これにて本日終了。
「盾の悪魔め……忌々しい、本当に忌々しい」
苦虫を噛み潰したかのような表情でやってきたメリエルに対して教皇は告げる。
だが、メリエルは全く動じない。
「申し訳ないけど、あなた達には消えてもらわなきゃいけないの」
メリエルの言葉に教皇は笑みを深めてみせる。
「果たして、それができますか?」
「できるに決まっているわ。証明しましょうか?」
問いに教皇は笑みを浮かべたまま、手を叩いた。
すると、背後から兵士達に引きずられるようにして、やってくる者達がいた。
その人数は20人は超えており、全員が傷つき、満身創痍といった感じだ。
そのほぼ全てが大人の女性であり、どこぞの一般人でも攫ってきたか、とメリエルは思うが、その中には顔に見慣れた仮面をしている者が幾人かいた。
どうやら女王の影達らしい。
そして、その中に交じって少女が1人だけいた。
彼女は外傷がないように見えるが、それでもその表情は暗い。
メリエルは少女を見て、首を傾げる。
「……どちら様?」
「おや? ご存知ありませんか? メルティ王女ですよ」
「聞いたことはあるけれど、見たのは初めて」
「そうですか。ちょうどシルトヴェルト方面からこちらへ戻ってくる途中で、捕まえましてね。女王が慌てて呼び戻したのでしょうが……今、ここであなたの行動一つで、メルティ王女や影達の運命が決まります」
教皇の言葉にメリエルは軽く頷いてみせ、そして告げる。
「やはりここは女王陛下にお越し頂き、判断を仰ぐというのはどうかしら? 何しろ、私は盾の悪魔なので、悪魔相手に人質を取ったところで意味などないでしょう?」
「……それもそうですね」
道理だ、と教皇もまた賛同する。
「んじゃ、ちょっと待っててね」
メリエルは
教皇達はぎょっとするが、数分もしないうちに靄のようなところからメリエルとミレリア、そして影やら女王直属の騎士やらが出てきた。
盾の魔法か何かだろう、と教皇は思いつつも、告げる。
「さぁ、女王。あなたの娘と影達の命。どうされますかな?」
教皇に問いかけられて、ミレリアは状況をどうにか理解した。
ちょっと用事があるから、とメリエルに言われ、護衛の皆さんも一緒にと彼女が言ったので、もう教皇を捕まえたのか、とおっかなびっくりでやってきてみれば、こういう状況だったのだ。
「お母様……!」
メルティがミレリアに気づき、不安に満ちた声で呼ぶ。
「あ、ちなみにだけど本物よ。偽物とか幻とかそういうのじゃないので」
メリエルが補足説明を行う。
彼女の目を誤魔化すには生半可な幻術や偽物などでは不可能だ。
「……私が言うのも何ですが、本当に悪魔では?」
教皇の言葉にメリエルは不思議そうに首を傾げる。
「悪魔というよりも、大魔王なので」
「……納得です」
やっぱり教義は正しかった、と教皇は深く頷いた。
「で、ミレリア。どうするの?」
いや、それ私の言葉なんですが、と教皇は思いつつ、女王へ決断を促すべく、指示を下す。
「少し、痛めつけてやりなさい」
その言葉にメルティの傍らにいた兵士が彼女の背中を蹴りつける。
痛みに悲鳴を上げるメルティに、ミレリアは少し俯き、唇を噛み締め、そして――
「……メルティは王族です。影達も、王族に仕える身……私は三勇教に屈するわけにはいきません」
そう言い、ミレリアは顔を上げた。
メルティは意味を理解し、背中の痛みをこらえ、目に涙を浮かべるも、声は出さずに堪える。
しかし、そこでメリエルがミレリアの前へと移動した。
「申し訳ないけど、私が救うと決めてバッドエンドっていうのは私が納得できないの」
「いや、あなたも煽るようなことを言いましたよね?」
教皇の問いかけをメリエルは知らん顔で言葉を続ける。
あまりにも面の皮が厚すぎる。
これではギロチンの刃とて通らないのでは、と思うほどに。
「というわけで、今からひっくり返させてもらうわ」
「この状況から?」
メリエルは不敵に笑ってみせる。
「当然よ。ゲームでも、リアルでも、この程度、ピンチのうちにも入らない。あなた達は戦争のやり方をご存知ないようね?」
そして、メリエルは告げる。
「戦争ってのは、準備で全てが決まる。始まる前から勝敗は既に決まっているわけよ」
「ほう? ということは我々の勝利ということですかな?」
教皇の言葉に、メリエルはくすくすと笑ってみせる。
そして、口元を歪め、恐ろしい笑みでもって告げる。
「あなたの首は木に吊るされるのがお似合いよ」
その言葉と同時に彼女達は現れた。
まるで、最初からそこに透明になって待機していたかのように。
彼女達が現れた場所、そこはメルティや影達を捕らえている兵士達の背後だった。
予想もできない奇襲に、あっという間に兵士達が斬り伏せられて――はおらず、どうやら峰打ちであることにメリエルは気づいた。
いや、別にこの状況なら殺していいんじゃないの、とメリエルは思っている間に、ラフタリア達は兵士達を掃討し、メルティと影達を解放する。
「ば、バカな!?」
「はいはいテンプレテンプレ。そういや天ぷら食べたいわね……」
教皇の驚き方に、メリエルはそう言いながら近づいていく。
だが、そこに邪魔をする者達が現れた。
「そうはさせないわ」
「お邪魔するのじゃ」
トカゲの尻尾を生やした女と狐の尻尾を2本生やした少女だった。
少女の方は何故か巫女服を着ていた。
メリエルとしては邪魔をされるのは困るので、素直に伝える。
「邪魔するなら帰ってー」
「はいよー」
メリエルの言葉にくるりと狐の少女は踵を返し、隣のトカゲの尻尾の女がずっこけかけた。
「って、違うのじゃ!」
「え? 帰ってくれないの?」
「用があるのじゃ! わらわ達は盾の勇者であるそなたを仲間にしにきたのじゃ!」
「人違いじゃないの? 私は大魔王なんだけど」
「いや、確かにわらわもそう思って……むぅ! レールディアも何か言うのじゃ!」
このままではダメだとぷんすこ怒る少女にメリエルは微笑ましく思ってしまう。
そこへ教皇が告げる。
「この御二人はタクト様から派遣されてきた竜帝レールディア様と九尾の狐トゥリナ様ですぞ! いくら盾の悪魔といえど、倒すことなど不可能!」
「あっ、ふーん……」
メリエルは首謀者の名前に納得したと頷いた。
ミレリアも、意味を察したのか、溜息を吐いた。
その反応に教皇は首を傾げる。
「バカ! 言うでない!」
「アンタから先に消してやろうかしら?」
そこで教皇は失言に気づいたが、彼は強気だ。
「御二人によって目撃者は消えますので、大丈夫ですよ」
「ちなみにだけど、レベルは?」
メリエルの問いかけにレールディアとトゥリナは事もなげに告げる。
「334よ」
「312じゃ」
やはり、とメリエルは確信する。
これは手を抜ける相手ではなさそうだと判断し、彼女は本格的に対ワールドエネミー想定で動く。
とはいえ、ここはゲームではない。
相手には知性があり、なおかつこれまでに蓄積された戦闘経験を活かしてくるだろうから、一筋縄ではいかないだろう。
レベル300超えともなれば、相当な修羅場をくぐってきていることに変わりはない。
牽制しつつ、バフやスキルでもって強化し、短期決戦でもって一気に倒し切る。
長期戦になれば圧倒的にこちらが不利だ。
初見の敵は何を持っているか、予想もつかない。
一方、2人のレベルが300超えということで、事前に知っていたメリエル達以外の者達は絶句している。
実力差がありすぎて、それこそマトモに戦っても勝てないと誰もが簡単に想像できてしまう。
とはいえ、ミレリアには希望があった。
「メリエル様……」
そう呼びかける声は不安に満ちていた。
だが、メリエルはにっこりと微笑んでみせ、その装いを一瞬にして変えた。
頭にあるティアラから髪飾り、鎧はもちろん、靴に至るまで、その全てが膨大な力を秘めていることがミレリアは無論のこと、この場にいる全ての者達に理解できてしまった。
勿論、レールディアとトゥリナの2人もそれは例外ではない。
2人はメリエルの装備に絶句している中、彼女は夜であるのに、太陽のように輝く黄金の首飾りをどこからか取り出し、それを身に着けた。
そして、左手――正確には左腕の肘のあたりに盾を取り付け、さらにいつのまにか腰に吊るしていた鞘から剣を抜き放ち、右手に持った。
神話に出てくるだろう戦争の女神だと言っても過言ではない見た目であった。
レールディアとトゥリナは本能で理解する。
全力を出さねば瞬時に殺されると。
メリエルは唱える。
「
レールディアとトゥリナは大きく飛び退いた。
その直後に2人の立っていたところからは石畳を突き破り、巨大な土でできた槍が2本、飛び出してきた。
回避が遅れていれば、そのまま串刺しになっていたところだ。
メリエルにとって、2人の回避は予想の内。
むしろ、初撃で終わるわけがないと確信していた。
だからこそ、息をつかせない。
魔法でもって攻めて攻めて攻めまくり、合間合間にバフやスキルで自己強化を施す。
こちらの本命を悟らせず、また悟られたとしても邪魔をさせない。
「
数多の雷を束ねた巨大な豪雷がレールディアとトゥリナ目掛けて天空より落ちてくる。
眩い光に、しかしレールディアとトゥリナは全力で雷耐性を上げる防御魔法と魔法による攻撃を防ぐ盾、更に自身のスピードを上昇させる魔法を唱える。
左右ばらばらに逃げた2人は豪雷が襲いかかるも、それらは僅かに掠った程度で終わる。
「
レールディアとトゥリナがそれぞれ紅蓮の炎で包まれようとするが、2人はすぐさま炎耐性上昇魔法を唱えつつ、上昇した速度でもって多少のダメージを負う覚悟で炎に突っ込んで、そのまま逃げ切る。
「
メリエルの足元に巨大な魔法陣が展開され、そこから無数の黒い茨が飛び出してきた。
それらはレールディアとトゥリナ目掛けて、捕まえようと一斉に襲いかかる。
レールディアはブレスを吐き、トゥリナは火炎魔法で焼き払いながらも、立ち止まることなく動き続ける。
そして、その最中に――メリエルはあることを発見する。
メリエルは小さく舌打ちをする。
レールディアがトゥリナに、トゥリナはレールディアに互いに強化魔法や防御魔法と思しきものを掛け合っている。
同時にトゥリナの尻尾の数が9本に増えていることも。
こういうタイプのワールドエネミーはまず片方に集中攻撃して倒さねばダメだ。
竜帝とか言っていたレールディアはおそらくドラゴン。
対するトゥリナは九尾の狐。
どっちが倒しやすいか、と問われるとメリエルは長年の経験と勘からトゥリナだと確信する。
そう思考する間にも、メリエルは強化魔法と強化スキルを少しずつ、バレないように唱えている。
色とりどりに体を包み込む魔法やスキルの使用を見られれば、一発でバフを掛けていると見抜かれる。
相手はただのパワーで押してくる敵ではない。
レールディアはおそらく攻撃も防御も魔法も全てが高いレベルで纏まっていると想定しつつ、トゥリナは魔法特化の特殊なタイプと想定する。
そして、トゥリナのようなタイプはディスペルを持っていると考えるのがセオリーだ。
せっかく掛けたバフがディスペルで解かれてはたまったものではない。
メリエルのようにバフやスキルをガン積みして、スペックで圧倒する者にとってディスペルは明確な弱点だ。
スキルによる強化効果はただのディスペルでは消去されないと思うが、それでもここは異世界。
何があるか分からない。
とはいえ、トゥリナの体力が低いとは考えない。
レールディアよりは多少低いかもしれないが、それでも一撃で殺せるようなものではないと予想する。
ワールドエネミーとソロで撃破したメリエルは短期決戦と長期戦の2パターンを経験したが、どちらにおいても敵の攻撃は回避するのが大前提だ。
一撃一撃が痛く、また耐性を貫通して付与されるデバフも厄介であり、一撃でももらうと取り返しがつかないことになる。
そう考えている間に、レールディアが遠距離からブレスを吐き、トゥリナは別方向から5人に分身して極大の火炎球を放ってきたが、メリエルは4人は幻術による偽物だと即座に看破しつつ、
まだ見分けがつくが、いつ見分けがつかなくなるかは分からない。
故に、メリエルは確信する。
侮られているとは感じない。
むしろ、久しぶりに自らが挑戦者となり、強敵に挑んでいるという高揚感に包まれている。
知らず知らずにメリエルは笑みを浮かべてしまう。
すると自分を見ていたレールディアとトゥリナは恐怖で顔が引き攣ったように見えたが、メリエルからすればそれは目の錯覚だろう思い、そろそろ隔離せねばならないと判断する。
今はまだ牽制段階であり、大広場内が破壊される程度に留めているが、そろそろバフやスキルの強化具合から、大広場の近くの住居にも被害が出そうだ。
大広場の外縁部から、こっそりと三勇者とそのパーティーメンバー達が覗いているのが知覚できたが、余計な茶々を入れてこないのが有難かった。
明らかにレールディアとトゥリナは三勇者が戦って相手にできるレベルではない。
とはいえ、メリエルとしては観戦者は多ければ多いほど燃える。
私が強い敵を倒すところを見て、すごいでしょ、と自慢したがりの為に。
また同時に保険でもある。
もしも自身が倒せなかった場合、戦える者は1人でも多いほうがいい。
自身が蘇生するまでの時間を稼いでもらう必要があった為に。
それは見学者として
彼らも戦えないことはないのだから。
一方、レールディアとトゥリナが抱く思いは一貫していた。
あまりにも強すぎる――
彼女達は2人とも自分達を相手にできるのはタクトしかいないと考えていた。
そのタクトですらも、2人同時に戦っては相手にならない、とも。
しかし、現実は違った。
2人が全力を出したとしても、回避や防御が精一杯、反撃すら覚束ない相手が目の前にいた。
戦女神でも相手にしているのならば、まだ気は楽だったかもしれない。
全知全能みたいな神相手ならば、負けてもまだ納得はできた。
だが、相手にしているのは盾の勇者だ。
四聖勇者の一角、伝承によれば攻撃力は持たないとされているが、実態は全く違う。
桁が違う魔法を操り、こちらに反撃の糸口を与えすらさせない。
そして、2人には彼女が持つ剣のほうが盾よりも恐ろしいと本能的に感じている。
アレに斬られたらダメだと。
幸いにもまだ相手は戦闘開始から一歩も動かず、近接戦闘を仕掛けてこないが、いつそうなるかは予想もつかない。
どの程度の力の強さか、速さはどうなのか、とそういったものはさっぱり分からないが、自分達より非力で遅いというわけはないだろう。
レールディアもトゥリナも普段の態度はどこへやら。
互いが互いを魔法で支援することで、どうにか致命的な一撃を食らわずに済んでいた。
恐ろしくも、強く、そして美しい盾の勇者。
その存在を前にして、レールディアとトゥリナは、このまま戦っていていいのだろうか、と考え始めていた。
勝利など開始数秒くらいで諦めている。
逃走することも、おそらく無理だ。
今はこちらの様子を観察する為か、攻撃が止んでいるが、すぐに再開されるだろうことは容易に想像ができた。
しかし、こうして初めて自分達を超える相手と戦って、2人はほぼ同時に気づいたことがあった。
どうして、自分達はタクトに従っているのか?
ドラゴンや九尾でも受け入れてくれたから?
強いから?
見た目が良いから?
頭が良いから?
性格が良いから?
金持ちだから?
思想に共感したから?
しかし、2人は答えを出せないでいた。
タクトには明確な行動理念や思想というものがない。
確かにフォーブレイを発展させてもいるし、人助けなどもしている。
だが、行動の大前提となる動機というものがない。
欲望が明け透けなら、それはそれでレールディアもトゥリナも別に構わないのだが、タクトは明け透けというわけでもない。
変に取り繕うし、まるで自分には不純な動機などないかのように振る舞う。
女性に対する扱いも、あんまり褒められたものではない。
所有物のように扱うし、やたらと恩着せがましい。
しかも偶にある夜の行為は独りよがりで、こっちは痛いだけで全然気持ち良くない――
気持ち良い振りをしているが、それに全く気づいていない――
本当にどうして、自分達はタクトに従っているんだ?
どうして、タクトの女を手に入れる為に、自分達が命がけなんだ?
そこまで思考が及んだところで、美しい声が聞こえてきた。
メリエルは高らかに告げる。
己が全力を出す為のフィールドに、この場にいる全ての者達を招待する為に。
「
それはまさに人智を超えた所業。
瓦礫や大穴が空いたメルロマルク城下町の大広場の石畳が敷かれていた地面は消え、草原となり、夜であった筈なのに空は不気味なほどに青く染まり、そこから太陽の光が降り注ぐ。
誰もが呆気に取られた。
そこへメリエルが告げる。
「ここは私が構築した世界。ここならば私は全力で戦える」
メリエルへと全ての視線が向く。
彼女は視線に対し、不敵な笑みを浮かべて、更に言葉を続ける。
「この世界から出るには私を倒すか、私が解除するかのどちらかしかない。さぁ、戦争を始めましょう」
そう告げて、メリエルは気がついた。
何だか知らないけど、敵の2人は棒立ちしているので、メリエルはさっさと残るバフとスキルを使用してしまう。
色とりどりの光がメリエルを包み込み、彼女は全力戦闘が可能になった。
アレを使用すると戦域が解除されてしまう為、隔離した意味がない。
おまけにタメも長い。
故にメリエルは自身が保有する攻撃的な種族スキルのうち、発動が早く、回避が難しいものを選択する。
彼女はその背中に白と黒の入り交じった紋様の翼を4対8枚、顕現させる。
ワールドエネミー相手に正体を披露するなら、言い訳も立つ。
勝利こそが全てであり、敗者は全てを奪われるのだ。
観戦者を入れなければ良かったかな、という後悔はない。
波の原因が神であるならば、そのときに披露するよりもあらかじめ見せておいた方が衝撃が少なくなって良いだろう、と。
メリエルは空へと舞い上がり、その8枚の翼を大きく羽ばたかせる。
「パラダイス・ロスト」
8枚の翼から無数の羽がレーザー光線のように光の軌跡を描きながら、恐ろしい速さでレールディアとトゥリナに襲いかかる。
たちまちのうちに降り注ぐ羽により2人の姿は見えなくなった。
メリエルはすかさずに次の一手として、レーヴァテインを構えたところで――目を疑った。
パラダイス・ロストによる攻撃が収まり、そこにあったのは体中から出血し、瀕死の重傷となって穴だらけの地面に横たわる2人の姿だった。
いやいやこれは擬態だ、幻術だ、本体はどこだとメリエルは周囲を隈なく、油断なく探すが、見当たらない。
「遂に私の探知を超えたみたいね……」
メリエルの呟き。
そこでラフタリアが叫んだ。
「何をバカなことを言っているんですか! もうやめてください! これ以上の戦いに意味などありません!」
しかし、メリエルは冷静に告げる。
「何を言っているのよ、ラフタリア。まだこれからよ。相手はレベル300超え、この程度で死ぬわけがない。アレは擬態か、幻術に決まっているわ」
「擬態でも幻術でもないです! 見てください! 三勇教の皆さんとか完全に怯えていますよ!」
メリエルは教皇達に視線を向けてみた。
神に祈るかのように懺悔して、後悔しているのが見えた。
ミレリア達にもメリエルは視線を向けてみた。
何だか神でも見るような視線だった。
「……てへぺろ」
メリエルは頭に片手を当てて、舌を出してみせた。
「それで済まそうとしないでください!」
ラフタリア渾身のツッコミ。
とりあえず、メリエルは死にそうになっているレールディアとトゥリナに近寄り、エリクサーをぶっかけた。
念の為に3本ずつ。
みるみるうちに傷が治って、あっという間に完全回復した2人にメリエルはドヤ顔で告げる。
「私としては全力状態でのパラダイス・ロストを受けて、即死せず生き残ったのがスゴイので、やっぱりこいつらはワールドエネミー」
「全然違います!」
ラフタリアの叫びに完治したレールディアとトゥリナは地面からゆっくりと起き上がってきた。
そして、2人は告げる。
「負けじゃ負けじゃ。もう負けじゃ」
「こんなに完全に負けたのは初めてだわ」
両手を挙げて降参のポーズを示してみせる2人にメリエルは問いかける。
「世界を滅ぼせるような力とか……なんかそういうのないの?」
「あるわけなかろう!」
「そうよ。国を潰すのが精一杯だわ」
「……ごめんなさいね、てっきりレベル300超えだから、そういう世界の敵を想定して私は動いていた」
暗に雑魚だとは思っていなかったと告げるメリエルにトゥリナとレールディアだが、事実であったので何も言えない。
明らかにメリエルは世界の守護者みたいなそういうレベルにあったのだ。
「で、タクトとやらが派遣してきたらしいけど?」
メリエルの問いかけにトゥリナとレールディアは互いに視線を合わせる。
どうしようか、という互いが互いに対する問いかけ。
しかし、それはすぐに答えが出た。
自分の女に対して、別の女も欲しいから連れてきてくれ、などふざけたことを抜かすバカに尽くす道理などない。
もう彼に従う義理も義務もないと2人は決断する。
「そうじゃよ。そなたが欲しいから、連れてきてくれとな」
「ええ。三勇教の手助けとかそういうのも全部、彼の指示よ。あ、ちなみに影とかは誰も殺していないから」
「……私が言うのも何だけど、タクトって頭がおかしいんじゃないの? あなた達、タクトの女なのでしょう? その女に対して、別の女を連れてこいって……」
「正確には元じゃ」
「ついさっきまでの話よ。もう彼とは何の関係もない。あんな矮小な人間風情」
ならば、とばかりにメリエルは真意看破の魔法をこっそりと使用した上で、問いかけてみる。
「タクトって人心掌握術に優れるみたいで、女を落としまくっているって本当?」
「本当よ。ただ、扱いは良くないわ」
「うむ。わらわ達は側近みたいなものであったが、何というか、思い返してみれば所有物みたいな扱いであった。あと恩着せがましい」
「とはいえ、顔も良いほうだし、王子として地位や、勇者の肩書、さらにはカネもあるし、女が寄ってくる素材は幾つもあるわね」
なるほど、とメリエルは頷いてみせる。
さらに彼女は問いかける。
「どうして取り合いになって刺した刺されたの刃傷沙汰にならないの? 失礼だけどあなた達は、そんな大人しい性格には見えないのだけど?」
「そこまでして独り占めしたい、と思うほどでもないわ」
「そうじゃな。まあ、妾なんぞ王族であれば驚くことでもない。大抵はそうじゃろ。盲従している輩も多いが、そこは分からん。タクトよりも良い者に出会えなかったのか、あるいは勇者だから、と盲従しているのやもしれぬ」
勇者だから盲従している、という部分にメリエルは腑に落ちた。
三勇教ですら、三勇者に対しては非常に好意的であり、盾教も勿論、盾の勇者に対して非常に好意的だ。
四聖教の実態は知らないが、似たようなものかもしれない。
幼い頃から勇者はスゴイ、勇者は偉いなどと教えられていれば、盲従してもおかしくはない。
いいことが聞けたとメリエルは満足しながら、問いかける。
「ところで提案なんだけど、あなた達は強かった。だから、私の仲間にならない? あ、私はメリエルっていうんだけど」
「なあ、メリエルよ。わらわ達が断れると思うのか?」
「脅迫みたいなものじゃない?」
問いかけにメリエルは当然分かっていたが為に、満面の笑みを浮かべてみせる。
「返事は『はい』か『YES』のどっちかよ。『いいえ』と『NO』を選んでも、問いかけ続けるから」
無限ループって怖いわよねぇ、とメリエルは言いつつ、何気なく、レーヴァテインを素振りしてみせる。
彼女はただ何となく突然素振りをしたくなっただけで、特に他意はない。
それをトゥリナとレールディアの2人が見て、何を思うかはメリエルは勿論考慮していない。
「タダで、というわけにはいかんぞ」
「私達が強いから、仲間にしたいっていうなら、相応のものを出して欲しい」
怖かったがどうにか、2人は自分を安売りすることはしなかった。
とはいえ、メリエルとしては、むしろそれくらいの要求は当然と考えていた。
「んー……ドラゴンって確か……」
メリエルはレールディアの前に彼女の身長を遥かに超える巨大なダイヤモンドを作ってみせた。
レールディアは驚くが、頭でそれが何であるかを理解して、頬が少しずつ緩んでいき、やがて体を震わせ、そして飛びついた。
ダイヤモンドに飛びついて、レールディアは頬ずりどころか全身を擦りつけ始める。
そこですかさずメリエルが問いかける。
「宝石とかをあげるから、仲間になって?」
「なる! なるわ! もうどうにでもして!」
「レールディア、ゲットだぜ」
Vサインをしてみせるメリエル。
トゥリナはレールディアの惨状にこれだからドラゴンは、と溜息を吐いてみせる。
とはいえ、トゥリナは期待に胸が膨らむ。
タクトはこういうことをしてくれなかったが為に。
「んー、九尾の狐……いやでも、これは安直過ぎるかしら……?」
何やら難しい顔をして、ぶつぶつ呟くメリエルにトゥリナは早くしろと9本の尻尾をぶんぶか振り回す。
「わらわは光り物では転ばんぞ! もしも、わらわを満足させることができたならば、心から忠誠を誓ってやろう!」
「じゃあ、とりあえず……はいこれ」
メリエルはテーブルをどこからともなく取り出して、その上に大皿を置いた。
なんじゃこれは、とトゥリナが思うも、大皿がプレゼントではなかった。
その上に、どんと載せられた山盛りの稲荷寿司。
なんじゃこれは、とトゥリナは胡散臭いものを見るような目を向けながらも、1つ摘んで食べてみた。
彼女はあまりの美味しさに、全身を震わせ、ついでに9本の尻尾もぶんぶん振る。
これでは嘘でも満足していない、などとは口が裂けても言えない。
「わ、わらわを満足させるとは……よ、よかろう、そなたに従ってやろうではないか!」
「トゥリナ、ゲットだぜ」
Vサインをしてみせるメリエル。
トゥリナは稲荷寿司をがつがつと食べていく。
メリエル的には全て解決したのだが、全体で見ると全く解決していない。
「……お母様、これは……どうすればいいのでしょうか?」
メルティがようやく事態を理解して、問いかけた。
そんな彼女にミレリアは告げる。
「メルティ、メリエル様は、ああいう方なのよ。色々あったけれど、結果的には全てが良い方向に向かったわ」
レールディアとトゥリナを寝返らせたというのは非常に大きな意味を持つ。
フォーブレイ相手に色々とやれそうで、ミレリアとしては後始末は大変だが、それでも利益も大きそうだと判断した。
「……メリエル様ってもしかして天使様とかそういう……」
「ご主人様、フィーロと同じー?」
エレナとフィーロの声にメリエルはハッと我に返り、翼を消した。
今更もう遅い。
「……セーフ?」
問いに、ミレリアは微笑んだ。
「メリエル様、色々とお話して頂けると、とても嬉しいのですが?」
「力の根源に関わることということで、最低限に……」
「ええ、構いません」
「私は対異教の神々、対悪魔、対邪神、対高次元生物などを主眼として創られた汎用人型決戦天使。物質界だけではなく、高次元空間などの全ての空間・次元において十分な戦闘行動を行え、敵対者全てに永遠の安息を与える。だが、闇に堕ちし時、窮極の門は開かれた。混沌となりし彼女は何者にも縛られず、縛ることもできない。混沌であるからこそ、彼女は矛盾をも内包する。ちなみに、欲望に素直である」
早口で一気に言いきった。
しかし、ミレリアは伊達に女王をやっていない。
「ふむ……ということは、例えば神なども倒せると?」
「神なんて、これまでに食べたパンの枚数くらいには倒しているわね」
「数えきれないくらい、と……本当に心強いですね。欲望に素直なのは……まあ、いいでしょう」
ミレリアの隣にいるメルティはきらきらとした視線を送ってくる。
誰か助けを、と周囲を見渡すも、事前に知っていたラフタリア達は特に反応せず、影達や護衛の女騎士達は畏敬の念でも抱いているのか、神でも見るかのような視線だ。
ツッコミ、ツッコミを誰か、とメリエルは心で泣いた。
そのとき、彼女の耳に小さく聞こえてきた。
「いや、あの設定はないわ」
「ないな」
「厨二病患者でしたか……」
視線を向ければ三勇者が呆れ顔でこっちを見ていた。
メリエルは、彼らに対する評価をこれでもかと高めた。
そんなこんなで後始末は色々と残っているが、とにもかくにも、ひとまずは三勇教による革命騒ぎは穏便に幕を閉じたのだった。
メリエル「ふぁっ!? レベル300超え!? 対ワールドエネミー想定で動かなきゃ(確信)(自分より強いと判断)(相手が強いと闘志を燃やすタイプ)」
トゥリナとレールディア「何だあれ……何だあれぇ!(開始5秒で戦意喪失)(大魔王からは逃げられない)(火事場の馬鹿力で防御と回避)」
不幸な出来事だった。