天之河と銀時のステータス談義の翌日から、南雲とクラスメイトの距離は少しばかり縮まった。いや普段が開きすぎていたのだ。転移前は坂田の隣にいて白崎と食事にありついている金魚のフンと思われていた南雲であったが、今では『坂田に振り回されている苦労人』として認識されている。
それに伴い、坂田と天之河の亀裂は広がる一方だった。
ある日の訓練では……
「だからジブリで一番いい女はナウシカだっての。育ちの良さにあの真面目さ、絶対に付き合ったら一途に浮気とかしない、いい彼女になると思うよ」
「しかし彼女は逞しすぎる。君は1人で自立できるだろ?みたいな感じで周りからは恋愛感情を向けられることがなく婚期を逃すタイプと見たよ。少し隙があるくらいが男も話しかけやすいんだ。そう言う視点で見ることはできない時点でいい女性とは言えないよ。そういう意味じゃシータが一番のヒロインさ」
「あのなぁ、あいつにはパズーがいるだろうが。シータはパズーが居てこそその力を十全以上に発揮できんだよ、パズーがシータの横にいなかったらNT◯になんだろうが、誰も笑いあえねぇぞ、幸せになんねぇぞ」
「パズーじゃなくてもシータはやると決めたら振り切るタイプだよ。過去の男とかには囚われないと思うようよ。ドーラ一家全員分の食事を作ってみせたんだから、絶対にいいお母さんになるよ」
「アレはゾーラ一家に恩があるから滅私奉公の精神でパズーも頑張ってるし私も頑張らなくちゃと言う思いで割り切った行動だっつの。よく見てないな、アイツはパズー以外には靡かねぇんだよ」
「それでもドーラ一家の子供全員を魅了させていただろう。男はみんなああいう『可愛い』に弱いのさ。ナウシカはどちらかと言うと綺麗が似合うタイプだろう。可愛いには今一歩届かないよ」
「ちげぇよ、可愛いの感情は愛玩動物を見つめる視線とおんなじなんだよ。つまり恋愛対象になる事はまず無い。ドーラ一家が見惚れたのはマ=ドーラしか普段見る女性がいなかったからこそのリアクションだ。普段接する女性がお母さんしかいない中学生とおんなじ反応だよ。普通の高校生とか成人前の男とかはやはり彼女にするならやっぱり綺麗の方が好まれるんだよ」
『ジブリヒロインの中で誰が一番いい女』で訓練中ずっといがみ合っていた。側から見ればどちらでもいいのだが当の本人にとっては無視できないらしく、それが原因でどんどんと溝は深まっていった。
それに伴い、南雲と他のクラスメイトとの距離は縮まっていった。
そんな日々が続く事数週間……いつものように訓練を終えたクラスメイト達に、メルドは唐突に告げた。
「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」
その言葉にクラスの男子は少しばかり浮き足立つ。『大迷宮』と言う響きにとうとうRPGっぽくなってきたと思っているあたりが妥当だろう。これには坂田も年相応の反応をして楽しみにしていた。
そして翌日、坂田達は王都直営の宿泊施設に居た。次の日から本格的に迷宮に入り込む為、体力を温存させる為である。
男子の部屋が一つ1人で泊まることになりクジ引きで坂田が泊まることになったが、坂田は特に気にすることもなくベットに寝そべりながら転移する際に持ってきていた紙袋の中に入っていた『ニセコイ』の回し読みをしていた。『ToLOVEる』でも良かったが手を洗う手間が煩わしく感じるらしい。何故坂田がこれを持っているのかと言うと、転移する際騒動で有耶無耶になりずっと八重樫に渡し損ねていたようである。
すると急にドアがノックされる。それに気がつきふと窓の方を見るが、まだ夕焼けが見える時間帯で、明日のことに関する会議があるには早い時間であることに疑問が残ったが、坂田はノロノロとドアノブに手をかけてゆっくりと引く。
「……んだよガッさん?」
「ご、ごめんなさい……寝てたかしら?」
「いんや別に。なんか用か?」
そこにいたのは八重樫だった。
普段は結んでいる髪を解きロングヘアの髪が夕日に反射して何とも言えぬ美しさがあった。しかし坂田は気にする事なく話を続ける。
その言葉に八重樫は少しばかり気まずそうに顔を逸らしてか細く呟く。
「と、特に用事があるわけでも無いんだけど……その、ちょっと誰かと話をしたくて……」
「あっそ、じゃあどこで話すよ?」
「……入れてくれないの?」
話があると言っているにも関わらずその場から頑として動かない坂田を八重樫は白けた目でじっと見つめた。
「馬鹿野郎、男の1人部屋っていうのはいつだって魔境なんだよ。女子がそうやすやすと侵入していい領域じゃねぇんだ。食堂でなんか話そうや」
「別に汚れてても気にしないわよ」
「おい、オメェ勝手に入ん……」
「しつこい」
「ガアアアアアアア!」
あまりのしつこさにイラついた雫は押さえ込みに入った坂田の手首を握りつぶしにかかった。
このトータスという異世界に来てから、八重樫のステータスは伸びに伸び、レベルは一桁後半、腕力は力自慢がよくやるりんご粉砕が余裕でできるレベルにまでなっていた。
そんな八重樫から全力で握り込まれたのだ、未だレベル10未満で初期装備状態のたまねぎ剣士坂田では到底太刀打ちできそうに無い。
呆気なく骨折直前にまで握り込まれ青紫色に変色した手首を抑えながら坂田は忌々しげにベットに座り込んだ八重樫を見つめる。
八重樫はふて腐れたようにそっぽを向いていた。
「ガッさんオメェ……幾ら何でもそれは無いんじゃ無いの?女子なんだったら色気で男に望みを叶えさせてみろや……」
「私にそんなもの無いわよ。だからこそ渋った坂田君が悪いんだから。私は悪く無いわ」
「あんだそりゃ、お前それどこの親善大使だ?横暴にもほどがあんだろうが」
「それで話なんだけど……」
「え、始めるつもり?銀さんに対する怪我は放置でマジで始めるつもり?」
怪我は御構い無しに八重樫は話をする。その顔は少しばかり不安げな表情が見えた。
「……怖いの」
「…………何がだよ?」
少しばかり神妙な空気になり、八重樫が俯き気味に囁いたが故か、坂田も真剣な顔で八重樫の話を聞く姿勢を取り始める。
「明日、私達はあの迷宮に入って怪物と戦うのよね?」
「正確には魔物だけどな」
「真面目に聞いて。それで、どうしても、殺さなきゃいけない状況になって、その時に私が出来るか怖いの。その瞬間、私が私じゃなくなると思って」
「………………」
「やらなきゃいけないって分かってる。でも……どうしても出来る気がしない。出来て欲しくないの……」
「バーカ」
「きゃ!」
八重樫の独白に、坂田はデコピンで答える。突然の衝撃に八重樫はおでこを抑えて坂田を睨む。
「な、何するのよ!人が真剣に悩んでる時に!」
「アホ臭いっつってんだよ。人様にこんだけ負荷で負わせといて何今更うだうだ悩んでんだっつの。悩むくれぇだったら悩んでるうちに一直線に走りきれってんだ。その方が悩んで頭抱え込むよりいい案が浮かぶもんだぜ?俺なんていっつもそうやって切り抜けてきたんだからよ。まっすぐ走ってきたつもりが、いつの間にか泥だらけだ。それでも一心不乱に突っ走ってりゃ、いつか泥も乾いて落ちんだろ」
「……あなた、本当に馬鹿なのね」
「阿保か、今更知ったのかよ?」
「……ふふっ」
「ヘヘッ……」
八重樫は笑った。それに吊られて銀も笑った。
「ふぅ、ありがと。問題は解決してないけど、考えるだけ無駄ってことが分かっただけでも気晴らしになったわ」
「おう、そんじゃあな」
ひとしきり笑い合い、少しばかりスッキリした笑みを浮かべ、八重樫は坂田の部屋を去る。
「……ああ、それとガッさん」
「なに?」
坂田の突然のストップに八重樫は後ろを振り向く。
そして坂田はなんでもなさげにポツリと窓の方を眺めながら言う。
「オメェが自分じゃなくなりそうになっても俺はどうすることも出来ねぇが、真っ直ぐに生きたバカの魂は、たとえその身が滅ぼうが消えやしねー。だから迷いなく、
「……!……ありがとう…………」
それを聞いて今度こそ八重樫は部屋を去っていった。
「……よし、いったか」
坂田はそれをベットで寝そべりながらそれを見送り、扉が閉まった事を確認すると、部屋の隅に置いてあった、八重樫が見ていた方角の紙袋を漁り始める。
「よーし、なんとか誤魔化せたみてぇだなー。ガッさんがこっち向いた時はヒヤヒヤしたけど、あの様子だと中身は見えてねぇようだな」
坂田が紙袋から取り出したのは『ToLOVEる』であった。どうやら坂田が八重樫にデコピンをかましたのは紙袋から意識を逸らさせるためらしい。彼なりの優しさだろうか。
「まーガッさんにはまだ早いからなー、この世界は。意外と純情だし、見られたらめんどくさい事この上ねぇよ。あーあ、こんな事になるなら『ゆらぎ荘』も持ってくりゃよかったな〜」
そう言って坂田は『ToLOVEる』を普通に附属の本棚にしまった。バレそうではあるが、意外と本棚に馴染んでいた。坂田銀、この齢にしてエロ本の隠し場所を熟知している。
「ま、貸して欲しいジャンプコミックがニセコイの時点でお察しだが。ったく、なんで高校生にもなってあんなにも純粋なんだろうね」
そんな疑問に答えるものはおらず、坂田は再び『ニセコイ』の続きを読み始めた。
運命の日まであと数時間である……
オルクス大迷宮の地下深くで眠るベヒモスが目を覚ましたのは、本人にも分からない理由であった。
ベヒモスは突如として起き上がり、亀のような遅さではあるが、確実に前へと進んでいた。その進行方向には上へと続く道ができており、ベヒモスは迷う事なく歩みを進み続ける。
なぜその道を歩むのか、なぜこの道が上へと続いていることがわかるのか、どうして自分はこれ程までに上に行きたいのか、それの何一つも分からないが、ベヒモスは歩み続けた。その亀のような歩幅は徐々に速度を上げ、やがて獲物を狙う豹が如く、その鎧のような鱗に包まれた頑丈かつ重い身体を地面に響かせ疾走していた。途中にいた
それがなんなのかは、ベヒモスにしか分からない。
ベヒモスはひたすら上を目指し疾る。
その右目に引かれた刀傷の疼きを抑えながら。
試しにちょいとだけ人情チックな部分の銀魂を出そうかと挑戦しました。
まだまだあの独特の空気感は出せそうにないです。