「……なんかフィーロ、変わった?」
メリエルがフィーロの本来の姿でもふもふしていたとき、あることに気がついた。
ぱっと見た感じ、白い羽とところどころにある桃色羽、そしてくりっとした青い目で巨大な鳥だ。
口さがない者が見ればデブ鳥とでも呼びそうな姿。
しかし、その羽毛にメリエルが顔を埋めたとき、羽の裏側が黒と白が入り交じった紋様になっていた。
「フィーロはフィーロだよ?」
「こんな黒と白の模様、あったっけ?」
「ずっと前からあったよ」
メリエルはラフタリアへと視線を向けた。
「以前からありましたよ? 裏側だけなので気づかなかったんじゃないでしょうか?」
「あっ、ふーん……」
メリエルは察した。
この黒白模様は自分の本来の姿のアレであったからだ。
カルマ値が変動して、真っ黒になったりしそうとメリエルは思う。
フィーロは基本的に馬車を引いているか、ティアとじゃれ合いという名の模擬戦をしているかのどれかだ。
たまにメリエルが遊んであげる程度だが、さすがに羽毛に顔を突っ込んだことはないので気づくのが遅れたのだろう。
「ちょっと失礼」
メリエルはそう言いながら、フィーロの羽毛の中に顔をこれでもかと突っ込んだ。
体表がどうなっているか、確認したかった為に。
体表面は肌色で、感触は柔らかく、また温かい。
普通の鳥――というかフィロリアルと大して変わりはなさそうだ。
羽毛を取れば思った以上にスリムであったというのが収穫といえば収穫。
「フィーロ、ちょっと人型になって」
「はーい」
メリエルの言葉に素直に人型になるフィーロ。
金髪碧眼で白い羽の幼女だ。
「フィーロ、その羽に黒色を交ぜることってできる?」
「んー!」
フィーロは踏ん張ったような声を出すと、徐々にその白い羽が黒く染まっていく。
「んー、いきすぎた」
フィーロはそう言うと、今度は徐々に黒が引いていく。
やがて白と黒が入り交じった不可思議な羽ができあがった。
「……やっぱり餌が悪かったのかしら。それともやっぱり私が悪いのか」
白と黒が入り交じったその羽は紛れもなく、メリエルの種族である混沌の天使そのものだ。
「魔法って使える?」
「うん! どらごんらいとにんぐ!」
舌っ足らずな呪文名と共にフィーロの片手から放たれた白い稲妻がドラゴンのような形になって飛んでいった。
メリエルは察した。
やっぱり餌が悪かった、と。
調子にのって、ユグドラシルの餌なんてあげるんじゃなかった――いや結論としては私が悪いに落ち着くじゃないか――!
メリエルはティアへと視線を向けた。
フィーロが人型になったことで対抗したのか、向こうも人型だ。
フィーロと同じくらいの背丈であり、また同じ金髪であるが、彼女は紅い瞳だ。
ティアの方は頭に角、背中には翼、お尻には尻尾がある。
「ご主人様! ティアも使えるよ!」
「あ、すごい嫌な予感がする……」
「
フィーロとは違い、流暢に唱えられた。
天気は曇りであったのだが、たちまちのうちに雲一つない青空へと早変わり。
太陽の日差しが心地よい。
「……私は悪くないので」
責任転嫁したところで、事態は変わらない。
メリエルは溜息を吐く。
ユグドラシルの餌を与えたら、ユグドラシルの魔法を覚えた。
餌によって色々変わるのかもしれない。
七色鉱とか熱素石とか食べさせたら、冗談抜きでやべーことになるんじゃないか――?
そんなことを思いながら、メリエルはラフタリアを見る。
不思議な魔法にラフタリアは驚くが、特に気にすることもなく無邪気にフィーロとティアを褒めている。
その光景を見て、メリエルは何となくある疑問が浮かび、それを口にする。
「ティア、フィーロ。もしかしてだけど……子供じゃなくて、もうちょっと大きな姿になれる?」
メリエルの言葉に2人は変身する。
あっという間に金髪碧眼で大きな白い羽を持つ女性と金髪紅眼で、ドラゴンの角と翼、尻尾がある女性になった。
子供のフィーロとティアが大きくなったら、こうなるだろうなという見た目だ。
「ご主人様はこっちの姿のほうがいい?」
「ご主人様の好きなほうになりますわ」
言葉遣いも舌っ足らずなものではなく、見た目に相応しいものになっていた。
メリエルは「あー」とか「うー」とか何とも言えない顔で声を出しながら、ラフタリアへと視線を送った。
ラフタリアは目を丸くして、フィーロとティアを交互に見て、メリエルへと視線を向けた。
「どうするんですか、メリエル様……」
「どうしよう、ラフタリア……」
息ぴったりだった。
そこへヴィオラが髪と同色の銀色尻尾を揺らしながら現れた。
彼女はフィーロとティアへと視線を向け、メリエルに告げる。
「メリエル様、もうハーレムメンバーを……」
「待って待って待って」
メリエルは説明するしかなかった。
その光景を見ていたマルティは心に決める。
フィーロとティアにも気をつけよう、と。
どう見てもそこらの人間がどうにかできるレベルではなさそうだった。
紆余曲折あったものの、どうにか説明し、事情を知った面々は驚愕していたが、メリエルだから、ということで納得した。
そんなことがあったものの、シルトヴェルトへ向かう一行。
その途上で、変わった女性にメリエルは出会った。
出会った場所は中華風の国のとある村で、ここを越えればシルトヴェルトはすぐのところだった。
「お待ちしておりました、盾の勇者様」
「あ、怪しい壺はいりませんので」
メリエルはすーっと通り過ぎようとする。
チャイナドレス姿の黒髪の女性はすかさず回り込んだ。
メリエルは、さらにその横へ移動しようとするが、相手も中々にやるもので、更に回り込む。
「カバディ……カバディ……」
「メリエル様、何をやっていらっしゃるのですか?」
ラフタリアは呆れながらそう言った。
「いや、なんかこういうときは言わないといけないって昔、友達に言われた」
似たような状態になったことがユグドラシル時代にあり、そのときはギルメンからこういうときはカバディカバディって言うんですよ、と教えてもらったことがある。
何でもインドでは互いに道を譲るときにぶつからないように知らせる為、カバディカバディというんだ、と得意げに話していたのが印象的だ。
るし★ふぁーがそんなことを知っているなんて、とメリエルは感心したものだ。
「私はオスト=ホウライと申します」
「はぁ、どうも。で?」
「私は霊亀の使い魔です」
「ちょっと待った」
メリエルはコメカミを押さえた。
最近、衝撃の事実が色々と明かされすぎではないか、と。
フィーロやティアときて、今回のオストだ。
霊亀というのは詳しいことは知らないが、四霊とかいうの一つで世界の守護獣だとか何とかメルロマルクの機密文書にあった。
メリエルは胡散臭い視線を向けるが、オストは涼しい顔だ。
嘘をつくならもうちょっとマシな嘘があるだろうことから、おそらくは本当なのだろう。
真意看破を使って、念の為に確認してみると本当であった。
「で、その霊亀の使い魔さんが私に何の用?」
「あなたを見極めさせて頂きたく……」
「それで?」
「あなたの力は勇者という枠に収まるものではありません。世界にとって害を為すか否か、それを私は確認せねばなりません」
「ついてくるの?」
「早い話がそうですね。同行します」
「……料理は作れる? ここの地元料理」
「ええ、勿論です。長いこと、この国にいますので」
「何かやっちゃいけないこととかある?」
「世界そのものを壊そうとしたりとかですね」
それなら大丈夫そうだ、とメリエルは思いつつ、あっさりと許可を出した。
「メリエル様、私が言うのもなんですけど……濃いメンバーですよね」
「濃さでいうとマルティがぶっちぎりで1番、あなたとかヴィオラとかは濃くない方だから安心して」
「それは安心していいんですか? というか、それって影が薄いって意味じゃ……」
「大丈夫大丈夫、私のタヌキチちゃん」
イイコイイコと頭を撫でるが、ラフタリアはとても不満そうな顔だ。
「メリエル様、そんなことよりさっさとシルトヴェルトへ行きましょう」
「非常に納得がいきませんが、同意見です」
マルティとエレナの言葉にメリエルは肩を竦めるしかなかった。
そしてこの後、ミレリアの影が近い内にメルロマルクへ帰還することを伝えに、接触をしてきたが、メリエルはついでに彼女にお遣いを頼んだ。
メルロマルク軍と三勇教が国境でやらかしたことを映像として記録したスクロールのコピーをミレリアへ配達してもらうことだった。
「うーん、この雲泥の差」
メリエルはそう言いながらも、気分良くあっちこっちに向いては手を振ってみせる。
さながら凱旋パレード。
沿道にはずらりと大勢の市民達が詰めかけており、メリエルに歓声と手を振っている。
マルティは当然ね、と言わんばかりの顔をしており、何なんだコイツという目でラフタリアから見られている。
とはいえ、マルティの面の皮は分厚いため、その程度では彼女の心に何の痛痒も与えることはできない。
「まずは偉い人達にご挨拶して、その後はのんびりしましょうか」
そういやメルロマルクの波ってもうそろそろなのかな、とメリエルは思ったが、まあ、呼ばれたら行ってやらんこともない程度には考えていた。
実験もしたかったので。
そんなこんなでメリエルは元奴隷達を適当な場所に留め、自分はエレナの先導でシルトヴェルトの首脳陣と会談に望むこととなった。
「盾の勇者、メリエル様。よくぞ我が国においで下さいました」
ハクコ、アオタツ、シュサク、ゲンムの種族からなる4人の指導者達は笑顔でもって、メリエルを迎えた。
「事態は聞いております。我が国の民や密偵を助け出して頂き、この度は真にありがとうございます」
続き、深く頭を下げる4人。
メリエルは軽く手を振り告げる。
「うむうむ、苦しゅうない……基本的にこの国を拠点とし、動きたいのだけど、良いかしら?」
「勿論でございます。我らシルトヴェルトの民は総力を挙げて、メリエル様にご協力を致します」
「そう、それならば良し。じゃ、滞在料金を」
滞在料金なんていりません、と言う前に彼ら4人の前に金塊がどん、と4つの山を作っていた。
「……は?」
「あなた達も政治家だから、色々と思惑はあるのだろうけど、それで私をどうこうしようというのはやめておきなさい。エレナから詳しい報告は聞いているだろうけど、あまりオイタが過ぎると、シルトヴェルトが月まで吹っ飛ぶことになる」
女神のような笑みを浮かべながら、そう告げるメリエルに4人は戦慄する。
エレナからの報告は彼らの下にも当然届いている。
メリエルが敵となったならば、メルロマルクの悲劇がシルトヴェルトで再現される。
それも、決してメリエルがやったという証拠がないように。
「私に手を出すということは全ての権力と財産を失うことになる。その地位にいるのだから、そのくらいは理解できる頭があるでしょう?」
メリエルの問いかけに4人は息を呑んだ。
盾の勇者がシルトヴェルトに来る、という情報がもたらされたとき、彼らも含めた重鎮達の間であることが持ち上がった。
盾の勇者を傀儡にしよう、というものだ。
さすがにそれは、と苦言が相次いだが、盾の勇者があまりにも暗愚であった場合はその限りではないだろう、という妥協案で落ち着いた。
そして、今、こうして蓋を開けてみたら、結果は――傀儡になどとてもではないが恐ろしくてできない輩だった。
「そのカネでぐだぐだ抜かす連中を私の前に連れてきなさいな。捻りきってやるから」
雑巾を絞るような動作をしつつ、メリエルは絶望のオーラを最低レベルで発動させる。
すると4人は恐怖に震えながらも、我々で処理します、と宣言した。
「それなら良いわ。安定した国がいいもの。あ、それとエレナから報告がいっていると思うけど、私は女の子の選り好みはしないので」
最後が何ともしまらなかったが、ともあれメリエル優位のまま会談は終了した。
乾いた音が謁見の間に響き渡った。
突如の凶行であったが、誰も動ける者はいない。
頬を思いっきり引っ叩かれた被害者はオルトクレイ、そして加害者は――
「み、ミレリア……」
信じられないといった顔のオルトクレイだが、ミレリアは容赦しない。
「あなた……本当に、愚かになってしまったのね」
「だ、だが、私はもうこれ以上、家族を失いたくなくて……!」
「その結果、どうなったか言ってみなさい! 全てはあなたとマルティの責任です!」
ミレリアは言い放ち、手元に持っていた報告書を大きな声で読み上げてみせる。
「死者は最低でも1000人以上です! 戦争も疫病もない国の王都で、一般市民が亡くなった数としては世界最悪ですよ!」
「そ、それは盾の悪魔が……」
「まだ言うつもりですか!? 盾の勇者様です!」
ミレリアの剣幕に、オルトクレイは口を何度か閉じたり開いたりして、ようやく言葉を絞り出す。
「た、盾の勇者がやったことだ!」
「ええ、そうですね。状況証拠や動機としてはこれ以上ないでしょう」
ミレリアの同意にオルトクレイは「分かってくれたか」と笑みを浮かべるが、瞬時にその笑みは凍りついた。
ミレリアの顔がまるで般若のような恐ろしい形相であった為に。
「ですが、証拠はどこにあるのですか? そもそもメリエル様はその当時、城下町はおろか、近隣の村や街にすら目撃情報がありません。透明化の魔法でも使ったというつもりですか?」
オルトクレイは何も言えなくなってしまう。
メリエルの目撃情報がどこにもないことは、彼にも当然報告されていた為に。
そして、その拠点がドラウキューア山脈あたりにあったことや、そこから一直線にシルトヴェルトへ向かったことも報告されている。
「あなたは読み違えたの。メリエル様だけは決して敵に回してはいけなかったのよ。もし、周りからの迫害の中で、あなただけでも庇っていたら、きっとあの方はメルロマルクに莫大な利益をもたらしてくれたでしょうに」
メリエルの財力は底が知れない、とはミレリアが裏から手配し、斡旋した奴隷商からの報告だ。
まるで手品のように、金塊や銀塊が渡される、と彼は報告してきていた。
どこかから取り出しているという素振りではなく、一瞬のうちに目の前に現れるのだという。
盾の能力によるものかは分からないが、もしも金や銀を作り出せるというのなら――どれだけの利益をメルロマルクが得ることができただろうか。
「亜人の神である盾の勇者は……強くさせてはいけないのだ……」
「あなたがメルロマルクに来る前の、フォーブレイでのことは私としてもとても悲しく思います。ですが、それはメリエル様がやったのですか?」
「そうではない……そうではないんだ、ミレリア……私だって分かっている。彼女は何の関係もないんだ……彼女が他の勇者共とは違うことが、リユート村の波で分かっていた」
リユート村では表立ってはいないが、村民達の間ではメリエルは盾の勇者として認識されている。
どこからともなくやってきて、危機を救って、お礼を言う間もなくあっという間に去っていった、と。
それも村に一切の被害を出さずに。
当時の三勇者の動きでは村に甚大な被害が出たことから、正直な話、メリエルがいてくれて良かったというのが真実ではある。
だが、感情は厄介なものだ。
目を容易く曇らせてしまう。
「あまり期待はできないけど、マルティがメリエル様についていっているわ。私も一刻も早く、メリエル様にお会いし、謝罪をしなければならない」
ミレリアの言葉にオルトクレイは静かに、聞いている。
「あなたから王族としての権利を全て剥奪し、禁固刑とします。加担した全ての家臣らも同様です」
そして、ミレリアは懐から1本のスクロールを取り出し、それを使った。
映し出される映像をオルトクレイは見る。
そして、その顔色は一瞬で蒼く染まった。
白旗を掲げてメルロマルク軍へと近づくメリエル達。
直前で止まったところで出てくる教皇。
三勇者の姿もある。
そして、無抵抗のメリエルに教皇がその首を目掛けて剣を振るったところで映像が途切れた。
「意味は分かりますよね? メリエル様は最後のチャンスを我々に与えてくれました。この映像が他国に渡った瞬間、メルロマルクは比喩ではなく、終わります。メリエル様はこういうことができる御方なのですよ? 昔のあなたと同じくらいかもしれません」
オルトクレイは沈痛な顔で問いかける。
「……ミレリア、私はどうすればいい……?」
「後回しです。あなたの処遇よりも、重大で緊急の問題が山積みなので。大人しく牢屋に入っていなさい」
オルトクレイが連行された後、ミレリアは玉座へと座った。
そして、一部始終を見させていた自らの後継者であるメルティへと告げる。
「メルティ、すぐさま影と共にシルトヴェルトへと向かい、メリエル様へ具体的な会談の日時と場所を伝える役目を与えます」
「はい、お母様」
「私はメリエル様が来られるまでの間、国の大掃除をします。30分以内に支度をしなさい。その間に私は書状を作成しますので」
ミレリアの命にメルティは優雅に礼をし、謁見の間を出ていった。
「大義名分まで頂いてしまったわ」
ミレリアはそう呟いた。
あの映像があればどんな輩であろうと三勇教への粛清に対して口を閉じるしかない。
以前から弱体化させていたとはいえ、ここまでやらかしてくれたことは不幸中の幸いといえるかもしれない。
払った代償は大きすぎたが、今は悲しみに浸るよりもやることがあった。
「女は選り好みしない、か……」
歳がいっている自分を要求されることはないと思いたいが、もしもの場合を考えて覚悟もしておかなければならないだろう。
そう思いつつ、ミレリアは国の大掃除に取り掛かるべく、影に指示を飛ばし始めるのだった。
オルトクレイ「叩かないで……」
ミレリア「激おこ」
メルティ「お母様こわいけどすごい」