典型的な乙女ゲームだと思ったら、典型的なBLゲームに転生してしまった悪役令嬢の話 作:北十五条東一丁目
「……ん? これは」
ある日ラインハルトは偶然に、妹のロザリアが『攻略本』または『アルティマニア』と呼んでいる彼女お手製の分厚い冊子を見つけた。
妹のプライバシーに関わる事でもあり、しかもこれは恐らく呪いの書だ。見てはいけないと思ったが、彼はどうしても好奇心を抑えきれなかった。
恐る恐るページを開く、冒頭の方には、以下のような内容が記されていた。
★登場人物紹介★(byロザリィ)
ガイウス皇太子(18):
隣国の皇太子。俺様暴君系のイケメン。遊学に来た学園で王子を見初めた。王子を我が物にするため皇位につき、王国を侵略する。
王宮の天才魔導士エメリッヒ(23):
眼鏡で白衣のマッドサイエンティスト系イケメン。魔術を駆使して王子をおもちゃにしようとする。特技は触手の召喚。
貴公子ラインハルト(18):
腹黒笑顔の知的なイケメン。学園の生徒会長ポジション。ロザリアの実兄。
王子を狙っている。
魔王アスモデウス(7518):
学園の地下に封印されている魔王。人類の滅亡と王子の支配をもくろんでいる。
剣技教官ルドルフ(31):
筋肉モリモリマッチョマンの変態。剣の稽古と称し、たびたび王子にボディタッチをする。やたら王子に筋肉を付けさせようとする。
当然王子を狙っている。
庭師サムソン(40):
笑顔がどう見ても不審者な、肥満気味の中年。常に汗まみれでタンクトップを着用している。
やはり王子を狙っている。
――――――
この他にも大勢の人物が列挙されている。これを見て、ラインハルトの頭痛がさらにひどくなった。もはや自分の名前が当たり前のように記されていることには、あえて突っ込むまい。
「見てしまいましたね……」
「うおっ! ロ、ロザリア! どこにいたんだ」
背後からホラーな感じで現れたロザリアが、すかさず『攻略本』を兄の手から取り上げる。
「これはまだお兄様には早すぎます」
いや、全人類にとって早すぎる気がする。宇宙的恐怖を召喚するための呪物でも、これほど禍々しいオーラは放つまい。
ともかくロザリアは攻略本を閉じてテーブルに置くと、すまし顔で椅子に座った。
「い、いや、見過ごすことのできない情報が幾つか含まれていたんだが――。え? ガイウス皇太子ってあの? この国を侵略するの? それに魔王って何? そんなものが学園の地下にいるなんて、聞いてないんだけど」
「魔王は隠しキャラですから」
「そんなもんは永久に隠しとけ!!」
「まあその辺のキャラはいいのです。もう対処ずみですから。魔王は私が倒しましたし」
「ええ……、何それ……。で、ではガイウス皇太子は? まさか本当とは思えないが、帝国がこちらに攻めてくることがあるというなら、父上にも相談しないと――」
「それも問題ないです。あと数日あれば、私の訓練した特殊部隊が、帝国の首都を堕としますから」
「まじで!?」
これも前世の経験が生きたから、できたことですわねと微笑むロザリア。我が妹は、前世で一体どのような人生を送ってきたというのか。
「それにこれ――サムソンって、うちの庭師のサムソンのこと? ひどくない? ロザリアは彼に恨みでもあるのか?」
「彼は健康的なショタだったころの王子に一目惚れして以来、王子を狙っているのです。この屋敷に庭師として雇われたのも、間接的に王子に近づくためです」
「な――いや、いくら何でも言い過ぎだろう! そんな偏見でものを言うなんて、長年我が家に尽くしてくれている彼に対して、申し訳ないと思わないのか!」
ラインハルトが敢然と抗議する。ここまで他人を悪しざまに言うとは……。そうでなくても最近の妹の言動は度が過ぎている。ここは兄として、何としてもたしなめなければならない。
兄の剣幕に対してロザリアはひるんだ様子もなく、優雅に紅茶をすすりながら、ぱちんと指を鳴らした。
「お嬢様、お呼びですかい?」
「え、な、なんだサムソン、どこにいたんだ。え、そのぱちんって鳴らすやつ、お前たちにはそれで通じるの?」
大男がのっそりと入って来た。ラインハルトはうろたえている。
「ではここで実際に、ゲストとして庭師のサムソン君に来てもらいました。サムソン君、質問です。正直に答えてください。……あなたの好みの男性は?」
「ぴちぴちの美少年ですね。10~12歳くらいが、肌に張りもあって最高です」
サムソンがさわやかな笑顔で答える。
――いや、さわやかと言うのには語弊があった。この笑顔の男が公園でベンチに座っていたら、間違いなく不審者として通報されるだろう。子供を遊ばせている母親は、そろって家に逃げ帰る。そして周囲の小学校に、生徒を集団下校させるように通知が出される。
だが少なくとも、その目に偽りはない。彼の目は、真実を語っている
「ちょっと待てぇい!! サムソン!! お前は何を当たり前に答えてるんだよ!? 何でお前はいきなり、自分の危険な性的嗜好について告白してるんだよ!?」
「次の質問です」
「聞けよ!!」
「王子は今年で17歳です。あなたの好みとはマッチしないようですが?」
「いやあ、そこはあれですね。怪しい魔術師から相手の歳を10~12歳にする薬を譲ってもらったので、それを使って楽しみます」
「なるほど」
うんうんと頷くロザリア。
「何納得してるんだよ! そういう薬って違法じゃないのか!? そもそもそんな薬ってあるの!?」
あまりにも効果が限定された薬に、ラインハルトは驚きを禁じ得ない。
「まあ、別に17歳でもいけますがね」
「そんな事は聞いてねぇよ!!」
「最後の質問です。――私の兄を見て、どう思いますか?」
「だから何を質問してるんだよ!? サムソンの好みは王子なんだろ!? だったら私に興味なんかあるわ……け…………。おい、どうしたんだよサムソン。……こっち見るなよ。……何とか言えよ!」
沈黙したサムソンがじっとりとした視線で、舐め回すようにラインハルトを見る。だんだんと鼻息が荒くなり、目が血走ってきた。紅潮する肌に、首筋を流れる汗。
「――いいですねぇ。
じゅるりと舌なめずりをするサムソン。
「はい、どうもありがとうございました。お帰りいただいて結構です」
「ウッス、お嬢様」
頭を下げて、のそのそと部屋を出ていくサムソン。
「おいちょっと待て!! 最後なんつった!!」
「『ウッス、お嬢様』ですわ」
「その前だよ!!
「お兄様、彼を責めてはいけません。彼もニッチな嗜好を持った淑女たちのニーズが生み出したキャラクター――すなわち、ある意味で犠牲者なのです」
取り乱す兄の肩をぽんぽんとたたき、そう諭すロザリア
「その前に、このままだと私が犠牲者になるよ!!」
「ですが今はそんなことよりも、もっと優先すべき事がありますの、お兄様」
「いやー、私にとってはこれが最優先すべきことだと思うなぁ。お兄様は今、かつて無いほどの危機感を抱いているよ? ロザリア」
しかしロザリアは聞いていない。
「とにかくこれでお分かりになりましたかしら。モブとは言え油断はなりません。この国の男は、全てクリス王子を狙っていると言っていい」
私から王子を奪おうとするものは、誰一人許しません。そうつぶやくロザリアの瞳に宿っているのは、まさに阿修羅。
「まあ、それはそれとして、私は愛しい王子様とのデートに出かけてきますわね」
今夜は帰ってこないかもしれませんが、ご心配なく。そう言って、高らかにおほほほと笑いながらロザリアは出て行った。
ロザリアが去った後、ラインハルトは一人部屋に取り残された。首を振ってつぶやく。
「どうしよう……。妹が分からない……。 ――ひっ、今窓の外にサムソンがいたぞ!? こっち見てなかったか!? 怖ぁ……」
自分もだいぶ妹に影響されているのかもしれない。しかし、いつから彼女はあんな風になってしまったのか。
「……ん? 何だ、また忘れてるじゃないか」
悩みながらも、ラインハルトはロザリアが置いていった『攻略本』を手に取った。そしてまた興味本位で、あるページを開いた。
「む! これはサムソンに関する記述か」
まさにそうだ。この呪いの本がこれから起きることを予言するなら、逆に言えばこれを参考にすれば、自分はサムソンの魔の手から逃れることができるのではなかろうか?
「何々、サムソンがお兄様ルートに進むには、鬼畜度をマックスにする必要があります……」
鬼畜度設定……生きていたのかとつぶやいて、ラインハルトは次のページを見る。鬼畜度は100まであるとロザリアは言っていた。なら結構余裕があるじゃないか。
「なお、キーになるのは『ロザリアとお兄様とサムソンのティータイム』イベントです。サムソンがお兄様の前で性的嗜好を告白するイベントが起こると、サムソンの鬼畜度が83上昇しま――はちじゅうさん!? しかもこれってさっきの会話かよ! そんなに重要なイベントなのあれ! ……ん?」
一人でツッコミを入れているラインハルトは、物音を聞いた。
背後でロザリアが出て行った扉が、ぎぎぎと開く音がする。
振り返ったラインハルトは、そこにサムソンの笑みを見た。
「何かホラーなオチになってしまいましたわ」