魔が創るは理想世界   作:Rさくら

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仕事

 

 

 

 弱者を抱える強者の悩みなど、誰も知らず。

 

 

 

 

 

 それは、とある悪魔の仕事に明け暮れた一日。

 

 ナザリック地下大墳墓、第九階層にあるウルベルト・アレイン・オードルの私室にて、カチャリと金属音が鳴る。

 ナイフとフォークが並べて揃えられているのを確認し、主から離れた所で控えていたメイド達は一斉に動き出す。

 彼女達が目指すのは先程まで優雅に朝食を頂いていた山羊頭の悪魔の傍。彼に使用されたカトラリーや、皿、パンが少し残っている籠である。

 朝食を食べ終えた口元をナプキンでさっと拭い、悪魔のウルベルト・アレイン・オードルは優しい声音でメイド達に美味しかったよと微笑み告げる。

 下げている途中だった物をカタリと鳴らして、耳まで真っ赤になったメイド達は緊張しつつも嬉しそうに礼を述べた。

「紅茶を注いだら、下がって良い」

「畏まりました。ストレートで宜しいでしょうか?」

「いや、レモンを」

「すぐにご準備致します」

 わらわらと嬉しそうに奉仕する彼女達を見て、ウルベルトは某エロゲ大好き鳥人間なら大喜びの光景だろうなとこっそり思う。そして心中で疲労からの溜め息も、一つ。

 本来なら飲食不要のウルベルトが時たま行う朝食を摂る行為は、尽くしたがりのメイド達への褒美であり、半ば仕事のようなものでもあった。

 紅茶が準備され、ウルベルトの周りに控えていたメイド達は口惜しそうに、ゆっくりと頭を下げ退室してゆく。最後のメイドが出て行き扉が閉まりきったところで、やっとウルベルトは肩の力を抜くことができた。

 独りになった部屋で、悪魔は漸くリラックスして紅茶を味わう。

「……確か今日は丸一日、仕事の予定が入っていたな」

 カップから漂う良い香りを堪能し一息ついてから、ウルベルトがそう零した瞬間、扉がノックされる。

 入室許可を出せば、予定通り自慢の息子が背筋を伸ばして入って来た。

「御前失礼致します。報告書を持って参りました」

「ありがとう、デミウルゴス」

 礼など勿体無いと謙遜をしながらも、悪魔は誇らしげに胸を張り、その銀のプレートに覆われた尻尾を嬉しそうにゆらりと振る。そして主の側へと歩み寄った彼は、その手に持つ分厚い書類を机上に置いた。

 その置かれた分厚い紙の束は、ナザリック地下大墳墓の外、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の教育機関と刑務所の担当官からの報告書の集まりだ。その書類には各地区の学生や囚人の生活環境について、まとめられている。

 その分厚さを一瞥し、手に取るより先に思わずウルベルトは眉間に皺を寄せてしまう。

「……デミウルゴスは既にこれに目を通したのか?」

「はい、ウルベルト様。それから……、申し訳御座いません。勝手ながら加筆修正し不要と判断した箇所は削り、まとめさせて頂きました。各機関からのナザリックの者ではない者達からの報告書故、御身に目を通して頂くのに適う物では御座いませんでしたので」

「いやいや、よくやった! しかし、まとめてもこの量か……」

「……宜しければ、私めが済ませておきましょうか? ナザリック外のことになど、わざわざウルベルト様の御手を煩わせずともよいのではないでしょうか」

 喉から手が出そうなほどの最高の、正に悪魔の提案に、しかしウルベルトはぐっと耐えて首を横に振った。

「お前に甘えてばかりじゃ情けないし、モモンガさんに怒られちまう。それに……、たっちの野郎からもグチグチ何か言われかねないしな」

「申し訳御座いません。出過ぎた真似を致しました」

 頭を深々と下げたデミウルゴスに、ウルベルトは苦笑する。そして頭を上げるように言い、隣に着席するように命令した。

「……そ、それでは、失礼して」

 おや、と危うくウルベルトは口から出してしまうところだった。

 最近なだめまくって漸く隣の席に座るようになったデミウルゴスは、それでも至高の御方の隣に座すなど不敬だと一度は固辞することが通例だった。それなのに先程は素直に腰掛けたデミウルゴスを、思わずまじまじとウルベルトは見てしまう。

(……毎回断るのも不敬だとでも考えるようになったのか?)

 素直に座ったがド緊張している様子なのは変わらぬ悪魔を横目で盗み見しつつ、書類をさっそくウルベルトは捲り始めた。

 報告書を読み進め、時折隣の悪魔と言葉を交して、ウルベルトは仕事を進めてゆく。

「……成る程。こうもあちこち待遇がバラバラなのは問題だな。こっちとこっちを比較したら、同じ刑期で天国と地獄だ。ここの担当者は厳しい奴なのか?」

 朝昼ともに豆のスープに小さなパン、晩にやっと魚が一匹付いてくる刑務所と、朝昼晩ともに季節の野菜スープとパンを数種類、それからメインに肉か魚料理が付いてくる刑務所を比べウルベルトは溜息を吐き出す。

「その者については私も気になりましたので調べました。生まれ育ちから、私怨の可能性が御座います」

「……こいつは急いで統括する管理者、管理部門が必要だな」

「それなのですが、各機関の連携や総合的対応をナザリック側が行うことにも限界がきていると思われます」

「外に全体を統括する部署を作るか? けどナザリックとの完全切り離しは勿論避けるよな? ドッペルゲンガーでも潜ませるか?」

「影の悪魔も潜ませ、私の部下に遠隔からの見張りもさせるべきかと愚考致します」 

「ふむ……。……学園の卒業生を使うか」

「……成る程、そういうことで御座いますか」

(あ、やべ。またデミウルゴスが凄い勘違いし始めたっぽいぞ。学園の卒業生なら頭がいいし忠誠心も高いだろと思っただけなんだけどなぁ)

 それでは早速、草案をまとめ手配をしたいと思いますと嬉しそうに言うデミウルゴスにウルベルトは任せたぞと、何を任せたのかいまいち分からないまま伝える。

「申し訳御座いません、ウルベルト様。〈伝言〉が届いたので少し席を外してもよろしいでしょうか?」

 当然許可を出したウルベルトは、デミウルゴスの会話、口ぶりから、丁度いいタイミングで次の仕事が始まったのだと感じ取る。

 案の定、二言三言それらしい言葉を伝えて話し終えた悪魔は振り返ると、にこりと笑った。そうしてまるで次の事務作業を開始するかのように淡々と、彼は上司に報告を行う。

「ウルベルト様、そろそろコキュートスの担当する件の戦争が開始するようです」

 デミウルゴスからの報告に、やはりかとウルベルトはにやりと嗤う。主の愉しそうな笑みに、従者は嬉しそうにして言葉を続けた。

「貴賓席は手配済みですので御安心くださいませ」

「さすが、出来た息子だな」

 書類を机に放り捨てるとウルベルトは立ち上がり、次の仕事へと足を進めたのだった。

 

 

 空が高い平野、長閑な黄緑色に相応しい牧歌的な風景の素朴な土と藁と煉瓦で出来た茶色の家々。その村よりも大きく遠く広がる畑に挟まれた、これまた広大な草原。

 その背の低い草原には今、兵士達が集まっている。人間種の彼らの顔に浮かぶのは、分かりやすい億劫そうな陰鬱な顔。仕方無く武器を握っているのだと、その顔は雄弁に語っている。そんな顔に相応しく、その武具も貧しい冒険者の方がまだマシな格好をしているであろう見窄らしさだった。

 用意されていた立方体の巨石の上で、ウルベルトは化けた姿の銀髪をなびかせながら遠くのその光景を眺めていた。

 執事服も、無駄に美しい嗤う顔も、金の不気味な瞳も、その男の何もかもが長閑な光景にも戦争にも似つかわしくない。

「どうぞ御観覧席に」

 デミウルゴスがその革手袋の指先で、戦場には相応しくないと思える豪奢な椅子を銀髪の彼に案内する。

 それを見てウルベルトは思わず呆れたように笑った。

「俺は今、魔導王陛下の執事でしかないんだが……、まっ、いいか」

 そして腰掛けたウルベルトは、改めて戦地を俯瞰する。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国側が用意したアンデッドの軍勢と相対して草原にて立つ兵士達は、遠目からでも分かるほど見窄らしく、怯えている。彼らの背後にある鬱蒼とした高い山が、ナザリックと相対していている存在の中で一番どっしりと構えていた。

 しかしその山でさえ、魔導国軍総大将のコキュートスの手にかかれば容易く粉々に砕け散るのかもしれないなと、ウルベルトは何となしに思う。

「コキュートスが哀れだな。あんなのが相手では興も乗らないだろう」

「仰せの通りでありんすえ」

 悪魔の後ろから同意の声が上がる。その声にも、敵への嘲りが滲み出ていた。美しくも酷薄な微笑を浮かべた吸血鬼の乙女も、ウルベルトと同じくこれから仕事に取り掛かる仲間に同情していた。

「コキュートスがほんに哀れでありんすえ。あんな兵とも呼べぬモノが階層守護者の相手なんて、勿体無いぐらいでありんす」

 見目だけは可憐な彼女、シャルティア・ブラッドフォールンがくすくすと嘲嗤う。そんな彼女は不意に笑みを引っ込め、刺すような視線を向ける悪魔をちらりと見る。

「………………それでは、残念でありんすが私はナザリックに帰還致しんす。……デミウルゴスがどおぉおしても、“御方と自分だけ”で、観覧したいと言うでありんす故……、ふふ」

「なっ、シャルティア、わざわざ言わなくても良いことを!」

「御礼は後で構わないでありんすよ〜」

「シャルティア!」

 珍しく慌てた様子で大声を出すデミウルゴスの頬は、赤く染まっていた。

 そんな彼を見てシャルティアは、してやったりといった風にニヤニヤ嗤う。そうして彼女は、デミウルゴスとウルベルトをナザリックから連れて来た時と同じく〈転移門〉を使い逃げるように素早く帰還して行った。

 そのやり取りをぽかんと見ていたウルベルトが、暫しの間を開けてから声を上げて笑いだす。

「ハハッ、なんだなんだ、デミウルゴス、そんなに俺と一緒に居たかったのか?」

「もっ、申し訳御座いません!! 不遜な我儘を抱き、その、」

「どうしたどうした? 最近一緒に遊んでないから寂しかったのか?」

「う……、その……、す、少しばかり嫉妬してしまいまして……」

 嫉妬。

 叡智溢れるナザリック随一の頭脳を持ち常に冷静沈着な悪魔らしからぬ言葉に、ウルベルトは首を傾げるばかりだ。

 なるべく平和的に世界を征服する方向で話を進めている今、ナザリックの者達に求められる力は主に智慧である。そのためナザリック随一の智慧者であるデミウルゴスは、ナザリックの者達から羨ましがられる立場であれど、決して嫉妬する側ではないはずなのだ。

 しかし、続いてデミウルゴスの口から出た言葉に、ウルベルトは彼もまた他のナザリックの者達と変わらない質なのだと気付かされた。

「その、至高の御方と、あまり一緒に居られる機会に恵まれなかったので……」

「…………あぁ、そっか。お前は手が掛からないからなぁ」

 デミウルゴスは、問題を全く起こさないし我儘も滅多に言わない。

 遥か昔に外の世界体験制度を利用した時すらも、問題なく済ませるどころか副産物でナザリックが抱えていた問題を解決したうえに秘密裏のコネクションを幾つも作り帰ってきたほどに有能な男だ。しかしそれは即ち、外の世界体験制度でたっち・みーとウルベルトの二人組で対処することになったシャルティアとは真逆に、彼はあまり構われることもなかったということでもある。

「……そう言えば、色々と任せ切りで最近はあまり話もしていなかったな」

 珍しく頬を染め我儘を言う息子に、悪魔は申し訳なく思いつつも破顔する。とうとう自分から強請るほどに我慢させたのは申し訳ないが、あのデミウルゴスが自分も構ってほしいと拗ねてるのかと思うと、どうしてもその可愛らしさが可笑しくもあったのだ。

「アハハっ、すまないな、デミウルゴス。よし、今日は俺とデミウルゴスだけで楽しく仕事しような」

「──ッ!! は、はいっ、身に余る光栄です!」

 嫉妬を吐露したことに少し不安そうにしていたデミウルゴスだったが、創造主に優しく思いの丈を受け止められると、嬉しそうにその声を弾ませた。思わずといった風に瞳は見開かれ、曝け出されたダイヤモンドの眼球が陽光を受けてキラキラと輝く。その様は、悪魔が抱く歓喜の強さを表しているようでもあった。

 尻尾を力強く振り続けるデミウルゴスに、ウルベルトがまた微笑ましく思った時、ヒヤリとした空気が流れる。それは来訪者が漂わせた物であり、悪魔達にとっては様々な意味で親しみ深い冷気であった。

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国総大将、コキュートス、御約束通リニ参リマシタ」

「よく来てくれた、コキュートス。今回の戦争だが……、」

 一旦言葉を切りウルベルトは眼前の戦地に目を遣り、そして言葉を再開した。

「……やはりお前は前に出なくて良い。後ろからアンデッドを指示するだけで構わない」

「カシコマリマシタ。ソレデハ、アンデッドノ軍ダケヲ進軍サセマス」

「宜しく頼む」

「御方ノ望ムママニ」

 一礼しコキュートスが場を去った後、暫くして、アインズ・ウール・ゴウン魔導国から戦争開始の合図であるラッパの音が鳴り響いた。そして無数のアンデッドが、矢の形で平野へと駆け出して行く。相手方も渋々と覚悟を決めた様子で、やけっぱちの様な雄叫びを上げながら進軍を開始した。

 ウルベルトと、その傍らに立つデミウルゴスは、コキュートスの部族殲滅の任を見守り始める。しかしその眼はどこまでも冷めていて、彼らは淡々と戦争という名の業務のスケジュール進行具合を確認するだけであった。

「……やはり一方的だな」

「仰せの通りかと」

「意見がまとまらなかったことも、既存の恐怖に勝てなかったことも、哀れとしか言えないな。……ところで、背後の奴らは動くと思うか?」

「偵察報告から察するに、あまり知能が高い者達ではありません。平野の従僕達が使えないなら自分達がと、安直に動き出すかと」

「まぁ、派手にやろう。派手なパフォーマンスと圧倒的な差を見せつければ、この辺り一帯やりやすくなるだろうさ。……見学者は?」

「……まずまずの客入りの様子です」

「そうか。……ん? 撤退か?」

 ナザリックのアンデッドによる一方的な攻めが暫く続いてから、やっと戦場の動きが大きく変わった。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国に敵対する全ての兵士、それどころか隠れ潜んでいただけの住民まで一斉に背後の山へと向かって引き始めたのだ。そして次の瞬間、山の中腹から光の筋が天へと打ち上がる。

「あれが例のアイテムか。結構早くに出してくれて助かったな、デミウルゴス」

「左様で御座いますね」

 淡々と言いながらウルベルトは、その光を目で追いかけ、そして地上の逃げ惑い続ける兵士や村人達を一瞥した。

「どうやら全て報告と予定通りみたいだな」

「はい、全てがつつがなく進んでおります」

 空中で光の玉が花のように拡がる中、悪魔達は淡々と確認を済ませてゆく。

 彼らの上から降り注ごうとしているそれは夥しい量の光の矢であり、高所から広範囲に行われる無数の攻撃は、かなりの威力が想定される代物だ。その恐ろしさをおそらくは知っているのであろう平野の民達は、既に悲鳴を上げている有様だ。

「〈隕石落下〉」

 しかし、デミウルゴスが放った魔法により脅威は簡単に唯の火花に変わった。

 花火の様な矢の中心手を貫いた隕石は九割方の矢を消し去り、残りは唯の燃えかすへと変えてしまう。そうして隕石が、地上へと落下しようとしたその瞬間──

「〈朱の新星〉」

 ──それは、消し炭となった。

 平野で泣きながら倒れ伏していた誰もが唖然として、その光景を見上げていた。

 全ての矢を粉砕し散らせた巨大な燃え盛る岩石が、壮絶なる炎の力をもってして消し去られた光景を。

 圧倒的な、力を。

 しかし、その力を解き放った者達はどこまでも冷めきった様子で、戦争という名の仕事を片付けてゆくだけであった。

「コキュートスに伝令。山林に潜む奴らを全員見つけろ。抵抗するなら慈悲深き死を。ナザリックに唾を履くなら、捕縛しろ。いつも通り、総大将とか情報を持ってそうな奴らは全員捕縛だがな」

 影の悪魔が走り去るのを見送るウルベルトに、デミウルゴスが声を掛ける。

「あれらは如何が致しましょうか」 

 デミウルゴスの視線の先、先程まで泣いたり喚いたりと忙しかった平野の者達が平伏しているのを見て、ウルベルトはつまらなさそうに返す。

「いつも通り、受け入れろ。アインズ・ウール・ゴウン魔導国は慈悲深き美しい黄金の国だ。その名に嘘偽りないようにな」

「かしこまりました」

 配下の悪魔やアンデッド達にテキパキと支持を出すデミウルゴスに、ウルベルトがそれからと言葉を続ける。

「デミウルゴス、お前はコキュートスを追いかけろ。山中でのコキュートスとその配下の指揮権をお前に委任する」

「し、しかし斯様な場所に御身独りにする訳には……!」

「それなら問題ない」

 そう言ってウルベルトが〈伝言〉を飛ばし相手と会話をし終えて、暫くした後、〈転移門〉が開いた。

「守護者統括、アルベド、馳せ参じました。ウルベルト様」

 鎧姿の彼女は膝を付きウルベルトに頭を下げた後、立ち上がると未だ困惑の色が隠せない悪魔の方へと面を向けた。

「安心なさい、デミウルゴス。私がウルベルト様を御守りするわ。……それとも、私では不満かしら?」

「勿論、その様なことはありませんよ、アルベド」

 告げる言葉とは裏腹に逡巡を滲ませるデミウルゴスは、しかしウルベルトに頭を下げ命令を承諾する。そして命令を遂行すべく彼は、翼を広げ飛翔し、先行するコキュートスの軍隊を追いかけ飛び去って行った。

 そうして、巨石の上には人間に化けたウルベルトと鎧姿のアルベドだけが残される。執事服の美丈夫と無骨な鎧姿の女戦士。一見ちぐはぐな彼らはしかし、飛び去った悪魔の影が小さくなると揃って肩の力を抜いた。

「……モモンガ様から離れることになっちゃったじゃない、せめて玉座の間に戻りなさいよ! と、言いたいのはよく分かったから睨むなよ、アルベド」

「嫌ですわ。何のことでしょう、くふふふふふ」

「言っとくけど戻らないぞ。ナザリックの子供達に何かあったら俺が敵を皆殺しにする必要がある」

「チッ」

「舌打ち……」

 ウルベルトはじとりと隣に立つアルベドを見遣る。

「お前も遠慮がなくなったなぁ。まぁ、腹に一物抱えてニコニコ笑われるよりマシだけどな」

「ふふ、秘め事のある女もまた、魅力的なのでは?」

「俺はそういう面倒な女は御免だね」

 ウルベルトが吐き捨てるように言うのを見ていたアルベドが、少し考え込んだ後に不意に問いかける。

「……ウルベルト様、まさか私に惚れておられますか?」

「いきなり面白いことを言い出すなよ。紅茶を飲んでたら吹き出すところだったぞ」

「あら、そんな面白い絵面を見られなかったなんて、とても残念だわ」

 心底残念そうに言う彼女が紅茶を準備すれば良かったと呟くのを聞いて、本気だなとウルベルトは内心思う。距離的には見えないと思うが、支配者を鞍替えしたばかりの者達の前でそんな情けない姿を晒すことにならなくて良かったなと、ウルベルトは心底ホッとした。

 そんなことを考えるウルベルトの視線の先を見て、アルベドは眉間に皺を寄せる。

 平野では、先程まで戦争兵だったアンデッド兵達が打って変わって救援活動の真っ最中だった。飛び火による小火の消火に、怪我をした兵達の救援、投降した者達の確認と保護。先程まで切り結んでいた相手であるが、弱い人間の彼らは流されるがままに魔導国の保護を受け入れていた。

 そんな、忙しなく働く亡者達の狭間でうろうろする人間を、淫魔は羽虫のように見下し不快に感じていた。 

「……あんな者達まで、アインズ・ウール・ゴウンの加護に入れずとも良いのに」

「強者が弱者を守るのが務めだとでも思え、アルベド」

「……。随分と御優しいのですね、ウルベルト様。貴方様も私と同じく下等生物を踏み潰すのがお好きかと思っていたのに」

「俺は踏み潰す対象は選ぶんだ。あんなモノを踏み潰して、何が楽しい?」

「では、何を踏み潰すのがウルベルト様はお好きなのかしら?」

 食べ物の好みを聞くような気軽さだなと思いつつもウルベルトは答える。

「……傲慢なヤツ、だな」

「それでは、お山の大将をしていた者達など、お楽しみ頂けるのでは?」

「ハッ、どうだろうな。コキュートスとデミウルゴスが向かったんだ。しおらしくなって下山して来るかもしれないぞ」

「……それもそうですわね」

 ウルベルトの指摘に、さもありなんとアルベドは嘆息する。

 しかし暫くして、デミウルゴスが生かして捕らえて来た亜人達は、皆揃いも揃ってとても生き生きとしていた。猿要素強めの人間、そんな感想をウルベルトが内心で抱いた相手は唾を飛ばしながら顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

「貴様らぁ!! この俺はなぁ代々この辺りの平野を統べる、山の王たる存在ぞ!」

「薄汚れた大嘘つきの余所者が!」

「ココ最近あちこちで噂話を聞くが、あんなの嘘に決まってらァ! 偉そうにズカズカと俺達の土地に来やがって!」

 アルベドが、ちらりとウルベルトの方に視線を遣る。鎧の向こう側からも感じるその視線に、ウルベルトは肩をすくめた。

「……どうやら、趣味と仕事が両立できそうだな」

「それはそれは、よろしゅう御座いましたね。それではデミウルゴスも無事に戻りましたし、私は玉座の間に戻らせて頂きますわ」

 ウルベルトが〈転移門〉を作成すると、アルベドは挨拶もそこそこに、そそくさと門を潜り抜け愛しい殿方の元へと直行した。

 その背中を見送った後に、ウルベルトはコキュートスとデミウルゴスに向き直り、それぞれの功績を褒め称える。そしてコキュートスには、戦後処理をお願いする我が儘を追加する。これからデミウルゴスと遊ぶ為だと我が儘を侘びた主に、配下は喜んで全ての仕事を引き受け嬉しそうな友にも温かい言葉を送った。

「良カッタナ、デミウルゴス。時ニハ仕事ヲ忘レルコトモ大切ダト私モ、モモンガ様ニ指摘サレタコトガアル。ユックリ遊ブト良イ」

 銀の尻尾を揺らす悪魔はキラキラした瞳で友へ感謝を述べ、そして創造主にも重ねて感謝を伝える。

「そうだ、コキュートス、今度の休暇に手合わせしよう。今回のお礼だ」

 息子ばかりを可愛がってはいけないなと、自省したウルベルトが提案すれば、場の温度が数度下がった。

「オォ……! ソレハナント!」

 興奮したコキュートスが冷気を振りまき、亜人の数名が黙りこくる。そんなことなど無視して、異形達はにこやかに会話を続けていた。

 そして、友の嬉しそうな姿に満足し、また思いがけない褒美を授かることとなったコキュートスは一礼の後に足取り軽く去って行った。

 巨石の上には、とても楽しそうな悪魔の親子と置いてけぼりの無視され続けている亜人達だけが残される。

 喚く亜人達に向き直り、悪魔達は口角を上げる。

「さて、デミウルゴス、遊びと言っても仕事も兼ねてる。情報はちゃんと引き出さないとな」

「勿論です。心得ております」

「しかし遊びながら、楽しみながら仕事をしちゃいけないというルールもない。いや寧ろ、仕事こそ楽しみながらやるべきだろう」

「嗚呼、流石です、ウルベルト様、それでは何をして遊びましょうか? 指は十本、腕は二本、脚も二本。沢山楽しめそうですよ」

「嗚呼、デミウルゴス、一先ずこいつらから要らない物を取り除こう。目も足も手も、話すのには要らないからな」

 無邪気な子供のような嗤い声と、美しく澄み渡る青空、そして優しく世界を照らす太陽。

「さぁ、楽しい楽しいお仕事の時間だ」

 捕われた亜人達は、その太陽が最後の温かさであることなど知らぬまま冷たい地獄へと堕ちていった。

 

 

 

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