メリエルは堂々と1人――ではなく、ラフタリアとヴィオラがついてくると言い張った為に3人で撃たれないように白旗を持ってメルロマルク軍へと近づいていく。
フィーロとティアは話がややこしくなること間違いないので、待機をメリエルは命じていた。
2人とも仲間外れにブー垂れていたが、メリエルによりお菓子を与えられるとすっかりと機嫌を直しているのでチョロいものだった。
事前にエレナへ確認したところ、白旗というのは戦闘の意思がないことを示すものであることはこの世界でも同じらしい。
どちらに非があるか、というのは後々になって色々と必要になってくる。
だからこそ、この瞬間もアイテムでもって映像として記録している。
撃った瞬間、メリエルは錦の御旗を掲げて、正義は我にありと全力で反撃できる。
まさしく、そうしたときこそ彼らの最後だ。
そして、そのときにどんな罵声を浴びせてこようと、どれほどの嫌悪の視線を向けられようと、そんなものは慣れたものだ。
メリエルらは一定の距離まで近づき、止まった。
メルロマルク軍の戦列、その最前列とは10m程のところだ。
やがて、兵士達が左右に分かれ、教会の騎士団と思しき連中に護衛された、人の良さそうな顔をした男が歩いてきた。
その手には物騒なものを持ち、またその後ろには三勇者とそのパーティを引き連れている。
元康のパーティメンバーにはマルティの姿もあった。
メリエルは人の良さそうな顔をした男はおそらく教皇だろうと判断する。
周りの者達とは明らかに装いが豪華である為に。
「盾の悪魔よ。お前がしたことは決して許されないことだ。故に、ここで死ぬが良い」
教皇の言葉にメリエルが口を開くよりも早く、ラフタリアが口を開いた。
「あなた方は最初からメリエル様を目の敵にしていた。それは何故ですか?」
今更それを言うの、という視線をメリエルはラフタリアに向ける。
事情は教えてある筈なのに、と。
ともあれ、ラフタリアにも何か考えがあるんだろうと。
「亜人風情が口を利くな! 悪魔崇拝者め。敵であるお前達の神なのだから、我々にとっては悪魔そのものだろう」
その言葉にヴィオラが剣の柄に手をかけようとするが、それをぐっと堪えたのがメリエルには見えた。
「さて、盾の悪魔。遺言くらいは聞いてやろう」
尊大に構える教皇にメリエルは笑みを浮かべ、告げる。
「面白い冗談ね。気に入ったから、殺すのは最後にしてやる」
「狂人め」
教皇は手に持つ得物――神聖な気配のするその剣をメリエルの首を横から切り落とそうと振るう。
ラフタリアとヴィオラはすかさず動こうとしたが、体が動かなかった。
拘束の魔法がいつの間にか、彼女達に掛けられていたが故に。
ラフタリアとヴィオラの2人には全てが遅く感じられた。
メリエルの首にゆっくりと迫る刃。
三勇者達やそのパーティメンバー、そして随伴の騎士達や兵士達。
誰もがメリエルが死んだことを確信し――
「……?」
教皇は首を傾げた。
刃は間違いなく首に食い込んでいる。
そして、薄皮を切ったのか、血が僅かに滲み出ていた。
「どういうことだ! 何故、首が落ちない……!」
教皇は声を荒げるが、メリエルはとても悲痛な顔となる。
「白旗を掲げ、戦闘の意思のない私に対し、一方的に盾の悪魔と罵り、挙句の果てに無抵抗であるにも関わらず、首を落とそうとした」
そう告げて、彼女は一転、口元を歪め、恐ろしい笑みを浮かべてみせた。
教皇はあまりの恐ろしさにたじろいだ。
「さて、教皇猊下。あなた方の正義の剣は、どうやら盾の悪魔の私には通用しないみたいだけど、どうする? まさか、随伴者の亜人を殺そうとはしないわよね? 悪魔に通用しないから、通用しそうな亜人を殺しましたじゃ、示しがつかないんじゃない?」
教皇は言葉に詰まる。
「それに私は一体何をしたのかしらね? そもそも、私は最初のときと波の時以外、あなた方の前に姿を現していないのだけど……そういえばこの前、立ち寄った村で聞いたけど、城下町の方で何かあったの?」
「……教会と大聖堂が爆破され、多くの者が死傷した」
メリエルは目を丸くし、そして悲しそうな顔となる。
「亡くなられた方々、被害に遭われた方々の為に私は祈りを捧げましょう」
「貴様がやったのだろう! 恍けるな!」
「証拠は?」
すかさずメリエルが問いかけるも、教皇はその問いに、言葉が出ない。
「私がやったっていう証拠は? どうやってやったの? 人前に一切姿を見せず、痕跡も残さず? そんなことできるの?」
教皇は全く言い返せない。
事実、どこにも証拠がないのだ。
そもそも爆発の直前まで、メリエルが城下町どころか、近隣の村や街での目撃情報すらない。
目立つ容姿をしているので、もしも立ち寄っているならば誰にでも分かる。
シルトヴェルトへ逃げる筈だ、という予想は当たっていたが、メリエルを見たという商人や旅人からの情報を統合すると、ドラウキューア山脈の方面から真っ直ぐにシルトヴェルト方面へと移動しているのが判明している。
メルロマルクの城下町で大聖堂や教会を爆破するなんぞ、無理な話であった。
「盾の悪魔だからだ。洗脳の魔法とかが使えるに違いない!」
「そんな便利なものがあったら、もうあなたを洗脳しているわよ」
ぐぅの音も出ない正論だった。
「で、どうするの? 証拠もないのに、教義にある通りに悪魔だからという理由で処断するの? 剣も効かないのに? どうやって?」
「き、きっともう一度やれば……」
メリエルは溜息を一つ。
「正直に言うと、そろそろ反撃していいかしら? こっちも急いでいるのよ。未知なるシルトヴェルト、いざゆかん、冒険の旅へって感じで。悪魔なんだから、いないほうがいいでしょ?」
「亜人共の戦力が強化されるのは見過ごせん!」
「ああ言えばこう言う、話にならないわね」
仕方がないので、メリエルは心を折ることにした。
彼女は教皇が持っている剣の刀身をおもむろに掴んだ。
ちょっとだけ皮膚が切れて、血が滲むが痛みはあんまりない。
「平和的に解決させてもらうから。ただし、私の基準で」
メリエルはバフを唱え、全力で力を込めて、刀身を握りしめた。
すると刀身はメリエルが掴んだ部分から徐々に罅が入っていく。
ありえないと驚愕しながら、教皇は叫ぶ。
「や、やめろぉ! これは四聖勇者の武器を複製しようとしたもので……!」
「要するにパチモンってわけね。はいはい、偽物は廃棄処分よー」
メリエルの言葉に教皇は引き剥がそうとし、慌てて兵士や騎士達も加勢しようとするが、それよりも早く――刀身が中程から折れた。
「はい、あなたの負け。どうしてこうなったのか、明日までに考えてきなさい。そしたら何かが見えてくる筈よ」
教皇はショックのあまり、膝から崩れ落ちた。
「さて、三勇者共。私は以前に忠告した。私を敵に回さない方がいい、と。改めて尋ねるけど、邪魔をするのかしら? あなた方の体がああなるかもしれないわ」
三勇者にそう告げながら、教皇が絶望のあまりに柄から手を離しているのが見えた。
それにより、地面に転がった折れた剣。
メリエルは何食わぬ顔でそれを回収した。
「ゴミを捨てるなんてダメ。これは私が責任を持って適切に色々しておくので」
「いや……まあ……いいけどよ。お前は本当に何者なんだ?」
元康の問いに、メリエルは告げる。
「私は私よ。ただ、ちょっとだけ皆よりも強い」
紙一枚分くらい、とジェスチャーで示してみせる。
「ちょっとだけ……なのか?」
錬の問いにメリエルは不敵な笑みを浮かべてみせる。
「私の基準でちょっとだけなので。それじゃ、私もあなた達みたいにチヤホヤされたいので、シルトヴェルトに行くわ。邪魔をしたら……捻り切る」
ぎゅーっと雑巾を絞るような動作をするメリエルに3人は身を震わせる。
そのときだった。
マルティが元康の背後から出てきて、メリエルの前に正座し、そして、そのまま頭を深々と下げた。
突然の行動に一同は固まる。
メリエルもどうしてそうなった、と目をぱちくりとさせた。
「メリエル様、これまでの数々のご無礼をお許しください」
メリエルは元康へと視線をやる。
彼も困惑顔だった。
前振りもなくこれであったが、メリエルはもしやと思いつつ、
『マルティ、私のところに来てくれるの?』
問いかけにマルティは驚いた様子であったが、幸いにも顔は地面に向いていた為に周囲が気づいた様子はない。
『うん。メリエル様のこと、好きになっちゃった。あなただけの女になるから、一緒にいさせて?』
『もう冤罪は嫌よ?』
『そんなことしないわ。それに……あなたは敵に回さない方がいいって分かったから』
下手なことをしたら、容赦なくメリエルはやるということがマルティには実感できた。
『マルティ、うまくやりなさいよ? 合わせるから』
『任せて』
メリエルに答え、マルティは告げる。
「これまでの罪滅ぼしとして、私をどうぞあなたの従者としてください。あなたは悪魔などではありません」
メリエルはちらっと元康の方を見ると魂が抜けたような顔をしている。
無理もないと少し彼に同情する。
「ええ。あなたの謝罪を受けましょう。ただ、私はあなたを信じきれないわ。少し、試練は与えるけれども」
「何なりと……盾の勇者、メリエル様」
「それならば良いわ。とりあえず、私達は通させてもらうから。マルティ、あなたはついてきて」
メリエルは踵を返す。
それにつられ、マルティは顔を上げ、立ち上がった。
ラフタリアとヴィオラはマルティに胡散臭い視線を向ける。
疑われているのは明らかだ。
亜人風情が、とマルティは思うが、メリエルのモノであるならばうまくやっていかねばならない。
気に入らないから売り飛ばす、なんてことをした日には自分が売り飛ばされることになるだろう。
そして、メリエル一行は無事に国境を抜けることに成功した。
メリエル「犯人特有の証拠提示要求」