心中を打ち明かせる存在とは、有り難いものである。
某日、友であるウルベルト・アレイン・オードルから相談したいことがあると言われ、当然モモンガは気楽に快諾した。
さしてそこまでの苦労もなくモモンガは暇を見繕い、ウルベルトと日時を打ち合わせ、約束する。
そして約束の日に約束の時間より少し前に、モモンガは約束の場所に訪れた。ナザリック地下大墳墓の第九階層にある相談事を持ち掛けてきた、友の私室に。
その部屋の扉を開けるまで、モモンガは特に何も気負ってはいなかった。
相談事、と言っても、ウルベルトが仕事の報連相時以外のプライベートに持ち掛けてくるそれは、趣味の話を指し示す。
昔なら、慣れぬナザリック生活における愚痴や悩み相談の可能性もあった。だが、今はすっかり趣味の話ばかりだ。
アイテム作成におけるデザイン案や、外の施設に設置するトラップの中身など。その他私事で、どちらがいいか決めかねた時にウルベルトはモモンガに相談してくる。雑談混じりの気楽なそれは、つまりは遊びの延長線でしかなく、だからモモンガも深く考えずに何時もの通りに入室したのだ。
「………………ウルベルト、さん?」
入室して、部屋の奥に足を進めたモモンガは、机に突っ伏している友の名を戸惑いながら呼んでみた。
豪奢で無駄にキラキラと明るいはずの室内も、気のせいか暗く鬱屈した空気になっているようだ。それは彼の真っ黒な軽装の私服が醸し出す雰囲気ではなく、確実に部屋の主が落ち込んでいるせいであった。
「……モモンガさん、相談があるんです」
「えっ、えぇ、だから来たんですけど……、大丈夫ですか?」
予想外の陰鬱な空気と重苦しそうな彼の言葉に、モモンガは戸惑ってしまう。
恐る恐るとウルベルトと向き合う形で着席し、何を相談されるのかとモモンガの心は冷や汗をかいていた。
「……本当は、……たっちさんに相談すべき事案なんでしょうけど……」
「ええっ!? ウルベルトさんがたっちさんに相談って何事ですか!?」
「だから最初にモモンガさんに相談してるんですよ……!!」
思わず驚愕してしまったモモンガに対してウルベルトも大きな声で返す。その声の雰囲気から、彼ができるなら純銀の聖騎士に相談しないで済むなら済ませたいと心底思っているのが感じとれた。
「………………エントマが、」
「エ、エントマが……?」
これまた少し意外な名前が出てきて、モモンガは無い唾をこれまた無いはずの器官で飲み込むような仕草をする。
「……反抗期、かもしれない、んです」
「………………。……はい?」
たっぷりと間を開けて、そしてモモンガは唯、聞き返した。それはそれは呆れた声で。
「最近、あんまり俺と遊ぼうとしないし、甘えてこなくなったんですよ……! 一緒に料理しようかと誘っても言葉を濁されて忙しいとか言われるし! これが所謂、お父さんと一緒にパンツ洗わないでとかいう反抗期ですかね!? エントマもお父さんと一緒に拷問したりハンバーグやウィンナーやビーフシチュー作ったりしたくない、みたいな時期になっていると思いますか、モモンガさん!?」
「落ち着いてくださいウルベルトさん、ちょっとオレ、情報に付いて行けてないです」
「あぁ、すみません……。取り乱してしまいました」
前のめりになっていた体を椅子に戻し、ウルベルトは落ち着くためにか紅茶に手を伸ばす。
友の味わう紅茶の香りを少しばかり頂きながら、“ビーフシチュー”は“ビーフ”で作ってないから名称が変わってくるんじゃないですかと、頭に過ぎった意見をモモンガは却下し、友の悩みを真剣に吟味してみた。
ヒューマンシチューは存外語呂がいいと、頭の片隅で思いながら。
「……反抗期というより、遠慮しているだけじゃないですか?」
「遠慮? 俺に?」
「うーん。ウルベルトさんだけじゃなくて、ナザリックの皆に対しても、かな? 自分だけが寵愛を受けて心苦しい、とか……?」
「あー……。一応モモンガさんに注意されるからナザリック全員を気に掛けるよう意識していたつもりだったんですけど……」
顎髭に手を伸ばして考え込み、ウルベルトは困ったように零す。
「でも……、そうですね……。一旦エントマとは距離を置いて、他の奴らと遊びますよ」
解決したとは言えなくとも、多少はすっきりした様子のウルベルトとは反対に、入れ替わるようにして今度はモモンガが悩み始めていた。
「うーん、でも、反抗期かぁ」
「モモンガさん?」
「年頃の子供って考えたら、やっぱり経験者に話を聞いておいた方がいいかもしれませんね」
「モモンガさん!?」
友の止めようとする悲痛な声を無視して、モモンガは〈伝言〉を起動させた。
「モモンガさんが急に呼び出すから何事かと思いましたよ」
そうして現れた、過去に子供を持ったことのある貴重な経験者は片方から来訪に感謝され片方からは不満そうにされながらも着席する。
「すみません、急に」
「いえいえ、気にしないでください。大した仕事はしていませんでしたから」
「別に来なくても良かったんですけどねぇ〜」
「ウルベルトさん」
さして気にした風もなく、たっちはモモンガから聞いた事情から淡々と推測を述べた。
「そうですね……。年頃、と言ったら変かもしれませんが、もしもエントマが成長しているのなら、気恥ずかしいんじゃないですか? 今までが幼い自我しかなくて素直に甘えていたけど、少し大人になって、父親に甘えるのが恥ずかしくなったのかもしれませんね」
「……エントマ、俺の娘じゃないぞ」
何やらほんわかした空気で嬉しそうに語るたっちに、冷めた眼差しとツッコミが差し込まれる。
そんな捻くれたウルベルトを、やれやれと言わんばかりの空気でたっちは微笑しながら窘める。
空気は優しいが、異形のそれは不気味であった。
「そんな風に可愛がってるじゃないですか。血の繋がりは関係ありませんよ、親子の繋がりには」
「げ。寒イボの出るような綺麗事だな。だいたいテメェは俺がエントマを可愛がってると聞いてロリコンなのか、とか聞いてきた口でよく言えるな」
「ハハッ、ウルベルトさん、貴方は喧嘩を売らないと気が済まないみたいですね。いいですよ、ただし私は貴方と違って口が悪くないし舌もペラペラと動かないので、直接戦闘で勝負をしましょうか」
「おー、上等だ。たっちさんの脳筋にあわせて、戦ってやろうじゃねぇか。その無駄に小奇麗な蟲面、お似合いの土塗れにしてやるからよ!」
「あー! もうっ、なんでそうなるんですかっ、話、戻しますよ!」
久方ぶりの喧嘩勃発を慌てて仲裁し、モモンガは立ち上がっていた二人に座るようにキツく言い聞かせる。
前よりは頻度が減ったが0にはならない喧嘩に、いっそのことどこかで発散させた方が良いのではないかとモモンガは思案する。
その思案もひとまず脇に避け、モモンガはエントマのことを口にした。
「兎にも角にも、構い過ぎない、ということでいいですか?」
「まぁ、暫くは放置、構わないのが上策なのは間違いないかと。プレゼントを渡して機嫌を取ろうとかもせず、放置ですよ」
最後はウルベルトに対して念押しするように付け加え、たっちは言葉を締め括った。
そんな彼の発言を聞いてモモンガは伝え忘れていたことを思い出し、そういえばと口を開く。
「たっちさん、ナザリックの皆に時々プレゼントを渡しているらしいですけど、物はあまりオススメしないですよ。あの子達、本っ当に、俺達から貰った物を決して捨てませんから」
暫し間を空けてから、指摘されたことの意味に気付いたたっちが唸り声を上げる。
「……それは、考えていなかったです」
「気を付けないと子供達の部屋が捨てられない物でいっぱいになっちゃいますから、一緒に居てあげるとかが結局良いんですよね」
さすがにナザリック地下大墳墓がゴミ屋敷になることはないだろうが、いざ捨てる時にはどれ程悲痛な顔をするか、やっと思い至ったモモンガの懸念する事態にたっちは顔を顰め、そしてさらに思い至ったことに声を荒げる。
「……まさか、食べ物も食べてないのか!?」
「魔法で保存してほしいとお願いしに来た子供達は説得して食べさせましたよ。たっちさん、食べ物を渡す時は『どんな味だったか感想が聞きたい』って一言足したら良いですよ、あと『残さず食べるんだぞ』って念押ししてください」
経験から淡々と語るモモンガに、たっちは頭を抱えつつ感謝を伝え今後は気を付けると言葉を零した。
まぁ、分からないですよね、と苦笑するモモンガも、そして何も言わないウルベルトも経験者なのだとたっちは感じ取る。
こうしたふとした時に、たっちの知らぬ月日の経過は顔を覗かせるのだ。
ナザリック地下大墳墓ごと異世界へと転移して、そしてNPCが心を持ち動き出してから数百年。これから先、反抗期も、もしかしたら独り立ちだって有り得ない話ではないのかもしれないなと、たっちは空想する。
「……仮に反抗期だとして、良いことじゃないですか、ウルベルトさん。彼らが成長してるって意味なんですから」
「別に悪いことだとは思ってないですよ。エントマが自分から考えて何か行動した……、それが嬉しくない訳ではありませんから」
複雑そうにするウルベルトの横顔に、親らしさのようなそれが滲むのを感じ取り、たっちは苦笑する。
「それでは、私はそろそろ仕事に戻りますね」
「呼びつけちゃってすみません、たっちさん」
「気にしないでください」
立ち上がり去ろうとする呼びつけてしまった仲間に対して、モモンガは最後に一言声を掛ける。
「たっちさんも、何かあれば相談してくださいね」
「ありがとう御座います、モモンガさん」
悩みは今のところ特別にないが、相談できる相手がいる事実にたっちは安堵する。
思えば、モモンガが四苦八苦しながら来た道を、さらにウルベルトも加わってだいぶ綺麗に均された道を、たっちは悠々と歩んでいるのだ。
今更ながら恵まれているなと、たっちは仲間の彼らの有り難さを再確認した。
「モモンガさん、ウルベルトさん、お疲れさまです」
「はいはい、お疲れさま」
「お疲れさまです、たっちさん」
去り際の挨拶を済ませてから、たっちはアインズ・ウール・ゴウンのギルドの指輪による転移魔法を発動させる。
そうして騎士は、とある秘密の場所へとこっそり向かったのであった。
彼は、予め彼女と約束していた第六階層の地に降り立った。
たっちが鍛錬のため利用中ということにしており『立ち入り禁止』にしている場所は、安全のためという名目で森の奥まったところにある。
その鍛錬場に到着してからさらに、茂みの中へとたっちは迷い無く分け入る。
暫く茂みの中を木々に付いた目印を頼りに進み、そして彼は駆け寄る小さな足音とそれから姿を視認して足を止めた。
「たっち様……!」
焦燥する愛らしい声の主を安心させるため、たっちは微笑みその頭を軽く撫でる。
「大丈夫、バレていないよ、エントマ」
「よ、良かったですぅ……。てっきり隠し事がバレたのかとぉ」
そこには、ウルベルトとモモンガとの話題の中心人物たるエントマ・ヴァシリッサ・ゼータがいた。そして、彼女の背にはまだ制作途中である庭園があり、蟲達が忙しなく、しかし静かに働いていた。
「まぁ、仕方のないことだけど、エントマが素っ気無いとは言ってたかな」
「ええっ! や、やっぱり至高の御方に隠し事なんてしたからぁ、ああっ、ウルベルト様にそんな想いを抱かせてるなんてぇ…!」
「大丈夫、大丈夫。プレゼントを完成させてウルベルトさんに見せてやれば、全部解ってくれる。それに大喜び間違いなしだ」
頭を抱えてあたふたしているエントマを落ち着かせるため、たっちはまたその頭をぽんぽんと撫でてやる。
変わらぬ面の顔だが、ほっとした様子が伝わりたっちもまたほっとする。
「相談できる相手がいるのも嬉しいが、プレゼントを送る相手がいることも嬉しいものだな、エントマ」
「はいっ、たっち様!」
みんなー、がんばろぉ!と、仲間の蟲達に力強く声掛けし駆け出したエントマの背中を見守りながら、たっちは少しウルベルトを羨ましくも思う。
しかし、それ程に想われている彼は、それに見合う努力をしてきた結果なのだと思えばそれは所詮、嫉妬にしかあらず、たっちは苦笑してしまう。
「たっち様ぁ!」
そんな物思いに耽る聖騎士に、明るい声が掛けられた。
「ご協力、ありがとう御座いますぅ!」
その言葉に、たっちはふわりと破顔した。異形の蟲の顔だが、それでもそれは、とても暖かな笑顔であった。