城下町へと戻ったメリエルは準備を整え、変身アイテムを使用して、性別は変えず顔を変えて、そこらにいる子供達ににこやかな笑みを浮かべて近づいていく。
「お姉さん、何か用?」
「ちょっと新しい遊びを教えてあげる。お友達も呼んで?」
そうお願いすれば子供達は疑うこともなく、友達を呼んでいく。
あっというまに20人程が集まった。
そして、メリエルは懐から水晶を取り出して、子供達に見せる。
「この水晶を持って、三勇教の教会に行って。そして、天高く掲げて、この紙に書いてあることを言うのよ。すると魔法が使えるから。魔法を使うまではメモに書かれたこと以外を言ってはダメよ」
全員にメモと水晶を配布する。
子ども達は「すげー」と目を輝かせながら、水晶を日に透かして見たり、じーっと見つめたりしている。
「でもこれはちょっと制限があってね。教会は1人だけしか魔法が発動しないの。でも大聖堂はそういう制限はないから、いっぱい行っていいわよ。みんなにいっぱい見てもらいたいから、人がなるべく多い時間に行ってね?」
メリエルの言葉に子供達は元気良く返事をした。
彼らの会話を聞くと、30分後の14時から礼拝が始まるらしい。
メリエルは笑みを浮かべたまま、彼らと別れた。
そしてメリエルは懐中時計を取り出して、メルロマルクの王城、その尖塔の天辺に立っていた。
時刻は13時50分。
そろそろだった。
城下町には大聖堂以外にも大小様々な教会が幾つもある。
三勇者への祈りを捧げる、午後の礼拝の時間が迫っていることもあり、教会や総本山にある大聖堂では多くの信者達で溢れかえっていた。
つい最近、波が起きたこともあり、三勇者への信仰はかつてない程に高まっており、足を引っ張ることしかしていないとされている盾の悪魔への憎しみをかつてない程に増している。
そして、そのときだった。
礼拝堂に子供が入ってきた。
子供の信者もいるので、珍しいことではないが、その子は手に見たこともない綺麗な水晶を持ちながら、一番前へと進んでいく。
ちょうど礼拝堂に入ってきた神官が首を傾げなら、前までやってきた彼に尋ねる。
「どうかしたのかい?」
問いに子供は自信満々に水晶を目の前に差し出した。
「その水晶は?」
子供は教会に来るまでに暗記したものを元気良く、大きな声で――それこそ教会の外にまで響きそうな程の声で言った。
閃光が礼拝堂を包み込んだ――
閃光、そして遅れて聞こえた爆音、やってくる爆風。
特等席から、メリエルは見ていた。
戦闘不能となる自爆技であることから、威力が高く、PvPではイタチの最後っ屁といった感覚でよく使用されていた。
呪文の前の、神は偉大なりという言葉は特に効果はない。
雰囲気作りだ。
次々と、城下町のあちこちで爆発が起き、そして本命の大聖堂では強烈な閃光、やや遅れて巨大な火球が出現し、それが一気に弾け飛び爆音が響き渡る。
同時に爆風が同心円状に広がっていき、建物だろうが人だろうが一瞬にして塵と化していく。
「景観や文化は傷つけたくないけど、何事にも例外はあるのよ」
メリエルは呟いて、ほくそ笑む。
「
爆心地とその周辺数百m程度の被害で済んでいるが、それを使っていたらメルロマルクの王城と城下町は消えて、でっかいクレーターしか残らなかっただろう。
ああ、そうだ、とメリエルは思い出した。
「殺すのは最後にしようと思ったけど、アレは嘘だから。ごめんなさいね」
眼下を見れば王城は蜂の巣を蹴飛ばしたような騒ぎであった。
そして、メリエルは予定通り混乱に乗じて、再度総本山の地下へと赴いた。
予想通りに爆発の衝撃で怪我人が多数出ており、さらにあちこちの通路で土砂崩れが発生していた。
メリエルは
ゴタゴタ言う奴は引っ掴んで門に放り込んだ。
そんな具合に彼女は救出しながら、縦横無尽に地下を走り回り、土砂崩れが起きていようが土砂を地上へとふっ飛ばして進む。
勿論、目につく限りの教会関係者は
これならば傍目には爆発の衝撃により死んだと偽装できるから都合が良い。
リアルのとき、これがあれば便利だったよなぁ、とメリエルは思いつつ。
とはいえ、彼女はこれで済ますのは寂しいので、自らが作成した、とあるアイテムを各所に仕掛けていく。
こういう置き土産はリアルでの破壊工作のときにもよくやったものだ。
僅か30分でメリエルは地下施設内を隈なく捜索し、奴隷の治癒と救出、同時に敵勢力の完全排除と多数の置き土産を達成し、その場を後にした。
残されたのは数多の教会関係者の死体と各所にメリエルが放った炎のみ。
欲望渦巻く教会地下施設はあっという間に炎に飲み込まれていった。
「メリエル様! どうするんですか!」
ラフタリアは怒っていた。
ヴィオラは両腕を組んで、むすっとした顔だ。
フィーロとティアは何だかよく分からないので、きょとんとしている。
言うまでもなく救出した大勢の元奴隷達だ。
間違いなくやっていることは弱きを助け、強きを挫くという勇者の行いであるが、考えなしに突っ走っているのでは、という疑いがラフタリアとヴィオラにはあった。
しかし、そこでメリエルはエレナへと視線を向けた。
「シルトヴェルトに行くから。条件は彼らの受け入れと保護、その後、就業するまでの生活の保障ってのはどうかしら?」
「勿論です! この度は本当にありがとうございました!」
エレナは平伏した。
彼女につられるように、亜人達はすぐに、人間達も少し遅れて平伏した。
その光景にメリエルはハッとした。
まさに今、あのセリフを言うべきときだと。
昔見たあの時代劇のセリフがぴったりだと。
「これにて一件落着!」
ドヤ顔で言い放った。
ラフタリアは天を仰ぎ、ヴィオラは溜息を吐いた。
ともあれ、そんなこんなで一行はシルトヴェルトに向かうことになった。
大勢なので、徒歩などということはせず、メリエルは自前の馬車とスレイプニルを提供した。
ちなみにフィーロが引くと言って聞かなかったので、メリエルが乗っている馬車はスレイプニルではなく、フィーロが引いている。
「……そういや龍刻の砂時計ってどこにあるんだろ?」
メルロマルクにおける龍刻の砂時計の設置場所は一般にも広く知られている情報であった為に王城内で入手した機密文書には当然載っていなかった。
次の波までのカウントダウンが表示されているらしいが、メリエルはまだ知らない。
大聖堂内にある一室に安置されていたのだが、彼女が実行したテロ攻撃で吹っ飛んでしまったことを。
「シルトヴェルトにもありますので、ご心配なく」
エレナの言葉にそれならいいか、とメリエルは呑気なものだった。
何気なく、彼女は懐から懐中時計を取り出した。
「何か?」
「ええ、そろそろ置き土産が届く頃だと思って」
エレナはそれで何かを察したのか、妖艶に笑う。
「あなたが男だったなら、良かったのに……」
メリエルはにこりと笑い、告げる。
「実は私、両性具有というやつなのよ。分かりやすく言うと、女でもあるし、男のアレも生えてる」
エレナだけでなく、会話が聞こえていたラフタリアやヴィオラ、ティアまでもが驚きのあまり、固まった。
そんな様子をメリエルはけらけら笑った。
その頃、メルロマルクは事態の収拾に追われていた。
「盾の悪魔だ! あいつが、あいつがやったに違いない!」
オルトクレイは目が血走り、口角泡を飛ばしながら家臣達に叫んだ。
発生から数時間が経過し、日が沈み始めた頃、ようやく被害の全容が少しずつ明らかになりつつあった。
端的に言って、被害は甚大だった。
死傷者は多数であり、何もかもが足りない。
特に教会の総本山がやられたことから、教会関係者――しかも高位の神官達が多数死傷してしまった。
大聖堂とその周辺では火災まで発生しており、騎士団も一般の兵士も、庶民も誰も彼もが総出で、火災の鎮火と怪我人の救助に当たっていた。
父親を冷めた目で見ながら、マルティはゾクゾクとしていた。
彼女も父と同様に実行犯がメリエルであることは疑っていない。
盾の勇者は悪魔である、と父親から、そして教会の者達から幼い頃から教育されたマルティと妹であった。
マルティはそれは正しいと思うが、しかし、悪魔ではない。
悪魔なんぞとは比べ物にならない、そして、勇者なども歯牙に掛けない、強大な悪。
魔王であるとマルティは確信していた。
だからこそ、彼女は興奮する。
やはり、乗り換えてしまおう、と。
だが、接触が難しい。
メリエルの足取りは全く掴めていない。
向こうがふらっとメルロマルクに立ち寄ったときに、うまく会うしかないが、方法が全く思い浮かばない。
立て看板をマインの名で出しておくか、とマルティは思いつつ、謁見の間を後にした。
彼女が来た理由は被害を知る為であったが、最悪であるということだけがとりあえず分かったに過ぎなかった。
彼女が出ていって5分程した後、三勇教の教皇が謁見の間に到着した。
「おお! 教皇猊下! ご無事でしたか!」
オルトクレイの顔色が良くなった。
教皇もまた、軽く頷き告げる。
「はい、陛下も。ご無事で何よりです。私は幸いにも近隣の村を訪れていたので助かりました」
「そうでしたか……事態は非常に深刻で……」
オルトクレイが言いかけた直後だった。
窓の外から眩い光が差し込み、オルトクレイと教皇が何事かと互いに顔を見合わせた時だった。
轟音、振動、そして衝撃。
謁見の間にある窓ガラスが全て割れて落ちた。
兵士や家臣達に降り注ぎ、悲鳴が上がる。
「な、何が起きた!」
叫ぶも、オルトクレイの言葉に答える者は誰もいなかった。
時は少しだけ遡る。
荘厳な大聖堂はすっかり崩れ落ち、周辺の建造物も瓦礫と化していた。
火災は鎮火しておらず、広範囲に広がっていたが、その勢いは当初よりも弱まりつつある。
騎士団と当時現場にいなかった為に生き残った神官やシスター達や庶民達が協力して、消火活動と救出活動にあたっていた。
幸いにも教会関連施設が狙われただけであり、民間人の住居などへの被害は周辺を除けば皆無に等しい。
だからこそ、続々と途切れることなく、庶民達や冒険者達が手伝いに集まってくる。
これならば大丈夫だ、乗り切れる――
誰もが皆、そう確信した直後だった。
地面から生じた、眩い光に彼らは包まれ、そしてその意識は永遠に途切れた。
オルトクレイに報告すべく、伝令が汗だくで謁見の間に転がり込んできたのは発生から20分程が経った頃だった。
その場には教皇もいた。
下手に動くより、王とともにいたほうが状況把握がしやすいが為に。
伝令は教皇がいることに驚くが、それよりも自分の使命を優先する。
「申し上げます! 大聖堂及び周辺での消火・救出活動中に広範囲に渡り、地面が吹き飛びました! 現地で活動していた騎士や神官、庶民らに死傷者多数! また火災が、竜巻となって複数発生しており、手がつけられません!」
オルトクレイと教皇はあまりのことに、茫然自失となった。
メリエルの置き土産、それは彼女が錬金術師系のスキルでユグドラシル時代に作っておいた火属性特化型爆弾。
広範囲を吹っ飛ばしながら、追加効果で火災旋風を巻き起こす時限爆弾だった。
「よく、燃えているわ……」
王城の自室のバルコニーから外を見て、マルティは興奮に震えが止まらなかった。
夜になったからこそ遠目にも分かり、だからこそ恐怖を煽る幾つもの炎の竜巻。
あの竜巻により、老若男女の関係なく逃げ遅れた者から死んでいく。
これを躊躇なく実行したメリエルはどういう思いだったんだろう、三勇教に対する怒りや憎しみか、と思ったが、マルティはあのメリエルがそんな理由であるわけがないと直感する。
彼女は自分と似ているところがある、そんな気がする。
例えば自分は他者を騙して陥れるのが大好きだ。それが楽しいから。
メリエルもきっと、自分と同じようにこうするのが楽しいと思ったから、実行したんだろう。
きっとメリエルは実際に会ったら、けろっとしているに違いがない。
メルロマルクでやったことを尋ねてみても、ああ、そんなこともあったわね、という程度で済ませるんだろう。
楽しいという感情は一瞬で終わってしまうからだ。
「綺麗ね……」
うっとりと、マルティは炎の柱を見つめる。
彼女はメリエルの言葉を思い出す。
気が変わったら、いつでも教えて。たとえ、やらかした後でも、あなたなら受け入れてあげる――
もしかしたら、これはメリエルから自分への贈り物かもしれない、とマルティは思う。
膨大な命を糧に燃え盛る紅い何本もの炎の柱は、これまでに見たどんなものよりも美しい。
何よりも、自分の髪色と同じだ。
無意識にマルティは自身の下腹部へと片手を当てた。
疼いているのが、よく分かった。
こんな気持ちは初めてだった。
一刻も早く、メリエルに会いたい――
盾の勇者が拠点とするなら、シルトヴェルト。
そこに行けばメリエルに会える可能性は高い。
しかし、彼女は持ち前の悪知恵を働かせる。
「メリエル様の為に、持っていけるものは持っていかなくちゃ」
自然と様付けしてしまったことにマルティは照れてしまう。
自分をこんな気持ちにさせた責任は取ってもらわないと。
ただ、その前にメリエル様に謝らないと――
ああ、そんなことも――でも、メリエル様ならそういうことも大丈夫です――
怪しい笑みを浮かべながら、マルティは動き出した。
報復の結果としてメルロマルクが潰れようが私の知ったことではない。
それに私は何もしていない。ただ虐げられていた奴隷を解放しただけだ。
シルトヴェルトへ向かう途上、立ち寄った村でメルロマルクの城下町の近況を聞いた、メリエルの言葉。