水が落ちる。大量の水により呼吸もままならなず、体温も奪われ、水圧で押しつぶされそうになるのを足腰を強く粘らせ堪える。
「心頭滅却! 心頭滅却! 心頭滅却! 心頭滅却」
瀑布による騒音を上回る大声で叫んでいるのは奏多である。この修行、気力と足腰を鍛える為の物らしいのだが殺意が高い。具体的に言うと気絶するまでやるのである。奏多がずっと叫んでいるのは気絶したかどうかの確認のためである。
「心頭滅却! 心頭滅却! 獅子唐目高! 使メキャ」
「…………………………………」
「限界のようですね」
気を失った奏多が腰に巻いていた縄で回収され、気付けに一発引っぱたいてたたき起こされる。
「し、死ぬかと思った!」
「大丈夫ですよ毎回のことなので死にませんて。体が冷えているでしょう、温まってきてください」
ガタガタと震えながら起き上がった奏多に朗らかに笑う彼は岩の呼吸の育手の一人だ。
歳老いているが筋肉がすごく笑顔が優しげだが畜生である。名前を
「いやぁあぁぁぁあったまるぅ!」
切られ干された丸太に藁を巻いて焚火から火を付けるとそれを肩に担いで大急ぎで走り出す。
火のついた丸太を担いで燃え尽きるまでに山を下り登ってくる頃には体も確かに温まってはいるが辛い物は辛い。むしろあったまり過ぎて帰ってくるなり一発川に飛び込んで冷却するまである。
その後、詰め込める限り腹へ飯を詰め込んで休憩。
午後になれば刀を持って基礎練習の素振りをひたすら繰り返す。
へとへとになりつつも模擬戦に移行する。限界の中で仕込むからこそ体が動きの最適化を図るからだ。
「ほら、呼吸が乱れてますよ。太刀筋もぶれていますし、集中集中」
ジャラジャラ、と鎖鎌の形状をした日輪刀を伏銅が操る。鎖分銅で鬼の頸を千切り飛ばしても切ったのと同じ効果があるらしいこの鎖はいくつも居る岩の呼吸の使い手が用いる攻防の要らしい。ちなみに奏多では使うのは無理だった。
近年岩の呼吸は基本の呼吸と呼ばれつつも柱を出しておらず、去年別の育手出身の者が柱になれるのではと期待されているとのことだ。
鎖は変幻自在で、死角や予想外の方向から来るそれを刀で弾き躱していく。この際刀を刃こぼれさせた数だけ腹を殴られるのである。奏多はこれによって生来持つ夜目の良さだけでなく、単純な目の良さも鍛えられていった。ついでに腹筋も。
来た当初は他にも訓練をする人たちがいたのだが、無事最終選抜を突破し鬼殺隊になった。そしてカラスを連れて帰ってきた。あのカラス、鬼殺隊ではわりと一般的なのだろうかとふと奏多は手の甲をさすった。
最終選別は年一の定期開催と不定期の開催があるようなのだが、今回の最終選別でそれに使う雑魚鬼が全滅したらしく来年までは行われない可能性が高いそうだ。逆に言えば一年みっちり修行できるという訳である。
なんとどこかの偉い柱からの指定がありこの一年を奏多に集中させて良いとのことだそうだ。
なので基礎となる足腰をひたすら苛め抜き続け強固な土台を作り上げていく。
呼吸に関しては我流でおかしかった部分を伏銅の協力の下矯正した。腰曲がりで効果が低くなっていたのが正されたことで本来の力を発揮することとなった。節に穴をあけた竹の連続破裂を達成した時は思わず雄叫びを上げてしまった。"全集中の呼吸常中"と言うらしい。
伏銅は奏多ができたことに驚き、岩の呼吸の使い手ではないことをすこし悔しがった。
呼吸の矯正が終わってからは"条件反射"と呼ばれる技術を取得の為岩を押して押して押してたまに引いてみたりして押しまくった。
そうして最終選別まで一年間ひたすら鍛錬を続ける間に背も伸びた。二年前は百四十だったのが今や百六十となった。骨格が増強されたことで搭載できる筋量も増え、最終的に火丸太二本を担いで山を往復するまでになった。岩も"条件反射"により押せるようになり、調子に乗って押してたら斜面から落っことしてしまいそれを上に運ぶ事態になったりもした。
夏の暑さでもだえ苦しんだり真冬には滝に打たれ続けて凍死しかけたり雪で足を滑らせて抱えた丸太で斜面を滑り落ちたり雪崩に巻き込まれかけたり割と危険な修行であったが、奏多はすべてをこなした。
「さて、最終選別に行く前の最後の課題です。私を納得させてください」
最後に待っていたのは伏銅との全力の勝負だ。伏銅自身、もう奏多のことはこの一年で認めていた。常中ができるようになったこともそうだし、歳で衰えていると言い訳したとしても既に実力で負けている。
だからこれは安心の為の儀式だ。修行によって作られた大きな土台にどんな成果が立つのか確認するための。
構えを取ろうとする二人だが、不格好に伸びきった奏多の髪を見て伏銅は溜息を吐いた。せっかくの儀式なのに身なりを整えずやるのはもったいないと思ったのだ。
「奏多、まずは髪を切ってからやりましょう。最後の課題なんだから身なりを整えてね」
と言うことで髪を切ってもらうことになった。外の岩の一つに座らされハサミで髪を切っていく。
「そういえば、自分の呼吸に名がないのは不便ですね。我々岩から派生した呼吸ですし、その鋭さや足運び、炎の呼吸の如き力強さ、さしずめ"鋼の呼吸"と言った所ですかね?」
顔を向けようとしたところで両手で挟まれて頭を固定されたので、頭を動かすのをやめそのまま奏多は疑問を口にした。
「呼吸の名前自分で決めていいんですか?」
抑えていた手を退けて鋏がすっかり伸びていた髪を切っていく。長さに関しては奏多は成長して大人びてきたのだが結構な女顔なのであまり短いのは似合わないなと伏銅は判断。伸びていた後ろ髪を縛ることでとすっきりさせつつ長さを維持する方向で行こうと決めた。
「あなたは私の弟子という訳ではないですし、どこかの柱の継子という訳でもありませんしね。今のあなたの呼吸は岩の基礎を持って派生した新たな呼吸の一つという訳ですから、名前は好きなようにつけていいと思いますよ」
「それだったら、
「どうしてですか?」
チョキリ、チョキリ、と髪を切る音がしばらく続く沈黙の後に奏多はもう一度口を開く。
「俺は、剱になりたい。誰かを守るため、鬼を斬るため、鬼のせいで誰かが苦しむ、そんな悲しみの連鎖を俺の剱で断ち切りたいんです」
「それは良い。"剱の呼吸"ですか、それは良いですね」
感慨深そうに言葉を反復する。
髪を整え後ろ髪を引っ張って一つ結にして紐で縛る。
「この紐は割と応急的なモノなので、藤襲山に行く途中の町で好みの紐を見つけてくるといいですよ」
「ありがとうございます、じゃあ」
「ええ、最後の課題といきましょう」
箒で服についた髪を落とし刀を腰に差す。広場に移り奏多と伏銅が向かい合う。先ほどまでの笑顔は消え、真剣な眼差しがぶつかり合う。
始まりの合図は無い。伏銅が鎖を振り分銅を回し始める。
「心頭滅却」
ゴオッと息を吸い、一言。岩の呼吸に付随する技術で"条件反射"もしくは"反復動作"と呼ばれるものだ。あらかじめ決めた動作をすることで集中力を瞬間的に限界まで高める技術。呼吸と組み合わさることでその効果は絶大なものとなる。
奏多が思い浮かべるのは、鉄を鍛える槌の音。自身を鍛え上げ、そして剱と成す想像。
超高速で分銅が迫る。曲線を描き翻弄するのではなく、最速で一直線に飛来する、大木でさえぶち抜く破壊力を持つ岩の呼吸の型。
対して奏多は鞘から刀を抜いていない。居合の構えを見せる。
ヒュウ、と吸われた息が全身の血管を駆け巡る。
"全集中 剱の呼吸"
"弐ノ太刀
鞘走りで加速した斬撃が寸分たがわず飛来する分銅横から侵入し、分銅を繋ぐ鎖ごと真っ二つに切り裂いた。吹き飛んだ分銅は後方の木に突き刺さり、もう一つは地面に勢いのまま埋まりこんだ。
残心のように一度振られた刀には刃こぼれひとつない。
「……素晴らしい。合格です」
自身の技を破られても伏銅は笑顔のまま合格を告げた。彼が育手として送り出してきた者達と比較しても最上格である奏多が多くの鬼を殺すことを期待する。悔しさは無く、あるのは純粋な喜びだ。
「君が自分の信念を全うできることを願いながら、私はこれからもここで使い手を育てていくよ、鬼が居なくなるその日までね」
「ありがとうございました、伏銅さん」
刀を鞘に納め頭を下げる。
「この一年が君の糧となって君が誰かを守れることを願っているよ」
その日の夜は豪華な夕食を出され、食べると出され、出される限り食べ続けた奏多だったが食べれば食べるだけ祝いということで勧められ食事が終わった頃には吐きそうになるのを抑え込みながら眠りについた。