魔が創るは理想世界   作:Rさくら

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ウルベルト・アレイン・オードル様から“ツアレ”の名を貰ったモブが出ます。
今回ばかりは、魔が注シリーズ読まないと訳わからないかもしれません。


初恋

 

 

 

 

 

 君は死に、自分は生きる。唯それだけ、なのに。

 

 

 

 

 

 悲しい訳ではない。

 しかし、そう思うことがどこか言い訳であるような気がして、悪魔は顔を顰める。

『ウルベルト様に会えて、本当に……、幸せでした』

 最後に聞いた言葉は、経過した時相応に嗄れていた。

 彼女の秘めた想いを伝える声も、その言葉の意味に反し、老いた声であった。

『──────』

 自室に飾られていた真紅の薔薇と、その深緑の葉に、ウルベルト・アレイン・オードルは視線を遣る。

 その緑と、そこに映りこんだ炎の赤。苦々しいが、そうとも言い切れぬ記憶がウルベルトを襲う。

 そんな物思いにふける彼の耳に、丁寧なノックの音が届く。入室許可を出せば扉が静かに開き、そしてそこには忠誠心の厚い悪魔が立っていた。

「御前失礼致します、ウルベルト様」

 入室してきた声も所作も全てが洗練された己が創り出した悪魔を、ウルベルトは一瞥する。

「……如何がされましたか」

「なに、ちょっとした、……は、そうだな、ペットロスさ」

 創造主の微かな変化も見逃さず様子を尋ねてきたデミウルゴスに若干苦笑しつつ、ウルベルトは茶化した様子で返答する。

「件の辺境にて反抗する亜人族討伐の視察は、延期なさいますか?」

「いや、何も問題はない。少し待て、すぐに行く」

 扉の方に声を掛け、ウルベルトは、その手に持つ使い古された白い義足を棚の引き出しの中に仕舞い込む。

 そして仕事に向かおうと部屋を出ようとした彼は、飾られた薔薇を横目に見て、また記憶を揺さぶられる。

 嘗て幼き頃には抱き上げたこともある彼女の深い緑の瞳を、悪魔は思い出していた。

 

 

 

 

 

 エ・ランテル。

 それは、魔導王陛下の軌跡が始まった誉れ高い超巨大都市。始まりの尊き都として不滅の繁栄と栄華を誇る、黄金の都。

 遥か昔の魔導王陛下統治前と違い、今では様々な種族の者達が集まり、また円形闘技場や図書館、公立学園など、様々な施設が揃っている豊かな都だ。

 その殆どの施設が魔導国内で初の施設であり、始まりは試験運用のため造られた施設であった。当然、試験期間はとうの昔に終了しており、今ではどれもが歴史ある施設として誰もが挙って利用しようとしている人気施設である。

 そういった背景もあり、エ・ランテルの市場はとても色彩豊かで賑やかであった。

 それは売り物のことだけでなく、利用者達もである。老若男女どころか種族も職種も、そこにはてんでバラバラの者達が集まっている。

 円形闘技場に挑戦予定の冒険者。図書館を利用しようと訪れた学者や、魔法使い。そして、学園寮から出かけて来た休日を謳歌する学生達。さらには観光客に商人。属国から派遣された要人とその護衛。各公共施設に勤めている者達。そんな彼らの関係者や家族やらを含めれば、歩く人だかりは当然、物凄いことになっていた。

 騒音とも呼べるような喧騒の中、そこでは様々な文化が渋滞していた。

「……はぁ」

 そんな市場を遠目に眺めながら、一人の小さな少女は溜息を吐き、迷子のように周りを伺う。

 しかし別に、少女は迷子ではない。エ・ランテルに暮すようになってから数日経ち、寮への帰り道も当然ちゃんと知っている。

「……どうしよう。私、馴染めるのかな」

 噴水広場にあるベンチで独り言を呟き、少女は都市に見合わぬ規模の小さな古い城を見上げる。

 その城は、『始まりを忘れぬように』という思慮深い陛下の意向でエ・ランテルが陛下の支配下に入る前の状態を保っている。

「……陛下がたまにいらっしゃるというお城。そんな都市に暮らせるなんて、嬉しかったのにな……」

 少女は愚痴を零して、また溜息を吐き出してしまう。

 昼時も過ぎたのに盛り上がりを未だ見せる中央通りの道沿いの店々とは正反対に、少女はどんどんと滅入っていた。

「そりゃ、エ・ランテルの信じ難い華やかな話は故郷に居る時から耳にしてたけど……」

 旅の商人や冒険者達から話を聞く度に、毎回その夜は巨大都市の賑やかな市場や円形闘技場での戦いを妄想し、ベッドの中で興奮していたものだ。

 だからこそ少女は、エ・ランテルにある国立学園に奨学金で通えるように努力に努力を重ねたのだ。

 孤児院に通い詰め、そこに務める先生や、孤児院に極偶に訪れる美しいメイド服の優しいお姉さま方にも勉強を沢山教わった。夢のため、必死だったのだ。

 そして、その努力は実り、夢は叶った。彼女は晴れてエ・ランテルに設立されたアルファ国立学園の奨学生になれたのだ。

 そのため本来ならば、少女は歓喜に震え大喜び真っ最中のはずなのである。

 しかし実際は、全く真逆の状態であった。

 都の巨大さ、活気、集まった種族の多さとその文化、美しく立派な建物がずらりと並ぶ圧巻の光景は、想像以上過ぎて少女を萎縮させてしまったのだ。

 小さな地方の村から出てきた少女は、巨大すぎる都にすっかり怯えてしまっていた。

「……自分がエ・ランテルに行きたいって言ったのに。沢山エ・ランテルの話を聞いて、勉強だって見てもらったのにな……」

 憧れの都市に来たのに、怯えて尻込みばかりする自分に少女はますます俯くばかりだ。

 慣れない知らない場所での生活をたった独りで始めることに、今ではもう期待や希望はなくなってしまっていた。

 胸の内には冷たい不安しか残っていない。

 つい、ますます俯いてしまい、泣きそうになってしまった彼女の耳に不意に優しい声が届く。

「どうかされましたか?」

「えっ」

「ちょっと……、少し見て回るだけだって話だったじゃないですか」

「まぁまぁ、ルドーさん。次の予定まで時間はありますし」

 奇妙な格好で言い争う三人組に、少女は固まってしまう。

 一人は仮面の上から真っ白なフードを深く被っており、もう一人も真っ黒な布を顔に巻き付けて金の瞳だけ晒し顔の大部分を隠していた。一人は深紫のゆったりとしたローブ姿で、仮面をつけている。

「……あっ、ぼ、冒険者の方々、ですか?」

 風変わりな格好の珍しくない都市内でも、それでもどちらかと言えば怪しい見た目に分類されるであろう彼らの職業に気づき、少女は納得する。

 『未知を求めよ』、魔導王陛下の御言葉通りに冒険をする彼らは、『見知らぬ世界と出会っても好意的に振る舞うべし』という、これまた慈悲深い陛下の御言葉に倣い日頃からとても思慮深い行動をする。

 だから、女の子が独りでベンチにぽつんと座って泣きそうな顔なんかしていたため、優しい彼らは心配をしてくれたのであろう。

「ご、ごめんなさい! 何でもないんです、本当に!」

 心配させてしまったと謝る少女は、ついほろりと涙を流してしまう。不安だったところに不意打ちで優しくされてしまい、涙を堪えきれなかったのだ。

「大丈夫ですか?」

「っ、ごめ、んなさい……、しっ、心配をかけて。実は、さっ、最近引っ越して来たばかりで、この都市に慣れるのかなって不安になっちゃって……」

「あぁ、その制服、新入生か。……うん、我ながらやっぱり良いデザインだ」

「へ?」

「いや、何でもない」

 首を傾げつつ少女は、自分が学園の制服を着ていることを思い出す。そして思わず、学生寮で未だ誰にも声を掛けられていないことも思い出してしまう。

 不安の種をまた別に思い出してしまい瞳を潤ませた彼女の耳に、優しい声が届いた。

「彼女に街を案内してあげませんか? 街を知れば少しは不安も解消されるでしょうし、我々にも時間と理由がありますし」

「たっ、んんっ、ベイロン殿、いいかっこしいも程々にしてくださいよ」

「こういうのも偶には良いじゃないですか」

「まぁ偶には、第三者の意見も必要、ですかね」

「……分かりましたよ」

 あまり歓迎されていない空気なのは、少女も流石に察していた。しかし人混みに気圧されて見て回れていなかった街を案内してもらえる誘惑に我慢できずに、結局お言葉に甘えることにしたのだった。

 

「美味しい……!」

 ふわふわの砂糖菓子を口にして、思わず叫んでしまった女の子は顔を真っ赤にする。それから慌てた様子で御礼を伝えるも、二名からは変わらずあまり興味なさそうに、一名からは丁寧に気にするなと返されて終わってしまった。

 あれから、様々な店や情報を紹介され、これからどうしようかと右往左往していた少女はだいぶ自信と気力を取り戻せてきていた。

 文房具など学生相手に商売をしている雑貨店を数多く紹介してもらい、さらには子供の小遣いで食べられる程度の甘味屋までいくつか案内してもらったのだ。

 その内の一つに、持ち帰ることが前提の小さなお菓子や食べ歩きのお菓子専門店があった。そこで女の子は、白くてふわふわした砂糖菓子や沢山のキャンディやクッキーを買って貰ってしまったのだ。

 さすがに申し訳ないだの、こんなに食べ切れないだの女の子が喚くのも無視して彼らは店の品全種類を買い上げ、そしてそれらを少女に全て押し付けてきた。

 無理をしている様子もなく自然と金貨を出す彼らには、会計する店主も流石にぽかんとして呆気にとられていた。

 そうして与えられた菓子の感想を求められれば、少女に今さら拒める訳もない。感謝を幾度も伝えてから一口目は緊張しつつ、二口目からは大喜びで瞳を輝かせながら少女はパクパクと食べ始めた。

 食す度に喜色満面になる少女は、自分が満足そうにすると嬉しそうにする彼らの優しさに気付き、感動してしまう。

「やっ、やっぱり、エ・ランテルに来て良かったです! 聞いていた話通り、冒険者の皆様は魔導王陛下の御心の体現者……、慈悲深く思慮深い方々なのですね!」

「……冒険者のハードルが随分と高くなってないか、騎士殿」

「低いよりは良いでしょう、執事殿」

「なりたがるヤツが減ったら、どうするんだよ」

「……少し教育方法の見直しをします」

 眉間に皺を寄せた金の瞳の人と白いフードを被る人、彼ら二人は静かにヒソヒソと何やら話し始めた。

 顔を隠したそんな二人組に対して首を傾げる少女に、今度はローブを着て杖をつく魔術師らしき男が淡々と話し掛けてきた。

「他には、どんな話を聞いたことがあるんだ? ……悪い噂とかも、あるのかな?」

「わ、悪い噂なんて、ある訳ないですよ! エ・ランテルは夢のような都だとしか聞いていないし、敢えて言うなら、その、学園が狭き門だってぐらいですかね、えへへ、勉強すごく頑張りましたから」

 そう少女が答えると、今度は金の瞳だけを晒している者と魔術師との間で、ヒソヒソ話しが始まった。

「そこまで厳しい設定にしてたっけ?」

「あんまり関与してない、というか、すみません、見てなかったですね……。担当者が真面目だから、ってのもあるのかな」

「帰ったら選考書類のチェックですか」

「試験内容もですかね……」

「希望者が多すぎるとか?」

「とりあえず全体的事情からも把握しなきゃ駄目ですね……」

 何やら話し込んでいるが何事だろうかとまたまた首を傾げる少女に、今度は真っ白なフードを被る仮面の人が話し掛けてきた。

「しかし、君はそんな難しい試験に合格したのだから、とても優秀なんだろうね」

「い、いえ、そんなっ、た、たぶんタレントがあるから、それで、」

 タレントという言葉に反応し何か期待するように見てきた彼らに、少女はまたも慌てて否定する。

「あっ、でもタレントって言っても、すごく微妙で……、視力が人より凄いってだけなんですけど……」

「何か本当のモノが見えたり、とか?」

「本当の物……? え、えっと、あそこの看板の文字が読めますけど……」

 遠くの看板を指し示す女の子に、三者が一斉にくすりと笑う。

「ソイツはすごいな、冒険者達が斥候に欲しがるぞ」

「まぁ、そんなすごい能力なら最初に会った時に悲鳴あげられちゃいますよ」

「それもそうでしたね。しかし、冒険者が欲しがりそうなタレントであることは違いありません。君、将来の候補に冒険者も入れてくれないかな?」

「ぼっ、冒険者の方々は尊敬してますが……、私は視力が良いだけで強くはないし怖がりなので、きっと無理ですよ、あはは」

 笑って誤魔化す女の子に、冒険者と言えばと、慌てた様子で金の瞳を晒す彼が懐から懐中時計を取り出した。

「そろそろ円形闘技場に行きましょう。試合の時間だ」

「もうそんな時間でしたか。君もおいで、入場料は私達が払ってあげるから」

「そっ、そんな受け取れません! 唯でさえこんなに色々買って貰ったのに……」

「どれも大した金額じゃない。いちいち気にするな」

 鬱陶しいとすら言いたげな金の瞳の人を、真っ白なフードを被る仮面の人が窘める。

 しかし確かに、彼らが高給取りの冒険者であるならば菓子代は勿論、そこまで高額に設定されていない闘技場の入場料にいちいち騒ぎ立てられるのは逆に面倒だろう。人の厚意に甘え過ぎるのと同じく、遠慮し過ぎるのもまた失礼であると、何かの本で少女は読んだこともある。

「あのっ、あ、ありがとう御座います!!」

「いいから気にするな。対価だ」

 しかしそれでもせめて強い感謝の気持ちを伝えたくて、少女は力強く礼を述べる。それに返されたのはやはり淡々とした返事で、しかし身に覚えのない言葉もあったため少女は首を傾げる。

「対価? でも、私は何も、」

「ほら、早く円形闘技場に行こう。試合が始まってしまう」

 あっさりと話を遮られ、少女は円形闘技場へと、何かと不思議なところばかりの彼らと共に行くことになったのだった。

 

「確かいつもこの辺りで見かけますよね」

「えぇ、次の通路辺りだと思いますよ」

 円形闘技場に観戦者として入場した少女と三人組は、なぜか席へは向かわず外縁の大きくカーブする廊下を延々と歩いていた。

 良い席でも探しているのだろうかと、勝手の分からない少女は大人しく菓子を両腕で抱えながら着いていく。しかし、彼らが足を止め視線を送る先を見て、少女は大きく目を見開くこととなった。

 足を止めた彼らが指し示す先に、女の子達が沢山いたのだ。しかも彼女達は、少女と同じ服装の、学園服を着た者達だ。その中には見覚えのある顔まで揃っていた。

「ほら、行って来い」

「さっきのは値段も味も良い店だ。学生寮の誰かと一緒にまた来たら良い」

「その為には最初に誘わないとな」

 続々と言われ恩を受けた彼らから背中を押されれば、少女に前に出ない選択肢などあるわけがなかった。

 震える足を叱咤し、手汗を恥ずかしく思いながら少女は、一歩、前へと踏み出した。

「あら、貴女、同じ学園の子?」

「はっ、はひ! 新入生でふっ!」

 滅茶苦茶噛んだ。

 顔を真っ赤にして逃げたくなるも両腕いっぱいの菓子と、先程背中を押された感触が少女をそこに何とか食い止めた。

「こんにちは、覚えてる? 同室の私のこと」

「あっ、は、は、はい! わ、わ、私ッ、緊張してっ、うまっ、うまく喋れなくって! その、挨拶がっ!」

「あははっ、いいよ、いいよ。というか私もドキドキしてて上手く返せなくて、ごめんね?」

「そ、そんな……! あっ、あの、これ一緒に食べませんかっ」

「あらあら、こんなにいっぱい……」

「なんだか悪いわ、お金出すわよ」

 とても良い子に育っている女の子達が揃って綺麗な財布や小銭入れを取り出すのを見て、少女は慌てて首を左右に振った。

「あっ! えっと、これはあちらの方々がくれた物で、って、アレ!?」

 少女が振り返れば、彼らは綺麗さっぱり居なくなっていた。てっきり見守られているものと思っていた女の子は少し脱力し、そして顔を青褪めさせた。

「どど、どっ、どうしよう。居なくなっちゃった。こ、こんなに良くして貰ったのに……、ああっ、私、名前も聞いてない!」

 慌てふためく少女から事情を聞いた同じ学園の仲間達は優しい慰めの言葉をかけ、そして彼女の手からお菓子を受け取った。

「元気を出して。ひとまずこれは、有難く頂きましょう?」

「そんなに目立つ冒険者ならきっと見つかるさ!」

「そうよ。私達も協力して探して、一緒にお礼するわ」

 にこにこと笑って一緒にお菓子を食べてくれる新しい友人達に、少女は少しばかり視界を潤ませた。

 冒険者の彼らには、本当に感謝してもしきれないなと思いながら、少女は疑問を口にする。

「あの、席には座らないの?」

「そうなの、目的が試合じゃないからね」

「ここが一番良く見えるのよ、陛下の貴賓席が」

「新入生よ、運が良ければ最高の御尊顔を拝めるぞ?」

「御尊顔?」

 先輩方の話によると、円形闘技場に魔導王陛下が来訪される時、御側付が二人いたりいなかったりするらしい。

 御側付は、純白の鎧で全身を包んだ騎士と純黒の執事服を纏う執事。そのどちらか、もしくは両者ともに陛下の隣に立ってご観覧されることがあるという話だった。

 陛下御来訪は当然、事前に通達があるが、御側付の来訪までは流石に通達がないため、そこは運という訳だ。

 そんなお喋りをしていた少女達は、周囲が立ち上がり一斉に拍手をし始めたため顔を上げた。陛下専用の貴賓席を見上げれば、そこには誰からも敬愛される魔導王陛下がいた。

「ほら、あそこに魔導王陛下が!」

「運がいいな、新入生! 御傍付の方々が揃っているぞ!」

「遠目だけど、やっぱりルドー様かっこいいわぁ〜」

「キャーッ、こっち見ないかしら!」

「えっ……」

 彼女達が騒ぎ立てる対象を見て、少女は固まる。その美丈夫の持つその金の瞳は、少女にとって見覚えのあるものだった。

「あーあ、兄さんが言ってたベイロンの冒険者組合騒動に私も居たかったなぁ。ルドー様を間近で見たかったわ〜」

「でもさぁ、その騒動の噂、なんか変な尾鰭も付いてるじゃない。病弱の妹がいたとか、その妹が目に見えない速さで駆けたとか」 

「その後すぐにルドー様達が居なくなったとか何だか滅茶苦茶だし、偽物だったんじゃないの?」

「えー、そんなことあるのかなぁ」

 横でキャイキャイはしゃぐ乙女達とは真逆に、少女は独り頭が真っ白になって固まっていた。ぽろりと落としてしまったクッキーの最後の一口を、横から勿体無いと注意されるのも、少女にはどこか遠くから聞こえてくるようであった。

「やっぱり格好いいわよね、ふふ」

「えっ、いや、」

「分かるわ、見惚れちゃうよね」

「そのっ、そんなことより、あのっ」

「偶にしか来られないから、貴女、ラッキーよ」

 陛下とお付きの二人、先程出会った三人組。そして、同じ金の瞳。様々なことがいきなり一気に合致し符合してしまい、少女は完全にパニックだった。

「あの御方は……!!」

「何者なのかしらねぇ」

「やっぱり陛下と同じ不死者って噂通りなのかな」

「美の神様だって噂まであるじゃない」

「あははっ、あったわね、そんな噂も」

「あ、あの御方は、ひっ、人じゃないのですか?!」

 確かに異常に美しい見目だが人の見た目をしている金の瞳をした執事を、再度少女は見詰める。

 そして、目があったような気がして心臓を跳ねさせた彼女の耳にまた、信じ難い言葉が届く。

「だって、私の祖母の──も、あのルドー様だったのよ?」

 そう言って笑う学園の先輩である彼女の瞳は、美しい緑色であった。

 

 

 

「よかったですね、さっきの子、友達ができたみたいで」

「あぁ、……そうだな」

 来賓席にて、適当に手を振るモモンガを挟み犬猿の仲である二人組は安堵した様子で会話をしていた。

「おや、珍しい。素直に祝福するだけとは」

「五月蝿えよ」

「でも、本当に珍しいですね」

 モモンガにまで指摘され、それからウルベルトは溜息を吐き出す。今までちゃんと見ていなかったため、まさか居るとは思わなかった自分の元ペットの親族に、少し彼は動揺していた。

「……は、唯、幸せそうだなと思っただけですよ」

 制服を着た乙女達の方へと、ウルベルトは視線を送る。そして、祖母に少し似ている横顔の女の子を、僅かな時、見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群衆の向こうに浮かぶ、鉄によって縦にいくつか区切られた夜空の光。

 だいぶ後から“月”という名前を知ったそれを時たま見かけることが、その頃の私の唯一の慰めでした。

 

 私はいつも、暗くて、冷たくて、寂しい所に独りで居ました。

 ひもじいということも苦しいということも私は知らず、唯ひたすらに日々を、引きずられながら、受け入れながら、唯、存在をしておりました。

 そんな日々が永遠に続くのだと漠然と思っていた頃、急に外の世界が騒がしくなりました。今までには無かった騒々しさが長く長く続き、聞いたこともないような大きな嫌な音もして、そしてある日、嘘のように静かになりました。

 数日経ち、今まで死なない程度に世話をしに来た人も来なくなり、私は這いつくばって扉に近づき何度も木の板を叩きました。

 何度も何度も何度も、叩いて、叫んで、鳴き叫んで、それでも誰も現れないことに、外の静かさに、私は、絶望しました。

 暗くて、冷たくて、寂しいところで、やっと私は絶望したのです。

 そうして人が来なくなって、虫が私を食み出した頃、現れたのは、人ではありませんでした。

 その当時の記憶は、幼かったということもあり明確ではありませんが、しかしあれが人のシルエットではないことは確かに覚えています。

 その人ではない存在が、私を人ではなく何か物珍しい生き物のように扱っていたのもぼんやりと覚えていますが、そんなことはどうでも良いのです。

 その御方は、私に優しくしてくれた。

 私を綺麗にしてくれた。私の身体を這っていた虫を殺し、ご飯を与えてくれた。殴ったり蹴ったりせずに、抱き上げてくれた。

 それだけで、私には充分だった。

 それだけで、その御方を私は、愛した。

 心の底から、愛しました。 

 

 

 

 成長に伴い合わなくなる義足。それが孤児院に入ってからの私の、密かな喜びでした。

 

 ほんの時折孤児院に来訪される魔導王陛下の執事、ルドー様。銀髪の歪な笑みが美しいその執事様は、本当に、極偶にしか現れない方でした。

 しかし、そんなルドー様は、私の義足のサイズが合わなくなると作り直すために必ず来られました。

 義足の調整をしてもらうため、長く彼を独占できるその時間は私にとって至福の時でした。

 薄っすらと私は、彼が夢の中で見る私を助けてくれた山羊頭の御方ではないだろうかと思っていました。しかし確かめる勇気も出せず記憶も朧気になる一方で、私は、結局追い詰められてから漸く勇気を出したのでした。

 

「やぁ、ツアレ、久しぶりだ。成長してすっかり義足調整が要らなくなってしまったね。それなのに用事とは、何事かな」

 孤児院を見て回る陛下の執事様に、理由もないのに二人切りにしてもらい、私は告白をしたのです。

「……孤児院を出る前に、やはりハッキリさせたくなったんです。貴方様が、私を救ってくださった御方だと、私は思っています。これが、誤りなのか、私は知りたい」

 思い込みなのか、夢なのか、朧気な足元をしっかりさせたくて、震える声で私は問いかけました。

「……黄昏時」

 沈黙の末、執事様が呟かれた言葉も、続けられた言葉も、私は一言一句覚えています。

「私の故郷の国の古い言葉で、“黄昏時”は“誰そ彼時”、暗くなり始め、隣にいるのが誰かも分からない時と昔は言われていたらしい。逢魔が時、魔に出会う時だともな」

 心臓が高鳴り、期待に頬が紅潮した、あの時。あの瞬間は、永遠でした。

「だからこれから見るのは……、幻だ」

 一瞬、ほんの一瞬でしたが、それでも確かに見えたのは、自分を救ってくださった、抱き上げてくださった異形の御方。

「あぁ……、ずっと……、ずっとお会いしたかった……!!」

 まともに話すことも考えることもできなかったあの時にできなかったことを、必死に伝えたのも、覚えています。

「この私の全ては、貴方様のものです! 貴方様に、私は無償の愛を捧げます!」

「……悲しいことを言わないでくれ、ツアレ」

 そして、あの御方の寂しそうな笑顔も記憶から消えません。

「君はこれから、“当然の如く”、幸せになってくれ。“当たり前に”自分自身のためだけに生きてほしい」

 あの時と同じく、あの御方は、私を見ながら何か別のものをご覧になっている様子でした。

「片足がなくとも、環境に恵まれなくても、誰かに救われて生きたとしても、それでも、それを“当然”のこととして、自分のために生きて、幸せになってくれ」

 命令ではなく、祈られてしまい、動揺したのを覚えています。そう、あれは確かにあの御方の祈りだったと私は思うのです。

「否定してくれ、不平等で恵まれない世界で生きることこそが、誤りなのだと。……俺のために、証明してくれるね、ツアレ」

「勿論です、私の、神様」

「ハハ、神様か……。俺は、悪魔だよ」

「どちらでも、構わないです」

 この意志は不滅だと、この時からずっと私は感じていました。

「どちらだっていい……、何だって構わない……、貴方様が貴方様であることに変わりはないのだから」

 そう、貴方様だった。

 あゝ、私はずっと、夢ではないのだと確かめたかったのです。

 ずっと夢のようだったのです。あの苦痛も虫に食まれたことも空腹すぎて何も分からなくなったことも貴方様に抱き上げられたことも人が焼ける匂いを嗅いだことも。

 あまりに、現実感がなくて。

 しかしあれは本当のことで、そして貴方様の愛も本当だった。

 それが、堪らなく嬉しい。

「貴方様の、本当の御名前は?」

 その問いに答えはなく、揶揄うような声が返され、そして日は沈み、私の前からは誰もいなくなりました。

「それは、死が二人を別つ時に」

 その声は、まるで幻のようでした。しかし私の心は全てを信じていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、来て下さったのですね」

「来るって、分かっていたかい?」

「義足が汚れたり壊れたりすると、綺麗な白い義足を、直ぐに送ってくださいましたから……」

 揺れ動く蝋燭の灯火。ベッド脇に置かれた木製椅子が腰掛けられ、ギシリと鳴く。

「……幸せな人生だったかい」

「はい、満ち足りた人生でした……。最期に貴方様が、迎えにまで来て下さった」

「はは、俺は悪魔で、死神ではないんだがな。それに、どうせなら最期は家族に看取られた方が良いだろう」

「どちらにしろ、幸せなことです」

「くくっ、暫く会わないうちに食えなくなった。老獪になったかい?」

「どうでしょう……。しかし私は、貴方様の前では若く美しくありたいものだわ。貴方様ばかり、ずっと美しいのだから……」

 老婆の視線が、銀髪の歪な笑みを描く美形の執事に緩やかに向けられる。すると銀髪の美丈夫の姿が溶け、そして山羊頭の悪魔が姿を現した。

 しかし、それでも彼女の幸せそうな眼は一切変わらず、悪魔も困ったように笑うばかりだ。

「我儘にもなったな、ツアレ」

「……ええ、ですから、最期ですので、この老いぼれに、恥ずかしい告白をさせて頂いてもよろしいでしょうか」

「おやおや、何事かな」

「……貴方様は、私の、──────」

 その言葉に、悪魔は目を見開いた。そして、静かに口角を上げる。

「……では、俺からも約束の告白をしようか」

 ギシリと椅子がまた鳴く。老婆の耳元で悪魔が囁いた。

「あぁ……、ウルベルト・アレイン・オードル様……」

 幸福そうに、悪魔の名を老婆が謳う。

「ウルベルト様……、貴方様に幸多からんことを、お祈り致しますわ」

「ありがとう、おやすみ、ツアレ、もう疲れただろう」

「はい……、ありがとう御座います」

「……ツアレ、君の義足を、貰っても良いかな」

 ベッド脇に置かれたホコリを少しかぶっている義足に、老婆は苦笑する。

「どうぞ。私はもう……、立って歩くことも叶わない身ですので」

「……ありがとう、ツアレ。良い夢を」

「私こそ、心より感謝致します、ウルベルト様。貴方様に、幸多からんことを……。ウルベルト様に会えて、本当に……、幸せでした」

 悪魔が蝋燭の火を消し、部屋に暗闇が訪れる。しかしその部屋は、窓から差し込む満月の月明かりによって仄かに明るく、柔らかな空気が流れていた。

 その光に照らされる老婆もまた、穏やかな顔をして眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと、ずっと、貴方様の名を知りたかった。

 ずっと、ずっと、貴方様の名をしかと呼びたかった。

 貴方様が悪魔でも、神でも、何でもかまわない。

 

 だって、これは、唯の初恋なのだから。

 

 

 

 

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