典型的な乙女ゲームだと思ったら、典型的なBLゲームに転生してしまった悪役令嬢の話 作:北十五条東一丁目
新学期が始まった。ここからが本番だ。ゲームの期間は一年間。その間、迫り来る鬼畜どもから王子を守り抜かなければならない。
ところで別に、王子が堕とされたところで、私が殺されるとか、婚約破棄されるとか、没落するとかしないとか、そういうことは全くもって無いのだが――いやだよ! 婚約者をイケメンに奪われるなんて!
むしろまだ、断罪されて追放でもされる方がありがたい。どのルートに進もうが、たいてい私と王子は結婚する。ただしそのころには、既に王子の心と身体は別の男に奪われていて――なめるな!
唯一の救いは、ゲームが始まった時点では、王子はまだその道に目覚めていないということだ。彼はこれから数多のイケメンたちと出会い、調きょ――もとい、洗の――もとい、思考を作り変えられるのだ。ノンケが堕ちるから興奮するんだ。これは開発者の言葉でもある。もう一度言う、滅びろ。
――軽くホラーですわよね……。
数多あるエンディングの中で、自分が目指すのは唯一王子が誰にも攻略されないエンド。いわゆるバッドエンドだ。――人の幸せをバッド扱いするんじゃない!
いや、でも王子だってその方が幸せですよ? 鬼畜系男子のペットになるよりも、私のペッ――げふん。私と幸せな家庭を築く方がずっと良いに決まっています。
――いやまあね、本音を言うとさ。私もBLゲームなんかやってたわけだし? 美青年同士が愛し合うのは嫌いじゃない。決して嫌いじゃない。むしろ好物ですごめんなさい。でもね、お願いだからそれはどこかよそでやって頂戴ってことよ!!
そんなことを考えているとはおくびにも出さず。優しい微笑を浮かべながら、机で考え事をしている王子に話しかける。
「クリス様、何を悩んでいらっしゃるのですか?」
「ああ、ロザリィ。新学期の講義を何にしようかと思ってね。……このハドソン教授の薬草学なんかがいいかも知れないな」
「んー、駄目です」
可愛く小首をかしげて、ロザリアが答える。
「え?」
「絶対に駄目です。その講義だけは取ってはいけません。非常につまらない上に、とても単位が取りづらいという噂です。それだけでなく、この講義を受けたせいで不幸になったという学生が何人も――」
「わ、分かった。君がそこまで言うなら取らないよ。……あれ? でも変だな、ハドソン教授は新任の先生のはずなんだが……」
王子は首を捻っているが、これは仕方の無いことなのだ。薬草学のハドソン教授。この男もメインキャラクター、王子を狙う男の一人だ。
眼鏡をかけた柔和そうな顔をしているが、この男の手にかかると、王子は不思議な薬草の力によって、こんなものやそんなものを、あんなところに入れられて悦ぶ肉体に改造されてしまうのだ。都合のいい薬草もあったものだぜ。
「どうしたんだいロザリィ、三角フラスコなんか持って」
「――……はっ! 王子、これはお尻の中には入りませんからね! いいですね!」
「当たり前じゃないか……」
「とにかく! そんなものよりこの講義を一緒に受けませんか? とっても面白そうですよ?」
「なになに……『実践保健体育~女性の肉体に感じるフェティシズムとエロチシズム』――なんでこんな講義があるんだ。『実践』って何するんだよ……」
「きっと王族として、大切なことだと思います」
隣に座ったロザリアが身体を寄せる。耳元で囁きながら、さりげなく胸の谷間をアピール。王子は咳払いをし、わざとらしく話題をそらした。
「ごほん。……とりあえず講義は後で考えよう。そう言えばロザリィ。ラインハルト先輩はどうしたんだい? この間は会えなかったし、挨拶をしておきたいんだが」
「お兄様は隣国に留学しましたわ。来年まで帰ってきません」
突如真顔になったロザリアを見て、王子が焦る。
「そ、そうなのかい? 突然だね」
「はい。思うところがあったようです。外国で自分というものを見つめ直したいと。私も非常に寂しいのですが、兄のたっての希望で仕方なく。…………留学から帰ってきたらお見合い三昧ですから、会ったとしても無駄ですよ?」
「無駄って何が?」
当然これは、ロザリアが父の公爵に手を回した結果だ。兄は目を白黒させていたが、別に留学もお見合いも悪いことではないし、可愛い妹のためだ。ここは涙を呑んでもらおう。
あ、そう言えばお父様も、非常に整った顔立ちのロマンスグレーだ。念のため、後で王子に対する接近禁止命令を出しておくか。
とにかくロザリアとしては、立ちそうなフラグを未然に折り、王子に女性の素晴らしさを説いていかなければならないのだ。
◇
「全寮制ってこれだから面倒ですわよね……」
そう言いながら、少し速足で中庭を歩く。この学園は全寮制で、当然だが男子寮と女子寮が分かれている。したがってロザリアは、常に王子に張り付いているということができない。時間割その他の都合で、こうして王子と別行動になってしまう時間はどうしても生まれる。これは何か対策を考えないといけないだろう。
しかしそもそも、寮を男女に分けるということは、男女が寮であれやこれやをすることを防ぐ目的が大きいと思われる。
だがこの世界はBL世界だ。しかるに男女をまぜこぜにするよりも、男子をひと固まりにする方がはるかに危ないと考えるのは考えすぎだろうか。
寮の名前は男子が赤薔薇寮、女子は山田荘である。なぜ山田? 女子の方のこの適当ぶりよ。開発陣が割いたリソースの差を感じさせる。そして男子は薔薇だ。赤薔薇――。そこに込められた意図は語るまでもないだろう。
公爵令嬢としての権力をフルに活用し、何とか薔薇の中に一輪の百合の花を咲かせるための算段をしながら、ロザリアは王子の元に向かった。
「……ん?」
そこで何か物音に気が付いた。音が響いてくるのは校舎裏だ。今のロザリアのように近道をしなければ、滅多に誰も通らない場所である。
「や、やめるんだ。どうして君はこんなことを……!」
愛しい愛しい王子の声がする。それを聞きつけ、ロザリアは秒間50メートルで音の発生源に向かった。
「はッ! ――どうしてだって? 気に喰わねぇからだよ」
「なっ」
「王子だからって、皆が下手に出ると思うなよ? 俺みたいなのがいるってことを、テメェの甘っちょろい頭に叩き込んでやるよ。……そうだな、手始めに金だ
。王子なら、たんまり持ってるんだろ?」
セリフだけ聞けば、これはカツアゲの現場だ。不良が王子をいじめている図である。
見れば校舎裏で、不良が王子を壁に追い詰め、行く手を塞ぐように壁に手をついていた。いわゆる壁ドンである。定番だね。
しかし金を出せと言っておきながら、不良はそのあと、ジャンプしてみろとも何も言わない。まるで俺が探してやるぜと言わんばかりに、彼は王子の胸に手を這わせ、シャツの隙間から手を差し込んだ。王子、なぜこの状況で歯を食いしばって顔を赤らめるのですか。
「ちょおっとお待ちくださる?」
「うおっ!?」
そこにロザリアが到着した。不良から見ると、まるで瞬間移動してきたとしか見えない怪しいムーブをして、にゅっと二人の間に割り込んだ。
「ロ、ロザリィ! 君は下がっていてくれ! この男は危険だ!」
そう、危険だ。ただし危険なのは、王子にとってだけですよ。
「ちょっとこちらに来てくださいますか? ……二人で話をしましょう」
「あ、ああ」
意外に素直な不良だ。彼はうなずくと、大人しくロザリアの後についてきた。
物陰に着くと、ロザリアは優しく、――おうてめぇ何を考えとるんじゃ、人のモノに手ぇ出したらどうなるかわかっとんのか、奥歯全部引っこ抜くぞ、とあくまで優しく彼を諭した。まず言葉で説得する。王子を狙う相手とは言え、彼女の慈悲は海よりも深い。
「聞いてますの?」
しかし不良はガタガタと震えだした。まるで子鹿のようである。まさかこの程度でおびえたなんてことは無いだろうと思って様子を見ていると、彼は自分の手を凝視しながら怖いことを言った。
「お、俺は今何を……?」
「は?」
「ち、違う。俺はただ、純粋にカツアゲしようと思っただけなんだ!」
純粋なカツアゲ。それは一体何だろうか。
「で、でも、気が付いたら手が勝手に、手が勝手に王子のシャツに……!」
不良は涙目である。ロザリアは、お、おうと呻いた。
「違う! 俺はそんなんじゃないんだ! なぁあんた! 信じてくれ!」
完全に無意識の行為だったという。どうやら彼もこの世界の犠牲者らしい。
そのあとさらに詳しく事情を聴くと、勇敢にも一国の王子をカツアゲしようと思った不良の彼は、最初はそのつもりで王子を校舎裏に連れ込んだ。しかしどうしてか彼の意思に反して壁ドンするすることになり、どうしてか彼の意思に反して王子の胸をまさぐった。要約するとそうなる。
世界がすべてを、BLに向かって修正しようとしている。ある種の人間にとっては理想郷だが、それ以外の人間にとっては地獄だ。この世界の強制力に逆らうのは、並大抵のことではないだろう。
さめざめと乙女のように泣く不良を前にして、ロザリアは覚悟を新たにした。