魔が創るは理想世界   作:Rさくら

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嗜好

 

 

 

 

 

 他人の好みに嘴を入れるべからず。

 

 

 

 

 直方体の高さがある屋内には、左右に牢屋がずらりと並んでいた。その真ん中は吹き抜けで、最上階の三階にある牢屋まで一階から視認できる。薄暗いそこには、天井に一定間隔で設置された丸い天窓から外の光が降り注いでいた。雪に覆われた偽物の外界を反映したような、白い光が。

 その白い光が降り注ぐ一階の真ん中には、様々な道具と机と椅子が置かれている。

 金属製、木製、革製、武器、拷問道具、調理道具。様々な素材と道具があるが、どれもが血を吸い込んで赤黒く変色しているのは共通していた。

 そんな道具の向こう側、建物の最奥には、暖炉があった。何の変哲もない赤レンガで造られた暖炉には、薪が焚べられ、火が燃えている。

 そんな静かな空間にて音を出す存在は、僅かだ。パキパチと火が小さく爆ぜ鳴く薪と、ページが捲られる本、そして、人間が一匹。

「あ゛ぁああぁあっ!!」

 その悲鳴につられるようにして、牢屋のあちこちから啜り泣きが漏れ始める。そこに怯えや絶望から狂った人間が何かを呟く音も混ざり、悲鳴は、賑やかな合唱へと変わってゆく。

「あっ、ぎ、があぁっ、ッ! ぐ、あぁああッぁ!」

 スライムが、拘束されながらも暴れる男の皮を、肉を、神経を、骨を、ゆっくりと溶かしていた。それは男の手足の指先を這い、そこだけに留まっている。そのために死に至ることもできないで激痛から延々と逃げられずに男は叫び、悶えていた。

 暖炉の中で薪が崩れ、羽根ペンが羊皮紙の上を滑る音が流れる。絶叫をBGMにするにはあまりに長閑なそれは、その空間で唯一自由であり、そして平然としている悪魔が奏でていた。

 唐突に、何かが倒れ液体が飛び散る音がどこからか屋内に響き、遅れて小さな金属音も鳴った。

 本に目を通す悪魔は、それに反応しなかった。牢屋の扉が開閉される耳障りな金属音にも興味を抱かずに、本に視線を流す。

 悪魔は、三階から落ちてきて当たり前のように平然と着地した聖騎士が口を開いてからやっと、その顔を上げた。

「あいもかわらず悪趣味ですね」

「正義厨には言われたくないですよ」

 正義厨と悪魔から罵られた聖騎士のその腕には、姫抱きされた首無し死体があった。その死体の腹部分には、ちょこんと首が置かれている。

「これ、血抜きしておきますか?」

「ん? あぁ、別に良いですよ。それはその机にでも置いててください」

 言われた通りに、聖騎士は近くの机上に首無し死体とそれの首を置いた。そして、暖炉がある屋内の奥へと足を向け、腰の剣に手を伸ばした。

 そうして剣を抜き放った死刑執行官でもある聖騎士を一瞥し、悪魔は問いかける。

「その男、死刑にしますか?」

「これの罪状は?」

 さして興味もなさそうに、山羊頭の悪魔は視線を聖騎士から外して答える。

「強姦罪、それから暴行です。酔って二回目の暴行沙汰時に留置所で調査して記憶を確認したら、余罪がザクザク出たと報告が」

 しかも、被害を黙り泣き寝入りするような弱者や子供を狙ってと続いた言葉を聞き、聖騎士は、納刀した。何の迷いも無く。

 その様に悪魔はくつくつと笑う。口には出さぬが、聖騎士のそういうところが、悪魔であり人間でもある異形のウルベルト・アレイン・オードルは、嫌いではなかった。

「ウルベルトさんは、何か調べているんですか?」

 死刑執行官でもあり聖騎士でもある、同じ異形のたっち・みーは気の抜けた、プライベートの空気を漂わせて、雑談として問いかける。

 暖炉前の空いた椅子に腰を下ろすと、本を読みながら度々机上の羊皮紙にメモ書きを走らせているウルベルトの手元を、たっちは覗き込んでみた。

「……それは、……真面目に仕事していたんですね、ウルベルトさん」

「俺がサボリ魔みたいな言い方ですね。こっちもこっちで、それなりに忙しいですよ」

 罪人を減らす方法として、どのような法制度が整えば国民は犯罪に手を出さないのか、そもそも罪を犯すこと自体にデメリットを感じるのか、それらと魔導国の現状とを比較し不足している点が、ウルベルトがメモ書きをする紙面にはまとめられていた。

「留置所と刑罰が生温いせいで犯罪にデメリットを感じず、それが抑止力にならない原因かと思いますが、たっちさんは、どう思いますか?」

「そうですね……。えぇ、確かに、それは大きいと思います。何せ外の刑務所は宿代わりにしても良いとか言われてしまってますから。……せめて、食事の質は下げるべきかもしれないですね」

「げ、マジか。糞。食事の見直しが必要か。あー……、全刑務所に報告あげさせて、いやその前にどうするか対応方法を決めないといけないか。あー、糞。学校の方もうまく進んでないのに」

「学校ですか?」

 たっちからの問い掛けに、胸糞悪いといった風にウルベルトが吐き捨てるようにして何があったか語った。

「この間、学校で働いてるくせに、そこのガキに手を出した糞野郎が出たんですよ……。おかげで学校の増設計画が一時停止だ。糞が。ペロロンチーノさんを見習えって話ですよ。何でしたっけ……、YesロリNoタッチ?」

「それはそれでどうかと思いますが……、ふ、ははっ、懐かしいですね」

 懐かしい名前と彼なら言い出しかねない台詞に思わずたっちは笑ってしまう。それから咳払いをして、たっちは言葉を続けた。

「まぁ、しかし、それは大罪人ですね。悲しいことです。そのような人間がいることは」

 それから聖騎士はちらりと牢屋の方へと視線を遣り、ぼそりと呟いた。

「……ここの様子を伝えたら、抑止力としては最高でしょうけど」

 当然語られる訳の無い暗部のことを提案しながら、たっちは椅子に深く腰掛ける。

「冗談抜きに、たっちさんも考えてくださいよ」

 頬杖をつき睨んでくるウルベルトに、ふむと少し考えこんでから、たっちは答えた。

「……晒し首はどうですか?」

「……たまに、真顔で面白いこと言い出しますよね」

 ウルベルトの呆れたような、面白がるような言葉に、たっちは首を傾げる。

「まぁ、でも、一案は一案です。候補に入れておきましょうか」

「それはどうも。次の予定まで時間もありますし、死刑執行も終えましたし、協力しますよ。私は外の者達と話す機会がウルベルトさんより多いですし」

「……それじゃあ、留置所の現状と国民からの評価を聞かせてもらってもいいですか?」

「分かりました」

 たっちが語り始め、それを聞くウルベルトが耳を傾け、時折ペンをまた動かす。暫くして、たっちの言葉が途中で止まった。

「あのBGM、一旦止めませんか?」

 その言葉に、悪魔は面倒くさそうにしつつも指を鳴らす。その音と同時にスライムが動きを止め、そして人間の身体から退いた。

 絶叫は止み、疲れた嗚咽が流れ始める。

「これで良いですか」

「えぇ、それでは話の続きを」

 そうして異形の者達は、静かなBGMを背景に語らい始めたのであった。

 

 

 

 暫くして、一通り話し終え意見を出し終えた聖騎士は立ち上がった。

「さてと、そろそろ私は次の仕事に行きますよ」

「冒険者達からの報告書の確認ですか?」

「えぇ、今日が提出期限ですから、まだ提出していなかった者達もそろそろ出し終えてくれているでしょうし、終わったら練習試合の希望者達の相手をしないといけないから、急がないと」

 仕事のスケジュールをつらつらと並べ立てるたっちを、ウルベルトはじとりと睨みつけ問いかける。

「………………たっちさんさぁ、この前休み取ったのいつ?」

「え、と……」

「困惑するぐらい取ってないのかよ」

「いや、休息はちゃんと、」

「こういう仕事混じりの休憩時間とかじゃなくて、丸ごと一日の休み、オフのことを聞いているんですけど?」

「それは、その、……ここ暫く、そういう日は取っていないですけど……」

 困ったように言葉を詰まらせる彼に、ウルベルトは再度問いかけた。

「たまにはその堅苦しい鎧を脱いだらどうですか?」

「……そうですね」

 ガシャリと、たっちが俯くのに合わせて鎧が金属音を立てた。そんな彼を、白いシャツと黒いズボン、そして仄かに赤が滲む純黒に近いマントだけを纏うウルベルトは暫し見つめ、口を開いた。

「……俺はテメェが過労で死のうがどうでも良いし、寧ろテメェが過労で死ぬなんて面白いことになったら腹を抱えて笑い転げてやるがな」

 しかしそれでもと、渋々と言葉を続けた彼の語った理由に、たっちは息を呑む。

「モモンガさんが、心配してるぞ」

 責めるような雰囲気を纏わせた山羊の横に長い瞳孔が、金色の煌めきが、たっちのことを突き刺す。

「スレイン法国跡地にできた城塞都市の管理とそこを拠点にした巨大な冒険者組織、それを抱え込んで、あんたが何か、義務感とかから追い詰められて働き詰めなら、」

「あっ、いや、それはないです。うーん……、義務感に苛まれて、とかではなくてですね」

 緊張と攻撃性を内包したウルベルトの言葉に返ってきた、たっちの少し気が抜けた言葉に、山羊の瞳が瞬く。

 何か考え込み、言葉を探した後、たっちは頬を兜の上から掻くような仕草をして見えぬ顔が困っていることを表しながら吐露する。

「単純に、仕事以外にすることがないんですよ」

「……は?」

「元々ユグドラシルで戦うのがストレス発散になってましたが、この世界で戦っても特に楽しくないですし。他に趣味といったら……、身体を動かしたりすることですけど、この世界でスポーツジムに行く訳にもいかないですし……」

 露骨に、心配するような、気に掛けるような言葉を掛けて損したと、面白くなさそうにし始めたウルベルトはどうでも良さそうに提案する。

「樹液でも集めて舐めてたら良いんじゃないですか?」

「さすがにキレますよ、ウルベルトさん」

 たっちの異形としての種族を揶揄ってきたウルベルトに腹を立てつつも、彼は一呼吸置いてから心配性で気遣い屋のギルドマスターへの伝言を依頼する。特に何も問題はないのだと。

 その伝言を託されて、ウルベルトもようやっと真面目に提案を始めた。

「……まぁ、いざとなったらナザリックの子供達と何かスポーツチームでも作って遊んだら良いんじゃないですか?」

「うーん、それも手ですね。……ルールを教えるのには苦労しそうですが」

「後は花とか植物を育ててみたり、本を読んだりとか、ですかね」

「あぁ、それも試してみてもいいですね」

 ふむふむと新しい趣味について考え始めた彼に、ウルベルトがニヤリと笑ってまた一つ提案する。

「それから、音楽鑑賞とか、ですかねぇ?」

「……私は元々、音楽に造詣が深い訳ではないのですが、貴方とは趣味が合わないと思いますよ」

「は、それは何より」

 肩をすくめて言ったたっちに対し、笑顔を崩すことなく楽しげにウルベルトは言い放った。

「それでは、お疲れさまです、ウルベルトさん」

「そちらこそ。いつの日か、よい休暇を、たっちさん」

 こつり、こつりと足音がして、扉が開かれ閉められる。微かに入り込んできた冷気と雪は瞬く間に消えて、暖炉前の悪魔には届かなかった。

 そして聖騎士がいなくなった空間で、悪魔の指が音を鳴らす。

 粘体の蠢く音の後に、絶叫と、愉しそうな鼻歌が、流れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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