勝手に四聖召喚した挙げ句、よりによってメリエルを召喚してしまったこと。
「四聖武器書……これって結局何のアイテムか、分からなかったのよね」
12年続いたVRMMO、Yggdrasilの最終日。
メリエルは手元に置いたアイテムの感慨に耽っていた。
四聖武器書というアイテムはYggdrasilの初期から有名なアイテムだった。
無意味に凝ったフレーバーテキストがついていながら、実際のところは何の効果もないユニークアイテム。
しかも、最後の盾の勇者のところは書いていないという尻切れトンボ。
とはいえ、コレクター気質の者も多いプレイヤー達はこぞって、このYggdrasilに1つしか確認されていない書を求め、大金を出し、時にはPvPをしてでも奪い取るということが日常茶飯事だった。
メリエルが手に入れたのはサービス終了が決まったことで、マーケットに破格の安さで放出されていたから、他の武器やアイテム達と一緒に纏めて購入したに過ぎない。
ファウンダーも譲ってもらい、マーケットで購入した膨大な装備類やアイテム、素材などもある。
まさに世界を相手に戦っても勝てると断言できるくらいではあったが、しかし、もうそれも意味はない。
かつて、競い合ったライバル達は引退し、今に残るはもうメリエルくらいしかいない。
世界を敵に回した、メリエル対廃人連合軍とかいうお祭り騒ぎはもうできないのだ。
モモンガとの別れも20分前に済ませ、思い出の場所を巡って静かにその時を待っていた。
残された時間はあと僅か。
「さようなら」
メリエルがそう告げたと同時に、ふわっと浮き上がるような感覚。
ログアウトにこんな感覚はなかった、と思い、思わず
数秒後、瞼を開けると、そこは見慣れた自室ではなかった。
何度か、瞬きをする。
どこかの神殿、その祭壇のようなところにメリエルは立っていた。
目の前にローブ姿の男達――おそらくは神官――が立って、こっちを見ているが、彼女にとってはそれどころではない、とんでもないことに気がついた。
瞬きができたことに。
思わず、周囲の目など気にせず、メリエルは自分の頬を軽く触ってみる。
その感覚は、決して仮想現実などではない。
まさしく本物であった。
そして、すぐさまいつも通りに課金ガチャのウルトラレアアイテムである無限倉庫を使おうとし――どうやって、と思う間もなく、手が虚空に突っ込まれ、頭の中に無限倉庫内にある膨大な装備やアイテム、素材がそれぞれ分類されて表示される。
メリエルが選択したのは手鏡。
それを取り出して、自分に向けた。
そして、頬が緩むのが止まらなかった。
そこに映っていたのは紛れもなく、メリエルであったからだ。
しかし、この盾、邪魔ね、と何でか知らないがいつの間にか持っていた盾を彼女は引き剥がそうとするが、ぴったりとくっついて離れない。
呪いの装備――耐性貫通型――ワールドエネミーもしくはワールドアイテムによるもの――
メリエルは瞬時に頭を冷やし、警戒態勢。
周囲を細かく注意深く観察する。
自分以外にも3人の男性が祭壇にはおり、彼らは神官と思われる連中に対して、色々と質問を投げかけている。
勇者の召喚やら世界存亡の危機やら、そういった物騒な会話を聞きながら、自分の手にある盾へ視線を向ける。
本当にあなた、勇者の装備なの、という疑いの視線。
すると盾はほんの僅かに淡く光った。
周りの連中から気づかれないように。
精霊か何かでも宿っているのかしら、とメリエルは思いつつ、移動するとのことで彼女は他の3人と一緒についていく。
先導する神官達からは予想外とか、美しいという言葉が聞こえる。
大方、自分のことだろうなとほくそ笑んでいると、横から声を掛けられる。
「あなたのお名前は? 俺は北村元康っていうんだ」
笑顔だが、下心があるのは丸わかりな態度にメリエルは満足げに頷く。
そういう反応が見たかった、と。
「私はメリエルよ」
「素晴らしい名前だね」
即座にそう返すあたり、女慣れしている、とメリエルは判断する。
元康の言葉に他の2人も名乗る。
「僕は川澄樹です」
「俺は天木錬だ。メリエルさんは高校生?」
「さぁ、いくつに見えるかしらね」
くすくすと笑ってみせれば3人が見惚れているのが分かる。
そうだろうそうだろう、それが正常な反応だ、とメリエルは大満足だ。
そんなこんなで、自己紹介をしながら歩いていくと、謁見の間に到着した。
「ほう、これは……ほう。古の勇者達よ、よくぞ参った!」
他3人は一瞥で、メリエルに思いっきり視線を向けながら、壮年の男性は告げた。
メリエルは視線に晒されて、更に大満足だ。
そうそう、そうよね、それが正常だ、と。
キャラメイクに膨大な時間とカネを掛けた甲斐があるというものだ。
ユグドラシルではすっかり悪名が広まって、ギルメンからも破壊の天使だの、天災だの、死天使だの、どうしようもない災害扱いされてしまったのでメリエルはこの反応に非常に満足していた。
「いや、よくぞ参ったも何もそっちが勝手に召喚したんだろ」
元康のもっともなツッコミにメリエルも含めて頷く。
「ワシがこの国の王、オルトクレイ=メルロマルク32世だ」
32世、というところにメリエルは感慨深いものを覚えた。
歴史ある家柄というのは良かれ悪かれ、リアルではすっかり廃れて聞かなくなってしまった。
彼女が感慨深く思っている間にも、オルトクレイは話を進めていく。
この世界の事情や世界の滅び、そして波と呼ばれるものについて。
それ、現実化したウィッシュ・アポン・ア・スターでどうにかなるんじゃね、と聞いていてメリエルは思ったが、こんな楽しくて面白そうな状況でいきなり解決は彼女本人がつまらない。
用が済んだらハイサヨウナラではイヤであった。
話を聞きながら、他の3人が次々と疑問を投げかけていく。
特に報酬について。
オルトクレイが視線を配下の者へと向けると、その家臣が告げる。
「勿論、勇者様方には報酬を与える予定です」
メリエルは報酬に何を選ぼうか、と楽しく思いつつも、名を聞こうということになったので、他の3人にだけ聞こえるよう小声で告げる。
厨二のノリでやるから最後にする、と。
3人は心得たとばかりに軽く頷いて、それぞれの名を名乗り上げる。
そして、いよいよメリエルの番になった。
オルトクレイや他の家臣達も女神と言っても過言ではない美貌を誇るメリエルへの注目度は他3人の比ではない。
メリエルは軽く息を吐き、告げる。
「記憶せよ。我が名はメリエル。我が名にかけて世界を救おう」
広い謁見の間に、その美しい声はよく響いた。
厨二だ、と3人の男達はうんうんと頷く。
しかし、そんなことは分からないオルトクレイ達にとっては、非常に神々しく、尊い名乗り上げであった。
とはいえ、どれだけそうであろうともオルトクレイ達の計画に変更はない。
「それでは、各々のステータスを見て、自らを客観視してほしい」
オルトクレイは告げた。
ステータスを見ろ、と言われたメリエルは視界の隅に小さくアイコンがあることに気がついた。
便利ねぇ、と思いつつもステータスを表示する。
職業、装備品、スキル、魔法が表示されるが、それらを確認してみれば、どうやらユグドラシルのものがどうやら引き継いでいるらしい。
予想通りの展開だ。
スキルや魔法、装備の効果がユグドラシルと同じであるかどうか、早急に確認する必要があるとメリエルは判断する。
メリエルがステータスを確認している間にも、話は進む。
勇者同士が共闘すると伝説の武器同士で反発して、成長を阻害するとか何とか。
そして、オルトクレイが明日までに仲間を集めておく、と言って、その場は解散となった。
食事までの間、来客室にメリエル達は待たされていた。
その間に各々の情報交換となったわけだが――
「えーと……メリエルさんの世界ヤバすぎ」
「色々と考えさせられる世界だ……」
「ええ……」
3人はメリエルのリアルでの世界を聞いて、ドン引きしていた。
互いが互いにアレコレと抽象的にゲームに似ているとか言っているので、メリエルが一発で分かる答え合わせをした。
西暦で今年は何年だったか、答えるというものだ。
結果、メリエルの世界が4人の中でもっとも未来であることが判明した。
「ぶっちゃけた話、リアルだと社会的な地位ではあったけれど、そういう事もあって戻りたいとは思わないわ。恵まれているわね、あなた達。マスクもなく外を出歩けるなんて」
そう言われると所詮は3人には返す言葉がない。
若者達をいじめるのもアレなので、メリエルは話題を変える。
「とはいえ、これは私の知っているVRMMOじゃないわね。私がやってたメジャータイトルはユグドラシルっていうの。世界の可能性はそんなに小さなものじゃないっていうのがウリね」
ほほう、とゲーマーの3人は食いついた。
「ちなみにどういう感じの?」
「RPGよ。北欧神話をベースにした世界観に様々な神話のクロスオーバー。クトゥルフも混ざってた」
「バランスがめちゃくちゃじゃねーか!」
ツッコミに、しかし、メリエルはにっこりと笑って告げる。
「世界の可能性はそんなに小さなものではないわ。この一言で運営は乗り切っていたからね。あと課金ガチャも凄かった」
げんなりとした顔となる3人。
メリエルとしても課金ガチャには手を焼かされたので、その思いはよく分かった。
アーコロジーの一等地に家が買えるくらいに突っ込んだとはいえ、それでも苦労したものだ。
メリエルはそこで会話を始めたときから探知していたことを明かす為に懐からメモ帳を取り出し、書き記す。
盗み聞きされている、と。
3人が思わずぎょっとして、互いが互いに壁や天井などを見る。
「……気配は離れたわね。覗いてはいなかったから、見ても分からないわよ」
「お、おう……しかし、どうして分かったんだ?」
元康の問いかけにメリエルは怪しく笑う。
「そういう職業だったのよ。どうも今回のこの勇者召喚とやら、裏がありそうね」
「裏、ですか?」
「ええ。樹、人間っていうのはどこまでも素晴らしくなれるけれど、同時にどこまでも愚かになれるものよ。大方、権力闘争か、世界の滅びを利用して何かをやるか……まあ、そんなところでしょう」
3人の顔が難しいものへと変化する。
どうしていいか、と困っているものだ。
「ま、私に任せておきなさいな。私が思うように動くだけで、向こうの目論見は崩壊するから」
「大丈夫なのか?」
元康の心配そうな顔にメリエルは微笑んで見せる。
「ええ。ヒントは世界の可能性はそんなに小さなものではない、という言葉よ。私は天文学的な確率の下、ここにこうしているのだからね」
「何か気をつけることとかは?」
錬の問いにメリエルは軽く顎に手を当てながら、告げる。
「相手から好意を向けてくる場合ね。勇者だからってチヤホヤされているっていうのは例えるならば、宝くじで3億円当たったっていう場合と同じよ。力やカネがあるところには、それしか見ずに湧いてくる連中が多いからね。そういう連中程、耳障りの良い言葉で無条件に好意を向けてくるから」
神妙な顔で頷く3人。
それと、とメリエルは続ける。
「魔法で、洗脳とか心を操るとか魅了とかそういう系があったら、もうどうしようもないわね。諦めていいわよ」
「ゲーム……じゃないんだよな……」
元康の言葉にメリエルは頷き告げる。
「残念ながらね」
私にとってはこの状態は最高だから、ゲームより楽しいんだけどとメリエルは心の中で思う。
そのとき、扉が叩かれる。
メリエルが問えば、夕食の支度ができたので4人を呼びに来たというものだった。
夕食はまず4人の勇者に出された後に騎士団が食事を行う、という何とも珍妙な形式だった。
明らかに何かあるとメリエルは思い、しかし、メイドや兵士達の目があることもあり、3人には何かしらの抵抗手段を用意できなかった。
指輪の一つでも渡せば良かったか、とメリエルは思ったが後の祭り。
夕食後、メリエル以外の3人は部屋に戻るなり倒れるように眠りについてしまったことから、強い睡眠薬が盛られていたことが判明したくらいだった。
その為、彼女は状態異常回復魔法を実験がてら使用して、3人の意識を回復させた。
結果、3人はオルトクレイ達に対する信頼は完全に無くなった。