ウルトラトンチキグラン君   作:マッキー⭐︎

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第1話

 

 少女の叫び声が、鬱蒼とした森の中に木霊する。蒼い髪の少女、ルリアの眼前には、今にも命の灯が潰えんとする少年が倒れこんでいた。それを取り囲むように、軍服を着た男たちが嘲笑の眼差しを向けている。

 少年の前には、その背丈の何倍も巨大な火竜、ヒドラが倒した獲物である少年を見下ろしていた。五つの首が勢ぞろいし、肉袋になった少年を無機質に眺めていた。

 人間ではない化け物、それも生半可な代物ではない怪物から受けた傷は深く、どう転んでも少年は助からない。そう素人目にも分かる程に状況は絶望的だった。

 

 ルリアを守ろうと決起した少年は死に、自由を求めた少女は再び檻の中へと閉じ込められる。そんな未来が既に確定したといっても過言ではない。

 

 事実、少年が助かる道はもう存在しない。ヒドラの横なぎに振るわれた爪は少年の腹を裂き、開いた傷口から内腑が重力に従い零れ落ちようとしている。それに伴った出血はとうに致死量を超えており、夥しい程の血の海が彼の下に広がっていた。

 常識で考えて、破滅へのカウントダウンは止まらない。もう二度と、彼の瞳は世界を映さない、耳は振動を拾わない。

 

 そう誰もが思い、今なお死の世界へ落下を続けている少年でさえもその事実を認識している。

 

 だが不思議な事に、少年の内を支配するのは恐怖でも、ましてや諦めでもなかった。

 

 

(許せない……ッ!!)

 

 

 彼の内に煮えたぎる赫怒。あまりに熱く、今にも死にそうな子供の熱量とは思えない。

 死の間際にもかかわらず、彼が想うのは傍らの少女。出会ってからさほど時間は経っておらず、互いの事をよく知っているとは言えない程度の関係でしかない。

 ただ1つ確かなのは、この少女の運命が、理不尽に決定付けられているという事。

 

 彼が許せないのはそこなのだ。自分の命が消える事よりも素性を知らない少女、もっと言えば、名前も知らない誰かが、苦しむことが耐えられない。

 この世界には、今この時でさえ苦しんでいる誰かが居るのだ。この少女のように、自らの運命に翻弄される救われなくてはならない誰かが居る。

 

 同時に大切なことに気が付いた。

 何故今日に至るまで、毎日剣を振り続けてきたのか。そう決めたのだから、それを続けることは当たり前。そう誤解しながら、何の為かもわからずに愚直に剣を振り続けた。

 

 ようやく彼は理解したのだ。自らの使命、天命を。

 

 

「ククククッ! なんとあっけないィィ……!」

 

 

 少女の運命を弄ぶこいつらは、紛れもない悪だ。そこに如何なる理由があろうとも、到底許される事ではない。

 ずっと違和感を感じていた。優しすぎるこの村は、彼にとっては悪を知る事ができない劣悪な環境だった。

 

 だが少年は今、初めて悪を知る。同時に膨れ上がる一種の願望、否、彼が決めたのだから、それは必ず実現させる。

 悪を滅ぼし、世界に光を齎そう。

 ならば――――――

 

 

「――――いいや、()()()

 

 

 こんな所で斃れるわけにはいかない。

 此処に少年、グランは覚醒する。邪悪を滅ぼす死の光、英雄譚(サーガ)の体現者として再び立ち上がる。

 

 立ち上がる拍子に腸が零れ落ちた。だからどうした?

 致命傷? それがなんだと言うのだ。その程度でどうして止まらなくてはならない。

 

 骨は軋み、人体としてはあり得ない音が体のあちこちから聞こえてくる。常人であればとうに意識を手放している状態の中、彼は持ち合わせた強靭な意志力のみで再起する。

 

 そこに種も不思議も、ましてや異形の力などは介入し得ない。人間として備わっている当たり前の機能のみで、彼は死の淵から蘇ったのだ。

 

 突如として降臨した圧倒的異物に、周囲の人々は目線を逸らすことができなかった。だが流石と言うべきか、老練の軍人であるポンメルンはその場の誰よりも我を取り戻し、

 

 

「ヒドラッ!! あいつを殺せェ!!」

 

 

 そう、手懐けている魔物に告げるのだった。

 

 瀕死の重傷でありながら立ち上がったグランではあるが、状況は傷を負う前と何も変わっていない。むしろダメージによる影響で、更なる劣勢に立たされている状況だ。

 だが再び迫りくる脅威を相手にしても、彼は瞑目し動こうとしない。ポンメルンが不気味に感じるのはそこなのだ。今まで彼が渡り歩いた戦場は数多く、中にはグランのように、死の間際に覚醒を果たす人間も確かに居た。

 

 だがグランの場合は明らかに別格。まるで今までの覚醒者たちが全員紛い物であると考えさせられるほどに、今のグランから凄みを感じていた。

 

 だからこそ、此処で殺す。今は言わば羽化したての雛鳥。ゆくゆくは空を羽ばたく巨竜となろうとも、現状はそこまで至っていないと判断したがゆえの突撃だった。

 

 つまりそれは、グランを常識で当て嵌めた彼の敗因でもある。

 

 これより先は闘いに非ず。英雄の生き様を描いた鮮烈なまでの光と知れ。

 

 

――――さあ、英雄譚を始めよう。

 

 

 

/*****************************************/

 

 

 

 

「突撃とは芸の無い。もう少し頭を使ったらどうだ?」

 

 

 一閃。僅か瞬き程度の時間に、ヒドラの首が5つ落ちた。驚嘆する軍人たち、だがそれも無理はない。

 そもそもヒドラは、人間がどうこうできる存在ではないのだ。その在り方はまさしく天災。この小さな島程度、すぐにでも火の海にできる程の力は備えていた。

 では、そのヒドラを一刀の下に切り伏せたグランは、一体何だというのか。

 

 

「そ、総員、奴を取り囲めッ!!」

 

 

 知りえる中で最高戦力が失われた事実に、停止していた軍人たちが動き出す。ポンメルンは紛れもなく一流の軍人である。すぐさま立て直す手腕、そして何より、此処でグランを生かしてはいけないと直感で悟るあたり、軍人としては一流であると言える。

 

 生物としては三流だが。

 

 

「大丈夫か!?」

 

「ビィか。俺は見てのとおり問題ない。彼女たちに下がるよう言ってもらえるか」

 

「聞いといてアレだけど、どう考えても大丈夫じゃねぇだろ……」

 

 

 親友を失ったショックから立ち上がったビィが見たものは、眩暈がしそうな程重傷を負いながらも戦う親友の姿だった。よくあの傷で生きてたな、とか、下がるべきはお前だろうとか彼は思ったが、今は言い争っている場合ではない。

 すぐさまグランの言う通り、放心状態のルリアの下へ翼をはためかせる。

 

 

「おい嬢ちゃんたち! 此処はあいつに任せて逃げろ!!」

 

「で、でも…………」

 

 

 自分を身を挺して救ってくれた恩人を前に、逃げ出すことができないルリア。だがその体を抱きかかえる人物が一人。

 

 

「行こう、ルリア。此処は危険だ」

 

「カタリナ!? でも、あの人がまだ戦って……」

 

「勿論私が加勢する。少し下がっていてもらえるかな?」

 

 

 カタリナと呼ばれた軍人は、ルリアを後方へ降ろした後、大勢の男に囲まれているグランの許へと駆け付けた。

 

 

「重ねて礼を言わせてほしい。ルリアを助けてくれてありがとう。どうか力を貸させてほしい」

 

 

 そう言ってカタリナが何かを呟いた直後、グランは自らの傷が少し回復している事に気付く。

 

 

「微力だが、応急処置程度にはなるだろう」

 

「感謝する」

 

 

 カタリナが使用したのは『ヒール』。この世界に広まる、所謂アビリティの1つであり、多少の傷程度ならば治療することが可能だ。

 しかしグランの傷は深い。いくら超常の力と言えど、裂けた腹部を完治させることは叶わない。

 

 加えて先のヒドラ討伐の際、グランの持っていた剣は粉々に砕け散っていた。元より使い古されていた事に加え、想定されていない力で振るわれたことによって、折れる間もなく粉微塵に変わっていた。

 

 ゆえにカタリナは覚悟を決める。剣の腕は凄まじいようだが、獲物を失ってはその剣技も意味を為さない。無手、かつ手負いの少年を守りつつ、この帝国軍人たちを切り抜けなくてはならないのだ。相手の技量が分かっているからこそ、絶望的な状況を切り抜ける為に頭を回していた。

 

 しかし此処は戦場。悠長に考え事をしている時間を与えてくれるほど、目の前の男たちは甘くなかった。

 

 

「射撃部隊は掩護射撃をッ! 近接武器を持つ者は周囲を囲みつつ遊撃をしなさいッ!!」

 

 

 好機と察してか、部隊一の実力者であろうポンメルンは一息に距離を詰めてきた。隊長である自分が先陣を切ったのは、生半可な実力ではグランに勝てないと分かっていたからこその作戦でもある。

 その華奢な見た目からは想像もつかないような膂力で突進したポンメルンは、持っている杖にも似た武器をグランへと向ける。狙いは頸動脈、人体の急所であり、裂かれれば如何にグランであれど死は免れない。

 只の少年には絶対に避け切れない一撃、ゆえに必中、蘇った英雄(化物)を奈落に返さんとするそれは―――――

 

 

「やめろポンメルンッ!! これ以上は帝国軍人の名に傷がつく!!」

 

「どきなさいカタリナ中尉ッ!! こいつは生かしておけませんネェ!!」

 

 

 間に割って入る様に、カタリナの剣がポンメルンの武器を受け止めた。ある意味では予想通りの乱入者に、しかしポンメルンはひどく狼狽する。

 この時彼を支配していたのは、生物が抱いて然るべき恐怖だった。これまで幾つもの修羅場を乗り越えてきた彼だからこそ、只の子供に気圧された事実を流さず異常として認識している。

 同時に悟った。こいつを生かしておいては、後々必ず帝国の障害になる。

 ゆえに今、手負いのグランを殺しておかなければならない。この機を逃せば、いずれ自分でも手が付けられない程の怪物となって、我々を滅ぼすだろうと分かっていた。

 

 だが自分と同等、或いはそれ以上の実力者であるカタリナを相手取るとなると話は変わる。此処で自分が死ねば、率いてきた部下も皆殺しにされるだろう。それだけは認められない。最善は部下と共に無傷の帰還。怪物の卵を潰しつつ、愛した妻の許へ土産話として持ち帰るのだ。

 だが、そう、だがしかし。

 

 

「どけ、カタリナ」

 

 

 この男に限って、そんな甘い打算は通用しない。

 

 

「ご、ぉ……ァ――――」

 

 

 鍔迫り合いの向こう側から、放たれるはずの無い反撃がポンメルンの顔面に叩き込まれた。

 流星が直撃したかと思われる程の威力。天地が反転したかと錯覚するほどの衝撃が顎から脳へ突き抜ける。

 

 無様に地面を転がるポンメルンの瞳に映った隕石の正体。それは拳だった。グランが今まで鍛え上げていたのは剣技のみに非ず、自らを構成する肉体、言わば筋肉すらも極限まで鍛え上げられていた。

 そこから放たれる痛恨の一撃。思いもよらぬ反撃はポンメルンの意識を見事に断ち切り、その部下からも戦意を奪い取って余りある一撃であった。

 

 

「た、退避ーッ!!」

 

 

 敬愛する上官が破れたこと、次いで、命の危機を感じた兵士たちはポンメルンの体を抱きかかえ、一目散にこの場から去って行った。

 

 残されたのは茫然と英雄を眺める女2人と、変わり果てた親友に悲哀の眼差しを見つめる竜。そして当のグランは、先の一撃で再び開いた腹部の傷に目もくれずに、逃げ出した兵士たちを追いかけようとしていた。

 

 内臓を零しながらも雄々しく駆ける彼を見て、ようやくカタリナが我を取り戻す。

 

 

「ま、待て!! その傷では動く事さえ危険だ!! 小型の騎空艇を用意してあるから、一先ずはここから逃げよう!!」

 

「いいや、 ()()()

 

 

 カタリナの静止にもグランは耳を貸さない。内腑を撒き散らしながらも雄々しく前進を続けていく。

 間違いなく破滅へと向かっている彼の体。繋ぎ止めているのは只の根性論に相違なく、ゆえに崩壊まで秒読みだ。

 

 

「奴らは再び戻ってくる。察するに目的は、その少女だろう。絶対に手に入れなくてはならず、その為には殺生を厭わない覚悟すら抱いていた」

 

 

 事実、民間人であるグランを手にかけた時点で、そこは疑いようのない事実だ。目的の為なら無辜の民すら虐殺し、数多の人々が絶対的な車輪に轢殺されていく事だろう。

 加えて、

 

 

「此処には数多の民が居る。貴様ら帝国軍人からすれば少ないだろうが、皆が懸命に明日を目指して生きているのだ。それを見捨てて、俺だけ逃げるわけにはいかない」

 

 

 勿論、これは只の仮定でしかない。仮にグラン達がこのまま逃げた所で、もぬけの殻となったこの島を奴らが蹂躙する可能性は少ないだろう。

 だが可能性はゼロではない。腹いせに、もしくは只のストレス解消程度で、何の罪も無い人々が一方的に蹂躙されるかもしれない。その()()()を、グランは許容できなかった。

 

 

「ゆえに奴らは此処で止める。これ以上の助けは不要だ。貴様らは早く逃げろ、命の保証はできない」

 

「だが、その傷では……」

 

 

 自らを省みず他者を救おうとする気持ちに、カタリナが心を打たれたことは間違いない。だがその衝撃よりも、グランの傷の方が明らかな障害となって立ちはだかる。

 そもそも、戦闘行動を続行していた事が不思議なのだ。こうして会話していることすらもあり得ない事で、それほどまでに彼の体は鮮血に染まっている。

 仮にも恩人だ。それも、自らの命よりも大切な少女を助けてくれた返しきれない恩がある。だからこそここで死なせるような事はしたくない。

 しかし今この瞬間医者に見せた所で、果たして助かるのだろうか。

 人体を構成するに不可欠な血液を失い過ぎている。どうあがいても今から帝国を追っ払ってからでは間に合わないだろう。

 また、間違えるのか、とカタリナが膝を折ろうとした刹那――――

 

 

「……方法は、あります」

 

 

 守るべきだと考えていた少女が、確かな決意を持って口を開いた。

 

 

「貴方の命を繋ぎ、この島から彼らを追い払う方法があります」

 

 

 グランは何も答えない。それはまるで、彼女の覚悟を理解しているからこその沈黙のようで、

 

 

「その為に、貴方の命が必要です。……覚悟は、ありますか?」

 

「無論、当然だ。俺の命1つで足りるなら、幾らでも持っていけ」

 

 

 此処に契約は為された。光の英雄と蒼の少女は手を取り合い、これから始まる果てなき旅路の第一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 




途中書いててポンメルンが主人公と錯覚した。
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