剱の呼吸   作:MKeepr

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第三話:小休止

―――起きないな。

 

―――起きませんね。

 

―――早く礼を言いたいんだが。というか寝息が凄まじいなこの子。

 

―――私も驚きました。これは有望株ですよ。

 

 声が聞こえた。何かが目の前にいる。まさか死んだのだろうか、と自問した。体の痛みもない。彼岸でまさか死神にでも見つめられてるのだろうかと目を開く。

 

 目の前にひょっとこがいた。鍛冶場の神棚に飾られていた物と比べるとかなり厳つく目力がすごいひょっとこだった。

 

「起きたあああああああ!!」

 

「うおわああああああああああ!?」

 

 

 かぶっていた布団を跳ね上げて横に逃げようとしたらベッドで眠っていたらしく腕を踏み外して床に落ちる奏多とそれを焦って助け起こす筋骨隆々のひょっとこの図に、鈴の音のような美しい声が割り込んできた。

 

「ふふふ、おはようございます奏多さん。調子はいかがですか?」

 

 ふわり、と花の香りが奏多の鼻腔をくすぐった。そして思わずその女性から目を逸らした。逸らした先隣の空間にむきむきひょっとこが居たので天井を見て、意を決して二人を見る。

 

「調子はいいんですが、爺さん……あ、日野坂さんは無事ですか?」

 

「ええ、無事ですよ」

 

「そのことに関してだ! 奏多君!! 本当にありがとう!! 鬼から父を助けてくれて本当にありがとう!!」

 

 微笑む女性とその脇からシュバッと奏多の隣に移動し奏多の両手をブンブンと振るひょっとこ。奏多からしてみれば肩が外れそうで怖いとか、なんでひょっとこの面をしているのかとか疑問はあるが、それ以上に大切なことが分かった。

 

 ()()()()()()()()

 

「これをどうぞ。日野坂さん? あまり乱暴はダメですよ」

 

 差し出されたハンカチが歪む。いや歪んでいたのは奏多の視界だ。頬を大粒の涙が流れ受け取ったハンカチの隙間からぽろぽろと零れていく。

 

「ど、どうしたんだ奏多君!? 痛かったか!? すまない!!」

 

「違うんです、違うんです、でも……嬉しくて」

 

「……ああ! 私も嬉しい! 父も生きていて君も無事で、本当によかった!」

 

 ブシャァと日野坂老人の息子、龍彦(りゅうひこ)が滝のように涙を流し、ひょっとこの面の口の部分から水鉄砲のように涙が溢れた。

 

 

 

 

 しばらくの間泣いた後、美女の持ってきたお茶で水分を補給しつつ状況の説明を受けることと相成った。ひょっとこ龍彦さんは外に退出させられた。

 

「なんだか……ズビ、迷惑をお掛けしてスイマセン」

 

「迷惑だなんて、私たちからすればあなたには感謝しかありませんよ」

 

 ベショベショになったハンカチをムスッとした少女が籠に入れて持っていくのを見送りつつベッドの縁に座って、同じく少女に運ばれてきた椅子に座った女性が微笑を見せる。沙代も大きくなったらこれくらい美人になるのだろうかと違うことを考えて顔が赤くなるのを奏多は誤魔化した。

 しかし改めて見るととてつもなく美人である。艶やかな長い黒髪とそれを結う蝶の髪飾り。黒い詰襟の上からもどこか蝶を思わせる白い羽織を掛けている。

 

「……すいません、ところでお名前は」

 

「ああ、失礼しました。私は胡蝶カナエと申します」

 

 ニコリと微笑みながらカナエは奏多に状況説明を開始する。

 

「まず、貴方が殺したのは鬼と呼ばれる生き物です。人を食べる恐ろしい生き物で私たちはそれを殺す為の組織で鬼狩り、もしくは鬼殺隊と呼ばれています」

 

 ゆらりと立ち上がると羽織が揺れた。腰に差されていた刀がすらりと引き抜かれる。特徴的なのは花弁のような意匠の鍔。青空を思わせる美しい刀身、根元に刻まれた悪鬼滅殺という文字。

 

「もし、の話ですがよろしければ貴方も私たちの仲間になりませんか?」

 

「……ああいう鬼は、他にももっと沢山いるんですよね」

 

 俯き思い浮かべる。あの日襲ってきた鬼。自分が切り殺した鬼。

 

「ええ、夜の闇に紛れ悲劇をいまだに起こしています」

 

 いつか人と鬼が仲良くなれるかもしれない。カナエはそう信じているが、現実問題引き起こされているのは悲劇ばかりだ。

 少し思案するように目をつぶっていた奏多が目を開き、カナエを真正面から見据える。

 

「俺も戦わせてください。鬼に大切な人を奪われる悲しみと怒りは、この世には要らない物だ」

 

 対するカナエは嬉しく思いながらも悲しくなった。まだ妹と二つか三つしか変わらない程度の子供がこんな覚悟を決めた目をしてしまう。もし初めに隊士が鬼を捜索するため先行するのではなく、自分が初めから向っていれば良かったのだろうかと考えてしまう。

 他の隊士達から見ればカナエは優しすぎた。鬼を切るのに一切の躊躇いは無くとも優しすぎるのだ。

 

「それでは、龍彦さん?」

 

「待っていたぞ!!」

 

「うわああああああ帰ってきた!!」

 

 ドアをバーーンと開け龍彦が戻ってくる。迫力がすごいその手には刀が握られていた。

 

「あっそれ俺が使った……」

 

「そうとも、これは日輪刀と言って陽光山で採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で打った日本刀でな! 奏多君がやったように鬼の頸を切ることで殺すことができる唯一の武器だ!」

 

 補足するようにカナエが人差し指を持ち上げる。

 

「別名、色変わりの刀と呼ばれています。呼吸の適性に合わせて色が変わるので、全集中の呼吸を取得してる奏多君にはこれで適性に合わせた育手の所に行ってもらいますね」

 

 呼吸が何の事だか分からないが受け取って鞘から引き抜く。下手に扱ったせいか所々が刃こぼれしていてなんだか奏多は申し訳ない気持ちになる。しかし製作者の龍彦からすれば父を守ってくれたのだし構わないと言った所だった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 色が変わらない。

 

「あの、色変わらないんですが、もしかして鬼を切っちゃうと色が変わらなくなるとか……?」

 

「いえ、そう言うことは無いはずですが、おかしいですねえ」

 

「いやちょっと待ってくれ。まさか? ちょっと貸してくれ」

 

 刀を手渡すとひょっとこ面を限界まで刀身に近づけて覗き込む龍彦が息を吐いた。

 

「色は変わっていた! 見てくれ奏多君! 私が打った時とはわずかながらに色が違う! つまり君の日輪刀の色は鋼色、つまり灰色系統だ!」

 

「えっ何それ紛らわしい」

 

「灰色系統ということは岩の呼吸の系列ですね。育手の方が居るか確認しておきますから、今日はゆっくり休んでください」

 

「ではまた! 明日は父を連れてくるからな!」

 

 ドタドタと出ていく龍彦とカナエを見送り、ベッドで寝なおす奏多はぼそりと呟いた。

 

「……爺さん、やりたいこと見つかったぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 そうして眠った翌日。

 

「気を付けてな、奏多」

 

「爺さんこそ、しょっぱいもの食べ過ぎるなよ」

 

「奏多くん! 君の刀は私が打つからな! 楽しみにしているといい!」

 

 全員が目が真っ赤でズビズビひっくひっくしながら別れを惜しむ。黒装束の人達も少ししんみりとしつつ、一人だけ目が死んでいる。カナエは既にここを発った後とのことだった。任務が忙しいのだそうだ。

 日野坂親子に見送られながら、黒装束の人と共に奏多は出発することとなった。

 二日ほど黒装束の佐藤さんと走ったり道なき道を行ったりして巌滝山の麓にたどり着くのだった。


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