剱の呼吸   作:MKeepr

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第六話:焼き戻し

「さあさあ見てくれ奏多くんの為だけに打った一品だ。どうだどうだ?」

 

 筋肉の舞*1を踊りながら渡された日輪刀を丁寧に受け取る。鉄ごしらえの鞘は木製に比べれば少し重いが今の奏多には問題ない。手にしっかり馴染む柄は、漆で塗られた黒の鮫皮の上から鉄紺色の柄糸を巻かれ質実剛健さを感じさせる。

 

「鍔は父が作ったんだぞぉ」

 

 鉄で打たれた鍔は丹念に磨き上げられた木瓜型に沿うように藤の花の装飾が添えられていた。藤の花が鬼の毒になると聞いた靴槌老人がお守り代わりに作り込んだのだ。重心がずれない様、木瓜形全体をしっかりと調節した職人の技である。

 刀をゆっくりと抜くと、美しい鋼の刀身が姿を現す。それは半ばから両刃に変わり、先端は剣のようになっていた。奏多がそれをゆっくり眺めていると、根元の部分から僅かに色が変わっていく。変わっていく過程を見るか、刀の制作者でもなければ気付かない僅かな違いではあるがしっかりと色変わりの刀としての特性を発揮していた。

 

「改めて見るとわかりにくいですねー色変わり。岩の呼吸も灰色で分かりにくいとは思っていましたがなおのことわかりにくい変わり方があるんですねえ」

 

 巌滝山の刀を譲られていた為、今まで奏多の使っていた刀は灰色をしていた。

 

「俺の為に刀を打ってくれて、鍛えていただいて本当にありがとうございます」

 

 鞘に納め二人へお辞儀をする。感謝してもしきれない思いがある。

 

「鬼殺隊の一員として、この服に相応しくなれるように俺、頑張っていきます」

 

 立ち上がり、腰のベルトに差してみる。奏多としてはなかなか様になっているのではと思う。

 滅の字を背負った黒い隊服の上からよく着る黒い羽織を肩にかけてみたら身を引き締められているように感じる。それは下手な鬼では裂くことすら出来ない鬼殺隊の知恵の結晶だからか。

 お洒落としては飾りっ気が藍の組み紐だけである。今は座敷なので脱いでいるが袴とブーツの組み合わせもお洒落と言えばお洒落だ。孤児で日々に精一杯だった奏多はそういうのには疎い。伏銅と日野坂はそれが少し残念な気もした。

 

「もう少しオメカシした方がいいんじゃないですかねえこれは」

 

「確かに、奏多くんならこれだともったいない気もするぞ! これはこれで別嬪さんだが!」

 

「……え? 似合ってない?」

 

「「いや似合ってる似合ってる」」

 

 詰襟と羽織の影響で肩幅と体のラインが分からないため一見少し骨太の美女に見えるのだ。その中身は細いとはいえ筋肉である。この空間には細いマッチョ(奏多)マッチョ(伏銅)超マッチョ(日野坂)の三筋肉の空間だ。

 

『お仕事の時間ですよ! お仕事の時間! 任務ですよ!』

 

「うわああああ喋ったあああああ!!?」

 

 外から器用に嘴で戸を横に押しあけて飛び込んできた鎹烏が喋り出して奏多は驚いた。他二人は知ってるので驚かない。

 

『南東の採石場で人が消えていますよ! 調査ですよ! 任務ですよ!』

 

「それじゃ、気を付けるんですよ、奏多」

 

「刀のことで何かあればすぐに知らせてくれ! 奏多君!」

 

「ありがとうございます。では行ってきます!」

 

 鎹烏に急かされながらブーツを履いてもう一度お辞儀をする。

 玄関を飛び出して手を振りながら山を下り街道に飛び出す。鬼殺隊として初めての任務が始まる。

 

 

 

 

 

 

「成る程、崩落事故に熊が出たり」

 

「ああ、崩落が起きるはずのない場所のはずなんだがな、更に人喰い熊まで出るとなるともうこれはどうしようもない。猟師が猟銃担いで山狩りに出かけたが、誰も帰ってきやしなかった」

 

 採石場に連なる村にやってくると、明らかに村の様子が暗かった。偶然通りかかった男に話を聞いてみるとやはり採石場で何かが起きているらしい。

 

「人の味を覚えた熊は人間を襲い出す。だから村の連中も熊がいつ村に降りてきて暴れないか不安なのさ。それにこの村の収入源は採石だからな、決まって夜に熊が出るから採石場で仕事できるのは短い間で更にビビりながらやるからろくに仕事にもならんよ」

 

 この男性はどうやら採石場で働いているらしかった。採石場の場所を聞くと心配されたものの教えてくれる。

 

「行かせてくれ! 父の仇は僕が取るんだ! 熊なんて撃ち殺してやる!」

 

「やめてださい与助さん! 貴方まで帰ってこなかったら私どうにかなってしまいます!」

 

 女に襟首を掴まれながらも引きずるように進んでいく男が奏多の脇を通り抜けていく。その手には猟銃が握られている。

 

「ああ、山狩りに行って帰って来なかった猟師の息子さんだな。祝言を挙げるって時に酷え話だ。親父さんも息子の祝い事に水は差させねえって張り切ってたんだが……」

 

「……ありがとうございました」

 

 顔を伏せる男に軽く会釈をして、今まさに言い争いながら採石場へ向かおうとする男の前に立つ。

 

「なんだ君は、この銃が見えないのか危ないぞ、退いてくれ!」

 

「貴方は行くべきではない」

 

 道を譲ること無く奏多はそう告げる。押しのけていこうとしたが奏多は微動だにせず、逆に男が押し戻されてしまった。

 

「君に何が分かる! 見たことない顔だからこの村の人間でもないのだろう⁉︎」

 

「少なくとも、貴方が言ってもし帰って来なければ、その女性は悲しむ」

 

 男は顔を歪ませて、襟首をつかんでいた妻を見た。息を上げて大汗をかいて、男を喪いたくないという怖れが顔にありありと浮かんでいた。

 

「……父をようやく安心させられると思ったんだ。僕にはもったいないくらいの素敵な女性が妻になってくれるって」

 

 男が襟首を掴んでいた手を取るともう離すまいと女性が強くその手を握った。

 

「父が死んだことへの怒りもある。それ以上に妻が熊に襲われるんじゃないかと思うと思うと僕は恐ろしくてたまらないんだ! だから僕が猟師としての責務を全うする必要がある!」

 

「《だから、俺が来ました》。この事件は貴方の責務ではない。俺が果たすべき責務です。」

 

 力強い瞳で奏多は男を見つめた。男より明らかに若く背も低い少年の言葉に、男は例えようのない説得力と安心感を感じた。

 

「頼む……父とみんなの仇をとってくれ!」

 

 託すように頭を垂れ、男の懇願に奏多は力強くうなづく。

 

「任せてください」

 

 踵を返し採石場へ向かう奏多の背で夫婦は祈った。この少女、いや少年が無事でありますようにと。

 採石場に着いた頃にはすでに日が落ちていた。鬼の時間だ。月明かりが照らす採石場は夜間作業の為の照明装置があるが、男の言っていたように日が落ちる前に撤収する為消灯されており、奏多にはつけ方がわからないので放置である。

 始まりを遡れば平安時代にまで行き着くと言われる採石場で、森を開かれ石の地面があらわになった場所だ。採石によって切り立った崖の一部などは見事にくり抜かれている。

 良質な石を取るため人一人が入れるような坑道も掘られいて、その中には本来崩れないであろう頑強な石に亀裂が入り崩落している場所があった。

 そして周りを空より暗い森に囲まれた様子は成る程、熊が出ると言われれば納得してしまいそうだ。

 しらみつぶしに森の中を探索してみても木の折れた後などは見つかるものの鬼自体が見つからずしばらく経って採石場に戻ってきた。

 

(一体どこに、いや。なぜわざわざ採石場に鬼が顔を出したんだ? 何か理由が?)

 

 あたりを見ればツルハシが立てかけられている。物は試しと拾い上げ崖に振り下ろしてみる。ガキンと小気味のいい音を立てて石が削れる。

 すると、森の方からメキメキと木が折れ枝が折れる音が生まれ、近づいてくる。そちらを向いて刀を構えると大きな玉のようなものが森を突き破って崖から落下し、採石場の地面を割った。ほぼ完全な球体だが、その表面は亀の甲羅のようにも見える。

 

「異形の、鬼?」

 

「殴る音が聞こえたぞ、また酷い奴が来たんだ。そうだお前、僕を虐めに来たんだろ」

 

 球体だったそれがメキメキと割れ開く。そこから手足が伸び、最後に頭が現れた。球にそのまま手足をつけたようなずんぐりむっくりした歪さだ。そして一般人が夜間に見たなら熊には十二分に見えるだろう巨大さである。

 

「僕は何も悪いことしてないのにみんな僕を虐めるんだ。お前もそうだろう?」

 

 鬼の哀しそうな表情が本気でそう言っていると奏多にはわかる。だからこそ許せない。

 

「何も悪いことをしていない……? 人を食っただろ!」

 

"劔の呼吸 弐ノ太刀、布都椿"

 

 高速の踏み込みと居合は鬼の胴を切る。しかし血が出ない。鬼の腕が数瞬前まで奏多のいた場所を砕いた。

 

「切りにくいっ!」

 

 思わず奏多が呟いて舌打ちした。

 球体状の体で剣筋が滑りやすく甲羅のような装甲も中に気泡がまばらにあったり硬さがまちまちで切りにくかった。刃こぼれや折れなかったのは奏多の鍛錬と日野坂の鍛治の腕の高さのお陰だ。

 その切られた部分の甲羅が突如スライドするように移動して新品の甲羅と入れ替わり、傷ついた甲羅が弾け飛んで奏多を襲う。

 

"劔の呼吸 参の太刀、尾羽(おば)切り"

 

 高速の二連撃により切り払われた甲羅が地面に突き刺さる。

 

「非道いな、食事をすることも許さないなんてやはり僕を虐めに来たんだろ!」

 

 甲羅鬼が歯をガチガチ鳴らしながら頭を抱えるように蹲ると甲羅同士がくっつき再び球体となる。その場で地面を削りながら高速回転し奏多に向けて突進してきた。

 横に躱そうとすると追尾するように進路を変えてきた甲羅玉をギリギリまで引きつけてから上空へ跳躍。回避された甲羅鬼が背後の岸壁にめり込む。

 

「避けるな! 卑怯者!」

 

「甲羅に篭った奴が何言ってるんだ!」

 

「それはお前が僕を虐めるのが悪いんだ!」

 

 岸壁と瓦礫を弾き飛ばしながら甲羅鬼は再び突進する。奏多の跳躍と同時、甲羅鬼も鞠のように地面から跳ね上がった。

 

(空なら避けられない! 僕を虐める奴がまた一人減るぞ!)

 

 勝利を確信した甲羅鬼。だが確信したのは鬼だけでない。奏多もだ。二度目の跳躍は回避のためにしたのではない。鬼を切るためにしたのだ。

 頭の中に槌の音が響く。体が劔となる。体の軸を横にし、跳躍のエネルギーを回転に変換。

 

"劔の呼吸 壱ノ太刀、草薙"

 

 それは変則的な草薙。横に切り裂く力を縦に変え、甲羅鬼の回転と斬撃の向きを合わせたのだ。重力加速と体重の上乗せも相まって通常の草薙よりも威力が高い。

 二つが交錯したあと、球が真っ二つになり地面でそれぞれ適当な方向に跳ね飛んでバランスを崩した。

 

「あ、あっ、やだ、虐めなーー」

 

 露出した甲羅鬼の視界に入ったのは岸壁に着地しこちらへ刀を振りかぶる奏多の姿だ。二連続の草薙により甲羅鬼の頸は切り取られ、ボロボロと体が崩れていく。

 崩れきるのを見届けてから刀の状態を見ると刃こぼれも損耗も無いようで、ほっと息を吐いた。

 

 ドン!

 

 ドゴン!

 

"破壊殺 脚式"

 

 ドォン‼︎

 

 突如として採石場の坑道付近が大爆発を起こしたように弾け飛んだ。石が飛び散り破片により煙が採石場に充満する中、刀を構える奏多の目に人影が映る。煙に紛れその姿ははっきりと見えないが、向き合っていることはわかる。

 

「女か、至高への糧にもならん」

 

 重圧(プレッシャー)が奏多を襲う。今までに感じたことのない重圧に思わず刀を持つ手が震えた。口を開くことさえできずにただ構えているだけだ。

 ドン、と衝撃があたりを揺らし朦々と立ち込めていた煙を弾き飛ばすとそこにはもう何もいなかった。

 突如として極限まで張り詰めた緊張の糸が切れたことでその場にへたり込んでしまった。

 

「なんだあれ、なんなんだ」

 

 一つわかる事は、今の自分では足元にも及ばない鬼であるという事だ。今の自分では勝てない。ならばできる事は一つ、修練を続け強くなる事だけだ。後もう一つ。

 

「俺は男なんですがぁ‼︎」*2

 

『次の任務! 次の任務! 北西の町で鬼の疑いあり! 休息ののち向かわれたし!』

 

 何処からか鳥なのに夜なのも気にせずやってきた鎹烏を頭に乗せながら、立ち上がって汚れを払うと納刀し、目を瞑る。

 

(どうか死んだ人たちが天国に行けますように)

 

 少しの間黙祷した後。目を開き歩き出す。

 強くならねば、そう心に決め奏多は次の任務へと向かうのだった。

*1
奏多命名

*2
もし聞こえていたら死んでいた


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