剱の呼吸   作:MKeepr

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第七話:仕上げ

「無事に妹さんが最終選別を突破したみたいでよかったですね」

 

「そうでしょうそうでしょう? 私の自慢の妹ですから。今笑ってないですけど笑うととっても可愛いんですよ」

 

「うんうん俺も見てみたいですね、なんかすごい睨まれてるんですけど俺何かしましたっけ」

 

 テーブルに座って乙女談義のようなことをしているのは燻御奏多と胡蝶カナエである。一見すると骨太の美女と絶世の美女の組み合わせに見える。二人とも長身である。

 

「なぜあなたが居るんですか燻御様?」

 

 黒い詰襟の上から白衣を着たカナエの妹、胡蝶しのぶが奏多の方を美少女がちょっとしちゃいけない顔をしながら睨んでいる。お茶を運んできた時もカナエの元には音も立てずそっと置くのに奏多の元にはドンッと勢いよく置いて露骨に奏多を敵視している。

 

「すごく他人行儀! 休息と待機の命令でて暇だったから来ただけだよごめんね!」

 

「階級(きのえ)の隊員様と気軽に喋るなんて本日なりたてほやほや新米隊員の私では恐れ多いことですよ罰が下ってしまいますオホホホ」

 

 とても朗らかな笑いであった。青筋が浮かんでいなければ背後に花でも咲き乱れていそうな笑顔である。

 

「その理論では今まさに柱と気軽に茶をしてる俺は切腹モノなのでは?」

 

「ぜひお願いします。ここは"蝶屋敷"。怪我人なら何ら文句はありませんよ」

 

「こいつめぇ~~」

 

 奏多がいるのは鬼殺隊診療施設改め"蝶屋敷"である。花柱、胡蝶カナエの屋敷を併設し拡張することで医療施設としての機能をさらに充実させたモノだ。表では今何故か磔にされた鬼殺の隊服が火刑に処されている。

 初めはカナエの柱名に合わせて"花屋敷"と命名しようとしたらしい。

 だが、それを聞いたしのぶが一刀両断。

 

「浅草の動物園みたいで流石に嫌です」

 

 とのことでならば花に集う蝶たちの屋敷ということで蝶屋敷になった経緯がある。医療施設以外に医療に従事する隊士の寝床や孤独になった少女たちの拠り所としても機能しているとのことだ。優しいカナエさんらしいなぁというのが奏多の素直な感想である。

 

「ハアアアアア! 美人の気配! 私の知らない美女が鬼殺隊に居たなんて!!」

 

 表から入ってきたのは眼鏡を掛けた隠の人であった。なぜか目が血走っている。

 見た瞬間しのぶに青筋が浮かんだがすごい悪い笑みを浮かべたまま黙ってカナエに目くばせをしている。

 

「そこの方、そこの方お名前は! 背が高い! スタイル映えするぞ! 良い!」

 

「奏多さんですよ」

 

 名乗ろうとした奏多の口をカナエが抑えしのぶが告げる。

 

「ぜひぜひ、貴女に合った最高の隊服を繕いますので! 寸法を測らせていただきたい! 脱いで!」

 

「ごめんなさいね、黙って従ってあげてください」

 

 すごい目が血走ってて怖い。下手な鬼より怖いぞこの隠と思いつつ、すこし苦笑するカナエの指示に従って黙って頷くと促されるまま隣の部屋へ奏多は着いていく。

 それをニコニコと見送ったしのぶは数十秒後に隣の部屋から響き渡った

 

「う、うぎゃああああああ細マッチョおおおおおおおお!!」

 

 という悲鳴に全力で天を仰ぐようにガッツポーズをするのだった。

 

 

 

「というかよく見たら隊服の袖少し裂けてるじゃないですか、怪我はしてないんですか?」

 

 気絶した眼鏡隠を他の隠が引きずっていくのを眺めつつ茶を再開する。

 

「十二鬼月倒した時に切られたかな」

 

「怪我がないようでなによりですね」

 

 茶菓子に持ってきた金平糖をポリポリと食べながらのんびり茶をするる奏多とカナエ。奏多はかぶせ茶を、カナエとしのぶは玉露を飲んでいる。

 

「……まってください、十二鬼月?」

 

「そうそう、下弦の参だったけど」

 

「ずっと努力してましたもんね、伏銅さんに推薦して正解だったかしら」

 

 湯呑に玉露の二番煎じを注ぎながらほっこりとした笑顔で金平糖を摘まんだ。初任務を受けてから二年がたち、甲に昇格までした奏多の努力は計り知れない。ただ指揮をするのは苦手なので何か合同で事に当たる時は遊撃担当にされてしまうのはご愛嬌。

 今回の下弦の参との戦闘も調査として集団で向かった先、単独行動で探索中にそのまま戦闘になって頸を落としたといった状況だったそうだ。十二鬼月との戦いで一般隊士の被害が無しだったのは類を見ないが単純に被害が出る前に倒してしまっただけである。

 

「姉さん!? 暢気すぎませんか!?」

 

 思わずツッコミを入れたしのぶである。

 

「そうね、私もしのぶや他の子を継子としてしっかり指導していきたいんだけれど……」

 

「姉さん解説が致命的に下手ですからね……じゃなくて、十二鬼月倒したんですよ!?」

 

「いや、これでもまだまだなんだ。ここで満足して止まっちゃいられないからな」

 

 最初の任務中に出会った鬼のあの破壊力が焼き付いて離れない。あの領域に追いすがらねばいけないと思うとまだ満足するには奏多自身自分の実力に納得は行っていなかった。

 

「奏多さんがこれですからね、私ももっとがんばらないといけないですね」

 

「ちなみに、どれくらい解説下手なの?」

 

 お茶を啜るカナエから目線を外して、奏多が小声でしのぶに耳打ちした。

 普段全力で姉を自慢するしのぶが珍しく目線を逸らす。

 

「全集中の呼吸の解説で"肺にびゅおって息を貯めて全身にぶわーっとする感じで呼吸をするのよ"って姉さんに言われましたね。それを言語化して解釈するのに少し時間がかかりました」

 

(感覚派だったのかカナエさん……)

 

 本人は強いが指導には向かないタイプという奴である。逆にしのぶは理路を整然としわかりやすく噛み砕いて説明できる指導に向くタイプである。

 

「じゃあちょっと休息と待機の間ここにいても大丈夫か? 待機の間に里の方から刀が送られてくるらしいんだけど定住してないとその辺不便なんだ」

 

「構いませんよ、ここは蝶屋敷、全ての鬼殺隊員に開かれた場所ですから」

 

 それを聞いて椅子から立ち上がって腰に刀を差しなおす。鍔を里に送ってしまったので不格好になってしまっている。

 

「じゃあちょっと稽古場の方借りてるよ。しのぶも来るか?」

 

「……いいですよ、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」

 

 実際戦う所を見たことがないのとこれからの戦闘の参考になると思ってしのぶは着いていくことにした。

 

「やけに素直だな、明日は雨か?」

 

 そんなことを言いながらに頭を撫でてくる奏多に、青筋を浮かべて小突こうとするがひょいひょいと笑いながら躱され逃げられてしまう。さっさと稽古場の方に行ってしまった後の扉を少し息を切らしながら睨みつける。

 

「なんでアレは私と三しか違わないのに私を子ども扱いするんですか……! ね、姉さんもどうして撫でるんですか!?」

 

(プンスカしてるしのぶもかわいいわ……)

 

 怒っていたがカナエに撫でられると隠しきれない嬉しさが滲み出てしまっている。医学を志し勉強しつつ隊士になったとは言っても姉大好きっ子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、うまいうまい。全力疾走をする感じじゃなくて長距離を走る時の平均速度を上げていくようなイメージで呼吸するんだよ」

 

「目の前でそれやめてくれませんか?」

 

 庭に飾ってあった岩を担いで反復横跳びしている奏多の先、しのぶが正座をしながら全集中の呼吸を続けていた。基本中の基本である呼吸だが、それと同時に奥義でもある。

 ほとんどあらゆることに応用が利くからこそ基本を大切にしなければいけない。そう真面目に伝える奏多だが背に岩を背負って目の前で反復横跳びをされるという意味不明すぎる図に真面目な話が加わった結果しのぶの横隔膜に痙攣を与え呼吸の難易度を知らず上げていた。

 奏多が蝶屋敷に滞在して数日だが蝶屋敷にはない腕力があるのでそれに関わることを手伝ったりもしていた。一緒に手伝ってくれる隠の人がすごく申し訳なさそうにして居たりもしたが概ね平和だ。医療施設なので当然怪我をした隊員がやってきて、暇な奏多は鍛錬の合間に機能回復訓練を手伝ったりしていた。

 

「お待たせした奏多君。今回も()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 そうしてようやく刀が届く。背が伸びるのに合わせ幾度となく刀の長さを調節したりとお世話になっている日野坂龍彦がやってきて感慨深そうに何時もの決まり文句を口に出した。今打った刀が最高傑作。そして次の刀はそれを上回るさらなる最高傑作であれ、龍彦の信念だ。身長が五尺七寸*1になった奏多の要望に合わせ少し刃渡りと柄を伸ばしていた。

 任務から帰ってきたカナエとしのぶも居合わせる。姉妹は単純に奏多の日輪刀の色変わりの瞬間を見物したいだけだ。

 

「さ、いつも通り試してみてくれ」

 

 刀を受け取った奏多が立ち上がって庭に出る。三人がぞろぞろとそれについて行き、何事かと療養中の隊員なども見物にやってくる。それを気にすることは無いようで、小石を一つ拾い上げて空と投げた。

 落下してきた石を一閃。居合が炸裂しその場に真っ二つになった小石が落ちる。見物人から「おおー」と感嘆の声が溢れた。

 

「いつも本当にありがとうございます!」

 

 二度、三度さらに振ってみてから、奏多は笑顔で龍彦の方を向いて礼を言った。快活な笑顔だった。

 

「あっ」

 

 小さくしのぶが声を出して姉の方を見た。カナエは分かってましたよと言わんばかりに微笑んでいた。

 ゆっくりと、そのさなかを見なければわからないような鋼色への色変わりを果たした日輪刀。奏多用に龍彦が調整した半ばから両刃となり剣のような先端を持つ切っ先諸刃作りの日輪刀だ。

 その刃元には四文字が刻まれていた。しのぶが知る限り先日までの鍔なしになっていた刀には刻まれていなかったものだ。

 

 "惡鬼滅殺"と

 

 鎹烏がやってきて、伝令を告げる。

 

『伝令ですよ! 伝令ですよ! 燻御奏多の待機命令を解除ですよ! ただちに本部へ参るべしですよ!』

 

 惡鬼滅殺。その彫りをされた日輪刀を持つことが許されたのはすなわち、と、しのぶは再び姉の方を見た。

 

「そういえば、そろそろ柱合会議ですね」

 

 "花柱"胡蝶カナエは微笑みながらもそうつぶやくのだった。

*1
約172cm


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