ウルトラトンチキグラン君   作:マッキー⭐︎

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第3話

 

 遺跡の最奥まで到達したグランとルリア。進んだ先は行き止まりであり、これ以上は時間の無駄だと判断したその瞬間、ルリアが何かに触れた。

 それが何かを確認する猶予はなく、瞬く間に轟音が狭い空間に響きわたる。

 

 そして現れた謎の少女。絹のように滑らかな金髪は埃の被った遺跡に似つかわしくなく、華美な装飾の施された服は、どう見てもグランたちの歩んできた道を通ったとは思えないほどに綺麗だった。

 加えてその幼い容姿、戦闘が出来るとは到底思えず、しかしグランは腰に携えた七刀のうち、二本を引き抜いた。

 

 そしてその直感は正しい。

 

 

「おいおい…… いきなり武器を向けるたぁ躾のなっていない餓鬼だな」

 

 

 突如豹変する少女。表情は歪み、同じく口元は三日月に歪んでいる。

 

 

「おいで、ウロボロス」

 

 

 少女が呟いた瞬間、突如として赤い蛇が姿を見せた。それは何処かに隠れていたというよりは、まるで今現れたと表現した方がいいだろう。

 体躯は少女の倍以上、それが明らかな弱者である少女に付き従い、グラン達に牙を向けている。

 

 

「躾がなっていないのは貴様の方だろう」

 

「はっ、威勢がいいな」

 

 

 対峙する異形とグラン。しかし彼は引くことすらせずに、真っ向から睨みを利かせる。蛇は既に狙いを定めており、対するグランは、いつでもその首を切り落とす準備を整えていた。

 故に実現する膠着状態。どちらかが動けばどちらかが終わると、そう分かっているからこそ均衡の秤は動かない。

 グランの目が煌々と鋭さを増していく中、口を開いたのは少女だった。

 

 

「引く気はねぇのな。んじゃまぁ、遠慮なく…………ん?」

 

 

 戦闘者としてあるまじき行動。絶対の障害(グラン)から目を離した少女は、ルリアを真っすぐ見つめ、理解したかのように頷いた。

 

 

「そうか、だから封印が解けたのか……」

 

 

 納得して満足したのか、少女はグランへと視線を戻し、一言。

 

 

「おいお前、この蒼い子は向こう側の出身だな?」

 

「わ、わたしの事を知っているんですか?」

 

「消去法に近いがな、オレ様の知識にねぇってことは、この世界にはねぇってことだ」

 

 

 彼女の言う向こう側とは、つまり星の民であるか否かという問いに他ならない。傲岸不遜にも、この世界に知らぬものはないと告げる少女だが、不思議と否定はできない空気を纏っていた。

 

 

「大した自信だな」

 

「あ、いっけなーいっ☆ そういえば、自己紹介がまだだったよね☆」

 

 

 再び豹変する少女に、グランは全く動じない。それは彼女の本質を見抜いているからであり、彼にとっては動揺する価値すらも無いからだ。

 

 

「くくく……このオレ様こそが、この世界に錬金術を確立した天才錬金術師、カリオストロ様だ!!」

 

「お前など知らん」

 

「――――は?」

 

 

 言葉は時に、刃よりも鋭利となり得る。興味すら湧かないといったグランの言葉は、傲岸不遜なカリオストロの心を間違いなく抉った。

 錬金術の開祖が此処に居ると知れれば、間違いなくパニックが起きている。なにせ表向き、カリオストロは1000年以上も前に死亡している。だからこうして生き延びていること、そしてその見た目が美少女になっているのならば、全空を揺るがす大事件なのだ。

 

 だが今回ばかりは相手が悪かった。物心ついたときから今までをザンクティンゼルで過ごしたグラン。帝国に囚われ外の世界を知らなかったルリア。二人がカリオストロを知っているとは到底思えない。

 

 

「嘘だろ…… まさか錬金術そのものが廃れちまったのか……?」

 

 

 戦闘行動中ではあるが、既に互いに闘う姿勢は見せていなかった。カリオストロはあまりのショックに思考の坩堝へと落ちていき、戦える状態ではない。

 ならばこそ不可解なのはグランだ。彼は悪を決して許さない。そして眼前の錬金術師は間違いなく悪だろう。グランを見るや即座に殺害準備を整えた時点で、命を奪う事に躊躇いがないのは明らかだ。そしてそんな無秩序を、グランは許容しない。

 だが彼が切りかかることはなかった。千載一遇のチャンスであるにも関わらず、悠長な錬金術師の首を落とそうとしない。構えた二刀は役割を全うしないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 

「……まあいい。お前らが間抜けなだけかもしれねぇからな」

 

 

 流石は錬金術の開祖とも言うべきか、少ない情報で正答を導き出すあたり、学問を究めた彼、否、彼女の聡明さが伺える。

 さしあたっては次の疑問。何故目の前に居る只の少年が、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「おい、お前は星の民か?」

 

「いいや、違う」

 

「ならその刀はどう言い逃れするつもりだ? そんな物騒なもん見せられて、オレ様と同じ空の民とかなんの冗談だよ」

 

「……これを知っているのか?」

 

「はあ? お前まさか、それが何かも知らずに使ってたのか?」

 

 

 カリオストロが指し示すのは、グランの持つ二刀。正確には腰に携えている五本を含めた七刀を怪訝な表情で見つめている。

 グランからしてみれば、先ほどよろず屋に押し付けられたいわく付きの武器くらいにしか認識していなかった。だが蓋を開けてみればどうだろうか。自称錬金術の開祖、それを抜きにしてもかなりの実力者に危険物扱いされてしまっている。普通の人間なら騙された怒り、もしくは未知に触れる恐怖を抱くはず。

 だがグランは一切の動揺を見せない。一切の風が吹かない凪のように、彼の心には波風一つたたなかった。

 そんな彼の豪胆さを気に入ったのか、錬金術師は再び邪悪な笑みを浮かべ一つの提案を持ち掛ける。

 

 

「……なるほど、お前に興味が湧いた。ここは一つ取引をしないか?」

 

「取引、だと?」

 

「ああ。オレ様がその子と刀について、知っていることを全て話す。これからも調べて、分かったことは余すことなく伝えてやる」

 

「対価は」

 

「オレ様を守れ。何せ追われる身分なんでな。手駒は多いに越したことはない」

 

 

 つまりカリオストロが言っていることは、互いに利用しあうということだ。情報を提供する代わりに身を守れ。ただそれだけの話。

 そこに情、善意は一切介入しない。ただ互いの目的を果たすのみに利用するだけのビジネスパートナー、それをカリオストロは提案した。

 ルリアは自分の事が知りたい、グランは自らの刀を知り、更なる力を得たい、カリオストロは外敵から身を守る場所が欲しい。三人の願望の妥協点が此処なのだ。

 

 

「いいだろう」

 

 

 当然グランは快諾。手駒が増えるのは彼としても同じことで、メリットはあれどデメリットはないように感じる。

 しかし、

 

 

「だが貴様は必ず殺す」

 

 

 殺意を持って投げかけられた言葉は、錬金術師の思考を一瞬だけ奪う。

 

 

「今まで奪った命の重み、魂魄まで刻んでくれる」

 

 

 殺害予告と同時に二刀を鞘へと戻す矛盾。しかし絶対の誓いとともに契約は為された。

 グランは錬金術師の本質を見抜いていた。一目見ただけで裏側に漂う血生臭い香りを感じ取ったのだ。

 目的の為なら殺す。そんな()()()()()人種であることを理解したからこそ、宿願を果たした(悪の絶滅)先に殺すと誓った。そして、そう決めたのならば彼は必ず実行する。

 

 

「……ははっ」

 

 

 錬金術師は嗤う。1000年以上生きた自分が、百分の一すら生きていない子供に気圧された。その事実がおかしくてたまらないといった風に、遺跡には彼女の高笑いだけが響いていた。

 

/*********************************************/

 

 英雄と錬金術師の邂逅、それとほぼ同じ時間帯に、地上ではある変化が起こっていた。

 

 生活必需品の買い出し、および操舵士を見つけるために街を歩いていたカタリナとビィは、ある男を紹介される。

 その名もラカム。操舵士が全員出払っているこの街において、現状唯一といっても過言ではない操舵士、らしい。というのも、名前と場所だけしか聞かされなかったのだ。一抹の不安はあれど、なりふりかまっている場合ではない。藁にも縋る思いで、住人から伝えられた騎空艇のある丘へと向かった。

 

 結論から言うと、ラカムはそこには居なかった。代わりに居たのは、今のカタリナたちにとって最大の障害たり得る人物、否、組織だった。

 

 青を基調とした華美な装飾の施された軍服。カタリナにとっては馴染み深い、上級士官が身に纏うエルステ帝国の軍服だった。

 目を引くのはその見た目。明らかに子供の体躯でありながら、周りの兵士はその男の命令を従順にこなしている。獣のような耳から、種族はハーヴィンだろう。であれば幼子のような見た目も納得だ。

 

 勿論、中身は子供のように可愛らしくはない。

 

 姿を隠していたカタリナたちが耳にしたもの、それは此処、ポート・ブリーズ群島の侵略の密談だった。……いや、侵略と呼べる代物ではないだろう。

 先のハーヴィンと兵士の会話では、帝国に従わないこの島を沈めるかのような口ぶりであった。

 それをカタリナは許せない。かつて帝国に身を置いた人間として、そのような非道を見過ごせる筈がなかった。

 

 かくして帝国兵の前に飛び出すカタリナ。しかし人数差、戦力差は明らかだ。此処にグランが居れば話は変わっただろうが、過程の話をしても仕方がない。

 冷静になってからその事実に気付いたカタリナは、当然逃亡を選択する。相手も本気で追ってきてはいない為か、何とかその場を離脱することができた。だが慣れない土地、どこまでも追いかけてくる兵士の圧により、再び元の場所へと戻ってきてしまったのだ。

 

 不自然にも騎空艇が置いてある丘、そこには先ほどと同様、ハーヴィンの軍人であるフュリアスが待ち構えていた。

 そして彼は、置いてあった騎空艇を破壊しようとする。

 理由は単純、カタリナたちに逃げられては困るからだ。グラン達は帝国に指名手配されており、当然此処に居る帝国軍にも話は通っている。

 少しでも逃亡の可能性は潰す……それは表向きの話で、実際は人の苦しむ顔の見たいフュリアスが、目の前の希望を砕きたいだけでもある。

 

 艇は今にも壊れそうに朽ちており、ほんの少し手を加えただけで二度と飛べないようになってしまうだろう。

 

 だがフュリアスが破壊の命令を下そうとした刹那、銃弾が彼に直撃する。

 射手は奇しくも、カタリナたちがこの島に来て、初めて出会った男だった。

 

 主を害されたことにより、当然兵士の敵意はそちらに向かう。慌てる男と共に、カタリナたちはその場から再び逃げ出したのだった。

 

 先程の巻き戻しのような光景、しかし決定的に違うのは男の存在だろう。

 彼は隠れ家を用意していた。町の外れ、人通りの全くない場所にそれはあった。

 そして一段落ついたカタリナたちに齎される衝撃の事実。彼女が捜していたラカムこそ、今目の前にいる男だったのだ。

 ようやく見つけた操舵士。だが現状は、そのような話をしている場合ではない。

 

 

「恐らくもうじき、奴らは攻め込んでくるだろう。私たちは、町の人にこの事を伝えに行く」

 

「そうかい」

 

 

 ラカムは短く返すだけ。それは自分は加担しないと告げているようなもので、町の人間を見捨てることと同義だ。

 カタリナは間違いなく善良な人間だ。己を騎士と定め、無辜の民が傷つくことには耐えられないし、困っている人間には迷いなく手を差し伸べる。

 ならばこそ、ラカムの選択は許せない筈。自分さえよければそれでいいと言っている事と同じなのだから、今までの彼女であれば糾弾してもおかしくない。

 

 

「一応聞くが、一緒に戦う気はあるか?」

 

「道案内くらいはしてやるよ。だが俺はあの艇を守らなくちゃならねえ。俺が守るのは、守りたいものだけだ」

 

 

 再度の呼びかけにもラカムは応じない。それについて特に思う所は無いかのように、カタリナは踵を返して隠れ家を出ようとする。

 それがラカムには理解できない。言ってしまえば、彼女は此処に来たばかりの部外者なのだ。そんな人間が何故、無関係な島の住民を救おうとするのか理解できない。

 だから、質問は勝手に口から出た。

 

 

「なんでお前さんは、命を懸けて他人を救おうとするんだ?」

 

 

 突拍子の無い質問だろう。だがカタリナはニヒルな笑みを浮かべて応えた。

 

 

「彼なら、きっとそうするからさ」

 

「彼……?」

 

「私たちの団長だよ。きっと君も、彼を見れば何かが変わるさ」

 

 

 それだけ言うと、カタリナは扉を潜る。回答はそれで十分だと背中で語り、災禍の中へと身を落としに向かったのだった。

 確かな楔を、男の心に打ち込んで。

 

/***********************************/

 

 町へは()()()()()辿()()()()()

 途中魔物が襲ってきたものの、特に苦労する相手でもない。戦闘員はカタリナ1人だったが、彼女ほどの実力者、只の魔物に負ける道理はない。

 

 そうして辿り着いた彼女達は、現在町の住民に事の顛末を説明していた。

 これから帝国民が攻めてくること、脱出の準備をすること。事前準備のあると無しでは天地の差があるだろう。ゆえに攻め込まれても問題ないよう、迎撃の準備を整えようとしていた。 

 

 だが問題が発生する。暴風雨が島を襲ったのだ。

 そもそもの話、此処ポート・ブリーズ群島で天候が荒れること自体がおかしいのだ。何故ならこの島には星晶獣であるティアマトの加護が齎されている。

 破壊の象徴である星晶獣だが、それは数百年前までの話。覇空戦争が終わり、残された星晶獣たちの一部は、それぞれの島の守り神となり、特色を反映した加護を与えた。

 

 風を司るティアマトはこの島に平穏を齎した。それは天候の安定化。常に穏やかな風が吹き、このような嵐など絶対に起こりえない。ゆえにこの島は操舵士に好まれていた。

 

 それがここにきてこの嵐。明らかに異変が起こっている。

 そんなことを知る由もないカタリナたちは、突然の天候の荒れに戸惑う事しかできない。そして不運な事に、更なる絶望がこの島を襲う。

 

 

「やぁやぁ! 皆元気してたぁ?」

 

「フュリアス……! 貴様、生きていたのか!」

 

「あんなんでこの僕が死ぬわけないだろ! 君たちカスと一緒にしないでもらえる?」

 

 

 先程ラカムに鉛弾を打ち込まれたはずのフュリアスが、町まで姿を現したのだった。当然のように立っているが、通常であれば然るべき治療を受けていなくてはならない。ラカムの銃は直撃しており、只人であれば死んでいてもおかしくないのだ。

 彼の性格を鑑みれば、下賤な人間に倒されたなど屈辱でしかない。だが彼の表情は喜悦に歪んでいる。

 その理由は、

 

 

「わざわざこの僕が拝みに来てやったんだよ! 君たちの顔が絶望に染まる瞬間をさぁ!」

 

「なんだと……?」

 

「もうすぐこの島は沈むッ! 君たちまとめて地の底に堕ちるんだよ!!」

 

 

 誰しもが言葉を失い、その場にはフュリアスの高笑いだけが響いた。一拍置いて住民たちに広がる動揺。それすらも愉快だと言わんばかりにフュリアスは叫んだ。

 

 

「この島の星晶獣に細工をしたのさ! 大暴走をするようにね!!」

 

 

 帝国軍が行ったことは単純。ティアマトを暴走させたのだ。

 数多の民を殺戮できる星晶獣は、守り神となった今でもその本質は変わっていない。戦闘能力は失っていないのだから、少し細工をするだけで塵殺の限りを尽くすことになる。

 

 

「ぜぇーんぶ君たちのせいだよ? 僕たちがしたのは引き金を引いただけ、弾は既に込められていた」

 

「どういうことだ!」

 

「この島に齎された恩恵は、無償じゃなかったってことさ! 溜まりに溜まった負債を払ういい機会だよ!!」

 

 

 奇跡には対価を必要とする。それが当然の事で、子供でも知っているような常識なのだ。

 今回も例外ではない。長い間この島を守り続けたティアマトには、当然並々ならぬ負荷がかかっていた。つまり帝国が何もしなくとも、遅かれ早かれこうなっていたのだと彼は告げた。

 

 だがはたして、この島の住民に罪があるのだろうか。そもそもティアマトが実在していたと知っている人間すらいないのに、負債を返済する方法何て分かる筈もない。

 

 フュリアスの趣味は、そこでは終わらなかった。

 

 

「アイツ、連れてきてよ」

 

「ぐっ……!」

 

「ラカム!? どうしてここに!?」

 

「なんでか知らないけど、町に入ろうとしてたから捕まえちゃった! 雑魚のくせに住民を救おうとでも考えちゃったのかな!?」

 

 

 帝国軍に囚われたラカムが姿を現した。彼はこの島を見捨てようとはしてなかったのだ。生まれ育った故郷、そして人々を守りたいと願う気持ち、それは悲しい事に、絶対的な力を持つ悪に屈してしまう。

 

 

「今から君の目の前で、此処の住民を殺すよ」

 

「なっ……!」

 

「僕に粗相をした罰だよ! ああ、どうやって殺そうか。腕を飛ばすのもいい、目玉をくり抜くのもいいなぁ。親の目の前で子供を殺すのも楽しそうだ。そうだ、女を兵士に強姦させよう! 夫が居ればなおよし! くふふ……あっハハハッ!! そうだよその表情!! それが見たかったんだよッ!!」

 

 

 この島はじきに沈む。ならばフュリアスが此処に来る意味はほぼ無い。だが態々足を運んだのは、こうして苦しむ住民の姿を見たかったからだ。

 なぜなら彼の趣味は人が嫌がる事。それも命を脅かすような苛烈な趣味だ。

 

 既に兵士は住民、そしてカタリナたちを取り囲んでいる。指示があれば、すぐにでも凶弾が襲うだろう。

 

 

「んー、ちょっと人数が多いかな…… よし、最初に全員で発砲しろ。残った奴をいたぶることに決めた!」

 

「やめろフュリアス! 貴様それでも帝国軍人か!!」

 

「うるさいなぁ……」

 

 

 叫ぶカタリナの声は、決してこの男には届かない。紛うこと無き邪悪であり、言葉程度で止まる程甘くはない。

 決着は、既に為された。後に続くのは虐殺のみ。

 彼女は自らを恥じる。何が騎士か。誰も守れないようでは腰に差した剣は飾りだったとでもいうのか。

 

 

「撃て」

 

 

 発声と同時、悲劇の幕が開く。

 銃を構えた兵士たちの動きは無駄がなく、的確に住民の身体へと命中させる。

 身を挺して子を守り、全身を穴だらけにされた父親が居た。しかし数多の銃弾は肉壁など意にも介さず貫通する。当然子供もろとも命を奪うのだ。

 平等に齎される死の豪雨。そこには悪人も善人も、子供も大人も関係ない。ただ無機質な鉛弾は悲しい程に平等だ。

 広場には血の海が出来上がる。降りしきる雨も流しきれないような血痕が広がり、その場の凄惨さを彩っていた。

 既に生きている人間などいない。昨日まで笑いあっていた隣人が、家族が、皆等しく屍へと成り下がる。

 

 ここに悲劇の幕は下りた――――

 

 

 

 

――――筈だった

 

 

「そこまでだ」

 

 

 兵士たちが発砲する刹那、一人の男の声が広場に響く。声量は決して大きくなかったが、嵐に掻き消されることもなくその場に居た人間すべてに聞き取れた。

 

 

「力を貸せ、錬金術師」

 

「へいへいっと…… やれ、ウロボロス」

 

 

 帝国兵が視認する暇もなく、赤蛇がまるでダンスを踊るかのように兵士たちを蹴散らした。動きは苛烈ながら、震える住民を一切傷つけない繊細さを兼ね合わせている。

 そして男も、人間離れした素早さで兵士を切り伏せる。そこに容赦は一切なく、急所を的確に切り付けた剣戟は真紅の大輪を咲かせた。

 

 ポート・ブリーズ群島に刻み付けられた数々の恐怖、痛み、そして絶望。それらあまねく負の因子を一触で振り払う守護神。

 物語にはつきものの逆転劇が、ついに災禍の渦へとその姿を現したのだった。

 そう、もはや悲劇は幕を閉じた――(おまえ)の出番は二度とない。

 さあ刮目せよ、いざ讃えん。その姿に民は希望を見るがいい。

 ここから始まるは、男の紡ぎ出す新たな英雄譚(サーガ)

 ただ姿を見せるだけで、戦場(ぶたい)を支配する主演が立つ。

 男は運命へと挑むもの――覇者の冠を担う器。

 そう、彼こそ、

 

 

「グラン……!」

 

 

 カタリナが男の名を呼ぶ。

 その名を口にするだけで舌が痺れ、熱い気概が呼び戻された。

 高潔な強者を前にした時、人は自然と畏敬の念を抱く。

 カタリナが、ビィが、ラカムが…… そして生き残った帝国兵でさえも、彼を前にそれぞれの想いを抱く。

 

 演目は突如として内容を変える。

 開演間近だった悲劇は、主役の登場によりその筋書きを描きなおす。

 

――――さあ、英雄譚を始めよう。

 

 




新たに高評価を入れてくださった方々

☆9
黄色の犬 様

ありがとうございます。感謝します。
どうして覚醒しないんだ?

☆8
カレー飯 様

ありがとうございます。感謝します。
トンチキは感染しますので、そちらもお楽しみください。
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