部に腰掛けているそのさらに脇では伊之助が大の字でぶっ倒れていた。むしろ寝ている。
「全員無事か?」
「あっ……奏多さんと……宇髄さん⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」
「いや、地味にやべえ毒が回ってる。おい、奏多どうやって解毒するんだ?」
奏多が宇髄を下ろして瓦礫に寄りかからせる。
パチクリと目を開けたチビ禰豆子がひょいと瓦礫から飛び降りて宇髄の元へやってきた。
「おいどうするってんだ? 血でも吸い出してもらうのか?」
「いや火炙りにしてもらう。禰豆子に炭治郎、お願いしていいか?」
「は?」「えっ?」「ん?」「なに?」
宇髄と嫁三人が疑問符を浮かべた瞬間、ひょいと立ち上がった禰豆子が炭治郎を引っ張りながら宇髄の膝に手を乗せる。
ぴとりと触れた禰豆子の手から火炎が迸り宇髄を火達磨にした。
「オワアァァァア⁉︎」
「ぎゃぁぁぁぁあ!!? 天元様⁉︎」
「待ってください待ってください‼︎ せめてお葬式をあげてから火葬に‼︎」
突然の炎に四人は大混乱で変なことを口走った。
無言の雛鶴は驚愕の余り血走りそうなほど目を見開いて硬直しており喋れないだけである。
須磨が禰豆子をひっぺがそうと掴むがそこは鬼なので微動だにしない。
「死ぬとは思ってたが、派手に焼け死ぬとは祭の神らしいじゃねえか……三人には伝えたいことがーーー」
何故か死期を悟った宇髄が火達磨のまま遺言を残そうとするがそのタイミングで火が消える。火傷一つなく負わされた傷以外毒の化膿などがきれいさっぱり消えた宇髄の姿がそこにあった。
「ほら大丈夫だったろグハッ!」
「先に言え! 地味に驚いただろうが!」
ひっぱたかれた奏多であった。
「そうです! 心臓が止まるかと思いましたよ! 雛鶴さんなんてまだ固まって……雛鶴さん?」
「雛鶴!? あんた息止まってる! ほら! 息して!」
まきをが雛鶴の背中をぶったたく。呼吸を思い出した雛鶴が酸欠気味の青白い顔をしながら激しく息を吸う。
「とりあえず、毒は消えたみたいだな。感謝するぜ竃門」
「よかったです宇髄さん。あの、少し見回りに行ってきます」
「おいおい馬鹿言うんじゃねえよ、怪我、結構深いだろ無理に動くな」
「大丈夫です! 禰豆子に背負ってもらうので!」
「いやいや炭治郎、肩の傷が須磨さんの手当てあったとは言ってもかなり深いんだから無理に動くなって」
「大丈夫です! 大丈夫です!」
そのまま禰豆子に背負われて駆け出していってしまった炭治郎に呆気に取られる一同であった。
「あの、炭治郎くん私が応急手当てした時より怪我が増えてるんですが……?」
もしかしなくともそれはまずいのでは? どさくさに紛れて須磨の膝を枕にし夢中になっている善逸以外がそう思った。
「とりあえず、危うく未亡人三人も作るところだったな宇髄」
まあ禰豆子がいるから大丈夫だろうと楽観視する。
ふいー、と息を吐いて手当てを受けつつ気をぬく宇髄の隣に奏多が座る。この中だと伊之助と並んでかすり傷だけの軽傷の為自力で軽く包帯を巻いただけで済む。
「何言ってんだ、忍の俺でさえあの有様の毒じゃお前なんてすぐ死ぬぞ。お前だって未亡人作りかけてただろ」
「いや俺結婚してないぞ? 未亡人って誰が?」
「は? ……は??」
宇髄の困惑が伝わり奏多もなお困惑する。
「え? お前奏多結婚してないのか?」
「誰とだ? そう言う浮ついた話したことあったか俺?」
「いや元花柱の奴だよ、ほら燻御カナエ」
「え?」
「え? 俺はてっきりもう籍も入れてるもんだと思ってたんだが? 嫁三人からもそう聞いてるんだが?」
奏多が三人に目を向ける。全員がどう言うこと? みたいな顔をしていた。
「え? 以前毒物の研修の後、酒の席でカナエさんが燻御カナエ行きます! って言いながらまきをとお酒の飲み比べをしてたんですが、燻御って奏多さんの名字ですよね?」
と雛鶴。
「え、うん俺燻御奏多」
上弦との戦いより混乱している。
「結婚してないんですか奏多さん⁉︎ 同じ家に住んでるのに⁉︎」
「まあ確かに住んでる?」
須磨がめちゃくちゃ食いつく。
確かに自分の屋敷にいる時はカナエが客間に勉強しにきてるし蝶屋敷にいる時はカナエと茶を飲んだりしてるので同じ家に住んでるようなものなもしれない。
「大切な家族だって言ってましたよ⁉︎」
「いや確かに大切だと思ってるけど」
カナエの事を好ましいとは思っている。行冥や日野坂親子、しのぶもカナヲも皆大切な人達だ。
「熱い抱擁も交わしたって!」
「むしろ寒すぎて死ぬ寸前だった気がするんだが」
思い浮かぶ限りカナエを抱きしめた? のは上弦の弐に殺されかけた時くらいである。
「寒い中での熱い抱擁⁉︎」
まきをと須磨がキャーキャー大興奮している。スッと須磨に膝枕されていた善逸が起き上がる。真顔で鋭く目が据わっている。
「それは最早付き合っているのでは?)
(付き合っているのでは? 誰と? カナエさんと?)
かあっと顔が過熱した。水蒸気が湧きそうなほどに顔を赤くした奏多を見て全員が歓声をあげる。
「唐変木だ! 唐変木だったんですね奏多さん‼︎」
「違うよ須磨! 朴念仁よ! でも実ったわ!」
「こりゃ傑作だ‼︎ やばい腹がよじれて死ぬ! お前戦いの派手な洞察力はどこ行ってたんだ⁉︎」
「祝言はいつですか? しっかり用意しますよ奏多さん」
奏多が顔を赤くしたまま地面で悶え苦しんでいる。そう考えると思い当たる節が多すぎて記憶の濁流に飲まれているのだ。
「すいません戻りました」
「あっ炭治郎くん! 聞いてください明るい知らせですよ!」
「おう聞け聞け竃門!」
話を聞いた炭治郎が虚ろな目でポツリ。
「あ、しのぶさんの言ってた外堀内堀本丸って奏多さんのことだったんですね」
それがトドメになり奏多はうつ伏せのまま動かなくなった。戻ってきた炭治郎もそのままぶっ倒れた。
「不甲斐ないな、燻御。お前が付いていながら宇髄の片目を無くさせるとはそれでも剱柱か? でもまあ、初の上弦撃破だ褒めてやってもいい。一番下の雑魚だが?」*1
「ああ、不甲斐ないと思ってるよ。まだまだ足りない、炭治郎達がいなければ屍になってたのは俺たちだ」
増援でやってきた伊黒がネチネチしているが奏多と宇髄は神妙にそれを聞いている。嫁三人は伊黒用ネチネチ変換器が付いてないので今にも殴りかかりそうに青筋を立てている。
「……そこの奴らが? 生き残ったのか?」
「いや死んで無いから、ほら隠の人たちも治療してくれてるでしょ」
安らかな死に顔(死んで無い)を晒す善逸に大の字で寝る伊之助、そして泡を吹いてしまっている炭治郎だが全員生きている。炭治郎の重体度が突き抜けているが。
「新しい芽が芽吹いてる、まだまだこれからだぜ?」
奏多と宇髄のいい笑顔に、怪訝げに炭治郎達を見つめる伊黒だった。
「ところで、燻御、顔が赤いようだが鬼の毒の影響か? 全く事後処理を投げ出すとはな。ゆっくり休んでおけ」
宇髄が吹き出した。
「いや顔のことは突っ込まないでくれ……処理の指揮はできるから……」
唯一無事な奏多と伊黒で隠蔽や被害者の手当てなどの指揮を執り、やがて朝日が昇る。空にある月は消え、暖かな日の光が大地を照らしていた。